スターチス・後編

 ナナリーとユフィが帰ってしまうと城の中は急に寂しくなった気がした。
 もともと静かな場所なのに、何かが物足りない。また遊びに来ていただきましょうとスザクは慰めてくれたけれど、二人の学業や皇族としての活動の邪魔になることはしたくないと首を横に振った。
 寂しさを感じるのはきっと暇なせいだ。そう思い、ルルーシュは二人の帰った翌日からまた仕事を入れてもらった。
 と言っても、資料を読む程度の簡単な作業である。負担も責任もまったくない気楽な仕事しか異母兄は送ってこないし、あまり根を詰めるとスザクやジェレミアが怒る。体はもう平気なのにと零せば、まだ本調子ではないでしょうとまた怒られる。その繰り返しなので、最近では愚痴も我慢していた。
 これではかえってストレスだと、溜め息を隠して資料を捲った。
 (しかし、兄上はどういうつもりなんだ。俺の体調を案じてとか、俺を心配させないようにとか、そういう理由で不審者の情報を寄越さなかったとは思えないな)
 ルルーシュを狙った不穏な動きがあったことについては、ナナリーたちが帰ったあとにスザクから改めて謝罪された。
 宰相命令なら仕方ない、もう気にしていないからお前も気に病むなと伝えたけれど、スザクのことだから内心では今も申し訳なく思っているかもしれない。
 真面目で、主のことを第一に考えてくれる騎士の鑑のような男があえて隠し事をしたのだ。それだけ心配してくれたのだと冷静になって考えれば、スザクの想いがくすぐったくもある。
 (だが、それでもやはり仕事をセーブされるのは不満だ)
 シュナイゼルから静養期間の一ヶ月延長を伝えられたが、それは身を隠すための期間であって、本当に静養が必要なわけではない。だったらもっとちゃんと仕事がしたいと、最初の愚痴が再び浮かんだ。
 それに――、と紅茶を淹れている最中の騎士を盗み見る。
 ルルーシュの不満はもうひとつあった。この二ヶ月ほどの間、密かに抱き続けている不満だ。
 (スザクが俺に触ってこない)
 さらに言うと、名前で呼んでくれない。
 以前ならプライベートな時間になった途端、べたべたしてきて何かとスキンシップの多かった男が、この古城に来て以来、一度もまともに触ってこない。
 二人きりのときは名前を呼べとしつこく言っているのに、この城の中では殿下としか口にしてくれない。
 キスですら病室で目覚めたときにしたのが最後だ。
 これを言うべきか、放っておくべきか、ルルーシュはずっと悩んでいた。あまりに馬鹿らしい悩みだし、恥ずかしくもあるので口にするのを憚ってきたが、ここまで放置されるとだんだんイライラも募ってくる。
 別に欲求不満なわけではない。ただ、不安なのだ。
 スザクは勝手に恋人の関係を解消しようとしているのではないかとか、恋にのぼせる期間が終わって冷静になったら男同士の関係はおかしいと目が覚めたのではないかとか、単純に飽きられたのではないかとか、いろんなケースを考えて不安になってしまうだけだ。
 騎士としての彼についてはまったく心配していない。忠誠心は本物だと信じているし、騎士の任務をまっとうしようとする気持ちを疑うこともない。
 ただ、騎士と恋人は別物だ。騎士は続けたいけど恋人は辞めたいと考えることだってあるかもしれない。人の気持ちに絶対はないし、付き合い始めの初々しい関係が永遠に続くわけでもない。
 その結果が一切触れてこないという現状なのか、ただ単に遠慮されているだけなのか、見極められるほどの恋愛経験を残念ながらルルーシュは積んでいなかった。
 だったらいっそ直接問い質してみるかと思っても、そんなはしたないことを自ら口にするなんて到底できるはずもなく、二ヶ月間ずっともやもやしているのだった。
 (くだらない悩みだということは自覚している。あんな事件のあとでこんなことを悩めるのは平和な証拠だが、スザクに知られたら呆れられるかもしれないし、そもそも俺を狙った残党の始末もまだ終わっていないのに不謹慎だし、正直に聞いたところで欲求不満かと思われるのが関の山だ)
 書類を眺めながら考え込んでいたら、近い場所から「殿下?」と声が聞こえた。椅子から転げ落ちそうなほど驚けば、いつの間にか横にいたスザクもびくりとしていた。

