「殿下……」
「だから怒るなよと出かける前に行っただろう」
「自分は怒りませんとは言いませんでした」
不満を伝えるが、ルルーシュは前を向いたまま歩くだけだった。これ以上、話を聞くつもりはないというのがありありと見て取れて、スザクは心の中で盛大に溜め息をついた。
出かけるぞと告げられたのはほんの三十分前のことだ。
ルルーシュは先日から休暇に入っていて、今日も朝から妹や母を交えてアリエスの離宮でのんびり過ごしていた。帝国宰相から年明けまでは仕事をしてはいけないと命じられ、もっと不満そうにするかと思っていたのだが、たまの長期休暇を意外と楽しんでいるようだと少しほっとしていた。日頃は寝る間も惜しんで仕事をするような人だから、ゆっくり休むのはいいことである。
ところが、午後になってから急に出かける準備を始め、お前は来なくてもいいが来たければ来てもいいと意味のわからないことを言われた。騎士が主について行かないなんて有り得ないと、もちろん同行を願い出た。
一体どこへ行くのかは教えられず、首を捻りながらも車に乗り込んだスザクは、その道がよく知っているものであることに気付いて嫌な予感を抱いた。予感が的中したのは大きなゲートをくぐったときだ。
多少やましい気持ちがあるのか、ルルーシュは無言のまま車から降りた。スザクも慌てて彼のあとをついて行ったのだが、長い廊下を歩いている途中でとうとう我慢できずに声を発してしまったのが今のやり取りである。行き先とルルーシュの目的は相変わらず教えてもらえない。が、だいたいの見当はついた。
しかし、それに対する主の回答は素っ気ないもので、「来なくていいと言ったのに同行してきたお前が悪い」とだけ言うと再び無言になった。どこか拗ねたような物言いは彼なりにばつの悪さを感じているのだろう。
主の命に逆らうつもりはないし、ほかのことならいくらでもルルーシュの好きなようにすればいいと思う。だけど、これに関しては二人の問題ではないのだろうか。相談しろなんておこがましいことは言わないが、せめて事前に一言くらい話してくれれば良かったのにと歯噛みする。
(僕に話したら反対されると、きっとそう思ったんだろう)
個人としての本音を言えば反対したい。でも、騎士としてはルルーシュのやることに賛成したかったし、怒るつもりもない。
(それを話せなかったということは、まだまだ信用されていないということか……)
彼の騎士になって一年以上が経つ。自分なりにルルーシュの信頼を得ていたつもりだが、考えが甘いと一蹴されたようだ。そう思ったら気分まで落ち込んできて、雑念を振り払おうとしたけれど上手くいかなかった。
ルルーシュのこととなるといつもこうだ。彼の一挙手一投足に翻弄され、すぐに意識が彼へと向いてしまう。こんなことでは本当に騎士失格だと己を叱責したところで最後の扉が開いた。
通路の先には厳重に守られた扉がいくつもあり、衛兵に敬礼されながら通ってきた。予想が外れていなければ、ここを抜けたところに目的のものがあるのだろう。無意識に腹の底に力を込めると、聞き慣れた声がスザクの耳に届いた。
「お待ちしていましたよぉ、ルルーシュ殿下」
「約束より少し遅れてしまった。すまない」
「いいえ、お気になさらず。あれ? なんだスザク君も一緒なの」
「当たり前です。自分はルルーシュ殿下の騎士なのですから」
どうやら今日の自分は誰からも歓迎されていないらしい。また落ち込みそうになる気持ちをこらえているとロイドがにやりと笑った。
「まあいいけど、今日は君の出番は一切ないから退屈だよ」
「退屈かどうかは関係ありません。いちいちからかわないでください」
「はいはい。じゃあ殿下、まずはあなたのナイトメアと感動のご対面といきましょうか」
ロイドの科白に、やっぱりと胸の内で嘆息する。向かっている先が軍事エリアで、目的地がロイドの研究室のある場所だとわかった時点で予想はしていたがどうやら正解だったようだ。
アッシュフォード家を通じてルルーシュは専用のナイトメアフレームの開発を依頼していた。その相手がロイドと同窓で、ナイトメア開発の分野において著名なラクシャータ博士であることは先日のミレイとの会談で知ったことだ。
