三回目の深呼吸をしてから、ようやくチャイムに指を伸ばした。
スイートルームのあるフロアは静かで、自分の心臓の音が廊下中に響くのではないかと思えるほどだ。
「良かった、来てくれて」
ドアを開けたスザクが嬉しそうな笑顔だった。ドラキュラの衣装を脱いだ彼はラフな格好をしている。交差点で偶然見つけたときはスーツ姿だったから、全然印象が違うなと感じた。
どうぞと促され、お邪魔しますと小さく言ったルルーシュは中へと足を踏み入れた。スイートルームに気後れすることはないが、スザクと二人きりという状況に嫌でも緊張した。十年ぶりだから何を話せばいいのかもわからない。
ひとりで飲んでいたのか、テーブルの上にはワイングラスがあった。赤い色が妙に目に付く。
「ルルーシュも飲む?」
「少しだけ」
十年前にはなかった会話だ。あの頃より随分と身長が伸び、お互い酒をたしなむような年齢になったのだ。今さらながらに十年という歳月の長さを実感する。
赤いワインが注がれ、グラスを受け取った。
「こういう場合は二人の再会を祝して、って言えばいいのかな」
「そうだな」
グラスを近付け、音は鳴らさずに乾杯をする。
「お腹がすいていればルームサービスを頼むけど。ルルーシュ、何も食べていなかっただろ?」
「残っていたものをちょっとつまんだから大丈夫だ」
料理に手を付けられなかったことをよく知っているなと思いながら、今日のパーティーのことをぽつぽつと話す。
お祭り好きのミレイと、面白いこと好きのジノがたまたま知り合いの飲み会で顔を合わせ、あっという間にハロウィンの企画が進んだらしい。普通なら飲み会の席でのたわ言で済ませるところを実現させてしまったのだから、その実行力は素晴らしいと思う。
しかし強制参加の上に手伝いまでさせられるのは勘弁してほしいと愚痴っぽく言えば、でも結局はあれこれと世話しちゃうのがルルーシュだよねとスザクが笑った。
「興味ないってふりをして、実は世話好きってパターン」
「俺は世話好きじゃない」
「でも、体育祭とか文化祭とか率先して頑張っていたじゃないか。学級委員になったり実行委員になったり」
「あれは誰もやらないから仕方なく俺が……」
そこで、はたと気付いた。文化祭があったのは中学のときだ。中学一年の後半はもう絶縁状態だったのに、なぜスザクが自分の頑張りを知っているのだろう。
何気なく首を傾げれば、ルルーシュの疑問を読み取ったのか、スザクが少しばつの悪そうな表情をした。
「――見てたんだよ」
「何を?」
「ルルーシュのこと」
予想外の言葉に目を瞠る。
「俺を? なぜ?」
「心配だったから」
「心配?」
「ルルーシュのことは僕が守るって約束しただろ。だから……」
その言葉にますます驚く。約束と言うよりスザクの一方的な宣言だったが、確かにルルーシュを守るとスザクは言ってくれた。
でも、所詮は小学生の戯れ言だ。どうせ忘れているだろうと思っていたから、子どもの頃の約束通り、ずっと見守ってくれていたと知って驚きしかない。
「だが、お前は俺のことが嫌いだろう?」
「嫌いなわけないよ」
「え……、でも……」
だったらどうして、と喉元まで出かかった言葉を飲み込む。最初にスザクを無視したのは自分だ。スザクのほうからも無視されるようになったことを咎められる立場ではない。
「そうだな、まずは中学のときのことを言い訳させて」
「言い訳?」
「君に避けられていることには気付いていたけど、どうすればいいのかわからなくて僕のほうも少しずつ距離を置くようになったんだ。でも、ルルーシュのことはずっとこっそり見ていた。機会があればいつかちゃんと謝ろうって思っていた。そしたら、家の都合で急に転校することになっちゃって……。ルルーシュから離れたくなかったけど、あの頃の僕は父さんの言いなりになるしかなかったんだ」
「だけど、俺が家に行ったとき、転校するのは俺のせいだって……」
今でも覚えている。忘れられるはずがない。あのとき、自分はスザクに嫌われているとはっきり自覚したのだから。
