「一緒に来てほしいところがあるんだ」
朝からどこかそわそわと落ち着かない様子のルルーシュに声をかけられたのは、正午を過ぎた頃のことだった。
スザクの主は先日から休暇中で、騎士であるスザクにも休暇を言い渡された。行きたいところがあれば好きに遊んでくればいいし、たまには自分の屋敷に戻ってのんびり羽を伸ばすのもいいとルルーシュは言ってくれたけれど、スザクは首を横に振って断った。休暇中とは言え、ルルーシュを守る役目をほかの誰かに譲るのは嫌だったからだ。
それに、二人とも休暇ということは二十四時間ずっとプライベートな時間を過ごせるのである。
「せっかくですから休暇中は主と騎士ではなく、恋人として一緒にいさせてください」
そうお願いすれば、一瞬呆気に取られた様子のルルーシュはすぐに頬を赤く染めた。お前の休暇なんだから好きにすればいいと早口で言った彼は、恋人同士の時間を過ごすなんてことは考えもつかなかったのだろう。それを冷たいとか恋人の気持ちをわかっていないとか責めるつもりはなかった。
恐らく、騎士のプライベートを自分のせいで邪魔したくないとルルーシュは思ったに違いない。四六時中傍にいて息が詰まるだろう、たまには息抜きをしてこいという言葉は彼の思いやりだ。そんな温かい気持ちをもらっておきながら、ちっとも恋人らしくないと責めるのはお門違いである。
何より、恋に対しては奥手で、どこまでも純粋なのがルルーシュなのだ。だからこそ自分は彼を好きになったのだ。もっと恋人らしく甘えてほしいとか、恋人らしく一緒に過ごしたいとか、そういう望みを叶えたくてルルーシュに好きだと伝えたわけではない。
(でも、なんでもひとりで抱え込んで思い悩むのはやめてほしいかな)
そういう意味では甘えてほしい。皇族という立場を誇示したり鼻にかけて威張り散らしたりするのをルルーシュは好まない。皇族ならば皇族らしく己の責務を全うすべきだと考えていて、上に立つ人間らしく振る舞おうとする。
その心がけは尊敬するものだが、宰相補佐の仕事に追われて疲れ果てた顔でベッドに倒れ込むのはいただけない。もう少し仕事を減らしてくださいと頼んでも、決して手を抜くことはしないだろう。怠惰という言葉は彼の辞書にはないのだ。
だから、昼食をどうするか聞くために部屋を訪ねたとき、昼はいらない、代わりに行きたいところがある、スザクも一緒に来てほしいと言われたときは何事かと思った。そわそわとした落ち着きのなさはルルーシュらしくなく、どこか変だった。
いや、思い返してみれば彼の様子は数日前から変だったかもしれない。ちょっと用事があるからとどこかへ出かけ、ついて行こうとしたらお前は絶対に来るな、護衛には咲世子を連れて行くから大丈夫だと断られた。ルルーシュにもプライベートがあるから自分が口を出すことではないと思いつつ、ぴしゃりと拒絶されるのはやはり寂しい。
ひとりでは何もやることがないと、しゅんとしてアリエスの中をふらふらしていたらナナリーに声をかけられた。もしよろしかったら一緒にお茶でもしませんかという誘いを断る理由はなかったので、のんびりお茶とお喋りを楽しんだ。
そういえば先日、ルルーシュと彼の妹たちがお茶会を開いていたが、そのときのルルーシュの様子はどうだっただろうかとさりげなく尋ねてみた。「お兄様はいつも通りでしたよ。久しぶりのお休みでよく眠っていらっしゃるのか、お顔の色が良くてほっとしているんです」という話から、ここ最近の彼の多忙ぶりについて二人で愚痴を言い合い、気付けば話題はルルーシュの話ばかりになっていた。それはそれで楽しく有意義だったけれど、肝心なことを聞きそびれたと思い出したのはナナリーと別れたあとのことである。
そういうわけなので、一緒に来てほしいところがあると誘われたスザクは、彼のおかしな様子の原因がわかるかもしれないと二つ返事で頷いた。
(また変なことに関わっていなければいいけど)
車に乗り込み、隣の主の様子を窺いながらこっそり思った。ルルーシュが聞いたら俺は変なことに関わったことはないと腹を立てそうだが、武器やナイトメアの密輸取り締まりに乗り出したり、新型ドラッグの調査に乗り出したり、スザクからすれば充分変なことに関わっている。
それが彼の仕事だとわかっているけれど、あまり無茶をして危険な目に遭ってほしくないという気持ちはルルーシュを想う人たちの共通の願いだとそろそろ彼には気付いてもらいたいものだ。
しかし、少なくとも今日はそういう危ないことではなさそうだなと感じたのは、ルルーシュの横顔が穏やかだったからだ。よくよく見るとどこかはしゃいでいるような雰囲気さえあった。
