アザレア・前編

 ナナリーとユフィを誘ってのお茶会は久しぶりだった。最後に三人で顔を合わせたのはバレンタインの頃なので約五ヶ月ぶりのことである。
 その間も何度かお茶会を催促されたものの、日常の業務に加え、その他諸々の雑務や蜃気楼のテストなどをやっていたらプライベートな時間を作る暇がなく、結果、妹たちに不義理をする羽目になってしまった。
 しかし先日のテロ事件制圧に当たり、ルルーシュの作戦が功を奏してわずか三十分で片がついたことを皇帝と宰相の二人から褒められ、その褒美として十日間の休暇が与えられた。その一日目に妹たちとのお茶会をセットしたのだから、これまでの不満はどうやら収めてくれたようだ。
 美味しそうにルルーシュ手作りの菓子を食べている二人の姿に、ルルーシュはティーカップを傾けながら頬を緩めた。

「あら、このプリン、いつもと少し違いますね」
「今日はカボチャプリンにしてみた」
「こちらのトリュフも絶品です、お兄様」
「ありがとう、ナナリー」

 可愛い妹たちに囲まれ、手作り菓子を褒められ、この上なく幸せだ。戦場では色々あったし、考えなければいけない問題は山ほどあるけれど、たまの休日ぐらいはのんびりとした平和な空気に浸っていたい。
 (……だが、あまりのんびりもしていられないな)
 柔和だった表情を改め、妹たちの顔を交互に見る。二人はお喋りに夢中で兄のわずかな変化にはまだ気付いていなかった。
 カップを置くとルルーシュは背筋を伸ばした。

「ナナリー、ユフィ」

 静かに呼べば、二対の瞳が同時にこちらを向いた。

「お前たちに頼みがある」
「なんですか?」
「来週の今日、つまり、七月十日なのだが、」
「スザクさんのお誕生日ですね」
「そうだ、スザクの、……へ?」

 切り出す前に言い当てられ、目を白黒させる。

「もうそんな時期なのね。スザクの誕生日と聞くと夏って感じがするわ」
「私もです」
「お前たち、なんでスザクの誕生日だと……」
「そんなに驚くことではないでしょう? 親しい人の誕生日を知っているのは当たり前よ。それで? 今年の誕生日はどうするの?」
「あ、ああ、それでお前たちに相談なんだが」
「女装なら新しいドレスを用意しますよ」
「女装は却下だ」

 即座に拒否すれば、ユフィが頬を膨らませた。

「どうして? ルルーシュの女装はとっても可愛いから私たちも楽しみにしているのに。ね、ナナリー」
「はい」

 声を弾ませた二人に、しかしルルーシュは不機嫌そうに眉根を寄せた。

「なんで誕生日のたびに女装しなければいけないんだ。だいたい、いつも言っているが俺は男だ。男にドレスを着せて何が楽しい」
「綺麗な人に着てもらったらドレスも喜ぶはずよ」
「そうですよ、お兄様。お兄様は皇宮の誰よりも美人なんですからもっと自信を持ってください」
「女装に自信を持ったら駄目だろう……」

 ちょうど一年前、妹たちの策略により女装姿でスザクと数日を過ごしたことを思い出してルルーシュは苦々しい顔をした。ナナリーもユフィも、そしてスザクもよく似合っていると褒めてくれたけれど、男としては女装姿を絶賛されても複雑なだけである。
 もちろん、褒められるのが嬉しくないわけではない。綺麗だと言われれば誰だって嫌な気分にはならないだろう。だが、男である以上、男としての矜持があるのだ。スザクと過ごすときにわざわざ女装を晒す必要性がいまだにまったく理解できない。

「とにかく、ドレスはもう着ない。今年は普通に誕生日を祝うんだ」
「えー、つまらない」
「メインはスザクの誕生日だぞ。俺を笑い者にしても楽しくもなんともないだろう」
「むしろスザクは喜ぶと思いますけど」
「そういう問題ではない。今年は女装なしでスザクの誕生日を祝う。いいな」

