短くて永い、恋の話 1

 <ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとの話・その1
 少し埃くさい部屋に灯りがついた。急に明るくなった世界がやけに眩しく、僕は目を眇めながら辺りを見回した。
 ルルーシュ曰く、ここは世界中に用意している隠れ家のうちのひとつらしい。
 旧式だから全部手動で面倒だが我慢してくれよと言われたけれど、軍隊でもっと酷い場所を経験した身からすれば充分立派な部屋だ。
 (中東なんて一度も来てないはずなのに)
 いつの間に、どうやって用意したのだろうという疑問は飲み込んだ。
 ルルーシュはあのゼロだ。あらゆる手を使って周到に準備し、完璧に計画を遂行するのが彼である。部屋のひとつを用意するのは朝飯前なのだろう。
 (いろんなことがありすぎて、ここが現実なのか非現実なのかよくわからなくなってきたな……)
 Cの世界を出てわずか一日。
 追われる身となった僕達は、ルルーシュの発案によりひとまず中東へ逃げることにした。
 こちらは三人、対する敵はブリタニアの全軍と黒の騎士団だ。いくら僕のランスロットとルルーシュの頭脳があってもさすがに太刀打ちできない。

「一矢報いる覚悟で攻撃するのは自由だが、それではただの犬死にになる。いずれ死ぬのだとしても俺ならもっと効果的な方法を使うな。だから、ひとまず話はあとにしてここから脱出する。お前はどうしたい?」と聞かれ、僕は剣を下ろした。

 ルルーシュの意見には賛成だった。ずっと死にたいと思い続けてきた僕だけど、死ぬのは今ではない。
 彼が僕から逃げないであろうことも、僕を裏切らないであろうこともわかっていた。
 Cの世界でルルーシュに言われた「ユフィの仇を討たせてやる」という言葉を鵜呑みにしたわけではないけれど、不思議と素直にルルーシュを信じられた。
 それから逃亡先のポイントを確認し、ブリタニア軍と黒の騎士団の監視の目をかいくぐって中東の隠れ家までたどり着くのに丸一日かかった。ランスロットと蜃気楼を隠して、あとは徒歩と地元の交通機関を使っての移動だ。
 ずっと神経を張り巡らしていたので、精神的にも肉体的にも疲労していた。それでも、頭の中はやけにクリアだった。
 ひとまず逃げたものの、これからどうするのか。何をすべきなのか、ユフィの仇を討たせてやるとはどういう意味なのか。ルルーシュに確かめなければならない。

「ルルーシュ」

 僕は思い切って振り返ると口を開いた。
 ルルーシュと話をしよう。そう思ったのに、当のルルーシュはいきなり上着を脱ぎ始めた。

「着替えてくる。お前の部屋は右でいいな。日常生活に必要なものはだいたい揃えている。お前も着替えてこい。それと腹が減ったな。しばらくまともなものを食べていなかったから食事がしたいが、お前達はどうだ」
「賛成だ。ピザにしよう」
「却下だ。今からピザが作れるか」
「じゃあ買えばいい。ここにも宅配ピザはあるだろう?」
「日本じゃないんだぞ、勝手なことはするな。それに俺達は逃亡犯だ。無闇に他人と接触するんじゃない」
「はいはい」
「ちょっと……」

 僕の存在を無視してやり取りをする二人に眉をひそめた。
 こちらは一大決心して声をかけたというのに、無視されたのも腹が立つ。

「ああ、すまない、食事だな。お前もずっと気が休まらなくて大変だっただろう? すぐに用意するから待っていろ。と言っても、ここには缶詰ぐらいしかないけどな。落ち着いたら新鮮な食材を手に入れてくるから、それまでは我慢してくれ」
「いや、そうじゃなくて……」

 戸惑う僕にルルーシュが笑いかけた。騙し合いをしていた頃の嘘くさい笑顔ではない、気を許した相手にだけ見せる本当の笑みだとわかった。

「日本では腹が減っては戦ができぬと言うだろう? 全員疲れているし、まずは空腹を満たそう」

 ルルーシュの言葉はもっともなので、僕は自分に割り当てられた部屋に向かった。
 クローゼットを開けると、そこにはシャツやジーンズといった普段着があった。袖を通してみると、まるで僕が着ることを想定していたみたいにぴったりだ。
 脱ぎ捨てたラウンズの服はどうしようかと少し迷い、拾い上げると適当に椅子にかけた。
 己の力と権力の象徴だったけれど、今となっては無用のものだ。今後、着ることもないだろう。
 部屋を出ると、ルルーシュはキッチンに立って何かをしていた。缶詰しかないと言った割には、まな板を出し、鍋を火にかけ、本格的な調理をしているように見える。

