短くて永い、恋の話 2

 <ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとの話・その2
 窓から夕陽が見えた。
 世界のどこに行っても夕陽の色は変わらない。空も、月も、太陽も同じだ。周りの景色がどんなに変わってもいつもそこにある。
 今日も一日が終わるのだとぼんやり思った。
 こんな風に無為に過ごしてはいけないとわかっているのに、頭はちっとも働いてくれない。現実を受け入れようとしてくれない。
 ルルーシュから『計画』について聞いたあと、今度は僕が部屋に籠もるようになった。今日で三日目だ。
 ちゃんと考えて自分の中で納得したいからというのが表向きの理由だけど、丸一日ぼうっとしているだけで考えは何ひとつまとまらなかった。
 ノックの音がして、はいと短く答える。部屋に入ってきたルルーシュはテーブルの上にトレイを置いた。乗っているのは夕飯だ。

「もう夕方だぞ。明かりをつけたほうがいいんじゃないか」

 そう言いながら電気のスイッチを入れた。夕陽が落ち、すっかり暗くなっていた部屋が途端に明るくなる。
 窓には僕とルルーシュの姿が映った。それを隠すようにカーテンが引かれる。
 こまごまとした世話を焼くのはここでもやはりルルーシュで、C.C.だけでなく僕のことも何かと面倒を見ようとした。ルルーシュはどこへ行ってもルルーシュなのだと思えた一因だ。

「ひとつ聞いてもいいかな」

 唐突に尋ねれば、窓辺に立っていたルルーシュが振り返った。

「もし、僕が嫌だと言ったらどうなるの?」

 何が、とはあえて言わなかった。
 それでもルルーシュには正しく伝わったのだろう。僕の目を真っ直ぐ見つめたあと、口元を緩めた。

「ほかの手段を探すか、代わりの人間を探すか。いずれにしろ戦略目的は変わらない」
「君はそれでいいの?」
「いいも何も、俺が目指すところはたったひとつだ。そこを変えるつもりはない」
「また僕が裏切るかもしれないリスクがあるのに?」

 そんなことは有り得ないけれど、ルルーシュを試してみたくなった。
 彼は本当に僕を信用しているのか。どこまで信頼しているのか。
 口ではいくらでも言えた。信じていなくても信じているというポーズはできる。
 果たしてルルーシュはどう答えるだろう。

「俺は、お前とC.C.以上に信頼できる人間はいないと考えている。だから協力を求めたんだ。あとはお前達が俺に賛同してくれるかどうか、その答えを待つだけだ。ほかのことは一切心配していない」

 ルルーシュは笑った。とても綺麗に。どこまでも澄み切った美しい顔をして。
 彼はもう覚悟を決めてしまったのだと悟る。たった数日で、自分の命の終わらせ方を決めてしまったのだ。
 (だったら、僕も覚悟を決めなければいけないのだろう)
 両手を握り締め、椅子から立ち上がる。そしてルルーシュの前に進んだ。
 二人ともまばたきせずにお互いの目を見た。紫色の宇宙に僕だけが映るのはひとつの奇跡だと思えた。

「わかったよ、ルルーシュ。君の計画に協力しよう。僕に任せてくれないかな、君を殺す役目を」

 どうしてこんなことを穏やかに口にできたのか、自分でも自分が信じられなかった。
 でも、もしここで僕が反対したり、殺すことはできないと拒絶したりしたところで、ルルーシュは最終的な目的を変えないはずだ。僕の代わりを見つけて、僕以外の誰かに自分を殺させるのだろう。
 それだけは嫌だと思った。だから僕はルルーシュの計画に頷いた。
 なんとも身勝手で、醜い理由だった。
 その後、僕達は『ゼロレクイエム』と名付けた計画の細かい部分を詰めていった。
 話し合いの内容はともかく、今までで一番充実した日々だったことは確かだろう。
 目の前にいるのは僕のよく知っているルルーシュで、ゼロ憎しの感情に囚われていた己の目がいかに節穴だったかをまざまざと実感した。

「少し休憩するか」

 そう提案されたのは、深夜から始まった話し合いが明け方になっても終わりそうになかったある日のことだ。
 連日、考えなければいけないことが山のようにあり、僕の頭はパンクしそうになっていた。考えることが苦手なわけではないが、やはり僕には戦闘に出て戦うほうが性に合うようだ。
 ルルーシュが皇帝となって世界征服するまではいい。世界中の敵をひたすら倒していくのは楽ではないものの、僕の得意分野である。カレンの攻略法はよく考えなければいけないが、今までの任務と似たようなものなので苦ではない。
 しかし、ゼロレクイエムを成功させたあとの世界をどう導いていくかについては悩ましい問題だった。
 できないとは言わないし言えないが、ルルーシュ抜きで本当にやって行けるのだろうかと正直不安はあった。

「お前は頭が悪いわけではない。俺の話をちゃんと理解できているし、首相だった父親を持つのだから政治家としての素質はきっと受け継いでいる。準備さえしっかりやれば大丈夫だ」

 ルルーシュはそう言ってくれるけれど、彼という天才を前にしたらどんな人間だって自信をなくすに違いない。
 今後の戦略や、対シュナイゼルをいかに運ぶか、さらにはゼロレクイエム成功後の世界の在り方やまとめ方についてなど、ルルーシュは一手先どころかさらに先を読んでいる。
 こうして間近で見ていると、ゼロとしてたったひとりでブリタニアをおびやかす存在になれたのも納得した。

