「はい、わかりました。社に戻ったらメールを確認しますので。では、失礼いたします」
仕事相手への電話を終え、時計を確認した。会社に戻ってからの算段を頭の中でしながら駅へと向かう。
平日の昼間だと言うのに交差点の人通りは多かった。大抵はスーツ姿のサラリーマンで、自分と同じように営業で走り回っているに違いない。
ずっと忘れていた、いや、忘れようとしていた中学時代のことを思い出してしまったのは、先ほど中学生の二人組とすれ違ったからだろう。学校にいるはずの彼らがこの時間帯に帰宅しているということは、テスト期間中なのかもしれない。
あれから十年が経った。中学はとうの昔に卒業し、高校、大学と順調に進学したルルーシュは、卒業後に父の会社に就職した。現在は子会社に出向中だ。いろんなところで経験を積ませ、いずれは本社に戻すつもりなのだろう。
すべては予定調和で、初めから敷かれていたレールだった。その昔、親の会社を継ぐのは嫌だと志を高くスザクと語り合ったことがある。夢も希望もたくさんあって、多少の不自由はありながらも楽しく幸せな毎日を過ごしていた遠い過去のことだ。
しかし、今の自分はと言えば、こうして単調でつまらない日々を送っている。仕事はそれなりにやりがいがあるし、ルルーシュが社長令息であることを知っている人間は少ないので変に特別扱いされることもない。でも、子どもの頃に思い描いていた未来とは程遠い。
(そもそも未来なんてものもなかったか)
その未来はスザクと一緒に夢見ていたものだ。スザクという親友を失い、夢も未来もルルーシュの中ではなくなってしまった。
今でもたまに思うことがある。自分がもっと素直だったら。ごめんと謝って己の非を認めていたら。後悔は尽きないけれど、すべては自業自得だった。
(俺はスザクを裏切った)
友達を裏切り、友達を捨てた。ただ彼の一番でいたかっただけなのに、結果として何もかもを失ってしまった。
(俺の友達はお前だけだったのにな)
あんなやつ、もう俺の友達じゃない。
己の言葉が胸に突き刺さり、十年経っても小さな棘として残っている。
あの一言さえなければ今もスザクと一緒にいられたかもしれない。仕事帰りや休日に会って、愚痴や不満を零しながらも二人で楽しく過ごせていたかもしれない。どれもくだらない夢物語だ。
ふと頭上を見上げれば、秋晴れの綺麗な青空が広がっていた。もうすぐ冬がやって来る。スザクと別れた冬だ。
同じ空の下で、彼は今も元気にしているだろうか。そう考えたら視界がほんの少し滲んだ気がして、ルルーシュは目元を擦った。
信号が赤に変わる。足を止め、道路の向こうにいる人々の顔をなんとなく眺めた。似たようなスーツを着たサラリーマンばかりで異様な光景にも感じられるが、自分もその一員だと思い至ってげんなりしてしまう。
このまま帰ってしまいたいなと叶いもしない希望を抱きながら視線を動かしたとき、視界が何かを捉えた。違和感を探ろうとひとりひとりの顔を確かめていったルルーシュは、何かの正体を突き止め、そして瞳が零れ落ちそうなほど大きく目を見開いた。
スザク。
無意識にその名を唇だけで呼んだ途端、体が硬直した。
まさか、どうして、なぜこんなところに。
頭が上手く回らなくて何も考えられない。いつの間にか信号が変わっていたのか、棒のように立ち尽くしていたルルーシュを追い抜いたサラリーマンの肩がぶつかった。
ようやく我に返り、歩き方を忘れたみたいに慎重に足を動かした。見つかってはいけないと緊張しながらも目はスザクをしっかり追っていた。
彼もスーツ姿で、鞄を持ち、足早に交差点を渡って行く。こちらに気付いた様子はない。五メートルほど離れたところですれ違う。最後までスザクの目がルルーシュを捉えることはなく、横断歩道を渡りきったときには安堵の息を吐き出していた。恐る恐る振り返ってみたが、スザクらしき後ろ姿を見つけることはできなかった。
もう二度と会うことはないと思っていたし、実際この十年、一度もスザクを見かけることはなかった。なのに、たまたま昔のことを思い出した直後に遭遇するとは、一体なんの嫌がらせだろう。
極度の緊張にまだドクドクと音を立てている胸に右手を押し当てた。
「――スザク」
彼の名前を声にしたのは十年ぶりのことだった。
***
エレベーターに乗り込み、十階のボタンを押す。途中で一度も止まることなくフロアに着くと、所属課のドアを押して自席を目指した。