「どうかされましたか?」
「な、なんでもない。お前のほうこそどうした」

 ばくばくと鳴っている心臓をなだめ、平静を装って尋ねる。

「お茶が入りましたとお伝えしただけなのですが、集中されているところを邪魔して申し訳ありません」
「いや、一旦休憩しようと思っていたところだから問題ない」

 スザクが触ってこない理由について考えていたとは口が裂けても言えなかった。
 お前も一緒に休憩しようと誘い、二人並んでソファに腰掛ける。

「いかがですか?」

 自分が淹れた紅茶の味が気になるのか、やけに真剣な顔で聞かれたのでルルーシュは笑った。

「まあまあだな」
「まだ駄目ですか……」

 しょんぼりと肩を落とした姿に今度は吹き出してしまった。天下のラウンズだった男が紅茶ひとつで落ち込むなんて世間が知ったら目を剥くだろう。
 同時に、スザクのこんな姿を見られるのは俺だけなのだとたまらない優越感を抱いた。

「駄目だと言っているわけではない。これがお前の味で、お前の淹れた紅茶を飲めるのは世界で俺ひとりだけだと思ったらどんな茶葉よりも貴重なものだ」

 たとえ不味かったとしても、それはそれでとても貴重である。
 まああまり不味いと飲めないから困るが、と心の中で呟いて笑みのまま顔を上げると、スザクがこちらを惚けたように見ていた。首を傾げれば、その頬が微かに赤くなった。珍しい反応だ。

「何か可笑しなことを言ったか?」
「い、いえ、そんなことは! ――ただ、僕なんかの淹れたお茶が貴重だと殿下におっしゃっていただけたのが嬉しくて」

 スザクのはにかんだ表情に、ルルーシュの中で甘酸っぱいような感情が広がった。そして、スザクに想われていることを実感し、少しでも彼の気持ちを疑った己を恥じた。
 (スザクに触れたい)
 その欲求は素直に生まれたものだった。
 はしたないとか不謹慎だとか冷静な理性はまだ言っているけれど、今ここでスザクのぬくもりを確かめたい。好きだから触れたい。
 紅茶のカップをテーブルに置くと、彼の左手に恐る恐る手を重ねた。それから、思い切ってもたれかかる。
 キスやセックスをするわけではないのに心臓がまた早鐘を打っているのは、こうして触れるのが随分と久しぶりだからだろうか。

「殿下?」
「名前」

 不機嫌っぽく咎めると、困ったような雰囲気を隣から感じた。

「どうしたの? ルルーシュ」
「どうしたは俺のセリフだ。ここに来て以来、一度も呼んでくれなかったじゃないか。せっかく二人きりなのに……」

 こんな風に過ごしてくれなかったじゃないか、という文句はさすがに口には出せなかった。
 でもスザクにはちゃんと伝わったようで、重ねていた手がくるりとひっくり返ったかと思えば優しく掌を握られた。

「だって、ここには任務で来ているから。休暇中ではないし、遊びで来ているわけでもないのに、プライベートを満喫するわけにはいかないよ」
「だが、警備なら万全にしているし、ジェレミアも咲世子も一緒なんだからお前ばかりが任務に当たる必要は」
「そうじゃないんだ。もちろん警備のことも気になるけど、僕はただ――、今度こそ君を守りたいんだ」

 身を起こして顔を覗き込めば、スザクが微かに笑った。悔いの混じった笑みだ。

「その話は終わっただろう」
「うん、でもこれは騎士としての僕の矜持だから。仕方なかったは言い訳にならない。僕は君に傷を付けた。それは事実だ」
「傷を付けたのはお前じゃない」
「僕だよ」

 責任はあくまで自分にあると言い張るスザクの気持ちは痛いほどわかる。その悔いは病室でもずっと感じていた。
 だけど、自分を責め続けるスザクを見たいわけではないのだ。ナナリーたちの提案でせっかく二人きりの貴重な時間をもらったのに、これではペンドラゴンにいるのと変わらない。
 (だったら――)
 羞恥心はかなぐり捨てよう。悶々と考えるのは時間の無駄だ。そもそも、思い付いたことは即行動に移すタイプなのに、こんなときだけぐずぐずと思い悩むのは自分らしくない。
 腰を上げたルルーシュは、スザクの前に立つと首のスカーフを解いた。それから、フリルのついたシャツのボタンを上から順に外していく。
 呆気に取られた様子で眺めていたスザクだったが、シャツの隙間から胸元が見えたところでようやく我に返ったのか、慌てた様子でルルーシュを止めた。

