それからの未来について 3

 教室のドアを開けると昼休みの騒々しい空気が満ちていた。無意識にスザクの席へ目を向けたルルーシュは、そこでおやと首を傾げた。
 日直のため職員室で用事を済ませてきたのだが、スザクの姿がどこにもない。昼は自分が作ってきた弁当を一緒に食べるので、パンを買いに行くことはないだろう。トイレかとしばらく待ってみたけれど戻ってくる気配はなかった。
 一体どこで油を売っているのだと胸の内で文句を言いながら、弁当箱が二つ入ったバッグを持つと教室を出た。どこかで会えればラッキーだし、会えなければまた教室に戻ればいい。
 職員室から戻って来る途中では見かけなかったから逆を探してみるかと歩いていたら、人通りの少ない階段の踊り場ですぐにスザクを見つけた。
 (まったく、こんなところで何をしているんだ)
 階段を一段下りたルルーシュは彼の名前を呼ぼうとした。が、スザク以外の声を耳が捉えて口を噤む。悪いことをしているわけではないのに、見つからないよう咄嗟に身を隠した。

「これ、枢木先輩に食べてもらいたくて作ってきたんです」

 どうやら相手は一年の後輩らしい。会話の流れはわからないが、渡されたのは食べ物か。

「でも僕、お弁当あるから」
「受け取ってもらうだけで充分なんです。先輩のことが好きだから」

 続いた会話に息を呑む。これは告白の最中だ、と思い至って心臓が冷える感覚がした。
 スザクが付き合っているのは自分で、ほかの生徒から告白されても頷くはずがないとわかっているのに、なぜか不安で胸が苦しくなる。

「ごめん、悪いんだけど、」
「お弁当だけ受け取ってもらえればいいんです、お願いします!」
「受け取るだけでいいなら……」
「ありがとうございます!」

 弁当を押し付けると、彼女は逃げるように階段を駆け下りていった。返事を求めていないということは、本当に弁当を渡すだけで満足したのだろうか。
 困ったなぁとぼやく言葉が聞こえた。困るくらいなら最初から受け取らなければいいじゃないかと八つ当たりのように思う。

「なになに、手作りの弁当? もてるねー、枢木先輩は」
「覗き見はやめてよ」

 階段の陰から動けないでいると今度は別の声がした。聞き覚えのある声は同じクラスの生徒だ。自分と同じようにスザクが告白される現場を見ていたらしい。

「弁当なんて作ってもらったことないから羨ましいよ。いいなぁ、手作り弁当」
「そんなにいいものじゃないって」
「でも自分のことを好きな子が弁当作ってくれるって嬉しいじゃん」
「それはそうだけど」

 囃し立てられ、スザクは苦笑いを浮かべていた。でも、その顔は満更でもなさそうだった。スザクも年頃の男子高校生だし、やはり女子からもてるのは嬉しいのだろう。
 無意識にバッグの持ち手を強く握る。自分だって毎日スザクのために食事を作っているのに、こんなに嬉しそうな顔をしてくれたことがあるだろうか。美味しいと褒めてくれるけれど、そこに恋人が作った弁当という意識はあるのだろうか。
 (母親の代わりに作っているだけだって、そんな風に思われているかもしれない)
 惰性なんかじゃない。手間も愛情もたくさんかけて弁当を作っている。気持ちも味もさっきの後輩に絶対に負けない自信がある。
 でも、スザクはどうだろう。押し付けだって思われていたら。毎日持ってくるから仕方なく食べているだけだったら。
 (これが当たり前の日常だって、俺だけが思っていたら)
 スザクは嘘が下手だから、美味しいと思って食べてくれているのは間違いないはずだ。でも、果たして恋人としての感情はあるのだろうか。
 スザクを信じていないわけではない。こんな疑いを抱いてしまうのは彼に失礼だとわかっている。だけど、ここ最近の不安が後押ししてどんどんマイナスなことを考えてしまう。その上、今の告白だ。見るからに可愛い女の子が渡したものと比べたら、手の中の弁当がなんだか急に惨めに思えた。
 ルルーシュは踵を返すと教室へ向かった。それからしばらくしてスザクが戻ってきた。こちらの姿を認めると、笑みを浮かべて席まで真っ直ぐやって来る。

「日直の仕事はもう終わったの?」
「ああ」
「じゃあお昼にしよう。お腹空いちゃった」
「――すまない、今日は持ってくるのを忘れたんだ」
「え? 忘れたってお弁当を?」