また妹たちと一緒に何か企んでいるのかと首を傾げているうちに目的地へと到着した。車が横付けされたのは見知らぬ屋敷だった。
どこの貴族の屋敷だろうと不思議に思いながら、先を歩くルルーシュのあとをついて行った。こんなときは何を聞いてもはぐらかされるだけだと経験上よく知っているので、スザクは口を開かなかった。
廊下を真っ直ぐ進み、階段を上って再び廊下を行く。突き当たりに大きな扉が見えるとようやく足が止まった。
振り返ったルルーシュは笑っていた。
「ここだ」
「ここに何かあるのですか?」
「ああ」
とにかく開けてみろと背中を押される。スザクは言われるがままに扉に手をかけた。
部屋の中が見えたのと同時に、パンッ、という音が一斉に鳴った。咄嗟に身構えてしまったのは職業病である。しかし、色とりどりの紙テープや紙吹雪が舞うのを目にして、音の正体がクラッカーであることに気付くと肩から力を抜いた。
「えっと……」
ぽかんとしたまま部屋を見渡す。そこにはナナリーやユフィを始め、スザクの知っている人々の顔があった。
「私の言ったとおりだっただろう?賭けはこちらの勝ちだな、ユフィ」
隣に並んだルルーシュがおかしそうに言えば、ユフィは唇を尖らせ、ナナリーはくすくすと笑っていた。
「スザクさんのことはお兄様が一番よくご存じなんですよ、ユフィ姉様」
「もう、スザクは本当にわかっていないのですか?」
「えっと、何がでしょうか……」
「やっぱりそういうところがスザクだよなぁ。久しぶりに会ったけど、ちっとも変わってなくて安心したよ」
「前に会ったの、たったの一ヶ月前」
「一ヶ月も経てば充分久しぶりだって」
ナナリーとユフィ、それから咲世子がここにいるのは理解できる。ミレイもルルーシュ繋がりだからわかる。しかし、ジノとアーニャはどういうことだ。ロイドとセシルがこのメンバーに混じっているのもわからない。なぜ彼らが一堂に会しているのだろうと首を捻る。
「仕方ない、そろそろ正解を教えてやるか」
ルルーシュが足を進め、皆のいるほうへ向かう。取り残されたスザクがその後ろ姿を目で追いかけていると、正面に立った彼が笑みを浮かべ、せーのと声をかけた。
そうして贈られたのは、スザクの誕生日を祝う言葉だった。
「あ……」
拍手が沸き起こる。おめでとうございますスザクさん、とナナリーから大きな花束を受け取ると、皆が口々におめでとうを言ってくれた。
「また自分の誕生日を忘れていたのか?」
「そうみたいです」
照れくささに笑えば、お前らしいなとルルーシュが頬を緩めた。
「スザクさん、まずはケーキです。ろうそくの火を消してください」
ナナリーとユフィに背中を押されて部屋の真ん中まで行く。そこには大きなケーキがあった。
咲世子がろうそくに火をつけるのを待っていると、お兄様のお手製なんですよ、とこっそり耳打ちされた。思わずルルーシュのほうに目を向ければ、彼は優しい表情でこちらを見守っていた。
照明が落ち、ろうそくの仄かな明かりが浮かび上がる。ケーキの上にちょこんと乗ったプレートには、ハッピーバースデーの言葉と自分の名前が書かれていて、これもルルーシュ作だろうかと思うと温かい気持ちが胸に広がった。
皆の歌うバースデーソングが終わり、ありがとうございますと礼を言ったスザクは火を吹き消した。再び拍手が贈られて頭を下げる。
「今日は無礼講だ。スザクの誕生日を祝いつつ、皆、好きなように過ごしてくれ」
はーい、と良い返事が一斉に返ってきた。
「おめでとう、スザク。おかげで殿下のケーキが食べられるからありがたいよ」
「ジノの目当ては殿下のケーキか」
「いやいや、ちゃんとスザクの誕生日も祝ってるって」
「スザクくーん、休暇が長くてそろそろ体がなまってるんじゃない?休みでもランスロットに乗ってちょっとテストしてくれていいんだよぉ」
「今日はスザク君のお誕生日なんですよ、ロイドさん。まずはちゃんとお祝いしてください」
「ロイドさんもセシルさんもわざわざありがとうございます」
「いやいや、僕はルルーシュ殿下にお呼ばれしただけだからぁ。殿下にお願いされたら断れないでしょう?」
「殿下が?」
「そうなの、皆に来てほしいって素敵な招待状付きでね」
「そうだったんですか……」
言いながらちらりと会場に目を向ける。ルルーシュの姿を探せば、彼は咲世子と何やら相談していた。ケーキを配るための段取りだろうか。
順番におめでとうを言ってくれた面々は、早速料理を皿に盛り付けて美味しそうに食べていた。和気藹々とした堅苦しくない雰囲気はスザクの好むもので、大々的なパーティーよりこのくらいの集まりのほうが気が楽だなと思った。
