<土曜日
「それでは行ってきます」
「行ってらっしゃい」
ぺこりと頭を下げたナナリーに小さく手を振れば、ナナリーも可愛く振り返してくれた。こんなに可愛い少女が妹ならば、ルルーシュでなくてもシスコンになってしまうに違いない。
「咲世子さん、すみませんがよろしくお願いします」
「かしこまりました」
ナナリーは明日まで検査のために短期入院するらしい。彼女と付き添いの咲世子を見送れば、クラブハウスには自分たちだけが残された。
こうなることはルルーシュは当然知っていたはずだ。それでも今日の夕飯を誘ってくれたということは、少しは脈があると考えてもいいのだろうか。
(いやいや、浮かれちゃ駄目だ。ルルーシュはたまに天然だから、二人きりになることまでは想定せずに誘ったのかもしれないし、夜になったら気付いて夕飯はなしって話になるかもしれないし)
せっかくの誘いを悪いほう悪いほうに考えてしまうのは申し訳ないけれど、浮かれたあとに落とされるとダメージが大きい。ならば今のうちに期待値を下げておきたいと思うのが人間というものだ。
「おい、何をぼんやりしている。俺たちも出掛けるぞ」
「あ、う、うん!」
コートを引っ掛け、慌ててルルーシュのあとを追いかけた。どこに出掛けるのかは聞いていないが、買い物と言うくらいだからトーキョー租界の中の大きな街だろう。
電車に乗り、混んでいる車内の一番奥に立つ。
心地良い振動に揺られながら、ルルーシュは外の景色を眺めていた。彼の瞳が何を見ているのか、心の中で何を考えているのか、スザクには知る由もない。
(なんで買い物なんだろうな)
いきなりの誘いは告白とは関係なかったのか。だけど、ほんの数日前までどこかぎくしゃくしていた相手と買い物に行こうだなんて、普通は何か理由がなければ思い付かない。
(ルルーシュの考えていることは難しいことばかりで僕にはわからないや)
昔からそうだ。こちらが言ったことに対して、ルルーシュは二倍どころか十倍以上の内容を返してくる。口では決して勝てなかったけれど、それは今でも変わらない。
「着いたぞ」
ルルーシュの声に気付き、彼に続いて電車を降りる。しばらく歩いた先には大型のショッピングモールがあった。休日ということでどこも人が多い。
「何を買うの?」
「会長に頼まれていたものがいくつかあってな。ああ、あそこの店だ。俺はしばらく中を見ているから、お前はそうだな、十五分後ぐらいにレジ前にいてくれ」
「僕も一緒に行くよ」
「でもつまらないだろう?」
「だって僕は荷物持ちだからね。レジまで持っていくのも僕の仕事じゃないの?」
にこりと笑えば、ルルーシュが考える素振りをした。どうせこき使うのなら徹底的にこき使えばいいのに、こういうところはとても真面目である。
「まあ、お前も生徒会の役員ではあるし、俺を手伝うのは当然と言えば当然だな」
「そういうこと」
ようやく納得してくれたらしいルルーシュに笑みを深める。
ふと周りを見れば、親子連れや友達らしき集団のほかにカップルの姿もあった。ここはデートコースでもあるらしい。
名誉ブリタニア人ということを気にしているわけではないが、一人で行きたいと思うような場所ではないし、用事もなかったのでほとんど足を運んだことがなかった。ルルーシュがいなければ今後も来ることはなかっただろう。それに、今はルルーシュが隣にいるおかげが、あからさまな差別も感じない。
「どうかしたか?」
「ううん。あ、そう言えばこれってデートみたいだね」
「デー、ト」
呟いて三秒経ったあとにルルーシュの頬が染まった。しまった、とスザクが自らの失言に気付いたのはさらに三秒後のことだった。
「ば、馬鹿じゃないのか、男同士で何を言っている」
「あっ、待ってよ!」
怒った様子で先を行く友人のあとを追う。つい気が緩んで余計な発言をしてしまったと後悔するけれどもう遅い。
店内に入ってもルルーシュは憮然とした表情だ。でもその耳がうっすら赤いのが彼の心情を表しているようで、可愛いなとスザクは心の中でこっそり思った。
(二人で一緒に買い物しているのってやっぱりデートだよ)
これ以上ルルーシュを怒らせるわけにはいかないのでもちろん口には出さないけれど、デートと思えばデートなのだ。そう考えた途端、普通の買い物が何か特別なもののように感じられるのだから不思議である。
それに、こうしていると自分が軍人であることも、ブリタニアとテロの戦いが続いていることも、ゼロのことも、すべてが嘘のようだ。気を緩めてはいけないと思いながら、現実がどこか遠く感じられた。
所詮は仮初の平和だとわかっている。だけど、ルルーシュと一緒の今だけは仮初の時間を楽しみたいと思う自分もいた。
「スザク、向こうに行くぞ」
「うん!」
ルルーシュの指示で荷物がどんどん増えて行く。その後、三軒ほど店をはしごして買い物リストをすべて消化し、スザクの両手が紙袋でいっぱいになった頃に必要な買い物は終了した。
ミレイは初めから全部ルルーシュに任せるつもりだったのか、それともルルーシュが買い物に行けばもれなく枢木スザクがついて来ると踏んで任せたのか。後者ならばさすがはやり手の生徒会長だ。
「重いだろう?」
「僕は平気だよ」
袋の数は多いが、中身はさほど重くないのでスザクにとっては荷物と呼ぶほどのものでもない。
「しかしずっと歩きっぱなしだからな……。昼食の時間も過ぎているし、どこか店に入ろう。付き合ってくれた礼だ、俺が奢る」