二人は旧知でありながら犬猿の仲とも聞いているが、今回の開発での基礎部分はロイドの研究が大いに関係しているため、ある意味では共同制作とも呼べる。ナイトメア界の有名人が二人も開発に携わっているなんてナイトメアオタクからすれば垂涎ものよ、とルルーシュの母のマリアンヌはやけに嬉しそうに語っていた。
そして最初の依頼から数ヶ月。ようやく専用機が完成し、今日はそのお披露目といったところだろう。
何やら話し込んでいるロイドとルルーシュの後ろをついて歩く心境はやはり複雑だった。ナイトメアができたならできたと教えてくれればいいのに、ルルーシュ本人からはいまだ説明がない。開発を依頼していることが判明した時点で彼が戦場に出ることは受け入れたつもりだけど、主から見れば自分はまったく納得していない顔をしていたのだろうか。ルルーシュに気を遣わせてしまった申し訳なさを抱くと同時に、もっと信用してくれてもいいのにと子どものような愚痴が浮かぶ。
研究室の前を通り抜けて格納庫のほうに出れば、少しひやりとした独特の空気を肌に感じた。スザクにとっては馴染みのあるものなのに、今日はどこか余所余所しいのは自分が招かれざる客だという自覚があるからかもしれない。
「資料は先日お送りしたとおりですが、基礎部分は僕、そこから最終的な完成まではラクシャータの手によるものです。指揮官機であることや殿下が騎乗されることを踏まえて通常のナイトメアとはかなり異なる設計になっていますが、それについては多分、殿下のほうがお詳しいでしょう」
「開発にあたっては色々と口を出させてもらったからな。やりにくいクライアントだったのではないか」
「ほかの素人なら苛々したでしょうが殿下なら別ですよ」
つまり苛々しかけたと暴露しているようなものだが、相手が皇族だということをまったく気にしていないのはさすがロイドである。ロイド以外だったら首がいくつあっても足りないだろう。
「それに、これまでは僕もラクシャータもお互いの手の内を明かさないようにしてきましたが、今回のをきっかけに色々と可能性が生まれましたよ」
「可能性が生まれるのは悪いことではない。それがブリタニアにとって有益なものならばなおいい」
「ええ、いつか殿下にお披露目できればと思っています。さて、ようやく到着だ」
ロイドの足が止まり、ルルーシュとスザクもその場に立ち止まった。
「蜃気楼、と言うそうです。ネーミングはラクシャータですから僕に文句は言わないでくださいね」
「日本語か。悪くない名だな」
ルルーシュがちらりとこちらを見た気がするけれど、すぐに視線を戻して目の前の真新しいナイトメアを見上げていた。
「ほかのナイトメアとの違いは様々ですが、一番大きいのはやはり絶対守護領域でしょうか。万が一、殿下が敵に囲まれた場合もこれで防御することができる。もちろん万能ではありませんから過信はしないでいただきたいですけど、ラクシャータが言うには世界最高峰の防御力らしいですから、これでスザク君の心労はひとつ減るんじゃないかなぁ」
最後の一言は明らかに自分に向けてのもので、にやにやとしているロイドにスザクは眉を寄せた。
「防御だけではなく攻撃力も素晴らしいです。あとで実際に動かしてみればわかると思いますので感想はそのときに。これを操るには相当な演算処理能力が必要とされますから、まさに殿下の専用機ですよ。スザク君が乗ったら間違いなく使い物にならないね。というか、一歩も動かせないと思うよ」
「殿下の頭の良さと僕の頭の悪さをいちいち比較しなくていいです」
「とにかく性能は文句なしです。この僕が言うのだから間違いない」
黒と金を基調とした機体は美しく、ランスロットとは対のようなカラーだった。これに乗ってルルーシュが戦うのかと考えたらどうしても心配はあるけれど、世界随一の頭脳が作り出した唯一のナイトメアを彼が操るところを見てみたいという純粋な思いも生まれた。相反する気持ちは、自分が根っからの軍人だからなのかもしれない。
「早速ですがテストしてみますか? まずは基本動作から行って、問題なければ最終チェックまですべて終わらせることも可能です」