今日が自分の誕生日であることをすっかり忘れていたが、こうして祝われるのはやはり嬉しい。ルルーシュ自ら皆に声をかけて回ったらしいこともスザクの気持ちを温かくさせた。ナナリーやユフィあたりが計画したのかと思っていたが、もしかしたら最初の発案もルルーシュなのかもしれない。
愛されてるな、とベタなことを思ってまた幸せな気持ちになった。
「ほら、食べないのか」
すっと目の前に差し出されたのは、たくさんの料理を乗せた皿だった。花束を一旦メイドに渡すと、ルルーシュの手から皿を受け取った。
「改めてお祝いされるとなんだか恥ずかしいですね」
「こんな大勢で嫌ではなかったか……?」
窺うような口調に首を振る。
「皆、僕の知っている人たちですから、むしろこんなにたくさん集まってもらえて嬉しいです。企画は殿下ですか?」
「まあ、最初に言い出したのは一応私だな。でも準備をしてくれたのはナナリーとユフィとミレイだ。この屋敷はミレイが今日のためにわざわざ貸してくれたんだ」
「殿下の人徳ですね」
「それを言うならお前だろう。まったく、お前は人気があって困る」
冗談めかして笑ったルルーシュに、人気なのは殿下のほうなんですけどねとこっそり苦笑いした。
「ケーキは私が作ったが、ほかの料理はナナリーとユフィとで色々相談してくれたんだ。二人が手伝ったものもあるから良ければあとで感想を言ってあげてくれ」
こんなときでもルルーシュのシスコンぶりは健在だ。はいと返事をしてスザクも料理に口をつけた。
無礼講と言わなくても普段から割と自由なメンバーなので、食べたり飲んだりお喋りしたりとすっかりくだけた雰囲気だ。堅苦しいばかりのパーティーでは味わえない空気はやはり居心地がいい。
やがてルルーシュお手製のケーキが配られ、程良い甘さに舌鼓を打った。ジノがルルーシュにべたべた触っているのに眉をひそめつつ、スザクはナナリーたちとお喋りに興じる。
そうして楽しい時間を過ごしていると、屋敷に着いたときはまだ高い位置にあった太陽がだいぶ傾いていることに気付いた。今日がもうすぐ終わってしまうのだと思うと、途端に寂しいような気持ちになった。ここに連れて来られる前は誕生日のことを忘れていたのに不思議なものだ。
最後に主役から一言と言われ、何も用意していなかったスザクはシンプルに「今日は僕のためにありがとうございました」と感謝を伝えた。
誕生日なんてひとつ年を取るという区切りでしかなく、そこに特別な意味なんてなかった。でも、こうしてたくさんの人が自分のために集まって自分を祝ってくれている。そのことの嬉しさと感謝を改めて感じながら頭を下げた。何度目かの拍手に包まれ、ありがとうございますともう一度言葉にした。
そうしてパーティーはお開きとなり、部屋を出ていく皆を見送る。
「ではスザクさん、私も帰りますね」
「え?でも殿下は……」
振り返れば、ルルーシュは部屋の隅にいた。一緒に帰らないのだろうかとナナリーを見ると、彼女は「お兄様をお願いします」と手を振って咲世子と共に行ってしまった。
頭の中にクエスチョンマークを浮かべていたら今度はミレイがやってきた。
「枢木卿、ちょっと手をよろしいですか?」
「手?」
わけがわからないまま差し出せば、手のひらに何かを握らされた。カード状のものは何かのキーのようだ。
「これは私からのプレゼントです」
「へ?」
「場所は殿下がご存じですから、どうぞ二人きりで素敵な時間を過ごしてください」
「それはどういう……」
「あとは殿下にお聞きください」
貴族の令嬢らしく可憐に挨拶をしたミレイは、ではまたとにこやかな顔のまま部屋を出て行った。最後に残されたのはスザクとルルーシュの二人である。
「あの、殿下、これは一体……」
腕を組んでしばらく無言のままスザクを見つめていたルルーシュは、大きく深呼吸をするとこちらに向かってきた。そして、カードキーを握ったままのスザクの手を取って何も言わずに引っ張った。
状況がわからないままスザクはついて行く。ルルーシュの緊張した様子が気になったけれど詮索はしないでおいた。
パーティーの会場となっていた部屋を出て階段を上り、また長い廊下を進むと会場とはちょうど対角線上に位置する部屋の前までたどり着いた。
「鍵」
短く告げられ、慌ててカードキーを通す。ルルーシュがパネルを操作して暗証番号を打ち込んだ。
厳重なロックを解除して扉が開く。先に中へ入ったルルーシュを追いかけながら、スザクはなんとなく状況が飲み込めてきた。
(これってつまり、そういうこと……?)