「それは言葉の綾って言うか……。僕も結構追い込まれていて、せっかくルルーシュが会いに来てくれたのに酷いことを言って追い返してしまったんだ。今さら謝っても遅いけど、あのときはごめん」
深々と頭を下げられ、ルルーシュはぽかんとスザクを見つめた。
「じゃあ、本当にお前は俺を嫌っていないのか……?」
「うん」
短い応えに暗い足元が一気に明るくなるような感覚を抱いた。この十年、自分はスザクに嫌われているのだと思ってきた。こちらから彼を裏切ったのだから当然の報いだと思い続けてきた。
でも、違った。嫌われてはいなかったし、むしろずっと気にかけてくれていた。
安堵と歓喜で胸がいっぱいになり、目の奥がじわりと熱くなる。
「もしかして、僕が嫌ってるって誤解してた?」
「当たり前じゃないか。あんな風に別れて、あれで嫌われていないと思う人間がいたらそいつは随分とおめでたいやつだ」
「ルルーシュがそう思っているなんて全然知らなかったよ。ちゃんと謝りに行けば良かった」
「俺も、お前に謝りたかった。俺が無視してしまったのは、お前に新しい友達ができて、それで子どもっぽく嫉妬したせいと言うか……」
「嫉妬? ルルーシュが?」
「悪いか」
照れ隠しにむすっとして言えば、全然とスザクが笑みを浮かべて首を振った。
「確かに新しい友達はできたけど、一番はルルーシュに決まっているじゃないか」
「だったら、また昔のように友達としてやり直してくれないか?」
スザクとの友情を取り戻せるかもしれない。その期待をルルーシュは何気なく口にした。もちろんと快い返事が返ってくるとばかり思っていた。
しかし、微かに顔を強張らせたスザクはなぜか視線を逸らした。
「ごめん、それはできないんだ」
「あ……、そ、そうだよな、お前にはほかにもたくさん友達がいるし、今さら俺なんかと親交を深めても……」
膝の上でぎゅっと両手を握り締める。嫌われていなかったとわかってつい調子に乗り、不用意な言葉を吐いてしまった。スザクにはスザクの交友関係があり、ルルーシュの知らない十年を過ごしてきたのだ。今になって子ども時代の友達が現れても困るだろう。
簡単に友達に戻れると思った自分が恥ずかしくて情けない。
(嫌ってはいないこととまた友達をやりたいかどうかは別なのに、馬鹿じゃないか俺は)
友達には戻れなくても、仕事上の関係者としての繋がりは残る。それだけで充分だと頭では理解しているのに、感情が追いつかない。スザクにとって自分は必要のない人間なのだと突き付けられ、すぐに受け入れることができなかった。
「あのときも勝手だったが、十年経っても成長がないな。本当にすまない。俺はこうして元気にやっているから、お前はお前で頑張ってくれ。またこうして顔を合わせることがあっても、別に無理して俺に話しかけてくる必要は、」
「違うんだルルーシュ」
腕を掴まれ、びくりとする。恐る恐るスザクを見れば、どことなく切羽詰った表情があった。
「また言葉が足りなかった、ごめん。成長がないのは僕のほうだよ。違うんだ、君のことが嫌とかそういうことじゃなくて……」
一旦口を噤んだスザクは、何かを決心したような瞳で再びルルーシュを見た。
「僕はただ、自分が傷付きたくなかっただけなんだ。ううん、かっこ悪いことをしたくなかっただけって言うほうが正しいかな。でも、そのせいでルルーシュと別れることになってしまった。十年間、ずっと後悔していたよ。どうしてあのとき本当のことを話さなかったのかって。たとえそれが原因で君が離れていったとしても、それはそれで自分の中でちゃんと区切りを付けられたはずなのに、僕が弱かったから逃げたんだ。この機会を逃したら今度は一生後悔することになると思う」
「スザク……?」
彼が何を言っているのかわからず、ルルーシュは首を傾げた。
「ルルーシュ、僕はね、君のことを裏切っていたんだ」
「え?」
「一番の友達だって言いながらずっと裏切っていた。でも、もう友達には戻れない。だって、僕が君に対して抱いているのは――」
二人の距離が縮まり、ルルーシュの顔に影が差す。あっ、と思ったときにはキスをされていた。
