メヌエット 2

「今日まで散々レッスンしてきただろ?」
「うん」
「デビューイベントだって成功した」
「うん」
「全国各地を回って人前で歌うのはすっかり慣れたじゃないか」
「うん」
「だから今日も大丈夫だ。自信を持て」
「うん」
「ちゃんと聞いているのか、スザク」
「うん」

 正面を向いたまま「うん」だけを繰り返すスザクを見て、これは駄目だとルルーシュは溜め息をついた。
 初出演する番組はいつも緊張するものである。デビューから一週間。デビューシングル発売前から様々なメディアに露出し、テレビに出る側としての日々にも少しずつ慣れてきたが、自分たちはまだまだ新人だ。
 スタッフ側で業界に関わっていた自分ですら緊張するのだから、新人でいきなりテレビに出たスザクはもっと緊張しているだろう。
 (だが、緊張しっぱなしなのも良くないな)
 今日はこのあと生放送の歌番組がある。失敗はできない。間違えたからと撮り直しもできない。
 適度な緊張感は必要だけど、ガチガチに固まって普段の実力がまったく発揮できないのはもっと悪い。先ほどまでのリハーサルでは、結局一度も完璧と言えるステージはできなかった。
 同じところで間違えるスザクに、数名のスタッフが呆れたような表情をしたのを見かけた。でも、自分のことで精一杯のスザクはそれすら気付いていないだろう。
 だから、少しでも緊張をほぐそうと先ほどからずっと声をかけているのだが、返ってくるのは生返事ばかりだ。思わずもう一度溜め息をつけば、それには気付いたのか、今にも泣き出しそうな顔のスザクがこちらを恐る恐る向いた。

「ごめん……」
「謝るということは自分に何か非があると認めているのか?」
「リハーサル、上手くできなくてごめん」
「そのためのリハーサルだ。本番でちゃんとできれば問題ない」
「でも、一回も上手く行かなかったのに本当にちゃんとできるのかな……」

 話しながらどんどん落ち込んでいる様子に、しまったと天を仰ぐ。
 有名な生放送の歌番組。司会者は大物芸能人。いつかはこの歌番組に出たいと希望を語っていたから、いつも以上に意気込んでいるに違いない。だからこそ、失敗したらどうしようと思い詰めているのだ。
 時計を見る。早々にリハーサルが終わった自分たちはしばらくやることがない。
 そのとき、楽屋のドアをノックする音が聞こえた。はいと応えれば、顔を覗かせたのは異母妹のユフィだった。

「お弁当持ってきたんだけど食べられそう?」
「ああ、そうだな……」

 振り返ると、スザクは椅子に座り込んだままであった。いつもならお腹が空いたと弁当に飛びつくのに、今日はまったくの無反応だ。

「とりあえずもらっておくよ。あとはスタッフが来てくれるからユフィはもう帰っていいぞ。明日も学校だろ?」
「駄目よ。初出演番組の成功を見届けずに帰るなんてマネージャー失格じゃない」
「あまり遅くなるとまたコーネリア姉上がうるさいぞ」
「平気よ。もし怒られたら、ルルーシュの晴れ舞台を応援してあげないお姉様なんか知らないって言うから」
「それは頼もしいな」

 ユフィにそんな意地悪を言われたら姉上は泣くだろうな、と思ってルルーシュは苦笑いした。
 ただの事務アルバイトだった彼女は、ルルーシュたちのデビューの伴い、マネージャーへと昇格した。
 最初はルルーシュもコーネリアも反対したのだが、シュナイゼルがユフィの能力を高く評価していることと本人の意志が固いことから、ユニットが軌道に乗るまでという期間限定でのマネージャーとなった。もちろん、日中は学生として勉学に励んでもらわなければいけないので、ユフィがいない間は別のスタッフが付いてくれている。

「それで、スザクの調子はどう?」
「あまり芳しくないな」

 声を潜めた二人はこっそりスザクの様子を窺った。相変わらずぴくりとも動いていない。これは相当重症だ。

「あと三時間で本番だけど大丈夫かしら」
「大丈夫じゃないと困る。緊張し過ぎて失敗しましたが通用するのは小学校の学芸会までだ」
「ルルーシュは厳しいのね」
「プロなんだから当然だろ」

 しかし、数ヶ月前まではただの素人だった人間がテレビの中でスポットライトを浴びているのだ。緊張するなと言うほうが無理だろう。
 しばらく思案したルルーシュは、ユフィ、と異母妹の名前を呼んだ。

「少しだけ二人きりになりたい。ここじゃなくてもっと静かな場所で」
「外に出るのは駄目よ。何かあったら責任取れないわ」
「大丈夫。ここの最上階に行くだけだから」

 以前、事務所関係者としてテレビ局を訪れたとき、シュナイゼルと親しいプロデューサーに中を色々見せてもらった。そのとき、ひとりになりたいときに落ち着ける場所として案内されたのが最上階の一室だ。
 普段は一部のスタッフしか立ち入れないらしいが、シュナイゼル社長の弟さんなら特別だと、ドアの暗証番号をこっそり教えてもらったのである。