椅子に座り、やれやれと息をついた瞬間、「ルルちゃん!」と声がかかった。同時に両肩が重くなる。こんなことをしてくる人間をルルーシュはひとりしか知らない。
はあ、と溜め息をつくと後ろは振り返らないままパソコンを立ち上げた。
「ルルちゃん、あなた今度の土曜日は暇? もちろん暇よね? 良かったわぁ、暇で」
勝手に話を進めているのはミレイ・アッシュフォード。大学時代の一年先輩で、ルルーシュ同様、本社から出向してきている社員だ。
仕事ぶりは優秀。老若男女問わず好かれており、課内のムードメーカーで幹部の飲み会にもよく呼ばれるような快活な女性なのだが、賑やかなことが大好きですぐにイベントを企画しては人を巻き込むところが少々いただけない。男手が必要だからと準備に駆り出され、こき使われたことは一度や二度ではない。
しかし、どちらかと言えば苦手なタイプのはずである彼女を好ましく思ってしまうのは、ひとえにその人柄のせいだろう。彼女のおかげで出向先にもすぐに馴染むことができたし、社外の知り合いも増えた。
だからと言って、貴重な休日を潰されるのはやはり嫌なので、一応は嫌な顔をしてみせる。
「暇とはまだ一言も言っていませんが」
「もう、固いこと言わない。若い男子の参加者がひとりでも多く欲しいのよ」
「何をするかは知りませんが、準備の手伝いはしませんからね。今週中に終わらせなければいけない案件がいくつかあるんですから」
「それはもちろん大丈夫。当日の受付をちょーっとだけ手伝ってくれれば」
「受付? 一体、何をやるつもりなんですか」
不在中のメールを確認しながらミレイに尋ねる。こういう企画は皆が参加しやすいようにと大抵が平日なのに、わざわざ土曜日にやるとは珍しい。
「今週の土曜日はなんの日か忘れたの?」
「土曜日? 何かありましたか?」
「新たなイベントを盛り上げて閑散期の売り上げを伸ばしたかった日本企業にとっては救世主のような日よ」
「……ああ、なるほど、ハロウィンですか」
「正解! でね、うちといつもやり取りしている桐原商事さんのとこの若手とで合同ハロウィンパーティーをしようと思って」
「またそんな企画を……。桐原商事まで巻き込まないであげてください。あちらだって忙しいでしょうに」
「あら、ノリノリだったわよ。ジノ君って子、たまにうちに顔を出すでしょう? 向こうは彼がメインになって参加者を募ってくれるって」
ルルーシュの所属する課をよく訪ねてくる高身長の男性を思い出す。確かに、あのノリならミレイの企画に乗ってくれそうだ。
「で? まさか受付だけなんて言うつもりはないのでしょう?」
「さっすがルルちゃん、察しが良くて助かるわ。別に本格的な仮装をする必要はないのよ。要は非日常を楽しみながら食べたり飲んだりできればいいんだから。さらに他社との交流も図れる」
「普通の飲み会にすればいいじゃないですか」
「それじゃあいつもと同じでつまらないじゃない。ルルーシュだってブリタニアにいた頃よくやったでしょ?」
「残念ながら、三歳のときに来日して以来ずっと日本育ちです」
「あら、そうだったの。じゃあブリタニアのことは全然?」
「たまに里帰りはしますが、あちらより日本のほうが故郷って感じはしますね」
「だったらなおさら母国でもやっている行事を楽しむのはいい機会じゃない」
「まあそういうことにしておきます。それで、衣装はどうすればいいんですか?」
椅子をくるりと回してようやくミレイのほうを向けば、どれがいいかしらとリストを渡された。自分で仮装用の衣装を用意できない人のために、あらかじめ衣装のテーマやサイズなどを聞いて回っているらしい。準備万端なところはさすがミレイだ。
「そうですね、ではオーソドックスにドラキュラにしときます。楽そうだし」
「オッケー、それじゃあ用意しとくわ。当日のことはまたあとでお願いするから、それまで一生懸命お仕事してちょうだい」
「先輩もですよ」
ひらひらと手を振ったミレイを見送り、自分の仕事に戻る。それなりに忙しくはあるが、深夜まで残業しなければいけないほどではなく、ひと段落したら土曜日の準備を手伝うくらいの余裕はあった。むしろ、今は誰かと話して極力ひとりになる時間を減らしたい。
気を抜くとスザクの姿が頭に浮かび、メールの返信をするためにキーを打っていた手が止まる。
十年ぶりに会った元親友。これだけ時間が経ったら街中で会っても顔なんかわからないと思っていたが、あの頃の面影を残した顔は一目見てすぐにわかった。
(でも、今度こそもう二度と会うことはないだろう)
