フロックス

「スザク、敵の位置はわかっているな」

 機械越しに聞こえた声に返事をして頷いた。モニターの中には今回の作戦に参加している主の姿があった。

「この一帯は天然の要塞だ。大きな洞窟がいくつもあり、敵はそこに潜んでブリタニア軍を迎え撃つという戦法を取っている。切り立った崖が多く、ただでさえ足場の悪い場所だ。不意を突かれて一機が倒されればそれにつられてほかの機体も巻き添えを食い、結果として数も装備も我が軍に劣っている相手に苦戦を強いられたというのが現状、というのはこの間説明したな」

 ルルーシュの言葉尻には、元々の作戦指揮を執っていた人間への苛立ちが見え隠れしていた。これだからプライドだけが高い皇族は使えないんだと、出発前の執務室で文句を言っていた姿が蘇る。
 (あまりに不甲斐ない戦況にとうとう帝国宰相と、非公式とは言え宰相補佐が出てきたんだ。第九皇子もこれで完全に見放されるな)
 中東との国境付近で起こったテロ事件が報告された当初は、いつも通り制圧して終わりだろうと誰もが思っていた。近年はだいぶ少なくなったものの、テロや紛争の類は今も各地であって、過去にはスザクもナイトオブラウンズとして駆り出された。現地の戦力に加勢したり、ブリタニア側から派遣された司令官に従うこともあれば、皇帝命令により単独行動をすることもある。
 司令官の傘下に入る場合、そのトップは皇族が務めることが多い。対外戦争がほとんどなくなり、他国への侵略によって実績を上げる手段がなくなった現在、皇族たちは活躍の場を求めて躍起になっている。しかし、国内ではシュナイゼルが帝国宰相として手腕を振るっているし、軍ではコーネリアが大きな実権を握っていて、凡庸な才能では要職に就くことも難しかった。
 クロヴィスのように芸術方面に進むか、あるいはユーフェミアに倣って慈善活動に励むという道もあるが、プライドの高さだけは人並み以上の彼らは派手さを好み、地味であまり注目されないことをやろうとはしない。だからこそ、国内での少ないポストを巡って椅子取りゲームをし、隙あらば相手を蹴落とそうとばかり考えている。
 有力な後ろ盾もないのに宰相補佐として立ち回っているルルーシュがやっかまれるのはそういう理由もあった。
 彼らとしては自分より格下の相手がポストを得ていることが面白くないし、母親が庶民である下賎の子どもが皇帝や宰相に気に入られていることも面白くない。ルルーシュの暗殺未遂事件は妬みによるところが多いのはそんな事情が大いに関係していた。
 (だから功を焦ったというところだろうけど、その結果がこれじゃあどうしようもないな)
 今回の司令官だった第九皇子はルルーシュと歳が近く、周囲に焚き付けられて何かと敵対心を剥き出しにしていたらしい。最近、とあることで皇帝の不興を買ってしまい、名誉挽回のためにもなおさら功績が欲しかったようだが、この一件で廃嫡は間違いないだろうともっぱらの噂だ。「分野外のことに手を出したのがそもそもの間違いだというのに本人はそれにまったく気付いていない。自分にやれる範囲のことを黙ってやっていればいいのに、分不相応な手柄を立てようとするから自ら転落を招くのだ」というのはルルーシュの言である。
 結局、第九皇子が未熟でブリタニア軍に相当な被害を出し、事態を重く見た帝国宰相が直々に指揮を執る事態に陥ったのだから面目は丸潰れだ。その上、正式なデビュー前の勉強という名目でルルーシュもついて来ることとなった。今ごろ司令室の隅に追いやられているに違いない第九皇子のプライドはずたずたに切り裂かれていることだろう。

「主力となるのは兄上の指揮下の隊だ。お前は逃げてきた敵を確実に撃破するだけでいい。G1ベースまで辿り着くことがないよう必ず叩け」
「イエス、ユアハイネス」
「ただし投降してきた者はその限りではない」