 言い聞かせれば、はぁいと気のない返事が返ってきた。

「それで今回は俺にプランがあるのだが」
「どんなプランですか?」
「せっかくだから親しい人間だけを集めてパーティーを開きたい。パーティーと言っても、クロヴィス兄上が企画するような大掛かりなものではなく、ささやかなものだ。スザクは派手なことはあまり好まないし、俺としても無駄に人を集めるつもりはない」
「親しい方というと、私やユフィ姉様にお母様、咲世子さんとジェレミアさん、あとはロイド伯爵とセシルさんでしょうか」
「ミレイも誘おうかと思っている。それから、ラウンジ時代に仲の良かったジノとアーニャも。母上はお忙しいから多分無理だろうな」
「お姉様たちを呼んじゃうと堅苦しくなっちゃうかしら」
「スザクと親しくないわけではないが、皇族の騎士の誕生日を祝いに姉上や兄上が来たら違う方面で騒ぎになりそうだからな。本来ならユフィの参加もあまり好ましくないし」
「私だけ仲間外れはずるいです!」
「……と言うと思ったから、コーネリア姉上には俺から話をしておく」

 身内だけと言っても皇族である以上、外部からどう思われるかは常に考えなければならない。ユフィはなんの気兼ねもなく自分たちと付き合ってくれるけれど、家の格式なんてものに拘る連中にとっては、彼女がこうしてアリエスに頻繁に通っていること自体が面白くないのだ。
 つまらないことに振り回されるつもりはないが、つまらないことでせっかくのスザクの誕生日を台無しにするつもりもない。

「クロヴィスお兄様は来たいっておっしゃるかもしれないわよ」
「そこは何があっても俺が阻止する。一回の絵のモデルで手は打てるだろう」

 クロヴィスが来たらなんのパーティーかわからなくなってしまう。それに、何かと目立つ兄なので身内だけのパーティーが下手すれば公になる恐れもあった。絵のモデルは正直気が乗らないが、すべてはスザクのためだ。

「それで、パーティーはどこでやるのですか?」
「アリエスでいいだろう」
「え!」
「え?」

 同時に訝しげな反応が返ってきてルルーシュは首を傾げた。おかしな発言をしたつもりはないが、なぜかナナリーとユフィは顔を見合わせていた。どうしたのかと聞けば、何やら視線だけで会話をした二人が小さく頷いた。

「お兄様、アリエスが悪いというわけではありませんが、せっかくのお誕生日パーティーなのですから、いつもと違った場所がいいのではないですか?」
「いつもと違う場所と言われても、どこかの屋敷を借りるにしたってあまり遠方では困るだろう? アリエスなら多少騒いでも問題にはならないし」
「それはそうなのですが……」
「わかりました! でしたら私に考えがあります。ちょっと待っていてください」

 言うなりユフィは立ち上がると、ナナリーを連れて部屋を出て行った。ユフィの考えはなんだかあまり良い予感がしないなと、彼女が聞いたら憤慨しそうなことを思いながら指示通り大人しく待つことにした。
 紅茶を傾けながら誕生日プレゼントのことを考える。発注はすでに済ませているのであとは当日渡すだけだが、そのシチュエーションを想像すると無性に恥ずかしい気持ちになって、どんな顔で渡せばいいのかわからなくなってきた。今までも贈り物はしてきたのに、今年に限ってこんなことで頭を悩ませてしまうのは自分たちの関係性が変化したせいだろうか。
 それに、どことなく照れくさいのは別の原因もある。
 (あんなキスをして俺のことが欲しいって言ったくせに、あれから何もしてこないじゃないか)
 ふと浮かんだ愚痴が欲求不満を表しているようで、我に返ったルルーシュは赤面した。部屋にはひとりきりだとわかっているのに思わず周囲を見渡してしまい、それから小さく息を吐き出した。
 見学の名目で初めて戦場に出てからもう一ヶ月近くが過ぎている。
 あのとき、褒美は何が欲しいかとスザクに聞いた。スザクはルルーシュが欲しいと答えた。
 この一ヶ月、事後処理に追われてなかなか二人の時間を持てなかったのは自分の責任だ。だけど、自分を欲しがったのはスザクのほうじゃないか。なのにスザクはあれ以来、何も言ってこない。たまにキスをしてくることもない。それどころか、抱き締めたり触れたりという軽いスキンシップすらなくなってしまった。
 初めのうちは忙しくて疲れている主を騎士として労わっているのかと思っていたけれど、だいぶ落ち着いた現在になってもスザクからの接触はないままだ。
 (まさか、俺に飽きた……?)
 いやいやまさか、スザクに限ってそんなまさか、と弱気な考えを笑い飛ばそうとした。が、一度落ちた暗い感情は消えてくれなかった。
 (キスまでは許すけどその先はなかなか許してくれない恋人に見切りをつけたとか、あのとき俺のことを欲しいと言ったのはそういう状況でなんとなく口にしただけとか、俺をがっかりさせてはいけないと気を遣っただけとか)
 だから二人きりになっても手を出してこないのか。そこまで考えて、己の思考の情けなさにルルーシュは両手で顔を覆った。
 これでは完全に欲求不満だ。しかも褒美になんでもやると言ったのはこちらなのに、手を出してこないスザクに責任転嫁するとは何事か。
 (だからと言って、俺のほうからスザクを誘えるわけがないだろう)
 今までの数少ない経験を踏まえると、恐らくスザクはこういったことに尻込みするタイプではない。なのに、スキンシップすらなくなったのは一度拒まれたことをやはり気にしているのだろうか。二度も断られたら男の沽券に関わると慎重になっているのだろうか。
 いずれにしろ自分にとってはあまり良くない状況だと、ルルーシュは絶望するような気持ちになった。熱かった顔から血の気が引いていく感覚がした。
 (となると誕生日に何か行動を……、ってその日は皆でパーティーをすると決めたじゃないか。俺の都合を優先させるわけにはいかない)
 心の準備というものもあるし、この件は誕生日が終わったらじっくり考えよう。そう思い直したところで扉が開いた。戻ってきたナナリーとユフィはなぜか上機嫌だ。

