「終わったー! ありがとう、ルルーシュ!」
「どういたしまして」
大仰に騒ぐスザクに、ルルーシュは冷静に応えた。
午前の授業が終わり、いつものように昼の弁当をスザクに渡したとき、お願いがあるんだと深刻そうな顔で頼まれた。一体何事かと、午前中の鬱々とした気分も忘れて心配したが、お願いの内容が「課題見せて!」で一気に気が抜けた。
課題の締切は帰りの終礼が終わるまでだ。昼休みと授業の合間の休み時間を使えばなんとか終わるだろうと算段し、ルルーシュは弁当箱と共に自分のノートを手渡した。そして、いつもなら場所を移して昼食をとるのだが、今日は課題のほうが先だろうと教室で弁当箱を広げたのだった。
ルルーシュがスザクの分の弁当を持ってくるのは日常風景になっていて、いちいちからかってくるクラスメートはいない。入学当初は「ルルーシュってスザクのお母さんみたいだよな」と言われたものの、毎日続けばそれはもう日常だ。
弁当をがっつくスザクを横目で見ながら、ルルーシュは自分のペースで箸を進めた。普段はスザクもゆっくり食べるけれど、今日は課題を終わらせるのが先決なので急いでいるのだろう。
あっと言う間に食べ終わった彼は、ごちそうさまと手を合わせると今度は箸をシャープペンシルに持ち変えた。黙々とノートを取る表情は真剣そのもので、この集中力をもっと前から発揮すれば締切当日に慌てる必要もないのにと思う。
だいたい、自分はスザクに甘い。人に言われるまでもなく自覚はある。今回はプリンを免罪符に仕方なく課題に協力したが、次回からは絶対に手伝わないと心に決めた。それが何度目の決心かは数えないでおく。
結局、スザクは残りの昼休みと午後の授業の合間にノートと格闘し、終礼が終わったときにはなんとか課題を提出していた。自分の席に戻ってくるときの晴れ晴れとも誇らしげとも呼べる表情には思わず笑ってしまった。
「自分で全部やったみたいな顔をするな」
「わかってるって。本当にありがとう、ルルーシュ。じゃあ帰ろっか。プリン買わないと」
終わってホッとしたのか、スザクはにこにこしている。朝の気まずさが嘘のようでルルーシュも自然と笑顔になった。学校を出ると目当ての店に寄ってプリンを買い、家路へとつく。
「夕飯は何がいいか?」
「課題が終わった記念にハンバーグがいいなぁ」
「またか」
先々週もテストが終わった記念だと言ってハンバーグをリクエストされた。いくら好物でも頻度が高すぎる。
「だってハンバーグって特別な感じがするじゃん。ルルーシュの作る料理はなんでも美味しいけど、ハンバーグは特に美味しいし。あ、そうだ、この間はケチャップだったから今日は煮込みハンバーグが食べたいな」
「本当に味覚が子どもだな」
呆れてみせながらも、頭の中ではハンバーグとそれに合う献立を組み立てている。野菜もきちんととらせないと、と母親みたいなことを考えてしまうのは癖みたいなものだ。
ルルーシュの両親は出張が多く、そのため自然と家事を覚えてしまった。一方、枢木家は海外赴任で家を空ける期間が長かったため、スザクのために食事を作ることはルルーシュにとっては昔から当たり前のことだった。現在もスザクの両親は海外にいて、あと数ヶ月は戻ってこない。
二人の間にどんなに気まずい空気が流れたとしても、この習慣をやめようとは思わなかった。それくらい当たり前の日常なのだ。
自宅途中のスーパーで食材を買うと、荷物はスザクが持った。レジ袋ぐらいひとりで持てるのだが、ルルーシュは非力だからという納得のいかない理由で荷物係はいつもスザクだ。毎回毎回文句を言うのも面倒なので今では好きにさせていた。
夕日の射す帰り道を二人で歩く。会話はない。でも、朝と違ってごく自然な空気が流れていた。
家に着くと制服を着替えてからもう一度外に出た。それから隣のスザク宅へと向かう。チャイムを押せばすぐに玄関のドアが開き、同じく部屋着に着替えたスザクが出迎えてくれた。
「上がって」
「お邪魔します」
キッチンへ向かうと早速夕飯作りに取りかかる。スザクは洗濯物を取り込んで畳んだり、風呂掃除をしたりしていた。少し前まではほかの家事もルルーシュがやっていたのだが、最近は率先して手伝うようになってくれた。自分の家なのだから自分で家事をやるのは当然だが、これまでのスザクは人任せだったところがあるので一体どんな心境の変化があったのかと思ったものだ。