目を閉じることも体を押し返すことも忘れ、視線を合わせたまま唇に触れる感触を呆然と受け入れる。どのくらいキスをしていたのか、スザクがゆっくり離れて行っても身動きできなかった。
「わかっただろう?」
ぽつりと呟かれた声をなんとはなしに聞く。
「僕は、こういう意味でルルーシュのことが好きなんだ。気付いたのは中学に入ってからだけど、小学生のときから無意識に恋愛感情を抱いていたのかもしれない」
「冗談……」
「残念ながら本気。中学で初めてクラスが別れて、そしたらルルーシュになかなか会えなくなっただろ? そのせいなのか、休み時間に君に会えるのが今まで以上に嬉しくて、君がほかの友達と話しているところを見かけたら苛々して、自分でもいけないと思ったんだけどどんどん好きな気持ちが膨らんで……。だから、ルルーシュが僕を避けるようになったときは焦ったよ。君を恋愛対象として見ていることがばれたんじゃないか、それでルルーシュは僕を無視するようになったんじゃないかって」
「そんなつもりは、」
「うん、さっきの話を聞いて誤解だってわかった。でも、中学生なんてまだ子どもだろ? 自分の感情をコントロールするのが難しくて、だから僕もつい素っ気ない態度を取ったし、転校前に君が訪ねてくれたときも気持ちを隠すのに精一杯で、あんな酷い態度を取ってしまったんだ」
スザクの声がどんどん小さくなり、さらには叱られた犬のように項垂れる。
「だからごめん。ルルーシュが僕のことを今でも友達だと思ってくれるのはすごく嬉しいけど、僕は君と友達には戻れない」
想定していなかった展開にルルーシュは唖然とするしかなかった。
十年前、先に距離を置くようになったのは自分のほうだ。でも、密かに恋心を抱いていたスザクは、気持ちがばれたせいで避けられるようになったと信じていた。つまり、二人が二人とも相手を裏切ったと思い込み、十年も誤解し続けていたのだ。
どう声をかければいいのかわからず、スザクの隣でルルーシュも黙り込んだ。
「男に、しかも友達だった相手に好かれるなんて気持ち悪いだろ? だからもう僕には会わなくていいよ」
顔を上げたスザクは小さく笑った。
「仕事の関係で今日みたいに顔を会わせることはあるかもしれないけど、それ以外では近付かない。本当にごめんね。でも、最後にこうしてまた会えて、ちゃんと謝ることができて良かった」
最後。その単語に胸が凍り付くような感覚がした。
十年かけて再会できたのに。嫌われていなかったと安堵したのに。スザクはこれで最後にするつもりなのだ。もう二度と会わないつもりなのだ。
人を置き去りにして、またいなくなるつもりなのだ。
「嫌だ」
そんなの絶対に嫌だ。自分にはスザクしかいない。友達と呼べる人も、心を開いてなんでも話せた人も、スザクしかいないのだ。
スザクしかいらないし、スザクさえいてくれればいい。
だから、これを最後にするなんて絶対に嫌だ。
「お前と別れるなんて嫌だ、これが最後なんて言わないでくれ」
「ルルーシュ……」
「お前と一緒にいられるならなんだってする。俺にはお前しかいないんだ。だから、最後なんて言わないでくれ」
縋るようにスザクの手を掴めば、彼は苦しそうに顔を歪めた。
「――だったら」
どこか昏い瞳に覗き込まれ、本能的な恐怖に身が竦みそうになる。
これ以上は踏み込んではいけない。でも、ここで逃げたら永遠の別れが待っている。それがわかったから、ルルーシュは逸らすことなくスザクの目を見返した。
「だったら、僕に抱かれても平気?」
握り返された手が痛い。言葉の意味を理解するのに少し時間がかかり、彼が何を言っているのかようやく悟って狼狽した。
ルルーシュの動揺を見て取ったスザクは、それまでの表情を消してわざとらしいほどにこやかな笑みを浮かべた。
「なんてね。冗談だよ、本気にした? でもさ、君のことを好きだと言っている相手の前で、なんでもするなんて言っちゃ駄目だよ」
「スザク、俺は……」
「とにかく僕とはもう付き合わないほうがいい。昔のよしみで声をかける必要もないから、できるだけ僕から離れて。……お願いだから」
スザクがソファから立ち上がり、送るよと言われた。こっちから招いたのに追い返すような真似をして本当にごめん、とも言われた。