 通常ならば有り得ない命令に目を瞠った。
 無駄な犠牲は出したくないというのがスザクの信条だが、手ぬるいやり方を苦々しく思っている軍の人間がいることは知っていた。お前は甘いとラウンズのメンバーから面と向かって言われたこともある。
 自分自身の信条を曲げたくないという気持ちが理想であることはわかっている。白き死神と呼ばれ、戦場で散々血を流しておきながら、たった一人や二人の命を救うことに意味があるのかと自問自答もした。誰かの命を救うことで罪滅ぼしになるなんてもちろん思っていない。それでも、と考えてしまう自分はやはり弱いのだろう。
 そんな思いをルルーシュに聞かせたことはないが、こちらの気持ちを汲んでくれたような言葉に感謝すると同時に、ルルーシュの立場が悪くならないかと懸念した。

「よろしいのですか?」

 思わず尋ねれば、モニターの向こうでルルーシュが微かに口の端を上げた。

「私が命じられているのはG1ベースの守りだけだ。敵が突っ込んでこなければそれでいい。だが、中には投降したと見せかけて攻撃してくる者もいるから注意だけは怠るな」
「もちろんです」

 むしろ司令室の中のほうが心配だとちらりと思った。
 (変な気を起こさなければいいけど……)
 今回、ルルーシュは直接の指揮を執らない。スザクもあくまで後方支援として参加するだけなので任務としては簡単だ。
 しかし、第九皇子はルルーシュに手柄を横取りされたと感じているかもしれない。そもそもが自業自得なわけだし、ルルーシュの役目は司令部の守りだけなのでさほど大きな活躍はできないのだが、それでも役目を奪われた逆恨みで何か仕出かさないとは言い切れなかった。
 シュナイゼルも一緒にいるので騒ぎは起こさないだろうと思いつつ、騎士としてはやはり心配である。できればルルーシュの傍にいたいというのが本心だ。しかし、シュナイゼルからの要請ならばランスロットに乗って戦場に出るしかない。
 (敵の撃破と降伏者の拘束と殿下の身の安全と。今日は忙しいな)
 敵が複数の洞窟に潜んでいて、中の様子もわからないのにブリタニア軍が突っ込んでいたのがこれまでの状況だ。相手がどこにいるのか把握されないまま闇雲に兵が投入されていたため、被害ばかりが大きくなっていた。
 だったら洞窟ごと潰してしまえばいい、と大規模な掃討作戦を考案したのはルルーシュである。そのことが公にされていないのは今回のルルーシュの参加が非公式で、あくまでシュナイゼルについて来ただけという立場だからだ。しかし、極秘扱いではないので耳聡い者は知っているだろう。そして、ルルーシュの存在を面白くないと思っている人間は、やはりルルーシュ殿下は冷酷だと口さがないことを言うのだ。
 なんとも非情な作戦を立てながら、自らの騎士には敵を殺さなくてもいいと告げる。この矛盾にルルーシュ自身は気付いているに違いない。作戦そのものはシュナイゼルにも認められ、こうして採用されたのだから自信を持っていいはずなのに、作戦概要を伝えたときに複雑そうな顔をしていたのは彼の中にも甘さが残っているからだ。
 (それでも殿下は戦場に出ると言う。僕ひとりを戦わせないために)
 気持ち自体は嬉しいけれど、主にそう思わせてしまったことを騎士として不甲斐なくも感じる。彼には安全な場所にいてもらいたいと願うのに、結局はこうして戦場に出させてしまった。
 ルルーシュの意志は尊重したい。でも、戦闘には参加してもらいたくない。これもまた矛盾だ。
 (余計なことを考えるな。集中しろ)
 ルルーシュがいるというだけでどこか落ち着かない気分になっている。注意散漫で肝心なときに主を守れないようでは騎士失格だと気持ちを入れ直した。考えるのはこの戦闘に勝利したあとだ。