 驚いた様子に胸が痛む。嘘をついていることに罪悪感はあったけれど、ぐちゃぐちゃな気持ちのままで自分の弁当なんて出せなかった。
 それに、スザクの手には別の弁当がある。茶色い紙袋の中に何が入っているのかほかのクラスメートは気付いていないだろうが、先ほどの告白を目撃してしまった自分には嫌と言うほどわかってしまった。

「だから今日はパンでも買ってきてくれ。もっと早く言っておけば良かったんだが、言いそびれてしまってすまない」
「ううん、気にしないで。ルルーシュがそんなうっかりをするなんて珍しくてかえって貴重かも。それなら一緒に購買行こうよ」
「ああ」

 パンなんか買わなくてもその弁当を食べればいいじゃないか。喉元まで出かかった言葉は飲み込んだ。
 告白を覗いていたと知られたくないし、知らない誰かが作った弁当なんて本当は食べてもらいたくない。だったら自分の弁当箱を渡せばいいのに、嘘をついてしまったから今さら言い出すこともできない。
 馬鹿じゃないのか、と己を罵倒する。自分が何をしているのか自分でもよくわからなかった。
 ただ、嫉妬に駆られていることだけは自覚していた。スザクが告白に応えたわけでも、あの後輩が必要以上にスザクに近付いたわけでもないのに嫉妬している。自覚があるだけに余計に情けない。
 些細な出来事に嫉妬して、マイナスのことばかり考えて。だけど、今はどうしても気持ちが浮上しなかった。
 スザクに話しかけられてもどこか上の空で、昼休みに食べたパンはひどく乾いた味がした。

「ルルーシュ、何かあった?」

 帰り道を歩いていると、隣のスザクが顔を窺ってきた。

「何もない」

 心配そうな様子には気付いたけれど、ルルーシュは真っ直ぐ前を向いたまま応えた。

「でもお昼ぐらいからずっと様子がおかしいよ。もしかして具合でも悪い?」
「なんでもないって言ってるだろう。それにいつも具合を悪くしているわけじゃない。子どもではないんだから放っておけ」

 冷たく告げるとスザクの眉間に皺が寄った。心配しているのにこんな言い草をされてはさすがに腹が立つだろうと他人事のように思う。

「ルルーシュがすぐに風邪を引くのは昔からだろ。いつもすぐに熱を出して、そのくせ強がるから悪化させて」
「子どもの頃の話を持ち出すな」
「ついこの間の話だよ」

 横目で睨めばスザクも口をむっとさせた。往来で二人とも足を止める。

「とにかく放っておいてくれ。悪いが今日の夕飯は作りに行かない」
「勝手にすればいいだろ。だいたい、毎日作ってくれなんて頼んでないから」

 その一言にかちんと来る。昼間の出来事のせいでこんなにもやもやとしたものを抱えているのに、追い討ちをかけるような発言が胸を抉った。売り言葉に買い言葉だとわかっていても、自分の行為はスザクにとって迷惑なものでしかないのではないかという疑いが強くなる。

「悪かったな、頼まれてないものを無理やり食べさせて。だったら昼も夜も勝手にしろ!」

 不安をぶちまけるように言い放つとルルーシュは来た道を戻った。目的なんてないけれど今はスザクから離れたかった。
 怒りと悔しさと己の不甲斐なさに目の奥が熱くなる。喧嘩をして泣くなんて子どもと変わらない。そもそも、喧嘩のきっかけを作ったのは自分だ。スザクは自分を心配してくれただけなのに、嫉妬に駆られてつい冷たい態度を取ってしまった。
 食事を作るのも家事を手伝いに行くのもすべては自分がやりたかっただけなのに、まるでスザクが悪いみたいな言い方をしてしまった。
 (俺は馬鹿だ)
 後ろから追いかけてくる気配はない。喧嘩をしたのだから当然だ。それを寂しいと思うなんてどこまで身勝手なんだろう。
 幼馴染で友達で、そこに恋人が加わって、自分たちの関係はもっと深くなるのだと思っていた。男同士ではあるけれど、映画やドラマに出てくる恋人のようになれるのだろうと思っていた。でも、現実は違った。
 (恋人ってどうやったらなれるんだろうな。手を繋いだりキスをしたりすればなれるのか? デートをすればそれはもう恋人なのか? じゃあデートをしなければ恋人ではないのか?)
 ふいに足が止まる。オレンジ色の太陽が世界を赤く染めていた。
 (こんなことなら友達のままで良かった。苦しくても、ただ好きなままで良かった)
 両想いになってもハッピーエンドにはなれないなんて知らなかった。
 夕暮れの街には誰もいない。まるで別世界に迷い込んだみたいで、帰り道を見失ってしまったようだった。
 (14.09.26)