「悪いからいいよ」
「そう言うな。もともと俺がお前を無理やり付き合わせたんだから」
「でも、」
「人の好意は受けておけ」
あまり断わるのは逆に失礼だぞとたしなめられ、スザクは肩を竦めた。
「だったら、お言葉に甘えて」
「よし」
あまり移動するのも面倒だということで近くのカフェに入った。昼時を外しているからだろう、店内は意外と空いていた。メニューを決めて一息ついたとき、「あっ」とルルーシュが声を漏らした。
「何?」
「ひとつ買い忘れがあった。すぐに戻るからちょっと待っていてくれ。お前の分が来たら先に食べていていいからな」
「え、それならあとで一緒に、……行っちゃった」
ルルーシュって何でも計画的でそつなく完璧にこなすくせに意外とそそっかしいよな、と小さく笑う。
待つ間、特にやることもないので店内の様子を窺ってみた。ここにもカップルが数組いて、どのテーブルも楽しそうだ。
(ルルーシュはどんな告白の返事をくれるんだろう)
イエスか、ノーか。与えられる答えは二つのうちどちらかしかない。
冷静になって考えれば、真面目で常識的なルルーシュがイエスと答えるのは有り得ない気がする。
やっぱり期待値は下げておくべきかなと弱気なことを考えていると、ルルーシュが息を切らせて戻って来た。急がなくても大丈夫なのに、どうやら走って来たらしい。それを待っていたように、注文していたメニューがテーブルに並んだ。
「早かったね」
「すぐ近くの店だったからな」
「何を買ってきたの?」
一瞬こちらをじっと見たルルーシュは、口許を緩めると「秘密だ」と言った。
「そう言われるとすごく気になるんだけど」
「いいから食べるぞ、料理が冷める」
秘密だなんてずるいと文句を口にしながら、お腹はぺこぺこだったので食事を進めた。
メインを平らげ、デザートまで終えると会話をしながらのんびりお茶を飲む。なんだか久しぶりに休日を満喫するようだ。朝から出掛けているので店を出てもまだ日が高く、得をした気分でもあった。
買い物をすべて終え、帰るために逆の電車に乗る。行きに比べてルルーシュは饒舌で、スザクもずっと笑みを浮かべていた。この時間が終わってしまうのが名残惜しいという気持ちの表れか、クラブハウスまでの道のりはあっという間だった。
「じゃあ俺は夕飯の買い物をしてくるから」
「手伝わなくていい?」
「お前の荷物をこれ以上増やすわけにはいかないだろう。俺は大丈夫だ」
まだ余裕なんだけどなと思ったけれど、ここでひと悶着起こすのもかえって悪い。それなら先に戻ってるね、と荷物を抱え直したスザクは通い慣れた道を歩いた。
学校も軍もない土曜日。好きな人と買い物をして食事をして、これが本物のデートだったらさらに最高だったのに、とちょっと愚痴っぽく思うくらいには浮かれていたのだろう。上司であるセシルに遭遇したのはそれからすぐのことだった。
「良かった、あなたがいるって聞いたところを訪ねてもお留守だったからどうしようかと思っていたのよ」
「何かあったんですか?」
彼女が自分を探すということは軍の召集に決まっている。しかしセシルは首を振った。
「緊急ではないの。だからお休みは満喫してちょうだい。ただ、こちらの都合で休暇が一日短くなってしまって」
「ということは明日までですか?」
「ええ。ごめんなさいね、せっかく学校があるのに」
「いいえ、自分は軍人ですから。では、明日で休暇を切り上げてまた月曜日から復帰します」
「お願いね」
セシルと別れたあと、さてどうしようとスザクは天を仰いだ。
「月曜日……」
その日はルルーシュの返事をもらうと宣言した例の一週間後だ。休暇が短くなることは慣れているし問題ないけれど、まさかルルーシュに返事を一日早くしてくれとは頼めない。
「とりあえず報告はしとかないといけないよなぁ」
でも言うなら今日がいいだろうか、明日がいいだろうか。
悩んでいるうちにクラブハウスに着き、リビングへと荷物を運ぶ。ルルーシュが戻って来たときもスザクは考え込んでいて、帰宅した彼を驚かせてしまった。
「お前、明かりぐらい点ければいいだろ」
「ごめん」
「何かあったのか……?」
異変に気付いたらしいルルーシュが眉を寄せる。まだ迷っていたスザクだったけれど、言うなら今のこのタイミングしかないと決めた。
「僕の休暇、明後日の月曜日までの予定だったんだけど、急遽明日までになったんだ」
「え?」
「だからごめん、月曜日は学校に行けない」
その謝罪の意味を彼が悟ってくれたのかどうかはわからない。ただ一言、「そうか」と小さく声を漏らした。
「では、明日の夜は泊まれないな」
「うん」
「当然、月曜の朝もここにはいられないな」
「うん」
沈黙が午後のリビングに落ちる。
「――明日」
顔を俯けたまま、ルルーシュがぽつりと呟いた。
「ナナリーは昼過ぎに戻ってくるから、夕飯ぐらいは一緒に食べられるだろう?」
「そうだね」
「そのあと……少しだけ時間をくれないか」
次に彼の顔が上げられたとき、瞳にはもう迷いの色はなかった。思わず息を飲む。
「返事、一日繰り上げてもいいだろう?」
それが何の返事なのかは聞くまでもない。
安堵するような落胆するような、なんとも言い難い感情に襲われながらスザクは頷いた。
一週間はルルーシュのための時間と言いながら、本当は自分が覚悟を決めるための時間だったのかもしれない。
(13.2.16)