「何をする」
「それはこっちのセリフ! 何してるの!」
「服を脱いでいる」
「それはわかってるけど、そうじゃなくて」
「うるさい、邪魔をするな」

 スザクの手を振り払い、残りのボタンもすべて外すとシャツの前を開いた。

「この体のどこに傷が残っている?」

 そう問いかければスザクが息を呑んだ。
 白い肌には傷ひとつ付いていない。少しは傷が残るだろうと思っていたし、残ったところで別に問題はなかったのだが、担当の医師がやけに気合いを入れてくれたおかげか、銃弾を受けた痕も手術の痕もすっかり綺麗になった。じっくり見てもわからないくらいで、さすがはブリタニアの最先端医療技術である。

「これでもまだお前が傷を付けたと言うか?」

 撃たれた場所をじっと見ていたスザクは、おもむろにルルーシュを見上げると泣き出しそうな顔をした。

「触っても、いい?」
「好きにしろ」

 スザクの指先が肌に触れた。
 確かめるように何度も何度もそこを撫で、それから腰を抱いてルルーシュを引き寄せ、腹部に唇を押し当てる。唇だけで肌の上をなぞられるのがくすぐったくて、思わず栗色の髪をくしゃりと掴んだ。
 そのうち舌の先で傷があった場所を舐められ、全身が泡立つような感覚がした。
 裸の背中を優しく撫でられながら、愛撫のように繰り返し舌が這わされる。無意識に髪を掴む手に力をこめれば、スザクの顔がようやく上がった。

「痛くない?」
「痛くない」
「じゃあ、気持ち良い?」

 試すような質問をされ、視線を鋭くしてみせる。しかし、先ほどまでのしゅんとした様子はどこへ行ったのか、スザクは口の端を上げただけでまた唇を寄せてきた。今度ははっきり愛撫と呼べる仕草だった。

「ァ……」

 漏れた声を抑えるために両手で口元を覆った。薄い皮膚に軽く歯を立てられると背筋が震えてしまう。大した刺激ではないのにひどく感じてしまい、羞恥に頬が熱くなった。
 もっと凄いことを何度もしてきたのに妙に居た堪れないのは、こうして触られるのが久しぶりだからだろう。
 でも、嫌な感覚ではない。
 その気はなかったものの、ずっと不満を溜め込んでいた体だ。あっさりと欲に溺れてしまうのは当然なのかもしれない。

「スザク――」

 熱っぽい溜め息と共に名前を呼べば、愛しげに愛撫を繰り返していたスザクが顔を上げた。その瞳の奥に同じ欲の色があるのを認め、ルルーシュはもう一度息をついた。

「こんなところでは嫌だ。――もっと、ちゃんとしたい」

 そう囁くと、スザクの欲の色が濃くなったのを感じた。

「イエス、ユアハイネス」

 右手の甲に恭しくキスを落としたスザクが立ち上がる。何をするのかと見ていたらいきなり横抱きにされ、不安定な体勢にルルーシュは慌ててスザクの首にしがみ付いた。

「この格好はないだろ! 下ろせ!」
「暴れたら落ちるよ。静かに」

 ぴたりと口を噤めば軽くキスをされた。むっとしたまま睨んでいると、スザクが困ったような表情で「ごめん」と謝った。

「先に言っておくけど、あまり余裕ないかも」
「なんだそんなことか。気にするな、余裕がないのは俺も同じだ」

 さらりと言ってみせれば、目を瞠ったスザクは次の瞬間吹き出した。

「ルルーシュのそういうところ、可愛くて大好きだよ」
「うるさい、いいからさっさと連れて行け」

 しがみ付く腕に力を込め、目の前の肩に顔を埋める。
 スザクはどう思っているか知らないが、こんな風に誘う言葉を口にしたり誘う仕草をしてみせたりするのは本当はとても恥ずかしかった。でも、スザクに触れていたいという感情が恥ずかしさを上回るのだ。
 ルルーシュを抱え直したスザクが歩き出した。いわゆるお姫様抱っこの体勢は意外とバランスが悪いので居心地はあまり良くない。だけど、何があっても落とさないようしっかり抱いてくれているスザクの腕は嬉しい。
 (そんなこと絶対に言えないけど)
 恥ずかしさに襲われながら、それでもルルーシュは口元に笑みを浮かべていた。
 好きだと素直に想えることがとても幸せだった。