「何か食べるか?」

 お茶を淹れたルルーシュが戻ってきた。カップを受け取った僕が首を振ると、そうかと呟いて隣に腰掛けた。

「カレンについてはどう思う? 勝てるか?」

 休憩のはずなのに、合間の雑談も計画に関することでなんだか可笑しい。
 それに気付いたのか、ルルーシュはしまったという顔をしたけれど、僕は「やっぱり強いよ」と答えた。

「僕に勝てるのは間違いなく彼女だけだ。その上、新しい紅蓮だからね。並のパイロットはあっという間にやられるよ」
「お前があっという間にぼろ負けするほどだからな」
「蒸し返すのやめて。結構傷付いているんだから」
「ははっ、憎き白兜がこてんぱんにされていたのは痛快だったな」

 しかし敵に回すと厄介だ、と笑みを収めたルルーシュがぽつりと漏らした。

「カレンに事情を話して味方になってもらったら? 彼女なら多分……」
「いや、カレンには黒の騎士団にいてもらう」
「かなり手強いよ。下手すれば負ける可能性もある」
「わかっているさ。そのせいでお前に負担をかけて悪いと思っている。だが、俺達の償いに無関係な人間は極力巻き込みたくない」
「そっか、わかった……。でも、ロイドさんは呼び寄せるつもりなんだろう?」
「当たり前だ。ランスロットは必要だからな」
「そういうの矛盾って言うんじゃないの?」
「大人は巻き込んでもいいんだよ。だいたい、ランスロットがなければ俺の計画はもっと早く上手くいっていたんだ。これまでの借りは返してもらう」

 ルルーシュらしい物言いに笑った。
 確かに、ランスロットがなければ僕の人生も違っただろう。ナイトメアのパイロットなんて永遠になることはなかったし、ラウンズになることもなかった。そしたら、ここまでルルーシュと拗れることもなかったはずだ。
 ふと隣を見れば、複雑そうな表情があった。ルルーシュも同じことを考えたのかもしれない。
 カップに口をつけ、紅茶をひと口飲む。その一連の流れをぼんやり眺めていたら、ルルーシュの濡れた唇がやけに目に付いた。
 (そういえば、ルルーシュって彼女いたのかな。シャーリーとはどこまで付き合っていたんだろう)
 今の状況にそぐわないどうでもいいことを考えてしまったのは、きっと疲れていたせいだ。
 頭も身体も疲れていた。
 だから、現実逃避をしてしまったのだ。

「はあ? お前、いきなり何を言い出すんだ」
「へ?」
「シャーリーとは付き合っていない」
「えっ、僕、口に出して言ってた?」
「言っていた」

 これはかなり疲れているようだ。でも、聞いてしまったのならば仕方ないと開き直った。

「じゃあほかの女の子とは?」
「付き合うわけがないだろう」
「なんで? 君、もててたじゃん。デートだって数え切れないほどしていたし」
「あれは咲世子だ! 俺じゃない!」
「へえ。付き合ってなくてもキスはするんだ」

 冗談のつもりだった。付き合っていないとそんなに言い張るのならば、キスという単語にはどう反応するだろうと面白がっただけである。
 だから、声を失って顔を赤くしているルルーシュを見たときは僕のほうがうろたえた。
 (なんでそんな可愛い顔するんだよ)
 無意識にそう思い、自分の感想がおかしいことに動揺が広がる。
 あとはただの衝動だった。
 テーブルにカップを置き、ルルーシュが持っているカップも慎重に取り上げ、改めて向かい合うとおもむろに顔を寄せた。
 キスしていい? とは確認しなかった。
 キスをすることが当たり前だと思ったからだ。

「……っ」

 唇が触れた途端、ルルーシュはびくりとした。
 なだめるように腕を掴み、そのまま抱き寄せて唇を深く合わせた。

「んぅ……、ふ……ンっ」

 ぎゅっと閉じられた両目に、ルルーシュは慣れていないんだなと察した。
 キスが初めてかどうかはわからないけれど、少なくともこんなキスをする相手はいなかった。そう確信を得て、僕の身体は熱を上げた。
 腰の奥に覚えのある感覚がして自分でも驚く。だけど、戸惑いや嫌悪はなかった。
 ルルーシュとこうすることをずっと望んでいたのだと、不思議なほどすんなり納得した。
 食むように唇を合わせながらルルーシュの下肢に手を伸ばす。さすがに抵抗されて、それはそうかと僕は身体を離した。

「お前、何考えて…!」
「溜まってるんだ。友達同士ならみんな普通にやってることだからさ、ちょっと付き合ってよ」
「な…っ」
「まあ、ひとりで勝手にしろって君が言うなら無理強いはしないよ。友達甲斐がないなとは思うけど」
「それは脅しているつもりか」
「まさか」

 友達同士でもこんなことは滅多にしない。でも、ルルーシュは僕の言葉を信じたようで、俯いて葛藤していた。
 あまり苛めるのも可哀想かと思い、嘘だよと教えてあげようとしたとき、その顔が上がった。

「わかった。お前は大事な戦力だし、身体に不調があるといけないからな」

 そういう理由でいいの? と思っているうちにルルーシュが手を伸ばしてきた。
 悲壮そうな顔付きに、僕がとても酷いことをしている気分になった。
 (いや、充分酷いことをしてるのか)
 だけど、勘違いしているのならばそれを利用させてもらおう。