あの雑踏の中で偶然スザクを見つけたことは奇跡に近い。そんな奇跡が何度もあってたまるか。
「ランペルージさん、お電話です」
自分を呼ぶ声に意識を戻す。
スザクのことはもう忘れたのだ。思い出したところで友情は戻らないし、彼がまた目の前に現れるわけでもない。だからまた忘れよう。
数時間前に見た懐かしい顔を無理やり追い出し、ルルーシュは電話を取った。
***
「こちらに名前をどうぞ」
相手の名前を聞いてリストをチェックし、会費を受け取ると参加者を会場に促す。受付の仕事はそれだけだった。
ミレイが発起人となったハロウィンパーティーは七十人ほどが参加していて、なかなかの大人数だ。レストランを貸し切ってやるのかと思っていたら、会場は都内の一等地にそびえ立つホテルという豪勢さである。
ルルーシュはまったく知らなかったのだが、今日のパーティーは数ヶ月前から計画されていたようで、ミレイとジノとで前々から準備していたらしい。ホテルの会場を押さえられたのはジノの功績らしく、ミレイがしきりに彼を褒めていた。
そういえばヴァインベルグというのはブリタニアでも由緒ある家柄だったとルルーシュは今頃になって気付いた。そんな家の人間がまさか日本の企業に就職しているなんて考えてもいなかったから、思い付かなかったのだ。
四男坊だから自由気ままにできるんですよと彼は言っていたが、自分と同じで武者修行の一環なのかもしれない。しかし、こちらがランペルージの息子であることは打ち明けていないので、それ以上は詳しく聞かなかった。
とにかく、ただの仮装パーティーだと侮っていたから受付の仕事自体は楽なのだが、人数が多くて少々面食らってしまった。開始時刻寸前まで人は途切れず、ひたすら事務的にチェックしていく。
「お待たせしました、次の方――」
女性の二人組に入口を教えたあと、営業用の笑顔で次の参加者に声をかけたルルーシュはそこで固まった。
なぜとか、どうしてとか、疑問が次々に浮かぶけれどどれも言葉にならない。先日と同じだ。顔が強張り、相手の顔を呆然と眺めることしかできなかった。
「これ会費です。確かめてください」
封筒を差し出されてもそれが何なのかすぐには理解できなかった。
「ルルーシュ先輩、どうしたんですか」
一緒に受付をしている後輩に声をかけられてハッとする。平静を装って封筒を受け取ると中身を確認し、名前を尋ねるために口を開いた。
「お名前は……」
「枢木スザクです」
他人の空似かもしれない。よく似た人間がたまたま現れただけかもしれない。そんな一縷の望みはあっさり断たれた。
「枢木さん、ですね」
震えそうになる指を叱咤してリストをチェックすると、なんとか笑顔を張り付けて会場へと促した。にこりと笑った彼はすぐに背を向けて行ってしまった。そのことに安堵し、ほんの少しガッカリしている自分がいた。
「すみません、お待たせしました。次の方どうぞ」
動揺を紛らわすように受付の仕事に戻る。今のは夢ではないだろうかと何度も思ったけれど、リストに載った枢木という文字が消えることはない。
そもそも、これほどはっきり印字されているのになぜ今まで気付かなかったのか。リストが手渡されたのはほんの一時間前のことだから確認する暇もなかったし、先日の邂逅以来、スザクのことは忘れようと記憶から消去するのに必死で、だから脳があえて無視していたのかもしれない。
いずれにしろとんでもない失態だ。桐原商事に務めている可能性なんて考えたこともなかった。たまたま企画されたハロウィンパーティーに一緒に参加することは神様でもなければ予想できないことだが、リストを見逃してしまったのは自分のミスである。わかっていれば体調不良を理由に抜け出したのに、今さら帰るとはとても言えなかった。
全員の受付が終わり、遅れて会場に入る。すでにパーティーは始まっていて、思い思いの仮装に身を包んだ参加者たちは一様に楽しんでいる様子だ。立食パーティー用のメニューはどれも豪勢で、ジノがホテル側と交渉してくれたおかげだとミレイが言っていた。「私だけじゃなくて友人も手伝ってくれたんですよ」と彼は応えていたが、その友人とはスザクのことではないのか。枢木家の息子ならばここが御用達でもおかしくない。
(そういえば、なぜスザクは桐原商事にいるんだ)
就職するなら実家の系列の会社のはずだと疑問が浮かび、桐原商事は枢木と取引のある会社だったと思い出した。何もかも後手後手だが、今さら後悔しても遅すぎる。
(だが、まさかスザクと再会する羽目になるなんて誰が予想できた?)
