<木曜日
「好きです、付き合ってください」
見ず知らずの女子生徒から告白されたのは、放課後の誰も使っていない教室でのことだった。
登校して机の中に手を入れたとき、時間と場所を指定した手紙に気付いた。話したいことがあるから来てくれと書かれた手紙は、イレブン嫌いの人間による呼び出しだろうと思った。
最近は少なくなってきたし、ルルーシュを心配させたくないから隠しているけれど、ちょっとした嫌がらせはまだ残っていた。それでも当初に比べればないに等しく、元皇族という身分を知られるかもしれない危険に怖気付くことなく友達だと宣言してくれたルルーシュにはとても感謝している。
(こういうのを恩を仇で返すって言うのかな)
友達としてずっと傍にいてくれた彼をよこしまな目で見ている自分。これほど酷い裏切りがあるだろうか。
手の中の便箋に目を落とす。
手紙に詳しい情報は書かれていなかった。相手が男なのか女なのか、単独なのか複数なのかもわからないし、本当に話だけで済む保証もない。だからと言って、ここで手紙を無視して自分の周りに害が及ぶのは避けたかった。
そうして朝から迷った末に、スザクは指定の場所へ行くことを決めた。幸か不幸か、放課後は軍も生徒会もないので時間に遅れる心配はなかった。
今日もうちに来るかとルルーシュに訊かれたのは、帰り際でのことだった。
あの告白以来、自分に接するルルーシュの態度はどこかぎこちない。ポーカーフェイスが得意だからほかの人間は気付いていないけれど、ぎこちなさの原因を作ったスザクには彼の戸惑いがよくわかった。
それでも誘ってくれるのは友達だからか、ナナリーのためなのか。どちらにしろ、これ以上はルルーシュに負担をかけたくないと誘いを断わった。辞退した瞬間、紫の瞳がどこか傷付いたように見えたのは都合の良い錯覚だったに違いない。
教室を出たスザクは、穏便に済ませられればいいんだけどと思いながら空き教室へ向かった。しかし予想に反し、そこで待っていたのは一人の女子生徒だった。
クラスと名前を告げたあと、彼女の口から出てきたのが「好きです」という言葉だ。
「へ……?」
予想外の展開にスザクは呆気に取られた。これは新手の嫌がらせだろうか。だけど周囲に彼女以外の気配はない。本気の告白だとしても、アッシュフォードに来て日の浅いイレブンのどこを彼女は気に入ったのか。
「いきなりごめんなさい!迷惑かなとは思ったんだけど……」
「えっと……でも僕は名誉ブリタニア人だよ?付き合うのに抵抗があるんじゃないかな」
大抵のブリタニア人はナンバーズ出身の名誉ブリタニア人と並んで歩くのも嫌だと思っている。この学園が日本人に比較的寛容なだけであって、学園の外に一歩出ればそこには大なり小なり差別が存在した。
「だって枢木君は軍人でしょう?カッコイイじゃない」
無邪気な発言にスザクは思わず苦笑いを浮かべた。カッコイイという理由だけで名誉ブリタニア人に告白してくるとはなかなかの大物だが、下から数えたほうが早いような身分だとはまさか思っていないのだろう。
それに、自分にはルルーシュという想い人がいる。彼以外の人間と付き合うつもりは毛頭なかった。
「気持ちは嬉しいんだけど、」
言葉を途切れさせたスザクは、教室の磨りガラスに目を向けた。
「ごめん、ちょっと待ってて」
「何?どうしたの?」
「外に気配を感じたんだ」
「やだ、覗きかな」
彼女の問いには答えず、ドアを隔てた廊下の向こう側を窺う。
興味本位の覗きならいいが、もし相手がイレブン嫌いの学生なら厄介だ。名誉ブリタニア人なんかに告白していたと知られれば彼女にも危害が及ぶ恐れがある。タチの悪い相手だったら自分が時間稼ぎをしている間に彼女を逃がそうと決め、スザクはドアの前に立った。
軽やかな音を立ててドアがスライドする。中から急に人が現れて驚いたのか、廊下にいた相手がぎくりと顔を強張らせた。
そしてそれは、スザクも同じだった。
「え……」
まさか、どうして、と疑問が次々に浮かんだ。
体を硬直させ、印象的な色の瞳を零れんばかりに見開いていたのはルルーシュだった。
お互い何も言えずに、しばらくじっと見つめ合う。
「ル、」
名前の一音を呼んだ途端、まるで猫が逃げ出すようにルルーシュが背を向けた。ばたばたと駆けて行く後ろ姿をスザクは呆然と見送った。
上手く状況が掴めないけれど、ここは追いかけるべきなのだろう。しかし教室の中にいる彼女のことを思い出して踏み止まった。告白の最中に相手に逃げられるのは誰だって嫌だ。
だからこの対応が正解なのだと言い聞かせながら彼女の元に戻った。
「誰かいた?」
「猫だったみたい」
「ええっ、猫?本当に?足音聞こえたけど」
「向こうもビックリしたみたいで、すごい勢いで走って行ったんだ。ところでさっきの返事なんだけど……」
ごめんと断わったあと、どう取り繕ったのかはあまり覚えていない。彼女が怒っていなかったということは、それなりの言い訳が出来たのだろう。
だけど、そんなことはどうでも良かった。
スザクの中にいるのはいつだってただ一人。
教室を出たときも自分の部屋に戻ったときも、頭の中をずっと占めていたのは今にも泣き出しそうなルルーシュの顔だった。
(13.2.14)