「ズボンと下着は脱いじゃおっか」
「え……」
「このままだとやりにくいでしょう?」

 先に下着まで脱ぎ捨ててしまえば、ルルーシュは顔を引き攣らせながらも僕に倣ってくれた。
 下半身だけ裸になってソファで向かい合うのはなんとも情けない格好だけど、ここには僕達二人しかいないので気にしない。何より、ルルーシュの身体をちゃんと見てみたかった。
 我ながら変態くさいなと思いつつ、まだ柔らかい彼のものを握ると扱き始めた。

「ァ…!」
「ほら、ルルーシュも。ちゃんと僕のを擦って?」

 短く喘ぎながら、ルルーシュが恐る恐る僕のものを触った。驚いたように一瞬右手を離して、しかし覚悟を決めたように握り直すとゆっくり上下に動かす。
 顔を真っ赤にしながら男のものを擦る姿はまるで処女のようで、やっぱり僕が酷いことをしているようだ。
 オナニーしたことないのかな、まさか自分のをちゃんと見たことがないなんて言わないよね、とルルーシュが聞いたら怒り狂いそうなことを考え、先端に爪を立てた。

「ひぃッ!」
「手が止まってるよ」

 からかいながら裏筋をねっとり撫でれば、ルルーシュは涙目で僕を睨んだ。

「ふ…っ、ぅ、……ん」

 必死に快楽をこらえようとする姿も、なんとか僕のものを擦ろうと手を動かす姿も、普段の自信たっぷりで高潔なルルーシュからは想像できなかった。
 (すごくそそられる……)
 強弱をつけて扱き、もう片方の手で先っぽをぐりぐりと弄れば、ルルーシュは悲鳴を上げて精を放った。
 べとべとになった手をなんとなく舐め、苦い、と呟く。すると、顔中どころかつま先まで赤く染まったルルーシュがフリーズしていた。どうやら、他人に自分の精液を舐められたり飲まれたりした経験はないらしい。
 (とりあえず女性経験はほとんどなさそうだな)
 失礼な判断を下した僕は、ルルーシュが固まっている隙にその身体をうつ伏せにさせた。
 腰だけを高く上げた格好は扇情的で、僕は無意識に喉を鳴らした。
 理解が追いつかないのか、何をされているのかわかっていないのか、ルルーシュの抵抗はなかった。ただ怯えたように僕を振り返り、スザク、と弱々しく呼んだ。
 その瞬間、僕の中に言い知れぬ感情が生まれた。
 自分を殺せと言い放ったルルーシュが、たかがセックスでこんなにも弱い姿を見せている。世界を手中に収めるために独裁者を目指そうとしている彼が、今この瞬間は僕の思うがままだ。
 ぞくぞくした。
 乱暴に犯してぐちゃぐちゃにしてやりたいという気持ちと、どこまでも優しく抱いてどろどろに溶かしてやりたいという気持ちは、相反するようで欲の源はきっと同じだ。
 今だけはルルーシュを支配できる。ルルーシュを僕だけのものにできる。
 その事実に僕は歓喜していた。

「やっぱり最後まで付き合ってくれない?」
「最後……?」
「まさかセックスを知らないなんて言わないよね? ああでも、さすがに男同士のやり方は知らないか」

 ルルーシュの頬が朱に染まり、僕は満足げに笑った。

「大丈夫。僕がちゃんとしてあげるから」
「だ、だが、C.C.が戻ってくるかもしれない」

 C.C.の名前に思わずムッとした。
 ここでも彼女に邪魔されるのかと、腹立たしい気持ちが広がる。

「C.C.のことは気にしなくていいよ。ルルーシュは僕だけを感じていればいいんだ」
「スザク、だめだ、だって俺達は――!」

 ルルーシュの体液で濡れた指を後ろに這わせた。
 掬ったものを何度も塗り込み、入口を馴染ませる。固く閉ざされた場所は指一本を入れるのも不可能に思えた。
 丁寧に、ルルーシュを傷付けないよう慎重に、時間をかけてそこを広げていく。その間、ルルーシュは拳を握り締めていた。
 いつ終わるかわからない責め苦に声を殺して耐える姿は痛々しいのに、もっと苛めたいという気持ちを抱かせる。自分が男を煽っていることに本人は気付いていないのだろう。

「ひぁ! アっ、ああ……!」

 中指を押し込めば白い背がしなった。

「君の悦いところを探してあげるから、ちょっと我慢して」

 ぐるりと指を回し、内壁を擦る。ゆっくり抜き差ししながら狭い場所を押し広げていると、膝立ちになったルルーシュの両足は微かに震えていた。
 こんなことをされているのにどうして文句を言わないのだろう。駄目だと弱々しく言われただけで、それ以上の抵抗はない。
 いくらルルーシュが僕より非力でも、本気で暴れれば男ひとりを組み敷くのは難儀だ。
 それなのに、ルルーシュは僕を拒絶しようとはしなかった。
 (受け入れてくれたわけでもないんだろうけど。でも――)
 指を引き抜こうとすればそこがきゅっと締まった。身体が勝手に反応しているだけだとわかっていても、こうされることをルルーシュが悦んでいるみたいでぞくりとする。
 早くここに自分のものを捩じ込んで、思い切り突き上げたい。
 暴走しそうになる己をなだめて指を増やす。

「ア、あぁ……」

 あんなに狭かった場所は指二本をスムーズに飲み込んでいた。根元まで押し込み、奥を探る。
 合意も何もない最低な行為だけど、せめてルルーシュに気持ち良さを知ってもらいたい。男同士でもこの行為に意味はあるのだと感じてもらいたい。
 ほとんど強姦のくせに何を思っているのだと、自分で自分を嗤った。
 (確かこの辺りのはず……)
 勢いをつけて指を突き入れると、ルルーシュがぶるりと震えた。シャツがずれ、双丘から背中にかけての滑らかな曲線が晒される。
 陶器のような繊細な肌に触れれば、指を飲み込んでいる場所がまた締まった。