「スザク」
「はい」
「ちゃんと戻って来い」
「イエス、ユアハイネス」

 力強く応えるとルルーシュが満足そうに頷いた。モニターの画面が消え、スザクは敵陣のある方角を見据えた。
 作戦開始時刻となり、シュナイゼルの一声で戦闘が開始される。G1ベースは本隊とだいぶ離れているが、それでも遠くから地響きが伝わってきた。
 状況を報告する声を聞きながらしばらく周囲を警戒していると、洞窟の崩落から逃れてきたらしい敵機を捉えた。こちらに向かってくるのは旧型ナイトメアのグラスゴーで、ブリタニアから横流しされたもののようだ。
 (この作戦が終わったらナイトメアや武器の裏取引の取り締まりに力を入れそうだ)
 仕事人間な主の顔を思い浮かべる。自らの利益のためだけにテロリストに資金援助をするからこういう無駄な争いが起こるのだと怒っていた彼は、ブリタニアに戻ったら本格的な調査に乗り出すのだろう。仕事熱心なのはいいことだが、食事と睡眠時間を削って顔色を悪くするのはいただけない。
 それがルルーシュらしいのだが、騎士の気苦労もわかってほしいものだと思いながらヴァリスを構える。
 敵は地の利を生かした戦いが得意なようだが、一機ずつの戦闘能力は高くなかった。ナイトメアの扱いもはっきり言ってお粗末だ。驕りがあったとは言え、こんな格下の相手に大打撃を受けてしまった第九皇子は司令官として無能としか言いようがない。
 (プライドだけが高い皇族は使えないと言い切っていた殿下の気持ちがよくわかるな)
 耳をつんざくような爆音の中、敵ナイトメアを活動不能にさせていく。武器と手足を吹き飛ばすだけの容易い攻撃だ。
 やがて敵の本陣を完全に制圧したとの報告が入った。作戦開始から三十分。前任者が一ヶ月かかっても攻略できなかった相手をたったの三十分で片付けたルルーシュに、スザクは誇らしい気持ちでいっぱいになる。表向きのトップはシュナイゼルだし、本人も自分は何もしていないと口にするだろうが、今回のお膳立てをしたのは間違いなくルルーシュだ。
 自分たちが負けたことを知ったのか、白旗を掲げてナイトメアを下りてくる敵兵が続々と増えていた。無闇に殺さず捕虜として捕えるよう改めて指示が入り、スザクも周囲のブリタニア兵士と協力して事後処理に当たる。
 (とりあえずこっちはシュナイゼル殿下の配下に任せて大丈夫だな。あとは――)

***

「三十分で制圧か。ほぼ予定通りだ。君の作戦を採用して正解だったよ、ルルーシュ」
「兄上の采配がよろしかったのでしょう」
「謙遜するね。だが、これで軍の幹部たちに君の有能さを証明できた。これまでは君の作戦を机上の空論だと軽く見ていた連中も黙るだろう」
「そのためにわざわざ私を連れてきてくださったのですか?でしたら見学という扱いにしなくても」

 せっかく蜃気楼をデビューさせる機会だったのにと恨めしげに言えば、シュナイゼルは慈しむような目で弟を見てきた。

「尻拭いのための戦いは君のデビュー戦にはふさわしくないよ」
「元司令官をあまり刺激しないようにという配慮ですか?しかし、私がここにこうして座っているだけで充分刺激していると思いますが」

 斜め前から向けられているのはルルーシュを射殺さんばかりの視線。距離があるので今の会話は聞かれていないだろうが、この状況が彼にとって最高に面白くないものであることは間違いない。
 現在、ルルーシュとシュナイゼルがいるのはG1ベース内の司令室で、指揮官のシュナイゼルが中央の椅子にいるのは当然である。そして、その隣の椅子にはルルーシュが座っていた。今回はあくまで見学の立場だが、見ようによっては副司令官のような扱いだ。
 それに対し、前司令官だった第九皇子は、椅子すら与えられずに部屋の隅っこでまるで罰ゲームのように立たされている。本人にとっては何よりの屈辱だろう。
 (明らかに俺に対して逆恨みしているな)
 予想通りの反応に溜め息が出てきそうだ。
 ここに到着した際、第九皇子の出迎えを受けたが、そのときの視線にも恨み辛みが込められていた。自分の失脚を踏み台にしていると思われたのか、帝国宰相を味方につけて大きな顔をしていると思われたのか、いずれにしろ己の能力を棚に上げて逆恨みするなど小物の証拠である。

