空は知らない 前編

 ※AD-LIVE2015の福山さんの設定から着想を得た話です。公演内容を知っていても知らなくてもまったく問題ありません。
 ルルーシュが枢木スザクと出会ったのは小学生のときだ。
 席が隣同士だったわけでも、体育の並び順が近かったわけでもない。でも、気付いたらルルーシュの隣にはスザクがいて、いつの間にか友達になっていた。
 スザクはいわゆるやんちゃ坊主で、勉強をするより外で遊ぶことが好きなタイプ、対するルルーシュは家の中で本を読んでいるほうが好きなタイプ、性格はまったくの正反対だった。なのに友達になれたのは、二人の家庭環境が似ていたせいかもしれない。
 ルルーシュの祖父は今でも語り草となっているほど有名な会社経営者で、父はその二代目だ。母も父の手伝いで忙しく、幼いルルーシュの面倒を見てくれたのはお手伝いさんだった。
 スザクも父親が会社の社長で、母親は彼がまだ小さいときに亡くなっている。スザクの遊び相手はお手伝いさんや父の会社の部下と言った大人たちで、彼にとってのお袋の味はお手伝いさんが作ってくれた食事の味だ。
 ルルーシュたちが通っていたのは普通の公立の小学校だったから、家族が有名人でお金持ちの二人は何かと目立った。祖父や父が社会的にどういう立場にあるのか詳しいことはわからなくても、あいつの家はすごくお金持ちですごいお屋敷に住んでるんだって、というような話はまだ七歳の子どもたちの間でも囁かれるようになった。
 父兄参観で「ほらあれが」とあからさまに噂している保護者もいて、そういう空気は子どもたちにもすぐに伝わってしまう。金持ち金持ちと囃し立てられることもあり、くだらない悪戯や陰口に辟易していた。
 だからなのか、幼いときからルルーシュはひどく成熟していた。冷めた目で世間を見て、損得勘定なしに自分に接してくれる人間はどこにもいないのだと達観したように思っていた。
 そんなときに出会ったのがスザクだった。彼もルルーシュと同じお金持ちの子どもだったが、彼の場合は曲がったことが大嫌いで、ルルーシュが苛められたら本人が頼んでもいないのにやり返すような正義感の強い子どもだった。
 そうしているうちに力の強いスザクは苛めっ子たちから恐れられるようになり、彼と一緒にいたルルーシュも次第に手を出されなくなるようになった。おかげで、ほかの子どもたちからも遠巻きにされるようになり、必然的にスザクとしか付き合えなくなってしまった。
 あるとき、君が余計な手を出すからと文句を言えば、だってルルーシュは弱いから俺が守ってやらないと、と有難迷惑な言葉が返ってきた。
 僕は弱くない、ああいうやつらにやり返すのは馬鹿だから無視しているだけだと言い返せば、でもそれで怪我していたら意味ないじゃんと言われた。
 うっかり転んだだけだと言い訳をしてもスザクは取り合わず、「安心しろ、ルルーシュは俺が守ってやるから」となぜかそんなことを宣言された。
 馬鹿じゃないのかと呆れつつ、その言葉が子供心に嬉しかったことを覚えている。自分をひとりの人間としてちゃんと見てくれる人がいるのかと生まれて初めて実感して、嬉しさのあまり泣きそうになった。
 だけど、ありがとうを言うのは恥ずかしくて、勝手にしろとルルーシュはわざと素っ気ない態度を取った。じゃあ勝手にすると、スザクは太陽みたいな笑顔を浮かべてくれた。
 スザク以外の同級生とは相変わらず距離があったけれど、スザクが友達ならばそれでいいといつしか思うようになっていた。小学校の六年間、二人はずっと同じクラスで、大人になっても友達でいようと他愛ない約束を交わした。
 両親は相変わらず忙しく、家に帰ってもお手伝いさんが出迎えてくれるだけという生活は変わらなかった。でも、スザクと遊んでいる間は寂しさを忘れられた。スザクと一緒にいるときが一番楽しくて、子どもらしく笑うことができた。
 やがて小学校を卒業し、二人は同じ中学に進学することとなった。そこで初めてルルーシュはスザクとクラスが離れた。自分とは別の教室に入っていくスザクの姿に、今生の別れでもないのにたまらない寂しさと不安を抱いた。
 スザクとは親友で、一生付き合っていきたい相手で、おじいちゃんになっても二人で一緒にいるのだと漠然と思い描いていた未来予想図が崩れそうで怖かった。不吉な予感がまさか現実のものになるなんてそのときは思ってもいなかった。
 中学に入学してから最初の三ヶ月はスザクと毎日一緒に帰った。それは小学校のときから続いてきた習慣で、息をするように自然で当たり前なことだ。
 しかし、そう思っていたのは自分だけだったと思い知ったのは七月の中旬、もうすぐ夏休みという時期のことである。
 いつものように隣の教室を訪ねたルルーシュは、そこでクラスメートたちの輪の中心になって楽しそうに喋っているスザクを見つけた。
 もともとスザクには人懐こいところがあり、小学校のときはガキ大将で遠巻きにされていたけれど、中学ではむしろ喧嘩が強くて運動神経抜群という長所が遺憾なく発揮されていた。女子の間ではすでに人気があり、枢木君っていいよねという囁き声を教室でもよく聞いた。
 だから、それはなんてことない光景だった。スザクと彼のクラスメートたちが話している、ただそれだけだ。でも、すでに出来上がっている人の輪に入っていくのは勇気がいった。