「気持ちいいの?」
「ちが……っ」
「でもここ、僕の指を締め付けて離さないよ?」
「うる、さいっ」
「じゃあ、もう少し強くしても大丈夫だね」

 さらに指を増やし、奥まで一気に押し込む。手首を捻って中を擦れば、ルルーシュがびくびくと反応した。

「ア、っ、あぁああ! あ……、ぃや……ッ」
「ここ?」
「ひッ! すざ……、ぁッ、やめ、いやだ…!」
「なんで? 気持ち良さそうなのに」
「ああっ……、も、やだ……」
「やめてほしいの?」

 ルルーシュは子供のようにこくこくと頷いた。
 あのルルーシュに懇願されているのだと思えば気持ちが高揚し、僕は口の端を上げた。

「じゃあ、やめる代わりに僕のを挿れていい?」
「ァ……いい、いいから、挿れて、スザクの……、ッ」

 自分が何を口走っているのか、恐らくルルーシュはわかっていない。未知の快感から逃れたい一心で僕に助けを求めている。
 なんと憐れで、なんと可愛いのだろう。

「いいよ、挿れてあげる」

 ずるりと指を引き抜けば、ルルーシュがほっと息をついた。泣き濡れた瞳がぼんやりとテーブルを見ている。
 その横顔を見下ろしながら、僕は細い腰を掴み直した。
 ずっと我慢していた欲望は準備の必要がない状態で、みっともないほど涎を垂らしているのが情けない。
 物欲しそうにひくつく場所を指で広げ、そこに僕のものを押し当てる。驚いたようにルルーシュが顔を上げた。
 その刹那、彼が微かに笑ったのは僕の気のせいなのだろう。これから無理やり抱こうとする相手が嬉しそうに微笑むはずがない。
 だからこれは、そうあってほしいという僕の願望が見せた幻覚だ。

「――ッ! あああ!」

 時間をかけてほぐしたもののそこはまだ狭く、異物を拒絶しようとしていた。

「っ、ルルーシュ、力、抜いて」
「ぁ……、そんなの、できな、ッ」

 ルルーシュがソファに爪を立てる。ガリ、と嫌な音がした。

「やだっ……ヤ、いや、ぁ、ああ…っ」

 後ろからルルーシュのものを触れば、そこはすっかり萎えていた。強弱を付けて扱くと、きつかった隘路がわずかに緩む。
 その隙にぐっと腰を押し込み、ようやく根元まで収めたときには僕も息を乱していた。
 こめかみから顎を伝った汗がルルーシュの背中に落ちる。

「ルルーシュ……」

 身体を倒し、シャツの襟を後ろから噛んで引っ張ると、首の付け根に唇を寄せた。

「ひ、ぁ、ア……」

 甘く噛み、それからきつく吸い上げる。まるで犬みたいだなと嗤った。
 鬱血した痕を満足して舐めるとルルーシュの身体が震えて、掌に温かいものが溢れた。おやと顔を覗き込めば、耳が真っ赤になっている。

「もしかして今のでイッた?」
「ち、違う!」
「じゃあこれは何?」

 体液を塗り付けるように擦れば、華奢な背中が痙攣のようにびくびくとした。
 軽く揺すると、ルルーシュの口から高い悲鳴が漏れる。

「や、いや、すざく、すざ…っ」
「いっぱい気持ち良くなってよ、ルルーシュ」

 ルルーシュの中を埋め尽くしているものをゆっくり抜き、今度は一気に挿入した。
 ゆっくりしなければと思う理性は、しかし強烈な快楽を前にあっという間に陥落する。ゆるゆるとした緩慢な動きは、すぐに激しい抽送へと変わった。

「アアアっ! ア、アぅ、ッ、あ、ああッ」

 僕が出て行こうとするときゅっと締め付けてくるのが可愛くて、気持ち良くて、腰の動きが止まらない。
 奥の感じるところを容赦なく突けば、ソファの上でルルーシュが仰け反った。

「いや、ッ、ア、あぁ、すざ……ぁっ」

 何もかも持っていかれそうだった。
 誰かを抱いてこんなに気持ちいいと思ったことも、セックスにのめり込んでこのままずっと抱いていたいと思ったことも、僕の腕の中で身体を震わせている相手がたまらなく愛しいと思ったことも、すべてが初めてだった。
 突き上げるたびに肌のぶつかる音がした。繋がった場所からはいやらしい水音が聞こえる。
 ルルーシュの嬌声と、僕の荒い息遣いと、互いの上がった体温が部屋に満ちていた。

「このまま、一回イッていい?」
「ん、んぅッ」

 揺さぶられながらルルーシュが頷いた。
 薄く開いた口元からは唾液が零れ、足元にも水たまりができている。
 淫靡な姿に喉を鳴らした僕は、何度か腰を押し込んだあとに己の熱を吐き出した。
 びくんと震えたルルーシュから力が抜け、一緒になってソファへと倒れ込む。

「ん……」

 小さく声を漏らしたルルーシュが、甘えるように僕の手に触れてきた。指を絡め、うなじの辺りにキスを落とす。
 そうしているとすぐに熱がぶり返してきた。一旦、自身を引き抜き、ルルーシュの肩を掴んで仰向けにさせる。
 ルルーシュは何も言わなかった。ただ、再び入り込んできた僕を受け入れ、突き上げる動きに声を上げた。