「さて、あとの処理は皆に任せて私たちは引き上げることにしようか」
「私はもう少し残ります。作戦と実際の戦況がどのように違ったのか調べておきたいので」
「相変わらずルルーシュは勉強熱心だね。では、私は別室で幹部たちと今後の相談をしておこう。それが終わったら勝利の祝杯といこうじゃないか」
「はい」

 シュナイゼルと共にカノンや部下が司令室を出て行く。あとには数人の兵士と、置き去りにされた第九皇子一行がいた。シュナイゼルから無視される格好となった彼は、ルルーシュとの待遇の違いに怒りを震わせているようだ。その結果を招いたのが自分自身であるということに反省や後悔はまったくしていないのだろう。
 彼には構わないまま、ルルーシュはパネルの前に足を運んだ。完全勝利の結果がそこに表示されているが、驕る気持ちは生まれなかった。作戦そのものは単純だし、相手も多少厄介ではあったが戦力としては大したことはなかった。これで驕るほうがどうかしている。
 (やはり予測とは違う動きがあるな。今回は単純な仕掛けで済んだが、もっと大規模な作戦の場合、俺の計算と実際の動きとの齟齬を踏まえた上で検討しなければ大きなズレが生じてくる。訓練された軍隊とは言え、全員がスザクのように動けるわけでもないし)
 ついスザクを念頭に考えてしまうが、スザクは普通の兵士とは違う。彼の能力はルルーシュがもっとも認めているもので、一個師団どころかそれ以上の働きをした。しかし、スザクはひとりしかいない。いくらスザクが優秀でも、彼だけに頼るわけにはいかないだろう。
 少し考え方を軌道修正しなければと考えていたルルーシュは、背後の動きに思考を中断された。

「――私に何かご用でも?」

 部屋の隅で所在なげに立っていた男が、先ほどまでシュナイゼルが座っていた椅子にふんぞり返っている。その周りの部下たちは、ルルーシュに向かって銃口を構えていた。

「卑しい庶民のくせに、皇帝陛下や宰相閣下に取り入ってよくもこの私に屈辱を味合わせてくれたな」
「あなたが勝手に自滅しただけではないですか。私は何もしていません」
「嘘をつけ! お前が裏で手を回して私を陥れたんだろう! シュナイゼルに金魚の糞のようについて来て自分の優位性を示したかったのかもしれないが、まあいい、ここで血統の違いを教えてやるよ、ルルーシュ」

 醜悪な顔をした相手に、これでも一応自分の兄になるのかと思うと溜め息しか出てこない。

「私にはこれだけの部下がいる。だが、お前には枢木だけ。その枢木も今は外に出ていて不在だ。今ごろは主の危機も知らずにちんたらとあのナイトメアを動かしているのだろう。役立たずの日本人なんかを騎士にするからこういうことになるんだ」
「スザクは陛下から賜った大事な騎士です。スザクを侮辱することは陛下をも侮辱することになる」
「ここでお前が口を閉ざせば問題ない」
「私はともかく、無関係な彼らも巻き込むつもりですか?」

 ルルーシュの後ろには司令室に残っている兵たちがいた。突然の事態に戸惑いつつもルルーシュを守るために身を盾にし、応戦の構えを取っているところはさすがはシュナイゼルの配下である。この状況下で第九皇子ではなく第十一皇子につこうと判断できるのは優秀だ。