「スザク」

 疎外感とわずかな気後れを感じながら思い切って名前を呼ぶと、スザクが振り返った。そのときの彼の顔をルルーシュは一生忘れないと思った。
 普段と変わらない親友の顔が、なぜか見知らぬ他人のように見えた。笑いを収め、真顔になって教室の後ろを向いた彼は、楽しい時間を邪魔した侵入者をねめ付けるように見ると、ややあってようやくいつもの柔和な表情になった。

「どうしたの、ルルーシュ」

 輪を抜けてルルーシュのところまで来たスザクは、何気ない様子で尋ねてきた。そこでまたルルーシュは違和感を覚えた。
 どうしたって、もう学校は終わっている。下校の時間になったからいつものように迎えに来ただけなのに、なぜ「どうしたの」と聞かれなければいけないのだ。
 ムカムカするものを感じながら、帰らないのかと言えば、スザクの目がクラスメートたちのほうを向いた。

「あー、うん……、今日は友達と帰るからルルーシュは先に帰って」

 スザクに悪気はなかっただろう。中学に上がり、彼を構成する世界も視野も広がって、新しい交友関係を築いていく。当たり前の成長の過程で、彼がルルーシュ以外の友達を作ったとしてもなんらおかしいことはない。むしろ健全だ。
 でも、スザクだけが友達だと思っていたルルーシュは激しいショックを受けた。

「なんで……」
「ん? 何?」

 六年間、毎日一緒に過ごしてきたのは自分なのに。
 (俺にはお前だけなのに、お前は新しい友達を選ぶのか)
 一緒に帰ろうと約束していたわけではない。でも、二人の間では暗黙の了解だったし、当然のことだった。それをあっさり破るのか。

「そうか……、わかった」
「ごめんね、明日は一緒に帰ろう」
「――ああ」

 ごめんの一言が無性に悲しかった。腹立たしかった。悔しかった。
 ぐちゃぐちゃとしたものが胸の中に渦巻いて、この感情になんと名前を付ければいいのかわからない。
 (ああ、憎いんだ)
 絶望と裏切られたような気持ちと疎外感と悲しみと、いろんな気持ちが入り混じって最後にぽかりと浮かんだのは憎しみだった。それは生まれて初めて抱いた憎しみだ。
 スザクが憎いのではない。自分だけのスザクだったのに、自分から彼を取り上げた世界が憎かった。望むのはスザクだけなのに、自分の手から彼を奪っていく世界がたまらなく憎かった。
 スザクと別れたルルーシュは、とぼとぼとした足取りで正門に向かった。いつもなら他愛ない話をしながら帰る道が、妙に暗くて寒々しく感じられた。

「あれ? 今日はスザクと一緒じゃないんだな」

 玄関を出たところで偶然会ったのはクラスの男子だった。同じ小学校から進学した彼とはたまに話す程度だけど、ルルーシュとスザクが一緒に帰っていることは知っているようだ。

「スザクは? 忘れ物でもしたのか?」
「いや……」

 彼は何気なく尋ねただけだろう。必ず二人一組でいる同級生がたまたまひとりだったから、珍しいこともあるものだと不思議に思って声をかけただけだろう。
 だけど、スザクと一緒じゃないんだな、と言われた瞬間に心が凍り付いた感覚がした。あらゆる感情が消えていった。