「っア……、ああッ!」

 背を仰け反らせ、手元のシーツを握り締める。
 初めはひんやりとしていたシーツもすっかりぬくもり、ぴんと張られていたのが嘘のように皺くちゃになっていた。

「すざく、もう……ッ」
「まだだよ」

 無意識に体が逃げを打つけれど、腰を掴んだスザクに引き戻される。その衝撃にルルーシュは大きな悲鳴を上げた。

「アぁ……、すざ…っ」
「もうちょっとだけ、ね?」
「ひぅッ、ン、んんッ」

 後ろから伸し掛かられ、深いところまで犯される感覚に体が震えた。
 何度もスザクの精を受け止めた場所からはぐちゅぐちゅと卑猥な水音がしていて、自分たちが淫靡な行為に耽っていることをまざまざと実感する。
 最初こそ正常位で、久しぶりだからとゆっくりしてくれたのに、奥が馴染んだ頃には激しく揺さぶられていた。果ててひと息つく間もなく抱き起こされ、続けてイかされた。
 それからあとは何回達したのか、スザクは何回吐き出したのか、数えていないのでわからない。
 何時間こうして抱き合っているのか、時間の感覚もない。
 寝室に足を踏み入れたときはカーテンの隙間から薄っすら西日が入り込んでいたのに、今は手元のランプを点けていないと互いの顔すら判別できないくらい真っ暗なことから、少なくとも夜であることは把握できた。
 途中で内線が入り、「殿下はお疲れのようで、ぐっすり眠っていらっしゃるから食事は目を覚まされてからにする」とスザクが応えていたのも踏まえると、夕食の時間はとうに過ぎているのかもしれない。
 そうして束の間の休憩を挟み、再びスザクのものが挿入されてさらに行為を続けている。
 スザクが触れてこないことに不満を持ったのはルルーシュのほうだし、数ヶ月ぶりのセックスにルルーシュ自身も夢中になってスザクを求めた。
 だが、物には限度がある。そもそもルルーシュには体力がないので、早々にギブアップしてしまった。
 (なのにスザクが)
 普段はルルーシュの嫌がることをしないのに、ベッドの上のスザクは意地悪だ。きついから無理だと言っても、もう少しだけと甘い声でこちらを陥落させてくる。
 だけど、口では文句を言いながら、その求めを本気で拒絶するつもりはルルーシュにはなかった。あのスザクが男の顔をして熱っぽい視線を向けて体を欲しがるのは自分だけなのだと思えば、愛しさと優越感に満たされた。
 結局、俺も馬鹿なんだ、と口の端で笑ってルルーシュは力の入らない左手を伸ばした。シーツに手を付いているスザクに縋るように触れれば、指を絡めて強く握られた。

「ルルーシュ――」

 直接声を囁き込まれた耳に舌が這う。軽く噛まれるとぞくぞくしたものが背筋を伝った。
 その間もスザクは腰を動かしていて、しかし緩い抽送にじれったさを覚える。

「スザク…っ」
「何?」

 自ら腰を押し付けるようにしても、スザクは耳への愛撫を続けていて知らんぷりだ。苦しい体勢でなんとか振り返って睨んだが、わざとらしく首を傾げるだけである。

「してほしいことがあったら自分で言わないと駄目だよ」

 そう言いながら、今度は勢いよく突き上げてきた。

「ひぁああ! ……っア、お前、ッ、こんなときだけ、性格悪い…!」
「だってルルーシュが可愛いから。ね、おねだりしてみて?」

 口では意地の悪いことを言うくせに、左手を握り締める手は優しい。親指の腹で愛しげに甲の部分をさする仕草と意地悪な態度はどこかちぐはぐだ。
 でも、決して嫌ではない。意地悪を裏返せば独占欲や執着心のようなもので、それはそれで悪くない。
 (そう思う時点で俺も相当毒されているな)
 心の中で苦く笑って視線だけをスザクに向けた。ラウンズ時代は死神と呼ばれ、先日の事件でその二つ名を再認識させた男が、額に汗を浮かべて無防備な姿を晒している。
 こんなスザクを見られるのは恋人の特権で、求めるのも求められるのもお互いだけなのだと思ったらたまらなく幸せな気持ちになった。
 ルルーシュは笑みをたたえてスザクの名前を小さく呼んだ。