ルルーシュは彼を見上げ、今日ここに誘われた理由を改めて考えてみた。
再会を祝して乾杯をしたかったわけでも、友情を取り戻したかったわけでも、ましてや昔話をしたかったわけでもない。きっと、スザクには下心があったのだ。
好きな相手をホテルの部屋に呼び出しておきながら、疚しい気持ちがひとつもなかったなんて言うような歳ではない。男相手だとしてもその可能性はゼロではないだろう。
たとえば、もっと酒を飲ませて酩酊させることも、無理やり押さえ付けて本懐を遂げることも、やろうと思えばできたはずだ。
だけど、スザクは帰れと言う。人を誘っておいて、これ以上は近付くなと言う。
(馬鹿だな、俺はお前のことが――)
自然と浮かんだ気持ちに、ルルーシュは目を瞠った。
自分が抱いている感情がどういう種類のものなのか、すぐには把握できない。もしかしたら気持ちを履き違え、勘違いしているだけかもしれない。
でも、好きだと思うこととずっと一緒にいたいと思うこと、両者に果たして違いはあるのか。
好きでなければ一緒にいたいと思わないし、一緒にいたいと思うのは好きだからだ。二つがイコールで結ばれているのなら、自分はスザクを好きだと結論付けるのはどこが間違っているのか。
(わからない、けど、スザクになら……)
腰を上げたルルーシュは翠の瞳を見据えた。
もう二度と離れたくない。願うのはそれだけだ。
スザクを失わなくて済むのなら、自分が持っているものすべてを差し出したって構わない。
足を一歩踏み出し、ルルーシュはスザクに抱き付いた。うわっ、と声を上げたスザクはソファにぶつかってそのまま倒れ込んだ。突然のことに驚きつつ、それでもルルーシュの体を守るように抱き留めたところはさすがである。
「ル、ルルーシュ、」
「平気だ」
「へ? 何が?」
「お前が望むのなら、抱かれたっていい」
下敷きになっている体が硬直したのがわかった。顔を上げ、こちらの意志を伝えるために唇に触れる。しばらく固まっていたスザクは、ハッとしたようにルルーシュを引き剥がした。
「ちょ、えっ、ま、待って、ちょっと待って」
「抱きたいんだろう? 俺なら平気だ」
「え、でも、だって」
すっかり動転した様子のスザクに可笑しくなった。ついさっきまで物分りのいい大人の男の顔をしていたのに、取り繕うことをすっかり忘れている。
「この気持ちがお前と同じものなのか正直よくわからない。ただ、俺はスザクと離れたくないし、別れるのも嫌だ。ずっと一緒にいたいと思うのは、好きという気持ちと違うのか?」
「本当にわかってる? 友達とセックスするんだよ?」
「わかってる」
はっきり告げればスザクは詰めていた息を吐き出し、それからルルーシュを一度強く抱き締めた。
「後悔したって知らないよ」
「もし後悔したとしても、十年前の後悔に比べればたいしたことはない」
あんな後悔はもう二度と経験したくない。この体でスザクを繋ぎとめることができるのならむしろ安いものだ。
「だから、」
今度はスザクのほうから口付けられた。触れては離れ、離れてはまた触れ、次第に深さを増していく。
伸ばされた舌が唇の隙間から入り込もうとするのをルルーシュは拒まなかった。咥内を他人の熱い舌がまさぐり、唾液が絡み合う。
「ふ……、ン、んぅ」
夢中になってキスを繰り返していると、スザクの手が背中をいやらしく撫でてきた。唇を合わせながらベルトを外そうとするのに気付き、ルルーシュは彼の胸を押し返した。
「やっぱり駄目?」
「そ、そうじゃなくて、シャワーが、まだ」
「別にいいよ」
「でも酒くさいし、準備を手伝ったから汗が……」
「気にしない。それに、ルルーシュの汗の匂いならむしろ興奮する」
首に顔を埋め、肌の味を確かめるように舐められた。引き剥がそうとしてもかえって腰を抱き寄せられる。
「どうせこれからいっぱい汗かくんだから。そんなに気になるなら終わったあとにお風呂に入れてあげる」
「この、馬鹿…っ」
顔を赤くして肩の辺りを小突けば、その手を取られて指の背を食まれた。なんてことない仕草に背筋がぞくりと震えた。
「ベッド行こう?」
