<火曜日
「あ、おはようルルーシュ。昨日はどうしたの?」
教室のドアが開いた途端にスザクと遭遇してしまい、叫びそうになるのをなんとか堪えた。何もなかったように昨日のことを聞いてくるスザクに、お前のせいだと文句を言いたいのを我慢して顔に笑みを貼り付けた。
「朝食の後片付けをしていたら急に気分が悪くなってな。でももう大丈夫だ」
「本当?それならいいんだけど」
リヴァルに呼ばれてスザクが離れるとほっと息を吐き出した。
(あいつわざとか……?)
枢木スザクは天然、というのが生徒会内での定説だ。ということは、今のも計算ではなく天然なのだろうか。計算にしろ天然にしろタチが悪いことに変わりはないが、下心がないだけ天然のほうが厄介な気がした。
今日も学校を休めば良かったと思いながら自席に着く。すぐにホームルームが始まり、続いて授業に入る。
教師の声が響くけれど、ルルーシュはぼんやりノートの上を眺めていた。
ブリタニアの歴史なんて聞くだけ無駄だ。第一、教科書に書かれているようなことはすべて頭に入っている。そこに載っているのはブリタニア皇族の功績とそれに伴うブリタニアの流れだ。そんなものは皇族の基礎知識として子どもの頃にすべて覚えた。学生らしく真面目に勉強するのだとしても、今さら歴史を復習する必要はない。
それより今はスザクのことだ。これまでもルルーシュの頭の中にはスザクがいたけれど、それは大事な友達としての存在だった。
実は友達ではなかったとすれば、スザクのポジションは一体どこになるのだろう。
(そもそもスザクはいつから俺のことを好きだったんだ?)
色恋には疎い自分だから気付かなかっただけなのか、少しも悟らせないようにスザクが上手く隠していただけなのか。
(俺たちは同性だぞ、同じ男を好きになるなんて有り得ない)
でも、スザクの告白を断わるのは少し気が引ける。
スザクは好きだけどそういう意味の好きではないし、だからと言ってごめんなさいと言うのは嫌いと同義だと思われないだろうか。友達だし、スザクが悲しむことは言いたくない。だけどやっぱり告白には応えられない。
どっちつかずな自分の気持ちに悶々としている間に授業は終わり、緊張感から解放された生徒たちのざわめきが教室を満たす。
ちらりと視線を向ければ、スザクはリヴァルと話をしていた。いまだに日本人のスザクに対して差別的な言動をする生徒もいるが、大抵は快く受け入れている。アーサーを追いかけたときに自分を助けたことと、スザクは友達だと宣言したことは良い効果があったらしい。
ふと、あのとき掴まれた手を見つめた。手なんて子どもの頃から何度も握ってきたのに、なぜか急に頬が熱くなるのを感じた。
(な、なんだこれは)
自分の不自然な反応に戸惑う。なんの変哲もない手があるだけなのに、スザクの体温が思い出されて仕方ない。
「ねえ、ルルーシュ」
「ほわああああ!」
聞き慣れた声と突然叩かれた肩にルルーシュは悲鳴を上げた。振り返れば、同じく驚いたのかスザクが目を丸めている。
「ごめん、ビックリさせて」
「い、いや、ちょっとぼうっとしていたから驚いただけだ。そ、それよりどうした」
「どうしたって、次は移動教室だよ。行かないの?」
「へ?」
教室を見渡せば、いつの間にかクラスメートたちの姿が消えていた。前の授業が終わってから五分以上経っていて、自分はどれだけ考え込んでいたのだと呆れた。
「まさかサボるつもりじゃないだろうね」
「俺が毎日サボっているような言い方をするな」
「だってルルーシュの場合、寝るかサボるかのどちらかじゃないか」
「あのな……」
「せっかく学校に来たのに、君に会えないのは寂しいよ」
普段と変わらないやり取りに口を開こうとしたルルーシュだったが、最後の科白で言葉を飲み込んだ。
告白される前なら聞き流していたかもしれない。実際、スザクは自分がいなくて寂しがってくれたのだろう。ほんの少しニュアンスが違うように聞こえるのは、友達に対する気持ちではなく好きな相手に対する気持ちだからだと自分が捉えているせいか。
(知らなければ良かった)
どうして告白なんてしたのだろう。
スザクが自分のことを好きだと知らなければずっと友達のままでいられたのに。そしたら自分たちはいつまでも隣で笑い合えたのに。
だけど、一度意識してしまったらスザクのことを友達として見られない。自分の答えがイエスでもノーでも、もう二度と普通の友達には戻れない。
「どうかした?」
「――いや、なんでもない。そろそろ授業が始まるから行くか」
「うん」
馬鹿スザク、と心の中で悪態を吐いて席を立つ。一昨日までの自分たちには戻れないことに言い知れぬ寂しさを感じながら、ルルーシュはスザクに笑みを向けた。
目の奥が少しだけつんとしたのはきっと気のせいだろう。
(13.2.12)