「そうだな。時間があるうちに慣れておきたい。ところで、ラクシャータ博士は今日はいらっしゃらないのか?」
「彼女も忙しくて今は日本です。殿下のお披露目のときには立ち会いたいと言っていたのですが、間に合わなかったようですねぇ。明後日ぐらいには戻ると思います」
「そうか。博士に直接お礼をしたいから、次に見えたときにはまた呼んでくれ」
「かしこまりました」
「では、すぐにでもテストに移るとして。――スザク」
久しぶりにルルーシュから名前を呼ばれた気がして、無意識に背筋を伸ばした。
「私はこれから蜃気楼のテストを行うからお前は外に出ていろ」
「は……?」
「だから、ロイドの研究室を出てどこかで時間を潰しておけと言っているのだ」
「な、何をおっしゃるのですか、出て行くだなんてそんな、」
「お前がいると気が散る。いいな、絶対に残るなよ」
絶対に、と力強く言われ、スザクは茫然と主の後ろ姿を見送った。すぐに我に返って追いかけようとしたけれど、ロイドの手が肩に乗って引き留められた。
「中にも警備の人間は置いているから大丈夫だよ。どのくらいかかるかわからないけど、終わったらちゃんと呼ぶから君は少し外したほうがいい」
「ロイドさんまで何を…!」
思わず声を荒げれば、だからさぁと内緒話のように耳元に手を当てられた。
「君に見られたくないんだよ、殿下は。そこのところ汲んであげなよ」
「見られたくない?」
「いくらナイトメアの基本操作を訓練していても、初めての機体じゃ上手くいかないことだってあるだろ? 君も最初からランスロットを自由自在に操れたわけではないじゃん。そういう不恰好なところは自分の騎士には見せたくないという主心とでも言うの? 君が心配なのはわかるけど、殿下の気持ちも理解してあげていいんじゃない?」
ぽんぽんと肩を叩かれ、とにかくテストが終わったら連絡するからと言い残し、ロイドはルルーシュが向かった方向へ歩いて行った。
テスト開始が伝達されたのか、蜃気楼の周囲がにわかに慌ただしくなる。しばらく立ち尽くしていたスザクは、自分が邪魔であることに気付いてようやく足を動かした。
ここには残るなと言われたのでどこかで時間を潰さなければならない。特にやることもないのでカフェスペースで何か飲むかとぼんやり思った。
(見られたくない、か)
本当にルルーシュがそんなことを考えて騎士を遠ざけたのかどうかはわからない。ロイドが適当に言っただけでまったくの嘘かもしれない。
でも、不恰好なところを見せたくないというのはルルーシュらしいとも思った。いつも完璧に振る舞う彼は人前で恥を晒すことを良しとしない。たとえ苦手なことがあっても、完璧に見せられるよう陰で努力するタイプだ。
そんな彼が、自分だけの専用機に初めて騎乗することとなった。まだ一度も動かしていない機体だから上手く操縦できない可能性はゼロではない。だから、あんなことを言ってわざわざ騎士を遠ざけた。
(それが本当だとしたらちょっと、いや、かなり可愛いかも)
自分は駄目でロイドはいいのかという気持ちはあるものの、ロイドとはそもそもの役割が違うのだから仕方ない。先ほどまでの落ち込んでいた気分は気付けばすっかり浮上していた。ロイドに言われるまでルルーシュの意図に気付かなかったことは反省すべき点だが、我ながら随分と単純なものだ。
カフェに行くと何を頼もうかとメニューを眺めた。紅茶はいつも最高級のものをルルーシュ自ら淹れてくれるので、ほかのところで飲んだら味の違いにがっかりしそうだと思い、迷った末にコーヒーを頼んだ。
カップを持って窓際の席に腰を落ち着かせる。昼食の時間は過ぎているので軍や施設関係者の姿はまばらだ。こういう場で騎士服は目立つし、元ラウンズという経歴のおかげで軍内部では結構な有名人という自覚があるからあまり人がいないのは助かった。
(暇だな……)
窓から外の景色は窺えず、青い空が覗くだけだった。普段はこんな風に気を抜くことがないので、ぽっかりと空いた時間に何をすればいいのかわからない。外部に持ち出せる資料でももらってくれば良かったかなと少しだけ後悔する。
「もしかして枢木卿ですか?」