「ンぁ、ア、ア……」

 なんて綺麗なのだろうと思った。
 僕と同じところまで堕ちたはずなのに。僕が蹂躙し、奥まで穢したはずなのに。
 それでもなお、ルルーシュは綺麗だった。
 ようやくルルーシュの身体を解放したときにはすっかり陽が高くなっていた。
 死んだように意識を失っている彼の黒髪を優しく撫でながら、ずっと足りなかったものがようやく埋まったような感覚を抱いた。
 僕が欲しかったのはこれなのだ。
 欲しくて欲しくて、でも手に入らなくて、そのもどかしさに苛立ちすら募らせていたものの正体にようやく気付けた。
 泣き腫らした目元を指の背でなぞる。頬には涙の跡が幾筋もあった。
 ごめん、と小さく声にしたのと同じタイミングで薄い瞼が動いた。
 紫色の瞳が現れ、億劫そうにまばたきをしたあと僕を見上げた。滑り落ちた涙の粒をそっと拭う。

「ごめん、嫌だったよね」

 謝るくらいなら最初からするなと文句が飛んでくるのを覚悟していたけれど、ルルーシュは静かに首を振っただけだった。

「――どうして」
「え? 何?」
「いや……、シャワーを浴びてくる」

 身を起こしたルルーシュは僕を押しのけて立ち上がろうとした。が、そのまますぐにへたり込んでしまった。

「無理しないで。シャワーなら僕が連れて行ってあげるから」
「自分で行ける!」
「もう、こんなときまで意地張らないでよ」

 動けないでいる彼をひょいと抱き上げ、すたすたと歩き出す。突然のお姫様抱っこにルルーシュはぎょっとしていた。

「ば…っ、馬鹿! 馬鹿スザク! 下ろせ!」
「うるさいなぁ。落とされたいの?」

 低い声で脅せば、ルルーシュが悔しそうに口を噤んだ。僕の言いなりになっているルルーシュっていいな、と思ったことはもちろん本人には内緒だ。
 浴室に到着すると、ルルーシュを下ろして浴槽に湯を張った。浴槽と言っても日本の風呂ではないので、腰までしかない浅いものだ。それでも疲れた身体には効くだろう。
 その間に、とシャワーのコックを捻る。

「目、閉じて」

 言われたとおりに瞼を下ろしたルルーシュは、頭上からの湯に気持ち良さそうな様子を見せた。丁寧に髪を洗ったあと、身体のほうも洗ってあげようか? と聞けばそれは嫌がられた。

「でも、中のを掻き出さないと」
「中?」
「つまりその、僕が出したもの」

 さすがの僕も友達相手には言い淀んだ。
 今のでわかってくれるかなと窺えば、きょとんとしたルルーシュが目を瞠ってみるみるうちに赤くなった。

「結構、と言うかだいぶ中出ししちゃったし」
「なか…っ、は、恥ずかしいことを言うな! 自分でやるからお前はあっちに行っていろ!」
「無理だって。ひとりじゃ絶対できないから」
「やってみなければわからないだろ!」
「やらなくてもわかるよ。ほら、もう黙って」

 ルルーシュを無理やり壁に押し付け、お伺いを立てることなく指を入れた。こういうのはさっさとやったほうがいいんだよお互いに、とは心の中で言い訳した。

「ッ、ぅく、……ンっ」
「奥まで届かないから力抜いて?」

 先ほどまでの感覚を思い出すように身体は強ばっていた。それをなだめつつ、散々奥にぶちまけた欲の残滓を掻き出す。
 漏れる吐息や、火照って薄く染まる肌には気付かないふりをし、ただ作業に没頭した。
 ようやくすべて洗い流したときには、ルルーシュは疲れたように座り込んでいた。

「それ、一回出しちゃおっか」
「え……?」

 背後から手を回し、中途半端に勃ち上がったものを擦る。

「スザク…! 俺のことは、もういいから……ッ」
「このままだとつらいだろう? ほかのことはしないから安心して。これを最後にするから。もう二度としないって約束する」

 僕を見上げたルルーシュは、唇を結ぶと何も言わずに背中を預けてくれた。
 上気した頬は甘そうで、舐めたら本当に甘く感じるかもしれないと馬鹿なことを考える。

「はッ、ん……ンぅ」

 両手で口を塞ぎ、必死に声を抑えているルルーシュはとても艶っぽく、腰の奥が重くなった。
 あれだけしたのにまだ足りない。いくら抱いても尽きることがない。
 でも、もう二度としないと約束した。言ったそばから約束を破るわけにはいかないと、僕は僕で欲をこらえながら義務的に手を動かした。
 抱きかかえている身体がぶるぶると震え、シャワーの湯に白濁が混じる。流れていくものをぼんやり眺めていたルルーシュは、大きく息をつくと湯船の縁に手を付いた。

「先に出る」
「連れてくよ」
「…っ、ひとりで歩ける!」

 覚束ない足取りで、それでもルルーシュはなんとかひとりで浴室を出て行った。
 あとに残された僕は思案した。すぐに出たらルルーシュと鉢合わせになる。着替えの最中に顔を合わせたらきっと怒られるだろうと思い、時間をかけて髪と身体を洗った。
 汗も体液もすべて洗い流してさっぱりすると外に出た。暑苦しくて喉が渇く。
 上半身裸のままキッチンに向かえば、テーブルの上にはコップがひとつ置かれていた。まだ雫がついているそれは、恐らくルルーシュが飲んだものだ。几帳面な彼がグラスを洗わずに放っておくのは珍しい。
 (疲れ切っているはずだもんな)
 同じグラスに水を注ぐ。一気に飲み干してひと息ついているとドアの開く音がした。僕を見つけたルルーシュがぎくりとしたのがわかった。