手を引かれ、奥のベッドルームに連れて行かれる。端に腰掛けるとスザクが顔を寄せ、口付けながら押し倒された。
そのままシャツのボタンをひとつずつ外し、さらにはベルトを抜き取ってズボンをするすると下ろされ、器用なものだと呆れつつも感心する。随分手慣れているのだなと思ったらなんだか悔しい。
「ちょっと待ってて」
ルルーシュの上から離れ、サイドテーブルからスザクが何かを取り出した。首を傾げていたルルーシュは、何かの正体に気付いて不審な表情を浮かべてみせた。
「準備がいいんだな」
胡乱な瞳で見れば、スザクは視線を泳がせた。その手の中にはローションとゴムがある。
「いや、これは万が一のときのために用意していただけで……」
「ほう、一度は俺に帰れと言ったくせに? それとも、俺を帰したあとにほかの誰かを呼ぶつもりだったのか?」
「ルルーシュ以外の人間を呼ぶわけないだろ」
「どうだか」
「本当だって。ただ、君を誘ったときは無理やり抱いてでも僕のものにしてやろうぐらいの気持ちだったから、そういう意味では言い訳できないかな……」
申し訳なさそうに打ち明けられ、ああやっぱりと納得した。
スザクは帰るよう促してくれたのに、食われることを自ら望んで逆に彼を誘ったのは自分だ。今さら怒るつもりはない。
「一応、確認しておくが、お前恋人は?」
「いないよ。ルルーシュは?」
「俺もいない。どちらかが彼女持ちだったらさすがに断るが、いいと言ったのは俺のほうだからな。ここに至るまでの経緯はもう気にしない。それより、俺だけ中途半端に脱がされていることのほうが気になる」
シャツもズボンもかろうじて身に付けてはいるが、なんとも間抜けな格好だ。ごめんと苦笑いしたスザクは、自分も服を脱ぎ捨てると再び覆い被さってきた。
「痛かったり気持ち悪かったりしたらちゃんと言ってね」
男相手だからそんなに気遣う必要はないのに。そう思ったけれど、スザクの優しさが嫌ではないからルルーシュはこくりと頷いた。
それからあとはずっと熱に浮かされたような状態だった。
ローションを纏わりつかせた指が後孔を広げ、中に潜り込み、誰にも晒したことのない場所を念入りに解された。指をゆっくり出し入れし、時間をかけて受け入れる準備をされる。
前立腺を押されたときには今まで感じたことのない快感に我を忘れてスザクにしがみ付いていた。
ここにスザクのものが入ってきたら自分はどんなことになるのだろう。それを想像したら無意識に指を締め付けてしまい、何を考えたの? と笑いながら耳元で尋ねられてたまらなかった。
涙の滲んだ視界でスザクを見ると、彼もつらそうな様子だった。すでに立ち上がっているものが可哀想に思えて手を伸ばす。すると、何してるのと慌てて阻まれた。
「挿れればいいじゃないか。つらいんだろ?」
「でも……」
「俺がいいと言っているんだ」
怖くないわけではないけれど、それ以上にスザクに気持ち良くなってもらいたい。こんな貧相な体に欲情してくれるのなら、いくらだって抱けばいい。
(ああ、なんだ、やっぱり俺はスザクのことが好きなんじゃないか)
この気持ちが恋愛感情かどうかわからないなんて嘘だ。
好きでなければ自分からキスをしようと思わないし、抱かれてもいいと思えるはずがない。すべてはスザクだから許せるのだ。
それは好き以外の何物でもなかった。
「スザク」
「ん?」
「好きだ」
心に浮かんだ気持ちを今ここで伝えなければいけないような気がした。
好きだ、ともう一度口にする。スザクは目を瞠っていた。
「ルルーシュ……」
「お前が俺でいいと言ってくれるのなら、俺は何をされたって構わない。だから、早く」
息を呑んだスザクは、すぐに我に返ると手早くゴムを付けた。十代のように急いた様子が可愛いなと思っていたら、少し乱暴に大きく両足を開かれた。そして、スザクの熱が体内に捻じ込まれる。
「ひぁ、あ、あ――!」
時間をかけて散々解されたおかげか、覚悟していたほどの激痛はない。それでも異物に侵入される違和感はあり、大きく息を吸い込んでやり過ごそうとした。
「痛い?」
「ん、んん…っ」
