<水曜日
「ごめん、ナナリー」
謝罪の言葉を口にしたとき、可憐な少女は不思議そうに首を傾げた。
「どうかされたのですか?」
「実は君に報告しておきたいことがあって……」
スザクはクラブハウスを訪ねていた。先日はルルーシュからの誘いだったけれど、今日はナナリーからの誘いだ。
ルルーシュはミレイに捕まっていたのでしばらく戻って来られないだろう。
「前に君に打ち明けたことがあったよね。僕はルルーシュが好きだって」
その言葉にナナリーの指先がぴくりと動いた。
「もしかして、お兄様にもそのことをおっしゃったのですか?」
「うん」
口許を引き結んでしばらく黙っていたナナリーは、小さく小さく息を吐き出した。
「ここ数日、お兄様のご様子がどこかおかしかった理由はそれなのですね。お兄様にはまだ伝えないほうがいいとお話ししたのに」
「だからごめん。でも最近はテロや黒の騎士団の活動で色々と物騒になってきたし、あとになって後悔するなら今のうちに言っておきたいと思ったんだ」
「スザクさんは突然過ぎます。それに、もしお兄様に危険が迫ったときはスザクさんが助けてくださるのでしょう?」
頷く代わりに、スザクはナナリーの手を強く握り締めた。
ルルーシュに好きだと告白したのは月曜日の朝のことだ。どうしてあのときだったのかは自分でも正直わからない。
爽やかな朝の空気の中、ナナリーを待ちながらルルーシュと二人きりで過ごす時間がとても心地良く、そして愛しかった。強いて言うならそれだけだ。
ルルーシュは知らないけれど、彼の妹であるナナリーには以前から自分の気持ちを打ち明けていた。
スザクさんはお兄様のことが好きなのでしょう?と聞かれたときはさすがに驚いた。目の見えない彼女は、それを補うようにほかの感覚がとても優れている。汗や体温で相手の状態を知り、見えている人間以上に多くのことを理解していた。
彼女の質問に、スザクは正直に答えた。ルルーシュと付き合うならまずはナナリーの許可が必要だと思ったし、彼らは互いをとても大事にしている兄妹だから、たとえ昔からの知り合いで友達だとしても自分が二人の間に割り込むことは出来ない。だから嘘をついたり誤魔化したりすることなく、素直に話したのだ。
(でも、ルルーシュに好きだって言うつもりがなかったのは本当だ)
今となっては嘘としか思われないだろうが、告白する予定はまったくなかったのだ。同じ男だし、ルルーシュは恋愛に疎そうだから困らせたくないと思った。
だけど、いろんな人間がルルーシュに近付こうとするのを見て我慢が利かなくなってしまった。ほかの誰かに取られるくらいなら、たとえこっぴどく振られるとしてもルルーシュに気持ちを伝えておきたいと思ってしまった。
そんな無意識の積み重ねが、月曜の朝から「君が好きなんだ」と告げる結果となったのである。
口にした瞬間、後悔したことは言うまでもない。酷い自己嫌悪にも襲われた。しかし一度声に出してしまったものは取り消せない。ならばルルーシュからちゃんと返事をもらおうと、立ち直ったのも早かった。
一週間という期限は、ルルーシュが情に絆されて告白を受け入れるのを避けるための時間だ。身内には甘い彼だから、あの場で迫れば勢いでうんと頷いてくれたかもしれない。でも、それでは駄目なのだ。本気で考えた末のルルーシュの本心が欲しい。
それがルルーシュを余計に混乱させるだけだとわかっていても、本心からの返事をもらいたいと願った自分は、罰せられて死ぬことを望んでいながらなんて強欲なのだろう。
「事後承諾になるけど、許してくれるかな」
「決めるのは私ではなくお兄様です。お兄様がスザクさんを選ぶのなら私の反対なんて無意味です。逆に、私が認めたとしてもお兄様が断わればどうしようもありません」
きっぱりとした口調にスザクは口許を緩めた。さすがはルルーシュの妹だ。大切な兄を奪おうとしていて、しかも昔からの友達であり兄と同じ男である人間に対して嫌悪感を表すことなく、決めるのは兄自身だと言い切る。
たとえば、自分が好きになったのがナナリーだったら話はもっと単純だっただろうか。普通に考えれば兄ではなく妹のほうを好きになるのが一般的だ。
それでも自分はルルーシュを選んだ。いつから好きなのかはもう覚えていない。子どものときだったのか、七年ぶりに再会したときだったのか。気付いたら好きという気持ちばかりが膨らんでいて、ルルーシュを前に衝動を抑えるのに苦労したほどだ。
「とにかく、私は反対もしなければ応援もしません。だって私はお兄様のこともスザクさんのことも好きなのですから、どちらかに肩入れしたら不公平でしょう?」
「そうかな?」
「そうです。でも、もしお兄様がスザクさんを選んだとしたら、それはやっぱり少し寂しいですね」
「もしルルーシュが僕を選んでくれたとしても、ルルーシュの一番はきっとナナリーだよ。間違いない」
「そうでしょうか?」
「そうだよ」
ルルーシュを譲り合うような言葉のやり取りに顔を見合わせ、小さく吹き出す。ルルーシュが帰ってきたのはそれからすぐのことで、笑っている自分たちを見て「何か楽しいことでもあったのか?」と不思議そうに首を傾げていた。その仕草はナナリーとそっくりだった。
今日も泊まっていいかなというお願いに戸惑った表情を浮かべたのは一瞬で、いいに決まっているじゃないかとすぐにいつもの笑みを浮かべてくれた。
だけどスザクは知っていた。笑う顔がほんの少し強張っていたことに。
ルルーシュを困らせていると知りながら、それでも告白を撤回できない自分はやはり強欲の塊だと思った。
(13.2.13)