「――じゃない」
「え?」
「あんなやつ、もう俺の友達じゃない」

 笑って告げたそのときから、自分の心は壊れてしまったのかもしれない。
 スザクに捨てられるくらいなら、俺のほうからスザクを捨ててやる。あいつが裏切ったのなら、俺も裏切ってやる。あいつが俺を必要としないのなら、俺ももう二度とあいつを必要としない。
 あとになって思えば、つまらない子どもの理屈だ。家に帰って冷静になり、自分がひどく理不尽であることを悟った。だけど、一度でも友達じゃないと口にしてしまったことが微かな罪悪感となって、その日を境にスザクとはどんどん疎遠になってしまった。
 喧嘩をしたわけではないし、嫌いになったわけでもない。でも、以前のように仲良く笑い合えそうになかった。休み時間になるとスザクが教室に来てくれたけれど、どうしても顔を合わせられなくて無視をした。
 そんなことをしているうちに、スザクのほうも急に冷たくなった友達に飽き飽きしたのだろう。徐々に声をかける頻度が下がり、教室に来ることも、廊下ですれ違ったときに視線を交わすこともなくなっていった。
 馬鹿だった。きっかけは些細な出来事で、しかも子どもっぽい嫉妬が原因だ。自分が悪いとわかっているのに謝ることはできず、本当に馬鹿だったとしか言いようがない。
 やがて二年生になり、またクラスが離れたスザクとはまったく会わなくなった。たまに遠目で見かける彼の周りにはいつも人がいて、順風満帆な中学生活を送っている様子が窺えた。
 スザクは皆の中心にいるほうがいい。自分なんかと二人きりで過ごすより、ああして楽しそうに笑っているほうがいい。そう思ったルルーシュはますますスザクから離れて行った。
 友達なんて呆気ないものだ。どんなに一緒に過ごしても、別れるときはあっという間。
 だったら友達なんかいらない。最初からひとりでいれば傷付くこともない。表面上はクラスメートと当たり障りなく過ごしていたけれど、ルルーシュはどんどん心を閉ざしていった。
 スザクが転校すると風の噂で聞いたのは、中学二年の冬の日だ。どういう事情があったのかは知らないが、三年生になる前に学校を移って高校受験に備えるという話だった。
 このままでは本当にスザクと離れてしまう。物理的にも心理的にも遠くなって会えなくなってしまう。そう思ったら居ても立っても居られず、ルルーシュは思い切って彼の家を訪ねた。
 仲直りをしたかったのか、せめて一言謝りたかったのか、何を考えてスザクを訪ねたのかは自分でもよくわからない。ただ、この先、永遠に会うことはないかもしれないと思ったら勝手に足が動いていた。
 一年半ぶりにスザクの家の玄関前に立ち、勇気を振り絞ってベルを鳴らした。お手伝いさんが出てくるかと思いきや現れたのはスザク本人だった。
 良かったと安堵したのはほんの一瞬だ。ルルーシュの顔を一瞥したスザクは、嫌そうな表情を浮かべて視線を逸らした。
 ああ、俺は嫌われているのだ。そのことを嫌でも思い知った。
 わかっていたはずなのに、この目でしっかり確認してしまったことで今さらながらに実感した。

「何か用?」

 素っ気なく問われ、ルルーシュは声を発しようと努力した。口の中はカラカラだった。

「あ……、その、転校、するんだな」
「なんで知ってるの」
「お前の友達に聞いた」

 友達という単語に少しだけ胸の奥が痛む。そう呼べる権利は自分だけが持っていたはずなのに、今は外からスザクと彼の友達を眺めることしかできない。同じ輪の中に入れてもらうことはできない。もう二度と。

「どうして転校するんだ」

 ルルーシュのほうをちらりと見たスザクは、小さく溜め息をつくとすぐにまた視線を背けて口を開いた。

「――君のせいだ」
「え……?」
「引っ越しの準備がまだ終わってないんだ。もう帰って」

 そうして、目の前で玄関のドアは閉められた。永遠に閉ざされた。
 ルルーシュはしばらく呆然とドアを眺めていた。何も考えることができず、足を動かすこともできず、ただそこに立ち尽くすことしかできなかった。
 それがスザクに会った最後だった。
 (15.10.30)