「ルルーシュ皇子は敵のスパイによって運悪く暗殺された。一緒に残っていた兵たちはルルーシュ皇子を守ろうとして同じく殺された。それで問題ないだろう?」

 つまらない脚本だと呆れ、自分を守ってくれている兵士に声をかけた。

「巻き込んですまないな、お前たちは下がっていろ」
「しかし、ルルーシュ殿下…!」
「大丈夫だ。私に任せておけ」

 兵たちを押しのけ、銃口の前に立つ。距離はおよそ八メートル。拘束されるのは厄介だと危惧していたが、射程範囲内で肝心の目標は目の前にいるから決して外すことはないと思っているのか、銃を構えた男たちがこちらに近付いてくることはない。

「せいぜい命乞いをするんだな、ルルーシュ」
「命乞いをするのはどちらでしょうね。――なあ、スザク」

 ルルーシュは口の端を上げた。
 不快な金属音と共に足元が揺れ、何事かと敵も味方も混乱している。ずしんと大きな音と風圧を感じて情けない悲鳴が上がっていた。

「な…っ、これは……ランスロット……?」

 指令室のど真ん中に白い機体が立っていた。頭上を見上げると、あるはずの天井が消えている。代わりに目に映るのは青空だ。
 突然現れたランスロットだけでも驚きだが、G1ベースの天井を切り取って直接乗り込んできたことに誰もが唖然としている。

『ルルーシュ殿下に対する暗殺未遂の現行犯としてあなた方を拘束します』
「ば、馬鹿な! 私は何もやっていない! 貴様こそこんな無茶なやり方で乗り込んで、皇族への不敬罪に値するぞ!」
「まさかこの期に及んで言い逃れをするつもりですか? 我が兄ながら情けない。そんなことを言うだろうと思って証拠はしっかり取らせていただきましたからご安心ください」

 胸元からボイスレコーダーを取り出して笑えば相手の顔が歪んだ。

「くそっ、今ならまだ間に合う! 撃て! ルルーシュを撃て!」

 闇雲に撃たれた銃弾は、しかしすべてランスロットのブレイズルミナスによって阻止された。さらにはMVSを突き付けられ、第九皇子は茫然と椅子に座り込んできた。
 そこへ騒ぎを聞きつけた複数の兵士が乗り込み、皇子とその部下たちを手際よく拘束する。最後に部屋に入って来たのはシュナイゼルで、現場の様子を見ると面白そうな顔をした。

「好きにしていいとは言ったが、さすがにやり過ぎではないかな? ルルーシュ」
「G1ベースを多少壊すことになるかもしれませんがよろしいですかと一応確認は取りましたよ」
「まさか……、最初からわかっていて……」

 力のない声にシュナイゼルが顔を向けた。その表情は穏やかで普段通りだが、この状況下だとかえって恐ろしく見えるのは決して錯覚ではないだろう。

「君がいずれ謀反を起こすであろうことは予測できたからね。だからわざとルルーシュひとりが残ったんだが、見事に引っ掛かってくれたよ。なるほど、これなら今回の敵に簡単に翻弄されるのも納得できる」
「あ……、ち、違います! 私はただ皇族として自分を認めてもらいたかっただけで、」
「だったら己の能力をもっと弁えるべきだったね。自らの無能さを棚に上げてルルーシュを逆恨みするなど言語道断だ。いずれにしろ処罰は免れない。ペンドラゴンに戻って大人しく沙汰を待ちなさい」

 連れて行け、とシュナイゼルが告げれば皇子一行は連行されていく。最後の悪足掻きのように悪態を吐く声もだんだん遠くなり、やがて完全に聞こえなくなった。

「しかし、ルルーシュも無茶をするね。先に銃弾を浴びていたらどうするつもりだったのかな」
「あいつはそんなことはしません。もともと自分に酔った演説が好きですから、私を殺す前に必ず偉そうな口上を述べると思ったんです。それに、捕まえるなら現行犯が一番でしょう?」
「だが、今後はもう少し安全な方法を考えるべきだよ。まったく、天井ごと吹き飛ばすとは前代未聞だ」