だけど、その変化のきっかけを深くは考えないことにした。少しでも考えたらきっとまた余計な不安を抱いてしまう。そんな予感があったから、ルルーシュはなるべく日常を意識するようにしていた。
ソースの匂いが家中に漂い始めるとスザクがキッチンにやって来た。餌を用意する音に敏感に反応する犬みたいだとこっそり笑ったのは内緒だ。
「あー、ハンバーグ美味しそう」
「野菜もちゃんと食べろよ」
「食べる食べる。ご飯よそっていい?」
「ああ」
ようやく食事にありつけると嬉しそうなスザクに頬を緩め、メインのハンバーグを完成させると皿に盛り付ける。そうして二人でテーブルについた。
いただきますと手を合わせてハンバーグを頬張り、口をもごもごさせながら「美味しいよルルーシュ」と言う彼に、ゆっくり食べろと母親みたいな小言を返す。美味しいと言ってもらえることが嬉しくて、でもそんな素振りを見せるのは恥ずかしいからつい素っ気なくしてしまうのもスザクには内緒だ。
(そういえば、当たり前のようにスザクの家に来ているが、今の俺たちは付き合っているから恋人の家に遊びに来ていることになるんだよな。しかもほぼ毎日……)
ふと浮かんだ内容の意味を考え、ルルーシュは固まった。
自分にとっては日常だが、恋人の家に遊びに行くというのは世間一般ではかなり親密な関係ではないか。しかも密室に二人きりだ。恋人と二人きりという状況になれば当然――。
「ルルーシュ?」
「な、なんだ!」
突然名前を呼ばれて過剰に反応した。スザクが驚いた顔をしているのにしまったと思う。
「ご飯、食べないの? どこか具合悪い?」
「いやそんなことはない、いただきます!」
フォークを取り、自分で作ったハンバーグを口に運ぶ。完璧にできたはずだが、今は照れくささと妙な緊張感で味がよくわからない。なんとなく顔が熱いのはスープの湯気のせいなのか。
「ゆっくり食べろって言ったのは自分なのに。そんなにお腹空いてた?」
スザクが笑いながら腰を浮かせた。手が伸びてきて、何をするのかと思っていたら口の端を指で拭われた。
「ソースついてるよ。ルルーシュってたまに子どもっぽいよね」
そのままぺろりと指を舐めるスザクをぼんやり見つめていると、頬がさらに熱くなった気がした。心臓も早鐘を打っている。
いつもと変わらない食事がどうして今日はこんなに緊張するのだろう。スザクの言動だって普段通りなのに妙に恥ずかしい。あまりの緊張感に逃げ出したいくらいだ。
とにかく平常心だと自分に言い聞かせながら食事に集中した。ようやく夕飯を終えたときにはぐったり疲れていて、思わず溜め息を吐き出しそうになった。
「じゃあプリン食べよっか」
「そうだな」
デザートのプリンは冷蔵庫の中だ。席を立とうとテーブルに手をつくと、その上にスザクの手が重なった。
「僕が取ってくるよ」
スザクは何事もなかったように背を向けた。それを目で追いながら、テーブルの下で右手の甲を掴む。触れたのは一瞬だったけれど、スザクのぬくもりがまだ残っている感覚がした。
好きだ、という三文字が自然と心に浮かぶ。片想いをしていたときよりも、好きだと告白したときよりも好きな気持ちが増しているかもしれない。昨日よりも今日、今日よりも明日、スザクを好きな気持ちに際限はないのかもしれない。
(こんなに好きなのに、どうすればいいのかわからない)
わからなくて苦しい。スザクが好きで苦しい。苦しいけれどやっぱり好きでまた苦しい。
愛していた、という言葉が唐突に耳の奥で蘇る。あの声を聞いたのはもう一ヶ月前のことだ。
(朱雀さんもこんな気持ちを抱えていたんだろうか)
愛していた人を殺した人。
大切だったからこそ殺したのだと彼は言っていた。それが彼らの約束だったからと言われれば理解はするけれど納得はできない。朱雀のことは人として好きでも、その気持ちだけは納得したくない。
(殺すとか殺されるとか、そういうことがないだけ俺たちは幸せなのかもしれない)
恋人らしく過ごすにはどうすればいいのかなんて随分と平和な悩みだ。でも、本人にとっては深刻な悩みでもあるのだ。
プリンを両手に持ったスザクが戻ってくる。スプーンを渡されるとき、また指の先が触れた。ひどく意識してしまう心を隠していつも通りの笑みを浮かべてみせた。
(好きだと想えるだけで幸せだと割り切れればいいのにな)
どうして現実はおとぎ話みたいに上手くいかないのだろう。
(14.09.24)