意味深なミレイの科白に、渡されたカードキーに、無言のルルーシュ。これだけの材料が揃って期待するなと言うほうが難しい。
「――ミレイが」
窓辺に立ったルルーシュが、背を向けたままぽつりと声を漏らした。
「休暇が終わるまでここを使っていいと言っていた。今日はお前の誕生日だから、どうするかはお前が決めてくれ」
「僕が決めていいんですか?」
「誕生日だから特別だ」
こちらを見ないまま答えるルルーシュに、そんなことを言われたら誕生日を口実に色々しちゃいますよ、と心の中で呟いて足を進めた。
窓の外は薄暗く、空には一番星が瞬いていた。ルルーシュの背後に立ったスザクはカーテンに手を伸ばしてぴったり閉めた。ほかの人間の目はもちろん、月や星にすらルルーシュの姿を見せるのはもったいなかった。
「ルルーシュ殿下」
背後から抱き締めれば、腕の上に手が乗せられた。
「今日はありがとうございます」
「何を言っている。誕生日なんだから祝うのは当たり前だろう?」
「そうだとしてもです。あなたと出会って以来、幸せな誕生日プレゼントばかりいただいて、幸せすぎて怖いくらいです」
「大袈裟だな。それに今年のプレゼントはまだ渡していないぞ」
ちょっと待ってくれと言ったルルーシュは、隣室に行くとすぐに戻ってきた。その手にはラッピングされた小箱があり、受け取ってくれと渡された。
「開けていいですか?」
「ああ」
リボンを解き、包みを取り、箱を開ける。
中にあったのはラペルピンだった。エメラルドの輝く美しい装飾にスザクは目を瞠り、ルルーシュの顔を見た。
「どうせなら揃いのものが欲しいと思ったんだ。二番煎じで目新しくはないし、普段の騎士服のときには使えないが、良かったらプライベートのときに」
「二番煎じだなんてそんなことは」
ルルーシュの誕生日にラペルピンを贈ったのは二年前のことである。何を渡せばいいだろうと散々悩んだ末に、アメジストの装飾が施されたものを渡したのだ。
「でも、あのラペルピンはお気に召さなかったのでは……」
「そんなことはない。私は気に入っている」
「えっ」
「なんだその意外そうな顔は」
「いえ、だって……」
言葉を濁せば、怒らないから言ってみろと促された。このまま黙っているわけにもいかなくなり、箱の中に目を落としながら口を開く。
「お渡ししたときは喜んでくださいましたが、殿下が身に付けられたことはなかったので、てっきりご趣味ではなかったのかと」
好みは人それぞれだから仕方ない。もちろん責めるつもりではないのですと弁解しようとしたスザクは、顔を上げてぎょっとした。ルルーシュがこの世のすべてに絶望したような青褪めた表情をしていたからだ。
やはり打ち明けずに黙っていれば良かったと謝罪のために口を開くが、先に「すまない」と言われて言葉を飲み込んだ。
「すまない、お前がそんな風に思っているなんて知らなかった……」
「いえ、殿下の好みも知らずに選んでしまったのは僕ですから、殿下が気に病む必要は、」
「違うんだ。気に入らなかったわけじゃない。好みじゃないから身に付けなかったわけでもない。ただ――」
顔を伏せたルルーシュの耳が赤いのに気付いた。おや、とスザクは首を傾げる。
「すごく嬉しくて、使うのがもったいなくて、それで、執務室の机の引き出しにずっと仕舞っているんだ」
恥ずかしそうにぼそぼそと言ったルルーシュの言葉を反芻する。そして、その意味するところを悟って顔が勝手ににやけた。
「そんなに喜んでいただけて嬉しいです。でも、それならそうとおっしゃってくだされば良かったのに。でしたら、普段使い用にもうひとつお贈りしましょう」
「無駄遣いをするな」
「殿下のために何かをするのは無駄ではないですよ」
「だが……」
「それに、僕もお揃いで付けたいですから」
にこりと笑えばルルーシュが顔をくしゃりとさせた。今にも泣き出しそうな、安堵するような、喜ぶような、たくさんの感情が入り交じった表情にたまらない気持ちになり、スザクは細い体を引き寄せると腕の中に閉じ込めた。首筋に鼻先を埋め、ルルーシュの匂いを肺の奥まで吸い込む。
「誕生日おめでとう、スザク」
「――ありがとうございます」
幸せだ。
いろんな人に誕生日を祝われ、大好きな人からこんなにも大きな愛情を贈られ、とても幸せだ。
人生で一番嬉しい誕生日かもしれないと呟けば、それなら来年はもっと盛大に祝ってやると笑われた。
来年も再来年も、ずっとずっと俺がお前の誕生日を祝うから覚悟しておけよ。ぶっきらぼうな科白は何よりの愛の言葉で、スザクはルルーシュを抱き締める腕に力を込めた。
パーティーの余韻に浸りながら、ルルーシュと二人きりでのんびり夜を過ごす。アリエスではなかなか叶わない時間はとても貴重なもので、屋敷を提供してくれたミレイには感謝しかない。
時計を見れば就寝の準備をする頃合いだった。
「殿下、そろそろ入浴して早めにお休みになられませんか?」