「スザク」

 ルルーシュの声にスザクはのろのろと首を回した。その顔はまだ強張っている。

「ちょっと出るぞ」
「どこに……?」
「いいから来い」

 ぐいっ、と腕を引いて立ち上がらせる。そして返事を待たずに楽屋を出た。

「一時間以内には戻る。何かあったら携帯に連絡してくれ」
「わかったわ」

 敬礼のポーズを取ったユフィに笑みを見せ、ルルーシュは前を向いた。何も言わずに廊下を進む。
 途中、番組の準備に追われるスタッフとすれ違ったのでそのたびに挨拶をしたが、特に何か言われることはなかった。デビューしたての新人アイドルなんて彼らの目には入っていないのだ。
 ルルーシュとスザクはブリタニアプロの新しいアイドルユニットとして大々的にデビューした。
 一部ではすでに熱狂的な人気があって、デビューシングルの売り上げも上々だ。事務所の力と言えばそれまでだが、決して悪くはない滑り出しである。以前からルルーシュのことを知っている業界関係者の中には大物もいて、待遇だって新人としては破格の扱いだろう。
 だけど、末端のスタッフにまで認知されているかと言えば、それはきっとノーだ。上司のご機嫌取りのために二人を手厚くもてなす抜け目ないディレクターなどはいるものの、それはごく少数である。すべての局関係者と親しかったわけではないので、ルルーシュの顔を知らないスタッフがいるのは当然だ。
 ブリタニアプロの名前を出せば誰もが態度を変える。でも、事務所の名前を言わなければただの新人としての扱いしか受けられない。
 わかっていても、やはり悔しいと思った。すれ違う人間全員が自分たちのことを知っているわけではない。その現実を突き付けられ、悔しいという気持ちが自然と浮かんだ。
 日本中に自分たちの名前と存在を知らしめたい。当たり前のように抱いた己の欲にルルーシュは驚き、同時に、どこか納得するものを感じた。
 スザクと二人で芸能界のトップを目指し、誰もが知る存在となる。今はまだ笑い話のような目標をいつか必ず実現させたいとルルーシュは本気で思っていた。
 無理やり組まされたユニットだけど、スザクとならばきっとやれる。ユニットが誕生した瞬間に抱いた確信を必ず実現させるのだ。
 (そのためにも、今日のステージを完璧に終わらせないとな)
 人通りの少なくなった通路の先に階段があった。そこを上り、静かなフロアに出ると一番奥のドアの前に立つ。教えられた暗証番号を入力すれば、軽やかな音と共にロックが開いた。

「勝手にいいの?」

 ようやく口を開いたスザクが不安そうな顔をしていた。新人アイドルが勝手にテレビ局の部屋に入っていいのだろうかと翠の瞳が言っている。

「俺たちは特別だからいいんだ。ほら、行くぞ」

 スザクの手を引いて中に入った。打ち合わせ用のスペース兼物置として使われている部屋は広くないが、大きな窓のおかげで開放感がある。

「わあっ、綺麗だね」

 窓の外に広がるのは夕暮れ時の空で、グラデーションが美しかった。

「そうだな」
「夕陽なんて見るのいつ以来だろう」
「最近は朝も昼も夜もないからな」
「忙しいのはありがたいことなんだけどね」

 窓辺に佇み、少しずつ色が変わっていく世界を二人で眺める。部屋は静かで、本当にテレビ局の中なのだろうかと思うくらいだ。

「――ごめんね、ありがとう」

 ぽつりとした声に顔を向ける。スザクは空を見つめたまま微かに表情を和らげていた。ルルーシュは無意識に息を吐き出した。

「俺はお前とだからやれると思ったんだ」
「うん」
「ただのアイドルで終わるつもりはないからな。俺たちは芸能界のトップに立つんだ。だから、初めての生放送でしくじるわけにはいかない」
「うん」
「やれるな、スザク」
「うん」

 先ほどと違い、意志を感じられる相槌だった。その声の強さに口の端を上げる。

「ルルーシュとならやれるよ。もう大丈夫、ありがとう」
「それなら良かった」

 指の先を強く握り締められる。自分たちがまだ手を繋いだままだったことに気付いたけれど、スザクの手の温かさが嫌ではなかったのでそのままにしていた。
 約束していた一時間が経った頃、もう行くかと声をかけて再び楽屋に戻った。二人を待っていたユフィは安堵した表情を浮かべていた。

「すまなかったな、ユフィ」
「私は何もしてないわ。じゃあ、そろそろ衣装に着替えましょう」
「ああ」
「二人の魅力を存分に発揮してくるのよ」
「もちろんだよ。ね、ルルーシュ」

 迷わず頷くと、楽しみにしてるわねとユフィが微笑んだ。
 その日の生放送は、噂の新人アイドル初出演ということで大いに盛り上がった。視聴率も良く、プロデューサーは上機嫌だったと聞く。
 しかし何より話題になったのは、完璧なステージを魅せた二人が曲の終わりに満面の笑みを零したことと、安堵のあまり枢木スザクがルルーシュ・ランペルージに抱き付き、ほわあああっという声を残してCMに突入したことだ。一体何が起きたのかとテレビの前で固唾を呑んで見守っていた視聴者は、エンディングでにこにこ笑うスザクと、隣で居た堪れなさそうな顔をしているルルーシュの姿に釘付けとなった。
 番組終了直後にデビューシングルが驚異的な売り上げを見せた現象は、その後、彼らの伝説のひとつとして刻まれるのである。
 (16.05.01)BACK<<