「何かあったのか?」
「とってもいいことを思い付いたんです」

 ねー、と二人がにこにこした笑顔で顔を見合わせる。既視感のある光景にルルーシュの中で嫌な予感が生まれた。

「スザクの誕生日パーティーの会場は別のところにしましょう」
「それはさっきも言ったとおり」
「皆が気軽に足を運べる場所だったらいいのよね? だからペンドラゴンに別宅がある方にお願いしてみたの」
「たかが騎士のパーティーに屋敷を貸してくれる人間がいるのか?」
「あら、ルルーシュが頼めばきっといろんな人が協力してくれると思いますよ。普段は自信満々なのにこういうところは自分を過小評価するのよね」
「過小評価ではない、事実を言ったまでだ」
「大丈夫ですよ、お兄様。直接打ち合わせをしたいからすぐに向かってくださるそうです」

 そのとき、使用人が来客を告げに来た。

「ぴったりですね。さすがです」
「ナナリー、一体誰が」
「お兄様の頼もしい協力者ですよ」

 どうぞ、と声をかけると扉が開いた。そこに立っている人物を認めてルルーシュは目を丸くした。

「お久しぶりです、ルルーシュ殿下」
「なぜミレイがここに……」

 そこにいたのは、アッシュフォード家令嬢のミレイだった。半年ほど前、マリアンヌの突然の提案により見合い相手となったものの、ルルーシュがスザクを選んだことで直前になって断ることになってしまった相手だ。見合いの件については本人も気にしていないと言っていたし円満に解決したのだが、あれ以来顔を合わせる機会がなかったのでなんとなく気まずい。しかし、そう思ったのはルルーシュだけのようで、ミレイはいつものようににっこりと笑っていた。

「私たちがお呼びしたんです。パーティー会場として使えそうな場所はないかとご相談したら、お屋敷を貸していただけることになって」
「貸すって、そんな簡単に……」
「あら、殿下ったら水くさい。アッシュフォード家は殿下のためとあらばどんな協力も惜しみませんわ」
「たかが騎士の誕生日パーティーだぞ?」
「殿下にとって最愛の方のお誕生日をお祝いするのはとても大事なことでしょう?」

 最愛という言葉に思わず頬が熱くなる。ミレイは自分たちの関係を知らないはずだが、騎士と関係を持った身としては少々いたたまれない。

「では、会場も決まったことですし、飾り付けや食事のことを相談しなければいけませんね」
「そういうことは私にお任せください。パーティーは得意ですから」
「ミレイさんがいるととっても頼もしいです」
「いや、お前たち勝手に話を……」
「料理はコックに頼むとして、ケーキはどうしましょう」
「せっかくですからお兄様が作ってはどうですか?」
「それはいいわね。ルルーシュお手製のケーキならスザクだけじゃなくて皆も喜ぶわ」
「お兄様にはスザクさんを連れてきていただくという重大な任務がありますから、アリエスでケーキを作って私たちがそれを運ぶという案でどうでしょう?」
「いや、だから勝手に話をだな」
「ルルーシュはスザクの誕生日をお祝いしたくないの?」

 三対の瞳が一斉に向けられ、ルルーシュはたじろいだ。

「祝いたくないわけがないだろう。今年は皆で祝えたらと思ったからお前たちに声をかけたんだ」
「だったらいいじゃありませんか。それとも事前準備は私たちに任せられない?」
「そういうわけでは……。ただ、俺の提案に巻き込んでしまったようで申し訳ないだけで……」