せっかくの休みだし、夜更かしばかりのルルーシュには早寝を心がけてもらおうと提案する。
「――そうだな。では先に湯を浴びてくる」
なぜか返事に躊躇いの色があった。どうしたのだろうと不思議に思うが、特にそれ以上の反応はなかったので入浴のための準備をする。どうぞと声をかけたときもルルーシュは素直に浴室へ行った。
その間に寝室を整えたり、もらったばかりの誕生日プレゼントを眺めたり、外に異常がないか確認したり、スザクは落ち着かない気分で部屋をうろうろしていた。二人きりで夜を過ごすのは初めてではない。バレンタインのときにはホテルという密室で一夜を共にした。と言っても、諸般の事情で色っぽいことは何もなかったのだが、それでもあのときのほうがもっと落ち着いていた気がする。自分の誕生日という特別なイベントが何かを無意識に期待させるのだろうか。
いつもより長めの入浴を済ませたルルーシュが部屋に戻ると、入れ違いでスザクも浴室へ向かった。体を洗い、湯船に浸かりながら今日一日に思いを馳せる。誕生日に合わせたような休暇はタイミングが良かったとしか言いようがない。おかげで皆に祝ってもらったし、ルルーシュからプレゼントをもらったし、こうして二人きりで過ごすこともできた。
(恋人として一緒にいられるだなんて、一年前には考えられなかったな)
去年はまだ片想いの真っ最中だったのに、今はちゃんと想いを通わせている。その僥倖を改めて噛み締め、風呂から上がると部屋に戻った。
しかしそこにルルーシュの姿はなく、あれ、と思った。先に寝たのだろうかと寝室を覗いたとき、スザクは一瞬びくりとした。
薄暗い寝室で、キングサイズのベッドのど真ん中にルルーシュがいた。なぜか正座をした状態で。
「殿下……?」
思わず小さな声で呼べば、ルルーシュがぎこちなくこちらを向いた。
「どうかされたのですか?」
膝の上で両手をぎゅっと握り締める姿はまるで親に叱られた子どものようだ。自分が風呂に入っている間に何かあったのかと心配して近付けば、その顔が俯けられた。
「ルルーシュ殿下?」
応えはなく、なぜか身を堅くしているルルーシュの手の甲にそっと触れる。驚いたように肩がぴくりと動いた。
「スザク……」
か細い声に小さく「はい」と返事をする。
「もうひとつ、お前に贈りたいものがあって……」
「贈り物ならもう充分いただきましたよ?」
「物じゃなくて、つまり、その……、こういうのは俺のジャンルじゃないから嫌なんだが、お前が喜ぶから絶対に言うべきだって皆が言って、もちろんナナリーやユフィはそういうつもりではなかったと思うが、俺としてはやぶさかではないと言うか、お前のためならと言うか、つまり、だから、……ああもう!」
ぐしゃぐしゃと髪を乱したルルーシュは、顔を上げると睨み付けるようにキッと視線を向けてきた。その視線の強さにスザクのほうがたじろいだ。
「俺をやる!」
「……へ?」
「この間の褒美だ。欲しいと言ったのはお前だろう」
「殿下……、え、それって……」
「意味はちゃんとわかっている。覚悟だってできている。無理もしていない。だから、お前が嫌じゃ、なければ……」
最後のほうは途切れ途切れに、自信がなさそうに言ったルルーシュに愛しさが湧く。握る手を強くすれば、薄い肩がほんの少し強ばった。
「ほ、本当は今日の予定ではなかったんだ。皆でお前の誕生日を祝うから、俺の個人的な事情は後回しにするつもりだったし、俺からこんなこと言えるわけがないと思っていたし、ましてや誕生日に自分をやるなんて恥ずかし過ぎるし、でも、ミレイがここを使わせてくれると言って、その意図通りに事を進めるのは少々癪だが、アリエスでは何かと邪魔が入るから、だったらいっそ今日でもいいんじゃないかって、だけどお前がその気でなければこのまま寝てしまってもいいし、だから無理には」
「殿下」
恥ずかしさを紛らせるためか、断られた場合を想定して逃げ道を作るためか、常にはない様子でルルーシュが捲し立てる。
自分はいつだってルルーシュが欲しいのに、彼はまた余計なことを考えているのかもしれない。だったら言葉で説明するよりもさっさと実践してしまおうと、ベッドに乗り上げるとその口を塞いだ。
キスにはすっかり慣れたルルーシュは、微かに目を瞠っただけですぐに瞼を下ろした。柔らかく触れるだけのキスを繰り返しながら肩や腕を撫で、おもむろにその体をベッドに倒した。
唇を離して上からルルーシュを見下ろす。白いシーツに白い寝衣と、あまりにお誂え向きなシチュエーションだ。ここまで想定してミレイが屋敷を貸してくれたのだとしたら、何もかも見透かされているみたいで少々いたたまれない。が、せっかくの機会をふいにするつもりはなかった。
「本当に殿下をいただきますよ。よろしいですね?」
「俺がいいと言ったんだ。でも、嫌なら無理しなくていいんだぞ」
「嫌なわけがないでしょう」
「だって……」