「まだ寝てなかったの?」
「髪を乾かそうと思って……」

 お前がいたから洗面台を使えなかったと暗に言っているらしい。

「それなら僕が乾かしてあげるよ」
「いい」
「遠慮しないで。ドライヤー持ってくるから部屋で待ってて」
「遠慮じゃなくて……っ、スザク!」
「僕にさせてよ。お願いだから」

 言い聞かせるようにして頼めば、ルルーシュが困った顔をした。
 じっと窺っていると、根負けしたのかぷいと横を向かれた。勝手にしろと踵を返した後ろ姿を見送り、洗面所からドライヤーを持ってくる。
 部屋に入れば、ルルーシュはベッドにごろりと横になっていた。

「眠いんだ。早くしろ」
「はいはい。じゃあ起きて」
「ん……」

 身体を支えて起こすと、艶やかな黒髪を乾かす。
 お互い言葉はなかった。ドライヤーの音だけがうるさいほどに響いている。
 さらさらとした黒髪を指で丁寧に梳いた。手の中から零れていく髪はまるでルルーシュのようだった。
 僕の指を通り抜け、すり抜けていく。この手で掴まえておきたいといくら願っても、ルルーシュは逃げていってしまう。

「終わったよ」

 ドライヤーを切ると、ルルーシュは何も言わずにそそくさとベッドに入った。

「もうちょっと寄ってよ」

 その隣に潜り込もうとすれば、さすがにムッとした様子で睨まれた。

「お前は部屋に戻れ」
「やだ」
「やだって……」
「寒いんだ。だから一緒に寝ようよ」

 本当は暑いくらいなのに僕は嘘をついた。ルルーシュは何も言わず、諦めたように身体をずらして目を閉じた。
 後ろからルルーシュを抱き締める。細い腰へと手を回せば、遠慮がちに手が乗せられた。掌を合わせ、指と指を絡める。
 そうして僕も瞼を下ろした。気付いてしまった自分の気持ちには蓋をして。
 それが、ルルーシュへの恋を自覚した最初であり、恋の終わりを知った最初でもあった。

***

「どこ行くの?」

 玄関を出て行こうとするルルーシュを見つけたのは、逃亡生活を始めて四週間ほどが経った頃のことだった。

「買い物だ」
「僕も行く」

 すかさず言えば、振り返ったルルーシュが「お前は来なくていい」と素っ気なく返してきた。

「何言ってるんだよ。ひとりじゃ危ないだろ」
「俺は男だぞ。ひとりで平気だ」
「って言ったくせに、帰り道で暴漢に襲われそうになっていたのはどこの誰だよ」
「あれは相手を油断させた隙にギアスをかけるつもりでいたのに、お前が邪魔するから――」
「ほら、行くよ」

 腕を取ってドアを開ければ、諦めたのかルルーシュは大人しくついて来た。

「この過保護が。だから女子が勘違いするんだ」
「なんの話?」
「お前の女たらしについての話だ」
「女の子に優しくするのは当たり前じゃないか」
「ああそうか、それがお前のポリシーだったな。C.C.にまでその精神を発揮できるのはいっそ感心する」
「あれでも一応女の子だからね。でも、何百年、あれ? 何千年だっけ? それだけ生きている相手を女の子って呼んでいいのかな」
「いいんじゃないか。本人は満更でもなさそうだし」

 喋りながら歩き、途中でバスに乗って目的のショッピングモールまで向かう。
 変に二人連れで歩いているより、こうしたほうが周囲に紛れていいだろうというのがルルーシュの弁だ。人混みの激しいショッピングモールを買い物先に選ぶのもそういう理由からだった。
 徒歩とバスで三十分ほどかけて目的地に到着する。今日は買うものがたくさんあるからしっかり荷物持ちをしろよ、とルルーシュが先に歩き出した。
 一体何を買うつもりなのだろうと好奇心を持ってあとを歩けば、生地や装飾品を扱う店をはしごさせられた。商品をひと通り見てから次の店に向かうことを繰り返す。
 やけに生地にこだわっているなと首を傾げていたら、奥まった場所にある服飾の店に入った。そこでひとりの店員に声をかけると、相手はバックヤードに向かった。
 すぐに戻ってきた店員の手にはひときわ上質な生地と大きな包みがある。中身を確かめ、二、三やり取りをしたルルーシュは、示された金額を支払ってすぐに店を出た。

「今のは?」
「あとで話す」
「最初から取り寄せてたの? だったらほかの店は回らなくて良かったんじゃない?」
「ほかのは念のためのカモフラージュだ。俺の買い物は終わったから、あとはお前の好きな店に寄っていいぞ」
「好きな店と言われても欲しいものは特にないし、今ここで買ってもどうせ無駄になるし」

 僕達は三日後にこの地を発つことになっている。居場所を知られないよう、定期的に隠れ家を変える必要があるからだ。
 基本的に中東からは離れていないが、それでも移動のたびに荷物をまとめなければいけないので、余計なものは極力持ち運ばないようにしていた。

「それもそうだな。帰ったら部屋の片付けもしないといけないし。夕食の材料だけ買うか」

 食材売り場に行って必要なものを購入すると帰路についた。帰りのバスも混んでいて、ぎゅうぎゅうの車内は暑かった。
 手すりを握っているにもかかわらず、大きな揺れが来るたびにルルーシュはバランスを崩した。それをさりげなく支える僕の片手には大量の荷物がある。