どのくらいぼんやりしていたか、ふいに話しかけられて声の主を振り返った。そこにはシンプルなドレス姿の女性がいて、覚えのある顔に記憶を探る。
「えっと、ミレイ様?」
「覚えていてくださったのですか? ありがとうございます」
「先日と雰囲気が違ったので少し戸惑ってしまいましたが」
「軍の施設に大仰なドレスを着ていくわけにはいきませんから。座ってもよろしいですか?」
「はい」
スザクの前に腰掛けたのはミレイ・アッシュフォードだった。先日のハロウィンのときに初めて顔を合わせた彼女は、ルルーシュたち一家の後ろ盾であるアッシュフォード家の令嬢だ。そういえば蜃気楼の開発は彼女の口から聞かされたのだと思い出す。
「今日はどうしてここに?」
「ロイド伯爵への差し入れです。蜃気楼が完成したという連絡もいただきましたので、ついでに見学できればと思ったのです」
テーブルに置かれたバスケットの中身はどうやら差し入れらしい。何を持ってきたのだろうと思っていると、サンドイッチですと教えられた。
「いつも独創的なサンドイッチを食べさせられているからたまにはまともなものが食べたいとおっしゃって」
「ああ、セシルさんですね」
ロイドの優秀な助手の顔を思い浮かべ、スザクは苦笑いした。ロイドの助手にセシルという非常に優秀な人物がいるのだが、料理の腕が壊滅的なことだけは唯一にして最大の欠点だろう。まともなものが食べたいというのは偽らざる言葉に違いない。それでも毎回律儀にセシルの料理を口にしているロイドは意外と人情があるのかもしれない。
「でも、なぜミレイ様がロイドさんに差し入れを?」
「元お見合い相手ですから」
「へ?」
ロイドとお見合いという単語が結び付かず、ぽかんとしてしまった。ミレイが可笑しそうに笑う。
「私、ロイド伯爵とお見合いしたことがあるんですよ。ご存じありませんでしたか?」
「いえ……。それはいつ頃」
「日本に行く前ですから一年半ほど前でしょうか」
それならまだラウンズとして活動していた時期だ。あの頃は戦闘がなくても研究所には出入りしていたのに、ロイドに見合い話があったとは知らなかった。
「ミレイ様のような綺麗な方とロイドさんがまさかお見合いをされていたとは……」
「もっとも、まだ若いということで話はなくなってしまいましたが」
「それならどうしてロイドさんのところに?」
「面白い方ですから。それに、アッシュフォードがロイド伯爵を援助すればルルーシュ殿下のお役にも立つでしょう?」
さらりと答えた内容にはルルーシュへの敬愛が感じられた。彼女もルルーシュの味方なのだと思えば自然と親近感が湧いた。
「ミレイ様は殿下のことがお好きなんですね」
「あら、それは枢木卿も同じでしょう?」
「ええ」
主として、ひとりの人間として、ルルーシュのことはとても好きだ。愛してもいます、とは心の中で呟いた。
「殿下とミレイ様は幼馴染と伺っております。昔は一緒に遊ばれたのですか?」
「子ども時分はアリエスの庭園でよく鬼ごっこやかくれんぼなどしました。でも、一緒に駆け回るのはナナリー皇女殿下のほうが多かったですね。あの頃から殿下はあまり体力がありませんでしたから」
くすくすと笑う彼女の脳裏には幼いルルーシュの姿が浮かんでいるのだろう。それが微笑ましくあり、羨ましさにほんの少しだけ妬ましさも抱いた。幼馴染にさえ嫉妬する自分はなんて狭量なのかと自嘲する。
「それにしても、殿下の表情が明るくなられたのは枢木卿がいらしたからなんですね」
思いがけない言葉に首を傾げる。するとミレイは微かに目線を落とした。
「以前の殿下は人前であんな風に自然に笑われることはありませんでした。もちろんご家族の前では素の表情を見せていましたし、宮殿の中では完璧な表情を浮かべていらしたけど、先日のハロウィンのときみたいに屈託なく笑われることは少なかった。周りは敵だらけの皇宮ですから疑心暗鬼になるのは当然のことです。誰に対しても平等で、でも誰に対しても一線を引いていたのが昔の殿下でした。ですから、久しぶりに殿下にお会いしてとても驚いたんです」
「しかし、ご家族やミレイ様のようなお身内の方には……」