 さすがは元ナイトオブセブンと感心した口調に、白き死神と呼ばれていた機体を見上げる。敵にとっては死神だが、ルルーシュにとってこれほど頼りになる存在はない。
 すると、コックピットが開いて中からスザクが姿を現した。そのまま飛び降りて軽々と地面に着地する。相変わらず人間離れしているなと思っていたら、近付いてきた彼にがしりと肩を掴まれた。その形相は少し、いや、かなり怖い。

「殿下! 無茶だけはしないでくださいとあれほど言ったじゃないですか!」
「無茶ではない。ちゃんと通信は繋いでいたし、お前が降りてくるための場所も空けておいた。それに、ロイドに作らせたセンサーでどこに人がいるかわかっただろう?」

 今回の計画はあらかじめシュナイゼルにもスザクにも伝えておいた。相手は自分を間違いなく恨んでいて、こちらがひとりになればその隙を狙って必ず行動してくる。だからパターンに応じて対処法を考えたのだ。

「敵がいきなり銃を撃っていたらどうするおつもりだったんですか!」
「そのことについては兄上にも話したとおり、」
「確かに殿下の予測は正確です。今回の作戦だって上手くいった。ですが、予測外の行動をするのが人間です。激昂した相手が指示を待つことなくあなたを撃っていた可能性だってあるんですよ。いくら相手を油断させるためとは言え、殿下ご自身を囮にした作戦はもうやめてください」
「だが……」
「スザク君の言うとおりだよ、ルルーシュ。君の希望もあったから今回は特別に認めたが、こういう方法ばかりではいずれ君の身に危険が及ぶ。今後はもっと自分が安全な計画を立てなさい。それができない君ではないだろう?」
「兄上まで……」

 二人から言い聞かせられて困った顔をすれば、シュナイゼルが口許を和らげた。

「ひとまず反省会はあとにしようか。最大の功労者であるルルーシュは先に戻っていなさい。司令室はこんな状態だが、ほかの部屋は使えるから迎えが来るまで奥で休んでいていい」
「そういうわけにはいきません。ここを壊したのは私ですし、ちゃんとあとの処理を」
「このG1ベースもだいぶガタが来て処分を考えていたからむしろちょうど良かった」
「しかし」
「君は今回の功労者だと言っただろう。こんなときぐらい兄らしいことをさせてくれないかな」

 舞い散って衣装についた砂埃をシュナイゼルが払う。異母兄弟とは言え、帝国宰相にこんなことをさせるとは我ながら大層な身分だなと可笑しくなった。

「わかりました、兄上がそうおっしゃってくださるのでしたら私は下がります。スザクも、……とりあえず、ランスロットは一度戻しておくか」

 司令室のど真ん中にナイトメアが残ったままでは処理がしにくいだろう。すぐにコックピットに乗り込んだスザクはランスロットで格納庫の方角へ向かい、数分後に今度は司令室のドアから戻って来た。脅威の俊足だなと苦笑いしながら、今度こそ司令室をあとにする。
 騒動が起こったばかりで行き交う兵士たちは誰もが忙しそうだ。こんな状況の中、自分だけが休むのは心苦しいが、宰相直々に休めと言われてしまったのでは従うしかない。
 皇族専用の部屋に入ると窮屈なマントの金具を緩めた。すかさずスザクが前に回り、丁寧な手付きで脱ぐのを手伝ってくれた。
 目の前で栗色の癖毛がふわふわと揺れているのを見ながら、ルルーシュは改めて騎士の姿を眺めた。パイロットスーツに身を包んだ姿は見慣れないもので、スザクなのにスザクじゃないようななんとも不思議な感覚だ。
 (こうしてずっと戦場に出ていたんだな)
 直接手を下し、大勢の血を流す。それが彼の仕事だった。
 これまでルルーシュは作戦計画の立案に関わってきたけれど、直接戦場に出たことはない。生の現場に立ち会ったのも、戦場の空気を感じたのも初めてだ。
 (俺の作戦によって敵も味方も死んだ)
 そのことを初めて実感した。今まで何も考えなかったわけではない。覚悟はしているつもりだった。
 でも、現実として突き付けられると正直足が竦んだ。モニターの表示はゲームではなくすべて現実なのだと思ったら恐ろしくなった。あの恐ろしさをスザクもシュナイゼルも感じたことがあるのだろうか。
 今さらながらに指先が震え、それを隠すようにルルーシュは手のひらを握った。