自分が子会社に出向したことも、その子会社の向かいに桐原商事の建物があることも、桐原商事とやり取りをしているのがたまたまルルーシュのいる課だったことも、ミレイがハロウィンパーティーを企画したことも、そこに受付として参加しなければいけなくなったことも、パーティーにスザクが出席していることも、素晴らしい奇跡なんかじゃない。
すべては運が悪かったのだ。どれかひとつが違っていればこうしてスザクと顔を合わせることもなかったのに、神の悪戯は残酷としか言いようがなかった。
なるべくスザクに会わないよう、ルルーシュは会場の壁際に避難した。ここなら全体の様子が見えるから、もしスザクが近付いてきてもすぐに対応できる。
仲のいい同僚たちと話をしながらルルーシュは周囲を窺った。ハロウィンパーティーと言ってもメインは飲み食いや交流だから、仮装にそれほど力を入れている人間は少ない。中には本格的なメイクと衣装で周囲を沸かせている者もいるが、そういうタイプは少数派だ。
(さながら大規模な合コンだな)
他社の男性社員狙いを堂々と公言している女性もいたし、逆に可愛い女性をちやほやしている男性社員もいる。そんな中、今回の企画立案者であるミレイと、協力者のジノの周囲は特に人が多い。
次いで、人が集まっているのはスザクの周辺だった。
彼も衣装を用意するのが面倒だったのか、ルルーシュと同じくドラキュラの格好をしている。あの人かっこいいねとか、スザク君とジノ君だったらどっちがいい? とか、スザクのほうを見ながらひそひそと品定めをしている会話も聞こえてきて、知らず溜め息が漏れた。
デジャビュを感じるなと記憶を辿り、中学のときに女子生徒たちが交わしていた会話そっくりそのままなのだと気付く。成長してもスザクはもてるのかと思ってなぜか胸が傷んだ。
あちこちで沸き起こる笑いや楽しげな会話に疎外感を抱き、途端に自分ひとりが置いて行かれるような感覚になった。
「では、ビンゴ大会を始めまーす!」
ミレイの掛け声でゲームが始まった。ルルーシュもカードを渡されたけれど、皆と一緒に楽しむ心境ではなく、会場からそっと抜け出した。誰もいないロビーはしんとしていて、柱の陰になっているソファに腰を下ろす。
お開きになる直前に戻れば問題ないだろう。何か言われても、酔って少し居眠りしていたと言えばいい。
(スザクがいなければもっと普通に楽しめたのにな)
八つ当たりのように思い、目を閉じる。ひとりになった途端、空腹を感じた。
夕方から始まるパーティーのために午後からずっと働いていたから当然である。会費を払ったのに食事にありつけず、これでは完全にタダ働きだ。
「あの」
声が聞こえて瞼を押し上げた。
「トイレはどっちですか?」
今日の参加者だろうか。案内表示があるからそれを見ればいいのにと思ってしまったのはやはり八つ当たりだ。
「トイレでしたら――」
何気なく振り返ったルルーシュは息を止めた。
この一週間ほどの間で何度顔を強張らせたことだろう。そのうち顔の筋肉が固まって人形のように動かせなくなるのではないかとどうでもいいことを思った。
「どっちです?」
そこにいたのはスザクだった。先ほどまで女性陣に囲まれて輪の中心になっていたスザクが目の前にいる。
どうしてと口の中で呟くと、独り言が聞こえていたのか「だってトイレに行きたかったから」と返ってきた。
「それに会場の中、結構暑かったし、ちょっと休憩。――久しぶりだね、ルルーシュ」
「久しぶり、だな」
この期に及んで無視するわけにもいかず、ルルーシュはぎこちなく表情を緩めた。
「元気にしてた?」
「ああ、お前は……?」
「見てのとおり。でも、まさかこんな近くでルルーシュが働いているなんて知らなかったな」
「俺もお前が桐原商事で働いているなんて知らなかった」