「殿下は私のことを身内として認めてくださっていると思います。それはとても光栄なことです。ですが、私たちは殿下に守られている存在。支援することはできても殿下の隣に立つことは叶いません。ところが、あなたとは対等な立場でいらっしゃる。私にはお二人が互いの背中を預け、守ったり守られたりしているように見えます。それは騎士だからという理由だけではなく、もっと深いところで殿下があなたのことを信頼されているからではないでしょうか」
口許に笑みをたたえた彼女は、少し喋りすぎましたと呟いた。窓の外に目を向ける横顔は心なし寂しそうだ。
「申し訳ありません。いきなりこんな話をしてしまって」
「いえ……」
「少し、嫉妬しているのかもしれませんね」
「嫉妬?」
「十八年も殿下と一緒にいた私より、最近出会ったばかりの枢木卿のほうがいいのかと。これではまるで子どもの嫉妬です」
「それなら、僕もミレイ様に嫉妬しています」
「私に?」
「あなたは僕の知らない殿下を知っていらっしゃる。どんなに望んでも出会う前の殿下との時間を得ることは僕にはできません」
「つまりお互い無い物ねだりをしているということですね」
そうですね、と小さく笑う。コーヒーに口をつけるとすっかり冷めていた。
「ところで枢木卿はなぜここに? 殿下はロイド伯爵の研究室ではないのですか?」
「追い出されたんです。ちょうどテストの最中で、終わるまで戻ってくるなと」
「なるほど、自分の騎士にカッコ悪いところは見せたくないというわけですね」
「えっ、どうしてわかるんですか?」
「殿下の性格を考えたらわかります」
ロイドと同じことを言われて驚いた。どうして皆がルルーシュの心情をわかっているのに、自分はちっとも汲み取ることができないのだろう。思わずぼやきを口にすれば、周りの人間のほうが案外よく見えているものなのですとフォローされた。
「ナナリー皇女殿下がこの場にいたとしたら同じように追い出されたと思いますよ。殿下は意地っ張りですから」
「あ、それはわかります」
「でも本当は寂しがり屋で」
「そういう殿下だから放っておけないんです」
思わず顔を見合わせ、二人で吹き出した。彼女と会うのはこれが二度目なのに、ルルーシュの話題になるとまるで旧知の仲のようにお互い饒舌だった。
とても強くて、でも心の底には弱さがあって、その弱さを隠すためにさらに強くあろうとして。完璧なのにどこかアンバランスで危うくて、だからひとりにしておけなくて。ルルーシュのことをよく知らない人間は彼を冷酷無慈悲な人間だと思っているかもしれない。だけど本当の彼はとても優しい。一度懐に入れた人間にはとことん甘く、その人たちを全力で守ろうとする。
(だからこそ、僕が殿下を守りたいと思った)
自分のことは守ろうとしない彼を、代わりに守りたいと思った。そのためならば自分はなんだってできるし、誰にもその役目を譲るつもりはない。彼を守ることは騎士である自分だけに与えられた特権だ。
「お喋りしていたらなんだかお腹が空いてきましたね。私のサンドイッチでよろしければご一緒しませんか?」
「ロイドさんのために作ってきたのではないですか?」
「そのつもりだったんですけど、蜃気楼のテストがもう始まっているんでしょう? この様子では私も中には入れそうにありませんし、ロイド伯爵も休憩なんてしないでしょうから全部生ごみになるだけです」
「ごみになるのはもったいないですね。ではお言葉に甘えていただきます」
「ええ、どうぞ」
飲み物のおかわりをもらってきますとミレイが席を立った。お手伝いしますと申し出れば、お付き合いさせるのですから待っていてくださいと制されたので上げかけた腰を下ろす。
彼女が戻ってくるのを待つ間、スザクは外の青空を見上げていた。先ほどと同じ青のはずなのに、少し色が変わっているように感じるのは気のせいだろうか。
「あ、少しいいかな」
「えっ! はい、なんでしょうか!」
元気のいい返事をしたメイドが駆け寄ってくる。主人の騎士に呼び止められただけでこれほど驚くということはまだ新人なのかもしれない。
「ここの花って少しもらっても大丈夫なのかな?」