「だって?」
視線を逸らしたルルーシュの表情には陰りがあった。もしかしたらルルーシュのほうが嫌なのではと思って一瞬胸が冷える。
体を繋げたいという欲はあるけれど、嫌がる相手を無理やり組み敷くつもりはない。だけど、ここで拒まれたらさすがに少しショックだ。
「褒美は俺がいいと言いながら、お前はあれからずっと何もしてこなかったじゃないか。だから、てっきり俺に飽きたのかと……」
小さな声で呟かれた内容にスザクはぽかんとし、ああそういうことかと己の態度を反省した。
ルルーシュは頭がいいのに、たまに飛躍し過ぎたことを考えてひとりで勝手に結論を出してしまうところがある。そんな彼の性格は知っているのに、誤解させるような態度を取ってしまった。
「違うんです、殿下。僕があなたに何もしなかったのは、あんなことを言ったすぐあとに手を出したらがっつき過ぎだと呆れられるかもと思って自制しただけで、飽きたとか嫌だとかそんなことはまったくありません」
「本当に……?」
「本当です」
「でも、もし少しでも無理をしているのなら、」
「でしたら、僕が無理をしていないことを証明して差し上げます」
お喋りな口に人差し指を当てる。指の腹で唇をそっと撫でると、今度は深く口付けた。
隙間から舌を忍ばせ、先ほどの触れ合うだけのキスが嘘のように咥内を犯した。上顎を舐めるとルルーシュがひくりと震えた。
「ン、っぅん」
舌先を甘く噛みながら、寝衣の中に手を差し入れる。鎖骨から肩へと手を這わせ、直に肌の感触を確かめた。風呂から上がったばかりの肌はまだ温かく、手のひらに馴染む感覚がした。
平らな胸に触れ、指先で乳首をこねるようにしたとき、ルルーシュの手がスザクの肩を掴んだ。引き離そうとする仕草を無視して軽く摘んだり爪の先で引っ掻いたりすれば、その場所が可愛らしくぴんと立ち上がる。
「あッ、スザク……っ」
キスを解き、寝衣をさらに肌蹴るともう片方の乳首をぺろりと舐めた。その途端、ルルーシュが息を引き攣らせた。
「ここ、すごく弱いんですね」
「ひぁっ、ヤ、やだ、」
舌と指で両方を責めれば、いやいやをするように首を振られる。男も胸で感じるとは聞いていたが、ルルーシュの反応は想像以上だ。ほかの場所も感度がいいのだろうかと、愛撫をしながら熱に浮かされたように思った。
「ア……、そこ、もうやだ…っ」
「随分気持ち良さそうなのに?」
「だって、そんなとこで、おかしい……」
怯えたように言うルルーシュは初めての感覚に戸惑っているのだろう。女性ではないのに胸で感じていることが怖いのかもしれない。
「おかしなことなんてありませんよ。殿下に気持ち良くなっていただきたいだけですから、殿下の悦いところは全部教えてください」
「どうやって……?」
「素直に声を出してくださればいいんです」
「声……」
こんなときだと言うのにルルーシュは子どものようにあどけない。愛しさに突き動かされ、スザクは愛撫を再開させた。
寝衣の紐をほどいて床に落とす。白い肌の感触を手のひらで感じながら、薄い腹に口付けると吸い上げた。赤い痕をつけて徐々に下へと移動し、黒い下着の上から中心に触れる。
「ッ、ああ!」
胸への愛撫だけで感じていたのかそこはすでに反応していた。下着をずらして中から現れたものを強く擦るとぐんと力を増す。誰にも曝したことのない場所に自分が触れているのだと思えば、スザクの中心も自然と熱を持った。
「すざく……」
縋るように名前を呼ばれて顔を上げた。頬を赤くし、瞳を潤ませ、怯えとも戸惑いとも取れる様子でこちらを見ているルルーシュの姿に腰の奥の疼く。
「そんなところを触って、お前は平気か? 嫌ではないか……?」
「嫌だったら最初から殿下に手を伸ばしたりしません。殿下のほうこそ、僕に触られて気持ち悪くはないですか?」
「――嫌だったら、最初から誘わない」
ふいと逸らした目許は赤い。これ以上の確認は野暮だろうと、スザクは頬を緩めて「続けますね」と告げた。
ルルーシュの欲望を握ればそれだけで声が上がった。性的なことには潔癖そうだから自慰もあまりしていないのではないかと、目を閉じて短い呼吸を繰り返すルルーシュを見つめながら扱く。裏筋を指でなぞり、先端をぐりぐりと刺激すれば甘ったるい悲鳴が聞こえた。
「ン……、あ、あッ、やぁ…っ」
「悦いですか?」
こくこくと小さく頷くルルーシュはとても素直だった。悦いところを教えろと言ったからちゃんと従っているのかもしれない。そのことに思い至り、スザクは喉を鳴らした。
淫靡な表情をして、それでいて純粋無垢で、なんて可愛いのか。
(ホント、たまらない)
初めてだからもっとゆっくり、なんてことを考えていた自分の甘さに辟易する。今まで紳士らしく我慢できたのは奇跡に近いだろう。一度理性の蓋を外したらあとはただ溺れるだけ。
何年も恋焦がれ、永遠に触れられないと思っていた人が腕の中にいるのだ。この状況で我慢などできるはずがない。
