一週間 1

 <月曜日

「君が好きなんだ」

 その言葉を聞いたのは月曜日の朝食の席。
 窓から差し込む陽射しはきらきらと輝き、外にはすっきりとした青空が続いていた。冬の寒さが少しだけ和らいで少しほっと出来る気温だったことを覚えている。
 食卓にはオレンジジュースとミルク、新鮮な野菜のサラダ、表面を黄金色に焼いたトーストにハムエッグ、それからたっぷりのフルーツとヨーグルトが並んでいた。ごく普通の、いつもと変わらない朝。
 ダイニングにはルルーシュとスザクの二人きりだった。顔を洗いに行っているナナリーと付き添っている咲世子が戻るのを待ちながら、ルルーシュはグラスに飲み物を注いでいた。その手元を眺めるスザクの表情はどこか真剣で、じっと見られたら緊張するじゃないかとルルーシュは笑った。
 スザクは前日からクラブハウスに泊まりに来ていた。珍しく長い休暇をもらったのだと言うから、だったらうちに泊まりに来ればいいと誘ったのだ。久しぶりの来訪をナナリーはとても喜んでいたし、ルルーシュも黒の騎士団の活動がちょうど落ち着いていたのでのんびり三人で過ごせた。
 そうして迎えた朝の食事の席で、「好きなんだ」という言葉がスザクからもたらされたのだった。

「ああ、俺も好きだぞ」

 適当な気持ちからではなく本心で口にした。だってスザクは大事な友達だ。好きで当たり前ではないか。
 しかしなぜか首を横に振られた。

「違うよ。そういう意味の好きじゃない」
「じゃあどういう意味だ」
「本気でわからない?」
「お前のことはナナリーと同じくらい大事だし、もちろん好きだ。それのどこが違うんだ」

 やっぱりわかっていないのか、とスザクがどこかがっかりしたように呟く。

「これ、僕としては一世一代の告白のつもりだったんだけど、無反応っていうのが一番きついかも」
「何を言っているんだ」
「だからね、僕が言いたいのは――」

 椅子から立ち上がったスザクが目の前に来た。翡翠の瞳に自分の顔が映り込む。
 友達とは言え、これほど至近距離で顔を見ることも覗かれたこともなく、ルルーシュの心臓は無意識に大きく鳴った。

「つまりこういうことなんだけど」

 言葉と共に顔がさらに近付き、唇に何か柔らかいものが触れた。それがスザクの唇だと気付いたのは、彼が離れたあとだった。

「唇にするキスの意味までわからないなんて言わないよね?」

 状況が上手く飲み込めず、呆然としたまま彼を見つめる。

「君のことが好きなんだ、ルルーシュ。友達としてじゃない、こういう意味で」

 二回目の告白に、今度こそ意味を理解する。
 だけど昔からの友達、しかも同性のスザクから告白された現実はしばらく受け入れられず、オレンジジュースの瓶を持ったままルルーシュは硬直していた。

「今すぐ返事をくれとは言わないよ。君も混乱しているだろうから」
「なん、で」

 ようやく搾り出した声は切れ切れだった。
 なんで。どうして。その二つの単語がルルーシュの中をぐるぐる回る。

「今までそんな素振り……」

 七年ぶりに再会してから今まで、スザクから特別な感情を向けられているなんて気付かなかった。友達として傍にいたから、少しだけ裏切られたような気さえする。

「うん、僕も言うつもりはなかった。でも君が学園の人気者で、女子の大半は君を狙っていると知ったら居ても立ってもいられなくなったんだ。我儘でごめん」

 少しだけしゅんとした様子を見せたスザクに、しかしルルーシュはかけるべき言葉を持たなかった。
 要するに、秘めたままにするつもりだったけれど周りの人間を見ているうちに焦ってしまい想いを告げてしまった、ということらしい。

「それで……?」

 我ながら酷い相槌だと思う。しかし友達だと信じていた同性の相手からいきなり好きだと言われ、冷静な受け答えの出来る人間がいるだろうか。少なくとも、ルルーシュはこの告白に対する正しい解答を持っていない。

「一週間待つから、一週間後に返事をもらえないかな」

 待つと言っているが、言い換えれば一週間で気持ちを固めろと強制しているようなものではないか。
 なんて身勝手なと思ったところで、ダイニングのドアが開いた。

「遅くなってすみません、お兄様、スザクさん」

 愛しい妹の登場に、ルルーシュの肩から自然と力が抜ける。

「いや、ちょうど準備が出来たところだ。ほら、スザクもさっさと座れ」

 先ほどの告白などなかったようにスザクの背中を押す。触れたぬくもりにどきりとしたのはきっと気のせいだ。

「俺はジャムを取ってくるから二人で先に食べていてくれ」
「はい」

 兄の言葉を疑うことなくナナリーがにこりと微笑んだ。
 二人の話し声を背に、そそくさと逃げるようにキッチンへ向かう。一人になったところで、ルルーシュはシンクの縁に手を付いた。
 (スザクが俺を好きだと?馬鹿な、これは冗談か?それとも何かのゲームで俺に告白するよう言われたのか?会長の企みなら理解できる。だが、そんなことのためにキスまでするか?しかも一週間後に返事をくれだなんて、ゲームにしてはやり過ぎた。となれば、やはりあれは本物の……)
 スザクの声が蘇り、ルルーシュは居た堪れない気持ちになった。
 恥ずかしい。理由はわからないが恥ずかしくてたまらない。

「一週間後……」

 つまり来週の今日、告白の返事をしなければならない。
 スザクが勝手に決めたことだから期限など無視しても問題ないはずだ。しかし、あれが本気の告白ならイエスにしろノーにしろ答えは出す必要がある。のらりくらりと逃げたところでスザクが諦めるとも思えない。となれば、どうしたって一週間後に返事をしなければいけないのだろう。
 (くっ……、ブリタニアへの反逆や黒の騎士団のことで忙しいと言うのにまさかこんな難問を突き付けてくるとは、スザクめ、なんてイレギュラーなやつなんだ!)
 あまり長くキッチンにいたらナナリーが不審に思うだろう。だけど、ルルーシュの足はまるで石になったように動かなかった。どんな顔をしてスザクと朝食をとればいいのかわからないし、教室でも四六時中一緒という状況が今は憂鬱だ。
 ようやく気持ちを落ち着けてダイニングに戻ったルルーシュは、せめてもの抵抗とばかりにスザクからは距離を置いてナナリーのほうばかりを向いていた。食事を終えたあとは二人を先に学校へ向かわせ、自分は自主的な欠席を決め込むと部屋に引きこもった。
 一週間。
 短いようで長い日々の始まりである。
 (13.2.11)