「はい、マリアンヌ皇妃が直接手入れをされている区画は禁止されていますが、この辺りなら食卓の飾り用にときどき使っていると聞きますから多分大丈夫かと……」
「じゃあ庭師に確認すればいいかな」
「庭師でしたらあそこに。聞いてまいりますので少々お待ちいただいてもよろしいですか?」
「もしすぐにわからないようならあとで教えてくれればいいから」
「かしこまりました」
ぺこりと頭を下げて急いで駆けて行く後ろ姿をスザクは微笑ましく見送った。自分も軍に入ったばかりの頃はあんな風に初々しかったのだろうかと思うとなんだか懐かしいような気持ちだ。
蜃気楼のテストが終了し、ルルーシュと共にアリエスに帰って来たのは一時間ほど前のことである。テスト自体はさほど時間のかかるものではなく、ほとんどは機体の微調整についての話し合いだったらしい。蜃気楼の操縦方法は説明を受けてもさっぱりで、ロイドの言うとおり自分では一歩も動かせそうにない。そんな機体をルルーシュは簡単に動かしたのだから、さすがは彼専用に開発されたナイトメアだ。
戻ってすぐにルルーシュは自室に籠もった。ラクシャータへの要望をまとめるそうで、夕食の時間まで外していい、ほかは誰も呼ぶなと命じられた。そこで警備はジェレミアと咲世子に任せ、スザクは庭園へと足を伸ばした。もちろん花を愛でるためではない。ミレイの望みを叶えるためである。
(サンドイッチのお礼が花だなんて、やっぱり女性は花が好きなのかな)
おやつ代わりにご馳走されたサンドイッチはとても美味しく、そのほとんどをスザクが平らげてしまった。勧められたとは言えさすがに食べ過ぎたと反省し、何かお礼をしたいと伝えたところ、「でしたらアリエスの庭園のお花を少しください」とお願いされたのだった。
花を観賞する趣味はないし詳しくもないので、どういうものが彼女の好みに合うのだろうと腕を組んで考える。庭師にオススメを聞けばいいかと早々に諦めていると、先ほどのメイドが戻って来た。やはり慌てた様子で、偶然見つけた彼女に声をかけただけだが申し訳ないことをしたと思う。
「あの、庭師に確認してきまして、やはりここのお花でしたら……っ、きゃ!」
慌てすぎたせいか、石畳に足を引っ掛けた彼女の体が前に倒れた。手を伸ばして抱き留めると、申し訳ございませんと顔を真っ赤にして謝られる。
「ご無礼を……、本当にすみません!」
「いや、僕は大丈夫だから。君のほうこそ怪我はしていない?」
「はい」
「それは良かった」
にこりと笑いかければ彼女の顔がますます赤くなったので首を傾げる。
「それでここの花だったら?」
「あ……、は、はい、ここでしたらお好きなものを摘んで構わないとのことです」
「わかった。じゃああとで庭師にお願いするよ。わざわざありがとう」
「い、いえ、お役に立てて光栄です」
大きく頭を下げた彼女は、どこかふわふわとした足取りで自分の持ち場に戻った。大丈夫かなと少し心配になったが、建物の陰に姿が隠れたところで庭園の花に視線を戻す。
「やっぱりピンクとか赤とかがいいのかなぁ」
女性の好みはわからない。特に花はさっぱりだ。
ルルーシュにミレイの好みをそれとなく聞いてみようかと思ったけれど、忙しいときに主の手を煩わせたくない。どうしてミレイに花を贈るのだと聞かれ、サンドイッチを食べ過ぎたからですと答えるのもなんだか恥ずかしい。
(そういえば、殿下はどういう花が好きなんだろう)
以前、バレンタインのお返しに花を贈ったことがある。ルルーシュはとても喜んでくれたが、事前にもっとリサーチして彼の好きな花を贈れば良かったとあのあと少し後悔したものだ。
(きっと殿下ならどんな花でも似合うんだろうけど)
庭には白い花が咲いていて、清廉な白も彼によく似合うと口許に笑みが浮かんだ。
ミレイへの花とは別に、この花を少しもらって部屋に飾ろう。冬の寒さに耐えて咲く花は可憐だけど芯の強さを感じさせて、そういうところがますますルルーシュみたいだと思った。
(殿下にこの花を贈ったら喜んでもらえるかな)
嬉しそうに笑う顔を思い浮かべるだけであたたかい気持ちになれる。
冷たい空気も寒い風も、今だけは不思議と気にならなかった。
(15.01.03)後編→→