 騎士の誕生日を祝うと言えば聞こえはいいが、本音は恋人の誕生日を祝いたいだけである。しかも、二人きりでは寂しいだろうから皆も一緒にとナナリーたちを誘ったのだ。これは完全に私情だ。

「スザクさんは私の大好きなお兄様を守ってくださる方で、私たちにとっても大事な方です。大事な方のお誕生日を皆でお祝いするのは当たり前ではないですか?」
「ナナリーの言うとおりよ。申し訳ないなんて思う必要はないわ」
「ナナリー……、ユフィもありがとう」

 妹たちの心遣いにルルーシュは口許を綻ばせた。やはり皆に相談して正解だったと思う。

「じゃあ相談の続きをしましょう。一週間しかないですし、大急ぎでいろんなことを決めなきゃ」
「会場はこの部屋より少し広いくらいでいいでしょうか? 参加者は何名ほどになりますか?」

 だいたいの人数を伝えれば、それなら程良い広さの部屋があるとミレイが言った。

「あとで下見にいらっしゃいますか?」
「そうだな。もしそちらの厨房が使えるなら、そこで前日にケーキを作るのもいいな。アリエスからわざわざ運ぶのは大変だろう?」
「厨房でしたらご自由にお使いになってください。必要な材料や道具は事前に教えていただければ用意しておきます」
「ありがとう、ミレイ」
「でしたら、お兄様が不在の間は私がスザクさんのお相手をしますね」

 上手く引きとめておきますからご安心くださいと胸を張ったナナリーに、よろしく頼むとルルーシュは笑った。
 気付けば、お茶の時間は誕生日パーティーの作戦会議の場となっていた。全員で意見を出し合い、それぞれの役割分担を決める。出席してもらいたい者にはルルーシュが直々に声をかけることや、ケーキ以外の料理はアリエスのコックに任せること、飾り付けに必要なものはミレイが準備してあらかじめ手筈を整えておくこと、最終的な会場設営にはナナリーとユフィも参加することなど、途中でケーキを頬張りながらの会議は楽しい雰囲気に包まれていた。

「あ、そういえば殿下」

 妹たちがお茶でひと息ついたとき、ミレイがそっと耳打ちしてきた。

「パーティーが終わったらそのまま屋敷に宿泊されませんか?」
「皇族がいつまでも残っていたら迷惑だろう?」
「そんなことはありません。休暇が終わるまでずっといらしてくださってもいいくらいです。もちろんセキュリティは厳重にしておりますのでご心配はいりません。久しぶりに長い休暇を取られるのでしょう? バカンスを楽しむおつもりでどうですか」
「確かに、アリエスにいても書斎に籠もりそうだしな」
「殿下さえよろしければぜひ。それに、枢木卿のお誕生日という特別な日は特別な雰囲気で過ごされるのも悪くないかと」

 言葉の意味がすぐには理解できず、首を傾げてミレイの顔を見る。ミレイはにこにこ笑っていた。

「うちの使用人は口の堅いものばかりですから。ベッドをどのように使われても噂する者はおりません」

 首を傾げたままのルルーシュは、しばらくしてようやくその意味を察して危うく声を上げそうになった。

「な……、な、なんで……」
「あら、まさか気付かれていないとお思いだったのですか? 枢木卿はご存じだったのに」
「ス、スザクが?」
「ええ。私はお二人を応援していますから、お誕生日の日はどうか素敵な夜を」

 にこやかな笑みにくらりと目眩がしそうだった。こちらの様子を不思議そうな顔で見ている妹たちにいたたまれない気持ちが募る。

「ミレイ……」
「はい」
「絶対に他言するなよ」
「もちろんです」

 凄んで見せてもミレイの笑顔は崩れない。応援していると言いながら、実は面白がっているのではないだろうか。
 しかし、関係がバレていると知りながらスザクが何も言わなかったということは、ミレイならば大丈夫だと判断したからに違いない。だったら自分だけがじたばたしても無駄かと、ルルーシュは溜め息をついた。
 (ナナリーにユフィにミレイに……。ちょっとバレすぎじゃないか)
 自分は余程わかりやすい態度を取っているのだろうか。もしかして自分たちの空気がおかしいのか。今後の対策のために原因を突き止めておきたいけれど、それを確かめるのもなんだか怖くて結局は口を噤んだままでいた。
 何はともあれ、今はスザクの誕生日だと気持ちを入れ替えて。
 (15.07.10)
 後編→→
 ※後編はR18です