「桐原さんの会社なんだ。しばらく修行してこいって父さんに言われてお世話になってるよ。桐原さんは覚えてる? うちで何度か会ったおじいさん」
「覚えてる」
そんなこともあったなと思い出す。スザクの家へ遊びに行ったとき、滅多にいない彼の両親が在宅していることがたまにあった。そういうときは大抵、仕事関係者が一緒なのだが、桐原氏はスザクの父と懇意らしく、ルルーシュが一番よく顔を合わせた人物である。お菓子やお小遣いをもらったこともあるからよく覚えていた。
「ルルーシュは?」
「俺も似たようなものだ。父親の会社に就職して、今はその子会社に出向中だ」
「そっか」
さらに何か続けようとしたのか、スザクが「あのさ」と口を開いた。と同時に、会場の扉が開いてロビーにざわめきが溢れた。
「お、いたいた、スザク、お嬢さん方がお前を探しているぞ」
やって来たのはジノだった。お話中すみませんとルルーシュに謝り、すぐにスザクに向き直る。
「休憩中。見ればわかるだろ」
「私ひとりじゃ相手できないよ。頼むから戻ってきてくれ」
「仕方ないなぁ。すぐに行くから先に戻ってて」
「絶対に来いよ」
「はいはい」
扉が閉まればまた静寂が戻った。
「……行かなくていいのか」
いつだってスザクは人気者だ。遠巻きにされる自分と違い、彼はたくさんの友人に囲まれているほうがよく似合う。
自分にはスザクしかいないのと同じように、スザクにとっても友達は自分だけだと、どうしてそんなおこがましいことを思い込めていたのだろう。あの頃の自分は本当に子どもだったのだ。
「うん、行くよ。あ、そうだ、ルルーシュこれ」
何かを差し出され、反射的に手を出す。掌に乗せられたのは一枚のカードだった。
「上の部屋、取ってるんだ。一番安いスイート」
「え?」
「今日はここに泊まるつもりだからパーティーが終わったら来て。待ってる」
それだけを伝えてスザクはすぐに会場へ戻って行った。ロビーにはまたルルーシュひとりきりになる。
「スイート……?」
鸚鵡返しにした単語の意味がわからず、手の中のものをまじまじと見つめる。
恐らくこれは部屋のカードキーなのだろう。帰るのが面倒で泊まることにしたのだろうか。スイートというのはいかにも枢木家の御曹司らしいが、特段驚くことではない。
驚くのは、そこに自分が招かれたことである。
(なんで……)
スザク狙いの女性は大勢いる。その中のひとりを持ち帰ってスイートで甘い時間を過ごすことだってできるのに、どうして十年ぶりに再会した元友達を誘うのだろう。
(話をしたいという意味だろうか。それとも、改めて俺をなじりたいんだろうか)
あのときの喧嘩とも呼べない喧嘩の原因をスザクは知らないままだ。突然疎遠になり、視線すら合わされなくなった友達のことをずっと不思議に思っていて、再会したのをきっかけに聞き出そうとしているのかもしれない。
こんなものは無視して帰ろうか、言われたとおりに部屋を訪ねようか、心が揺れ動く。
もしかしたらという期待がないわけではない。ちゃんと謝ることができたらまたスザクとやり直せるかもしれない。あの日、失ってしまった友情を取り戻せるかもしれない。
それに、無視したところで居場所を知られてしまった。会社を訪ねられたら逃げることはできない。だったら、ここで決着を付けてしまったほうがいいのではないか。
そう思ったときには決心していた。カードキーをポケットに捻じ込み、会場に戻るために足を動かす。
扉の中には先ほどまでと同じ賑やかな空気があった。でも、騒々しい笑い声や楽しげな雰囲気を鬱陶しいと思うことはなかった。
パーティーがお開きとなり、後片付けが終了するまでの一時間半は今までの人生で一番長く感じられた時間だったかもしれない。
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