「こんなに荷物があるのに、僕について来るなってよく言えたよね」
「うるさい」

 荷物持ちをしてくれと素直に言ってくれればいいのに、変なところでルルーシュは意地っ張りだ。
 隠れ家に戻ると食材は冷蔵庫に、生地や中身のわからない包みはリビングのテーブルに置いた。

「それで? 何を買ったの?」
「俺達の新しい衣装だ」
「へ?」
「ゼロのほうはまだ先でいいが、皇帝とナイトオブゼロの衣装がないと始まらないからな」

 そう言われ、改めてテーブルを見下ろす。
 目の前にあるのはありふれた生地だ。これがブリタニア帝国の新皇帝とその騎士の衣装になるなんて冗談のようだが、ナナリーの服からゼロの衣装まで自作していたルルーシュならば可能なのかとあっさり納得した。
 ゼロのときもこうしてひとりで準備を進めてきたのだろうと思い、当時のルルーシュの姿が脳裏に浮かぶようだった。

「結構薄いんだね」

 触ってみると、日頃着ている服よりもなんだか薄い気がした。すると、ルルーシュが自慢するように胸を張った。

「特注した特殊生地だ。俺はともかく、お前は動くことがメインになるだろう? これは騎士服だが、同時にパイロットスーツでもある。パイロットスーツにいちいち着替えるのは面倒だとお前が以前言っていたから、それを参考にさせてもらった」
「あんなの覚えていたの?」
「大事な騎士の意見だからな」

 ふふんと笑ったルルーシュはどこか楽しそうで、嬉しそうだ。
 (そっか、僕はルルーシュの騎士なんだ)
 二人で一緒に決めたことなのに、ルルーシュの口から「騎士」という単語が出るとなんだかくすぐったい。
 ルルーシュは「これは計画のために必要な措置で、本当に俺の騎士になる必要はない」と言っていた。
 お前の心はユフィにあるのだろう、だから俺の騎士はただのふりだ。
 そう告げてふいと顔を逸らした。
 (君はひとつ勘違いしているよ)
 確かに僕はユフィの騎士だ。彼女が死んだ今もそのことは忘れずにいようと思っている。
 そして、ルルーシュと僕が皇帝と騎士になるからと言って、彼との対等な関係を崩すつもりはない。僕は彼の覚悟に敬意を表したから計画を受け入れたのだ。
 でも、その建前とは別に、ルルーシュをちゃんと守りたいとも思っていた。
 ユフィの騎士とルルーシュの騎士は僕の中で同じ場所にはない。ユフィはユフィ、ルルーシュはルルーシュだ。
 だけど、それを伝えればルルーシュとの契約が崩れるかもしれないと危惧し、あえて口にはしなかった。
 ルルーシュが求めているのは、ゼロレクイエムを一緒に成功させてくれる騎士だ。僕でなくてもいいのだ。
 だから僕は、ルルーシュの望むとおりの騎士でいようと決めた。

「さて、俺はこれから夕食を作るから、それまでお前は荷物を片付けておいてくれ」
「わかった」

 部屋に戻ったけれど、自分の持ち物は少ないので片付けるほどのものはない。
 (C.C.の部屋を見たほうがいいのかな。でも、勝手に触ったら文句を言われそうだし)
 自分の部屋と共同スペースだけでいいかと結論付け、だったら今すぐじゃなくてもいいなと窓辺の椅子に腰掛けた。ルルーシュが聞いたら「怠けるな」と怒りそうだ。
 太陽は沈みかけ、今日の終わりを告げていた。間もなく世界は闇に包まれて、人々は次の夜明けを心待ちにするのだ。
 (あの日みたいだな……)
 ルルーシュにゼロレクイエムへの協力を伝えたあの日もこうして窓の外を見ていた。
 新しい一日が来ることは喜ばしいはずなのに、どうして僕の気持ちは晴れないのだろう。
 (いっそこのまま、ここで――)
 ふと思って首を振った。
 その考えは冒涜だ。ルルーシュの覚悟に対しても、優しい世界を願ったナナリーとユフィに対しても、これまで奪ってきた数多の命に対しても。
 僕はもう立ち止まれないのだ。

「真っ暗じゃないか、何してるんだ」

 不意に声がした。部屋の明かりがつき、僕は眩しさに目を眇めた。

「居眠りしてたんじゃないだろうな」
「実はちょっと寝てた」

 はは、と笑って誤魔化す。

「夕飯?」
「いや、C.C.が帰ってくるまで待つつもりだ。あと二十分ほどかかるらしい。いいか?」
「うん」
「で、その間にお前の採寸をしておこうと思って」
「採寸?」