「もっと奥まで、お前が欲しい。お前だって、俺の中は悦いんだろう?」

 なあ? と笑みを深めればスザクが息を呑んだ。
 そして、まったく君は――、と普段の彼の声音でぼやくように呟いた。

「どこでそういうのを覚えたの?」
「お前のせいだろう。そんなことより、早く」
「うん、――好きだよ、ルルーシュ」

 頬にキスをひとつ落としたスザクは、上半身を起こすとルルーシュの腰を抱え直した。
 腕に力が入らないので腰だけを高く上げられる格好になり、今さらながらに羞恥が湧き起こる。しかし、激しくなった律動に恥ずかしさや居た堪れなさはすぐに消えた。
 ぎりぎりまで引き抜かれた熱い楔に貫かれ、立てている膝ががくがくと震えるけれど、スザクにがっちりと腰を支えられているので崩れ落ちることは叶わない。

「ア、アっ、…ッ、あ、アア……」

 すっかり敏感になった内壁を何度も擦られ、悦いところを突かれ、開いた口からはひっきりなしに喘ぎが漏れる。

「やッ、ァ、ん、んぅ…っ」
「ルルーシュ……、ッ」
「ン……、すざ、ッ、ア、あぁ!」

 これ以上は死んでしまう、と切れ切れの息で訴えれば放っておかれた屹立に触れられた。そのまま擦り上げられ、強すぎる刺激に目がチカチカした。

「すざく…ッ、ダメ、もう、ダメ…!」
「いいよ、一緒にイこう」
「ひぁ、アっ、ああぁあッ!」

 突き上げを強くされ、ルルーシュは薄くなった精を吐き出した。何度も達しているから量も少なく、本当に死んでしまいそうだと、脱力した体を揺さぶられながら思う。
 少し遅れてスザクが果てた。挿入されていたものが抜かれ、奥から溢れたものが足を伝った感触がしたけれど、それを気にするだけの余裕はもうない。
 倒れ込むようにベッドに懐くと、スザクも一緒になってベッドに横たわった。荒い呼気が夜の寝室を満たし、濃密な空気が肌に纏わり付くのを感じていると、スザクの腕に強く抱き締められた。
 その息苦しさが今はひどく心地良く、ぐったりと目を閉じたまま息を整えた。
 どのくらい経ったか、ようやく呼吸が落ち着いた頃、ルルーシュは思い出したようにぽつりと呟いた。

「なんで我慢していたんだ」
「え?」
「こういうこと」
「え……」
「夜ぐらいいいじゃないか。それとも、ここにいる間は二十四時間任務中だから夜もプライベートではないと思ったのか? 名前を呼ばないくらいだから当然か。でも、そのせいで何度もされたらたまらない」
「無理にごめん。久しぶりで止まらなくて……。嫌だったよね、ごめん」
「そういう意味じゃない。嫌だったらもっと本気で抵抗するに決まってるだろ」

 言わせるな馬鹿、と振り返って悪態をつく。頬が熱いけれど、ランプ以外は光源がないから気付かれないだろう。

「ごめん」
「だから謝るな。俺が知りたいのは――」
「わかってる。僕が君に手を出さなかった理由だろ?」

 はっきり言われるとなんだか照れくさい。すっかり熱が引き、どろどろに溶けきっていた思考もはっきりしてきたからこそ余計に。

「ここに来たのはプライベートじゃないって気持ちもあったけど、一番はルルーシュの体が心配だったから」
「俺の?」
「だって、一時は絶対安静って言われていたんだよ。リハビリもしてだいぶ体力が戻ったとは言え、そんな君に我慢できないからって手を出したら体だけが目当てみたいじゃないか」
「だからって、今日みたいにされたら死ぬ」

 まあ誘ったのは俺のほうだが、とごにょごにょ言えばスザクの笑う気配がした。

「でも、僕の我慢のせいで君を不安にさせたり、こんな風に負担をかけるのなら間違っていたんだと思う。ごめん」
「慣れない我慢をするからだ」
「そうだね」

 薄暗がりの中で互いに顔を見合わせ、一緒になって吹き出した。

「こういうのは俺のジャンルじゃないんだ」
「うん。でも、君から誘われて実は嬉しかった」
「馬鹿」

 額にキスが落ち、目を閉じれば瞼の上に触れ、それから唇が柔らかく重なった。ぬくもりを伝え合うだけの口付けが心地よく、スザクの足に足を絡めると抱き締める腕が強くなった。
 (ああ、どうしよう――)
 体力はもう限界だし、これ以上やったら死んでしまうと危機感を抱いたばかりなのに、もうスザクが欲しくなっている。
 際限なくスザクを求めてしまう自分が浅ましく、でも、好きなだけスザクを愛していいのだと思ったら嬉しくてたまらない。

「スザク」

 名前を呼んだ声が熱っぽいことにスザクは気付いただろう。
 キスを解いた唇が首に触れ、きつく吸い上げた。その痛みにすら感じてしまい、ルルーシュは腰を押し付けてねだるように動かした。