小さく首を振るだけでその振動が下半身に伝わった。
「ぅあ、ア……、やだ、それ……」
萎えていた前を擦られ、嫌だと訴える。鈍痛とせり上がる心地良さが綯い交ぜになって変な感覚だ。
「なんで? イイでしょう?」
「だって、変になる」
「だったらもっと変になってよ」
スザクが口の端を上げ、握った欲望を強く扱いた。同時に、体内に埋められたものを軽く揺すられる。
「ア、ア……」
控えめだった腰の動きが徐々に大きくなる。気持ちいいのか悪いのかまだわからないけれど、自分という存在がスザクに書き換えられていくような感覚がした。
「ごめん、もう動くね…っ」
すでに動いているくせに、という文句は声にならなかった。腰を掴まれ、スザクの熱がぎりぎりまで引き抜かれる。かと思えば一気に突き上げられて、ルルーシュは息を止めた。
「はッ、あぅ、ァ、ああッ!」
がつがつと穿たれ、前立腺を擦られる。悲鳴を上げたルルーシュはスザクの腕に爪を立てた。
「ヤ、いや……、あッ、あ……」
嫌と言いながらもスザクを受け入れている場所は彼に絡み付き、抜かれると逃がさないように締め付けている。これでは言っていることとやっていることが真逆だ。
「嫌ならやめよっか?」
「あッ、あ、やだ、や……」
「どっち?」
意地悪でわざとそう訊かれているだけだとわかっていても、スザクのものが出て行ってしまうと今まで彼を銜え込んでいた場所が寂しがった。
スザクが離れていく。あの日、彼に拒まれた記憶が唐突に蘇り、快楽のせいではない涙がぽろりと零れた。泣き出してしまいたいようなたまらない気持ちに、手を伸ばしてスザクにしがみ付いた。
「ルルーシュ?」
「もっと……」
「え?」
「嫌じゃないから、わけがわからなくなるくらい、もっとしてほしい」
喉を鳴らす音がして、熱い唇が喉元を食んだ。軽く歯を立てられ、ぞくぞくとした快感が背筋を伝う。スザクの手が双丘を掴んで腰を持ち上げられた。
「そんなこと言われたら、我慢できなくなるよ」
頬を緩め、ルルーシュは彼の首に巻き付けた腕に力を込めた。
「俺は我慢できる程度の相手ということか? そのほうが心外だな」
「もう…っ!」
中に入ったままのものが大きくなった気がして、煽ったことを少しだけ後悔する。でも、それだけ求められているのだと思えば嬉しさのほうが上回った。腰の動きを再開され、言葉の代わりにただ喘ぎ続ける。
失ってしまった半身をようやく取り戻した。これは自分のものだ。誰がなんと言おうと二度と手放すつもりはない。
(ああ、満たされる――)
快楽に染まった思考の片隅で、そんなことをぼんやりと思った。
***
ふっ、と意識を取り戻すと浴槽の中にいた。
何が起こってこんなところにいるのかすぐ思い出せずに大いに戸惑っていると、「起きた?」とのん気な声が聞こえてきた。恐る恐る振り返れば、満面の笑みのスザクがいてくらりと眩暈を感じた。
「なんだこれは……」
「あとでお風呂に入れてあげるって言っただろ? あ、中に出したものは掻き出しておいたから安心して」
「うるさい!」
なんでこんなことになっているんだと頭を抱えたくなる。
告白されたところまではまあいい。お互いの誤解を解いて、こっそり抱いていた想いを伝えられ、自分も彼を好きだったのだと気付いたところまでは健全だ。
でも、紳士的に別れようとした友人を体を使って繋ぎとめようとし、部屋に来て一時間も経たないうちにセックスをし、しかも一度や二度では飽き足らず、意識を失うまでベッドの上で縺れ合っていたのは不健全としか言いようがない。
(ゴムなんかもう換えなくていいと言い出したのは俺か……)
自分がこんなにふしだらな人間だとは思ってもいなかった。どちらかと言えば淡白で、性的なことにはあまり興味がなかったはずなのに、この箍の外れようは一体なんなのだ。
その上、男二人で風呂に入るという体たらくである。はたから見れば滑稽としか言い様のない光景だろう。
でも、ルルーシュを後ろから抱き締めているスザクは上機嫌で、怒るのも嫌がるのもなんだか面倒になってきた。体が疲れているから仕方ないと己に言い訳する。