 唐突な提案にまばたきをする。ルルーシュの手にはメジャーが握られていた。

「すぐにでも作業に取り掛かりたいからな。こちらに立って手を広げてくれ」

 言われたとおりに立ち、大人しく測られる。元皇子様で、世界のテロリストで、これから皇帝になろうという人物が採寸をしている光景はなんとも不思議な感じだ。
 (しかも、なんか楽しそう)
 裁縫をしない僕にはどこに楽しさがあるのかまったくわからないが、ルルーシュはこの作業を楽しんでいるようだ。
 ゼロのときもこんな風にこまごまとした内職みたいなことをやってきたのかもしれない。帝国を倒そうとしたテロリストが家庭的とは、人に話しても信じてもらえない話である。
 ルルーシュの好きなようにサイズを測られながら、僕はこっそり彼を観察した。
 背は僕のほうが少し高くなったようだけど、それほど変わらない身長だ。なのに、ルルーシュのほうが小作りな感じがするのは全体的に華奢なせいだろう。
 僕が本気になればひと捻りで殺せてしまえる、細い身体。
 だけど、この頭の中では僕なんかが想像もつかないことをたくさん考えていて、自分の思うとおりに世界を動かそうと企んでいる。
 (いや、壊そうとしているのか)
 一度壊し、新たに創り出すのだ。ルルーシュの考える世界を。
 それは神の所業にも等しい。畏れ多いこの計画は、それこそ神への冒涜なのかもしれない。
 だけど、ルルーシュが願ったのはたったひとつだけ。ナナリーとユフィが望んだ優しい世界を実現することなのだ。
 (その中に、君という存在はいないんだね)
 僕は気付いてしまった。
 ルルーシュはゼロレクイエムの成功を望み、その先にある未来を切望している。
 人と人の争いはなくならないけれど、それでもまずは話し合いのテーブルにつこうという考えが広がることが大事なのだとルルーシュは言う。
 固定された世界ではなく、人々が自分の意思を自由に持てる世界にしたい。たとえその先にあるのが戦争だったとしても、人々が選択した結果ならばそれでいい。俺が作るのは平和な世界ではなく、人々が明日を選べる世界なのだから。
 そんな夢を語るルルーシュの目は輝き、希望に満ち溢れていた。
 だけど、その夢はルルーシュがいなくなったあとの話だ。当然、語られる未来の中にルルーシュ本人はいない。
 頭のいい彼がそのことに気付いていないはずはないのに、残酷としか思えない未来を、しかし彼は嬉しそうに語る。
 (枢木スザクは残すくせに)
 僕は社会的に死ぬ。でも、ここに存在する僕そのものは生き残る。
 そう思うとやるせないような気持ちが生まれた。

「よし、これで完璧だ」

 採寸を終えたルルーシュが満足げに笑っていた。

「念のため、食事後のサイズも測らせてくれ。多少のゆとりは持たせるが、あまりに違うようなら検討し直さないといけないからな」

 そのまま部屋を出て行こうとするルルーシュを引き止めた。
 腕を掴み、華奢な身体を掻き抱く。先日のことを思い出したのか、ルルーシュが少し怯えた様子を見せた。
 あれ以来、あの日のことは二人とも口にしていない。ルルーシュは何もなかったように振る舞うし、僕も何もなかったような顔をしているけれど、実のところ、些細な触れ合いでもお互いひどく意識していた。
 あんなことをしたのだから当然だ。それでもルルーシュは何も聞かなかった。僕も何も言わなかった。
 今さら君が好きだなんて言えるはずがない。だから、何もかも自分の中に閉じ込めて、押し殺した。
 でも、今だけはルルーシュに触れたいと願うように思った。

「何もしないから、少しだけこうさせて」

 懇願の言葉と共に、抱く腕をきつくする。息を詰めていたルルーシュはそっと吐き出し、僕のほうにもたれかかった。

「――僕達の人生に意味はあったと思う?」

 唐突な質問に、ルルーシュは「さあな」と答えた。

「意味があるのかないのかと言えば、恐らくないのだろう」
「こんなに頑張って生きているのに?」
「だって、俺達が生まれたときに何か意味を持っていたか? 何か奇跡が起こったか? 何もなかっただろう? 俺たちは所詮、偶然命を得て、偶然この世に生まれ落ちただけだ。そんな風に生まれた人間の生に意味なんてあるわけがない」

 ただ、と続ける。

「生まれてきたのなら何かを成したいと望むのが人だし、だからこそ俺は、自分自身の手によって自分の人生を意味のあるものにしたいと思っている。世界中の人間から忌み嫌われ、この世に生まれてきたことを怨まれても、俺は俺の人生を意味あるものにしたいんだ」

 淡々と語っていたルルーシュが不意に笑った。

「俺にとって最大の我儘だよ。神に委ねるつもりはない。俺自身が俺を意味のあるものにするんだ。こんな大それた願い、ほかの誰に叶えられる? だから、それを実現できるかもしれない俺はとても幸せだ」

 幸せなんだ、ともう一度言ってルルーシュの顔が上がった。
 そこにあったのはとても綺麗な笑顔だった。
 眩く、切なく、美しく。
 泣きたくなるほど綺麗な笑顔でルルーシュは笑っていた。

***

 それからルルーシュが生きたのはほんの数ヶ月のことだ。
 その数ヶ月で彼は自分のやりたかったことを成し遂げ、自分の望みを本当に叶えてしまった。
 人は彼を悪魔と呼び、魔王と恐れ、蔑み、思い付く限りの罵詈雑言を浴びせ、怨み、憎み、そして、すべての罪を彼ひとりの罪とした。
 そうして得た平穏になんの意味があるのだろうと僕は思う。
 でも、ルルーシュはこうも言っていた。

「意味は生きている人間が探せばいい」

 選ぶのは今を生きている人間なのだから、人々がどんな選択をしようとそれは自由だ。
 俺は選択できるという自由を作ったに過ぎないのだから、たとえ俺の意図からどんどん離れ、いずれゼロレクイエムが意味のないものになったとしても、それはそれで意味のあることなんだ。
 (だったら、僕が君に抱き続けてきたこの気持ちにも何か意味はあったのかな)
 教えてもらいたいのにルルーシュはもういない。この世界のどこを探しても見つからない。
 君と一緒にいた日々は戻らないのだ。
 もう二度と。
 (17.09.25)