「ここからはプライベートでよろしいですか?」

 静かに尋ねられて小さく頷く。その途端、スザクの腕に掻き抱かれた。パイロットスーツからは土のにおいがした。

「お疲れ様でした」
「お前もな」
「僕は何もしていませんから」
「しっかり助けてくれたじゃないか、俺を」
「今回は運が良かっただけです。本当にもう二度とあんな危ないことはしないでくださいね」
「はいはい」
「返事は一回」

 咎める口調に、笑いながら「はい」と答えた。
 スザクの手が後ろ髪を撫で、わずかに体を離される。ルルーシュが瞼を下ろすと柔らかく唇が触れてきた。

「ン……」

 背中にしがみ付けばいつもと違った感触がし、そういえばパイロットスーツだったと思い出して薄く目を開いた。そこには翠の瞳があって心臓がどくりと鳴った。
 見つめ合いながらのキスはなんだかいつもより興奮する。性急に咥内を探るスザクも、彼にしては珍しくどこか余裕がない。戦闘後は神経が昂ぶると聞くが、これもそのせいなのか。
 ついさっきまでたくさんの人を殺しておきながら、こんな場所でスザクを求めている背徳感。己の罪深さに煽られてまたスザクが欲しくなるなんて自分はどうかしている。

「ふァ……、あッ、ん」

 後頭部に当てられている手がくしゃりと髪を掴んだ。体がぴたりとくっ付き、舌を絡めて吐息ごと奪われる。

「殿下、ルルーシュ殿下……」
「ア…っ、すざ、ッ」

 スザクとのキスは気持ちいい。唇からこのまま溶けていってしまいそうだ。
 酩酊感にも似た感覚にくらくらして、背中に回した腕に力を込める。が、突然肩を押されてキスを解かれた。

「スザク……?」

 息を乱しながら尋ねると、スザクがばつの悪そうな顔をしていた。

「申し訳ございません。つい我を忘れて……」
「そんなの別に」
「このままだと、ここで殿下を抱いてしまいそうなので」

 ぽつりと漏らされた言葉にルルーシュは頬を赤くした。
 すっかりその気になっていたが、ここはまだ戦場のど真ん中だ。いつ誰が来るかわからない。

「本当にすみません。あの、ちょっと着替えてくるので、殿下はこちらでお休みになっていてください」

 そそくさと離れようとするスザクは昂ぶったものの処理をするつもりなのだろう。手伝ってやるとはさすがに言えなくて、でもスザクひとりを惨めな気分にさせているようで申し訳ない。

「――スザク」

 彼を引き留めたルルーシュは、意を決して口を開いた。

「褒美をやる」
「え?」
「今日の褒美だ。お前が欲しいものをなんでもやる」
「なんでも……?」
「ああ、なんでもだ」

 欲を残した瞳をじっと見つめる。

「ならば……、僕はルルーシュ殿下が欲しいです。殿下をください」
「わかった」
「本当によろしいのですか? 僕の言っている意味は、」
「そのくらいわかっている。馬鹿にするな」

 目許を微かに染めてぼそぼそと答える。スザクがふわりと笑った。

「約束ですよ」
「――ああ、約束だ」

 額にキスを落とされ、ルルーシュも柔らかく笑い返した。
 自分で褒美になると言うのならいくらでも与えよう。自分だけの最高の騎士のために。
 (お前の望みは全部叶えてやるよ、スザク)
 (15.06.21)