先走りを指の先で掬うと、おもむろに後ろへと伸ばした。ぎくりとしたルルーシュがスザクを見上げる。
「ス、スザク、待って…!」
ルルーシュの指がサイドテーブルを指した。
「そこの、一番上に……」
「上?」
どういう意味なのかわからないけれど、言われるがままに一番上の引き出しを開ける。その中に入っていたものを取り出してスザクは目を瞠った。
「あの、どうしてこんなものが……」
サイドテーブルの引き出しにあったのはローションだった。ルルーシュは無言のまま横を向いている。まさか、と口を開いた。
「殿下はこれの意味をご存じで……?」
「お、お前と付き合っているんだから知識ぐらいはある!」
叫んだルルーシュの耳は赤くなっていた。こうなることを想定してあらかじめ用意しておいたのだろうかと思うと、たまらない気持ちが募った。
「あまり僕を煽らないでください。初めてなのに、あまり優しくできないかもしれないじゃないですか」
「お前はいつも俺に優しいじゃないか」
「男は皆、狼だって聞いたことありません?」
「それなら俺も同じ男だ。安心しろ、簡単に壊れたりしないから」
小さく笑った愛しい人は、己の些細な仕草や言葉がどれだけ恋人の劣情を煽っているかわかっているのだろうか。
(すべて無意識で無自覚なのだからタチが悪い)
元の場所に戻ると、スザクはローションの蓋を開けた。
「泣き言を言っても知らないですからね」
「手加減されたらむしろ腹が立つ」
減らず口ばかりのルルーシュに苦笑いし、とろりとした液体を手のひらに落とした。指をたっぷり濡らすと奥の窄まりをマッサージするように解し、頃合いを見て中へと入り込む。
「ふぁっ、ア……」
時間をかけて初めての場所を溶かしていく。ローションを足して少しずつ指を動かしながらルルーシュの様子を窺った。
違和感はあるようだが痛みはなさそうで、微かに呻く声が時折漏れた。ぐるりと円を描き、ゆっくり抜き差しして奥へと進む。
「んぅ、ん…っ」
二本に増やした指がスムーズに動くようになり、少し勢いを付けて埋めた。内壁を引っ掻くように動かせばルルーシュが腰を揺らめかした。
「ア、っあ……、すざ、く」
瞼が上がり、小さく名前を呼ばれる。
「もう、いいから」
「でももう少し」
「言っただろ、簡単には壊れないって。大丈夫、だから」
だから、早く。
そんな風にねだられて我慢できるほどの忍耐力をスザクは持っていなかった。指を引き抜くとルルーシュが声を漏らした。
「本当は後ろからのほうがいいんですが、殿下の顔が見たいから、このままいいですか?」
足を左右に大きく開かせたあとに尋ねることではないだろう。自分の都合しか考えていない愚かな恋人に、しかしルルーシュは優しく微笑むだけだった。
汗に貼り付く邪魔な寝衣を脱ぎ捨て、下着の中から己の欲望を取り出せば、扱く必要もないくらいがちがちになっていて苦笑いが浮かんだ。
「――挿れますね」
宛てがったものの切っ先を埋めていく。
「ひぅっ、ン……」
「痛かったら、言ってください」
「痛く、ない」
どこまでも意地っ張りでいじらしいルルーシュに、一気に突き上げて好きなように動きたい衝動をこらえる。
「あ、ぁ、やぁッ」
「ふ…っ」
解したとは言え、まだ狭い隘路をゆっくり押し入る。ようやくすべてを収めたときにはスザクの額は汗で濡れていた。
「ルルーシュ殿下……」
感極まって名前を口にすれば、ルルーシュの手がスザクの頬を包んだ。それから愛しそうに髪を撫で、首の後ろに回った手に引き寄せられる。
「殿下」
「違う」
何が違うのかと小さく首を傾げれば、柔らかな笑みが返ってきた。
「ルルーシュだ。今は、二人きりのときは、ちゃんと名前を呼んでくれないか」
スザクは少し躊躇ってからゆっくり口を開いた。神聖な名前を呼ぶように、大切に声にする。
「――ルルーシュ」
泣き出しそうな顔で笑ったルルーシュが腕に力を込めた。
「動いてくれ。痛くてもいいから、もっとスザクを感じたい」
「でも、」
「いいから、スザク」
ルルーシュの足先がスザクの腰をねだるように撫でた。
「本当に、知りませんからね…っ」
奥歯を噛み締め、細い腰を掴むと収めたものを引き抜く。今度は一気に貫いた。
「あッ、ああああぁ!」
嬌声を耳にしながら激しく揺さぶった。中を擦り、腰を引いてはまた勢いよく挿入する。
手加減しなくてはとかろうじて残った理性が訴えるけれど、突き上げる動きは止められなかった。
「やぁあ! アっ、すざく、すざく!」
「ルルーシュ…っ」
奥の一点を突いたとき、ルルーシュが嬌声を上げて大きく震えた。そこか、と口の端を上げたスザクは見つけた場所を何度も穿った。
「…ッ、いやッ、そこ、や、いやぁ」
「嫌ならやめますか?」
「やだ、ぁ、やめな…っ」
嫌を繰り返しながらもルルーシュの中はスザクのものに絡み付き、奥へと誘おうとする。離さないと言わんばかりに締め付けられ、スザクは思わず呻いた。