「きついんじゃなかったの? こんなことして知らないよ」

 本気で咎めるつもりのない声にくすくすと笑う。

「やめたければやめてもいいぞ。でも残念だな、こっちはまだやめたくないと言っているのに」

 勃ち上がりかけているものを手の甲で撫でれば、スザクが微かに呻いた。いつも意地悪をされているから意趣返しだ。恥ずかしくないと言えば嘘になるけれど、うろたえたスザクの顔を見られたから満足である。

「もう、本当に知らないからね」

 そんなことを言うくせに、起き上がって人の両手をシーツに縫い止めているのはどこの誰だと口の端を上げた。

「お前の好きにすればいい。俺はお前のものなんだから」
「ルルーシュ――」
「俺もお前が好きだよ」

 スザク、と呼んだ声はキスに掻き消された。温かい手を握り返しながら、唇を薄く開いて彼の舌を招き入れる。
 再び行為に没頭するまでさほど時間はかからなかった。

***

「――ええ、わかりました。兄上もお体に気を付けて。では」

 シュナイゼルからの電話を切ると、執務机の前で心配そうに見守っていたスザクを見上げた。

「宰相閣下はなんと?」
「例の残党や、これに便乗した不届き者の一掃が完了したそうだ。わずか二ヶ月で本当に片付けてしまうとは、さすがは兄上だ」
「それは良かったです」
「というわけで、長かった休暇もこれで終わりだな」

 両手を組み、そこに顎を乗せてにこりと笑えば、スザクが複雑そうな顔をした。

「これはもともとカモフラージュのための静養だろう。事態が収束すればペンドラゴンに戻るのは当たり前だ」
「そうですが……」
「二ヶ月、いや、病院のベッドで寝ていた期間も含めれば三ヶ月以上も遊んでいたんだ。これ以上はストレスが溜まりすぎて死ぬ」
「遊んでいたのではなく静養です」
「似たようなものだ。それともお前、一日中ベッドの中で過ごせなくなるのが不満か?」

 再び抱き合うようになって以来、朝から晩まで飽きもせずベッドで過ごすことが何度かあった。
 色に狂っているとしか思えないひとときは思い出すだけで居た堪れない気持ちになるけれど、そのことをわざと揶揄して口にすればスザクの眉が寄せられた。

「茶化さないでください。僕が言いたいのは――」
「安心しろ、向こうに戻ってもお前の希望と休暇さえ合えば付き合ってやる」
「は?」

 呆気に取られた顔のスザクに笑みを深める。

「もっとも、今回これだけ休んだから次の休暇は何年後になるかわからないが」

 意地悪く言って椅子から立ち上がれば、殿下! と動揺したような声が上がった。スタスタと部屋を突っ切り、ドアの前でくるりと振り返る。

「ジェレミアと咲世子への報告のついでに一緒に食事にしよう。俺が戻るための準備が必要だから、実際にここを引き上げるのは一週間後といったところか。あちらに戻ったらまた忙しくなるぞ」
「わかっています。準備についてはジェレミア卿たちとご相談して進めます」
「ああ、任せた」

 スザクが隣に立ち、ドアを開けようとする。その手をルルーシュはぐいと引っ張り、騎士服の胸元を掴んだ。

「殿下?」
「スザク――、お前は俺の騎士になったことを後悔していないか?」
「していません」

 きっぱりとした返事がすぐに返ってきた。翠の瞳が真っ直ぐ自分を見ているのを感じる。

「僕はずっとルルーシュ殿下の騎士になりたかったんです。後悔する理由も必要もありません」
「そうか」

 スザクの手が重なり、大事に包み込まれた。

「お前がいてくれて俺は幸せだ。これからも変わらず俺の傍にいてくれたら嬉しい」
「もちろんです。殿下から離れることはありません」
「その言葉、忘れるなよ」
「イエス、ユアハイネス」

 恭しく手を取られ、指先に誓いのように口付けられる。スザクの目線が上がり、ルルーシュは柔らかく微笑んだ。スザクも優しい笑みを返してくれた。

「では、行くか」

 するりと手が離れる、でも、スザクが傍を離れることはない。
 彼はいつだって傍にいてくれる。スザクがいれば怖いものなんて何ひとつないのだ。
 そう思える相手と出会い、そんな相手を得られたことはこの上ない幸福だと、頬を緩めてルルーシュは歩みを進めた。
 (16.08.25)BACK<<