温かい湯は心地良く、首筋や耳の後ろにキスをされる感触はくすぐったくて気持ちいい。
だけど、こんな心地良さが長く続くわけがないと冷静に思った。
自分たちは同性同士だし、お互い社会的な立場もある。自分はともかく、スザクは一人っ子で家を継がなければいけないはずだ。男の恋人を両親に紹介できるわけがない。跡取りのことも考えなければいけないから、たとえ今は付き合えてもいずれは別れなければいけない。別れると決まっている相手と一緒にいることに意味はあるのか。どうせ別れるのなら傷が浅いうちに別れてしまったほうがいいのではないか。いや、それならむしろ最初から付き合わないほうがいい。それが最善であり、お互いのためなのだ。
「変なこと考えてるでしょ」
耳元でぼそりと言われ、ルルーシュはびくりとした。湯が跳ねて音を立てる。
「な、何も考えていない」
「男同士だから付き合えないとか、世間の目があるから付き合えないとか、将来のことがあるから付き合えないとか、ほかにどんな理由がある?」
「だから何も考えていない」
「僕がなんの覚悟もなしに君を抱いたと思う?」
ルルーシュの肩に顎を乗せ、回した腕に力を込められる。
「家のことなら心配いらないよ。父さんはもともと僕に継がせるつもりはないから。それに、何か言われたとしても言いなりにはならない」
「そう上手くいくものか」
「現実的なのはいいけど、もっと夢のある未来を考えない? もし問題が起こってもルルーシュが一緒に考えてくれたらきっと解決できるよ」
「お前は楽観的すぎるんだ」
「ルルーシュは悲観的すぎるね」
可笑しそうに笑う気配がして、もっと真面目に考えろと振り返る。すると、意外にも真剣な瞳があって思わず息を呑んだ。
「僕と一緒にいられるならなんだってするって言ってくれたのは嘘?」
「あれは……」
「ルルーシュがいてくれるなら僕はなんだってできるよ。今度こそ君を守る。もう約束は破らないから」
子どもの頃と同じ宣言に、ルルーシュは顔をくしゃりとさせた。
「僕がずっと傍にいる。君をひとりにはしない」
「そんなこと、簡単に言うな」
「じゃあ僕が嘘をつかないかどうか、ルルーシュが一番近くで見ていてよ」
羽のようなキスをしてスザクが笑った。幼いときから変わらない、優しくて温かくて元気をくれる笑顔だ。
色々と心配事はあるし、考えなければいけないこともたくさんあるし、現実は物語の終わりみたいにめでたしめでたしで簡単に締められるものではない。
でも今だけは考えることを少しだけ放棄していいだろうか。
だって、やっと彼を手に入れられたのだから。
「……疲れた」
スザクに凭れかかって目を閉じる。
「話し合うのは朝に……、いや、日曜日ぐらいはのんびり過ごしたい」
自分にできる精一杯のおねだりをすればまたキスが降ってきた。今度は先ほどよりも深くて、唾液の絡む音と浴槽の水音が混じった。
「そういえば、三十一日が終わっちゃったね」
「終わったら何か問題があるのか」
「だって、トリックオアトリートって言ってない」
「ああ、ハロウィンか。だが、お菓子をもらうのは子どもだけだ」
「僕が欲しいのはお菓子じゃないよ」
耳元に唇が寄せられ、くすぐったさに肩を竦める。
「ルルーシュをくれなきゃイタズラしちゃうよって、ベッドの上で言いたかったな」
「…っ」
「どっちにしろイタズラしちゃったけどね」
「うるさい! 馬鹿!」
「楽しみは来年に持ち越すよ」
ぴしゃりと額を叩いて腕の中から逃れようとする。でもスザクは力を緩めてくれなくて、さらにぎゅうぎゅうと抱き締めてきた。
「好きだよ。ずっと、ずっとルルーシュだけが好きだった」
「――俺も、多分、子どものときからスザクのことが好きだったんだと思う」
気付かなかっただけで、恋の種は最初から蒔かれていたのだ。
忘れ去られる運命だった種は、十年もの時間を経てようやく芽吹き、綺麗な花を咲かせている。この先、何があったとしてもスザクへの想いは消えないだろう。
いつまでも咲き続け、永遠に枯れることはないのだ。
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