大きく息を吐き出すと一度動きを緩め、こねるように掻き回す。
「んぁっ、ん、ンっ」
顔を寄せて唇を貪った。舌を伸ばせばルルーシュが一生懸命吸い付いてきて、その仕草の可愛さといやらしさのアンバランスさに興奮する。くちゅ、と濡れた音が生々しく耳に響いてまた熱が上がった。
「ふ、ンぅ……、スザク…っ」
腰を揺らすとルルーシュが切なく啼いた。もう無理、と掠れた息で訴えられる。感じすぎてつらいのか紫の瞳は潤み、まばたきをすると涙が零れ落ちた。
何もかも曝して淫らに喘いでもなおルルーシュの美しさは変わらない。自分だけが浅ましい欲望に支配されているようで、でも、綺麗なルルーシュがこうして体を許してくれるのもまた自分だけなのだと思うと胸がいっぱいになった。
「いいですよ、イってください」
「ひッ、ああっ、ア…!」
彼の感じる場所を狙って突く。濡れそぼった屹立を軽く擦ると、喘ぎながらルルーシュが吐精した。
同時にきつく締め付けられ、スザクは小さく呻くと自身を引き抜いた。そしてルルーシュの足の間に熱を吐き出す。
茫然としたままのルルーシュは微かに体を震わせて、荒い呼吸を繰り返していた。
「スザク」
のろのろと右手が上がる。その手を掴んで頬に押し当て、愛しさを込めて美しい紫を見下ろした。
「ずっと、お前とこうなりたいと思っていた」
「ルルーシュ……」
「ちゃんと誕生日プレゼントになったか?」
「ええ、最高のプレゼントです。ありがとうございます」
「そうか……」
ルルーシュが満足げに口許を緩めた。
好きだよ、とその唇が囁く。
「え、」
聞き返そうとしたときにはルルーシュの意識は落ちていた。穏やかな息は気持ち良さそうだ。
汗に濡れた前髪をかき上げ、額にキスを落とす。
愛しい人からもったいないくらいに愛してもらえて、とてもとても幸せだった。
「ん……」
小鳥の囀る声が聞こえた気がして瞼を押し上げる。
部屋は薄暗く、外の様子はわからない。でも、カーテンの向こう側が明るいので今日もいい天気のようだ。
起き上がろうとして、しかしまったく身動きが取れないことにルルーシュは気付いた。何が、と思って横を見ればそこにはスザクの顔があって息を呑んだ。
(そうだ、俺はスザクと……)
昨夜の記憶が蘇り、自分の顔が一気に熱くなったのを感じる。
ずっと望んでいたことだし、ある程度シミュレーションもしていたが、実際に経験してみると恥ずかしすぎていたたまれなくて、スザクとまともに顔を合わせられそうにない。とりあえずここから逃げようと身じろぐが、腰をがっちり抱かれてまったく動けなかった。
これだから軍人はと心の中で悪態を吐いてみても状況は変わらず、無駄な体力を使うこと自体が無駄だとルルーシュは諦めた。
なんとなくスザクの顔を見つめる。最中は獰猛な獣のような瞳をしていたのに、目の前にある寝顔はひどくあどけなかった。大きな犬に抱き付かれているみたいだなと笑い、寝ぐせで跳ねている癖っ毛をくしゃくしゃと撫でる。ふわふわとした感触はナナリーの髪と同じくらい気持ちがいい。
ひとしきり撫でたあと、腕が疲れたのでぱたりとベッドに下ろした。さて、スザクが起きるまでどうしようかと考えあぐねていると、
「もう撫でなくていいんですか?」
寝ているとばかり思っていたスザクから反応が返って来て、ルルーシュは色気のない悲鳴を上げた。
「こっそりキスしてくれるのかなって楽しみにしていたんですが」
「ば、馬鹿か! 誰がするか! というか狸寝入りだったのか!」
「ずっと撫でられていたら誰だって起きてしまいますよ。おはようございます、殿下」
「今は二人きりだろ」
憮然として言えば、少し照れくさそうな顔で笑ったスザクが「ルルーシュ」と口にした。
「体のほうは大丈夫ですか?」
「ああ、多分。……その敬語も、二人きりのときは禁止だ」
「ですが、なかなか慣れないのですぐにというわけには」
「少しずつ慣れて行けばいい。休暇はまだあるし、この先もずっと一緒にいるんだから」
それは確定した未来ではない。でも、そうであってほしいと願う未来だ。
スザクの胸に顔を埋めれば、笑う気配がして回された腕に力がこもった。
「愛してる」
一瞬息を呑んだスザクが頬に優しく口付けた。
「僕もです、――愛してるよ、ルルーシュ」
その言葉に満足したルルーシュはそっと目を閉じた。今日一日、こうしてベッドでごろごろ過ごすのも悪くないだろう。今までの自分だったら有り得ない自堕落さだが、スザクと一緒ならまあいいかと思えた。
髪を撫でられる感触が心地良く、うとうとしてくる。
幸せだ。スザクの誕生日なのに自分ばかりが幸せを感じているのは申し訳ない気もするけれど、幸せなのだから仕方ない。
(同じだけの幸せをスザクも感じてくれていたらいいのに)
そう願って、ルルーシュは幸せな眠りへと落ちていった。
(15.07.11)←←前編