「手伝おうか?」
「いや、すぐに終わるからいい。お前はソファに座って待っていてくれ」

 ルルーシュの手際の良さはよく知っているので、無理に手伝っても邪魔になるだけだ。手持ち無沙汰のままソファに向かうと、背もたれにだらりと寄りかかったC.C.の正面に腰を下ろした。
 彼女とまともに顔を合わせて話すのはこれが初めてだ。神根島では常に緊急事態だったから特に意識することはなかったけれど、こうして改めて向かい合うと何を話せばいいのかわからない。
 皇帝命令で彼女を追い続けていたものの、彼女個人に特別な思い入れはないし、今さら自己紹介もないだろう。
 しかし、金色の瞳がじっと向けられているのは居心地が悪い。彼女とルルーシュはずっと行動を共にしていたようなので、いきなり僕に乱入されたことが気に食わないのかもしれない。
 不老不死で得体の知れない人物ではあるが、相手は女性だ。見ず知らずの男とこれからひとつ屋根の下で暮らすとなれば警戒もするだろう。
 (……ルルーシュと一緒に暮らすことは問題ないのかな)
 ふと思い、そういえばC.C.はクラブハウスのルルーシュの部屋に出入りしていたのだと思い出した。
 緑の長い髪が落ちているのを見つけたときは、ルルーシュにも彼女ができたのかと思ったものだ。不老不死の魔女を匿っているなんて誰も想像しない。
 (ということは、あの頃からルルーシュと一緒に行動していたわけで、場合によっては男女の仲になっていたとしても……)
 充分有り得る。
 だとしたら、僕がここにいることは彼女にとって何よりも迷惑で、邪魔でしかないのではないか。
 そこのところの認識もはっきり確かめておいたほうがいいなと思い、何気なくキッチンの方に目を向けた。そこにはルルーシュの後ろ姿があった。
 懐かしい、クラブハウスでよく見かけた光景だ。
 (同じ……なんだな)
 場所が変わってもこの光景は変わらない。
 きっと、ルルーシュ自身もずっと変わっていなかったのだ。
 変わってしまったのは彼を取り巻く環境と、僕自身だ。
 (僕はルルーシュの何を見てきたのだろう)
 ずっとルルーシュを追っていた。ただの友達だった頃も、ゼロだと知ったあとも、ルルーシュの背中を目指して追い続けてきた。
 でも、僕は何も見ていなかった。
 自分のことしか考えていなかったくせに、ルルーシュの事情を聞くこともなく、ルルーシュが僕を裏切ったのだと思い込み、勝手に憎んだ。
 確かにルルーシュは悪事に手を染めた。罪は罪だ。
 だけど、同じ罪を僕も犯した。一方的に彼を断罪するのはおかしいと今ならばわかるのに、どうしても彼を許すことができなかった。

「死にそうなほど暗い顔をしているな」

 不意にからかうような声が聞こえてハッとする。先ほどまで僕をじっと見ていたC.C.が、今はにやにやと笑っていた。いつの間にかソファに寝そべり、すっかりくつろいだ様子だ。
 それ自体は別にいいのだが、女の子なのだから男の前で足を広げた格好をするのはいかがなものか。

「あのさ、僕も一応男なんだからそういう格好はどうかと思うよ。僕達が古い知り合いならいいけど、ほとんど初対面みたいなものだし」
「ほう、ルルーシュと違ってそれなりに女性経験はありそうだな」
「女性経験って……」
「私クラスになるとだいたいわかるんだよ。ちなみに、ルルーシュはまだ童貞だ。可哀想に」
「あのさ……」

 なんの話をしているのだと頭が痛くなった。
 そもそも、学校であれだけモテて複数の女の子とデートをしていたルルーシュが童貞なんて嘘だろう。

「ああ、そういえばお前か、年上の女と暮らしていたのは」
「どこからの情報だよ」
「リヴァルから聞いたルルーシュによる情報だ」

 ますます頭が痛くなった。二人の間でどういう会話が交わされてきたのか知るのが怖い。

「まあとにかく、私のことは気にするな。ルルーシュは私がどんな格好をしていても眉一つ動かさないぞ」
「俺はお前が服を脱ぎ散らかすことに眉をひそめている」

 そこへルルーシュの声が聞こえた。エプロン姿の彼が腰に手を当て、呆れたような顔で僕の後ろに立っていた。

「私がどんなに散らかしてもお前が片付けてくれるから問題ない。それより食事はまだか」
「もうできている。まったく、スザクが驚いているじゃないか。これからしばらくは三人での生活になるんだから、せめて自分のことは自分でやってくれ」

 驚いているのはそこじゃないんだけど、と突っ込みたい。
 長年連れ添った熟年カップルか夫婦のようなやり取りは一体なんなのだと言いたかった。
 C.C.は不老不死の魔女と聞いていたからもっと神秘的な女性を思い描いていたのに、これまでのイメージが台無しだ。
 ルルーシュの世話焼きは相変わらずなので今さらビックリすることはないけれど、服を片付けるほど親密なのかと思うと面白くない気持ちが広がった。
 食事にするぞと声をかけられ、会話はそこで一旦打ち切りになる。テーブルを見れば、パスタのほかに野菜やスープの皿が並んでいて、僕は不機嫌さを忘れてぽかんとした。

「缶詰しかなかったんだよね……?」
「ああ。パンは非常時用のもので味気ないが我慢してくれよ」
「我慢も何も、充分豪勢だよ」
「ただの缶詰だぞ?」
「この野菜も?」
「缶詰だ。こういうこともあろうかと種類は取り揃えていたんだ」
「パスタも?」
「長期保存できるからな。食事は人が生きていく上での基本で大事なことだ」
「とか言って、自分ひとりのときはゼリーで済ませていたくせに。やはり枢木がいると力の入れようが違うな」
「うるさい!」

 C.C.に横入りをされ、僕は無意識にムッとしていた。こちらをからかうように窺ってきた金の双眸に思い切り眉が寄る。

「男の嫉妬は醜いな」
「何を馬鹿なことを言っているんだ。とにかく食べるぞ」

 今の彼女のセリフは明らかに僕に向けてのものだったけれど、ルルーシュは自分に言われたと勘違いしたようだ。
 席に着いたC.C.がひとりで先に食べ始め、なんだかもやもやするものを感じながら僕もフォークを手に取った。
 ただの缶詰だと何度も言われたけれど、ルルーシュなりにアレンジを加えているらしい。限られた食材でここまで豪華な食卓にしてしまうところはさすがである。

「ルルーシュのご飯だ……」

 思わず口をついて出た言葉に、ルルーシュが不思議そうに首を傾げた。

「俺が作ったんだから当たり前だろう」
「うん、そうなんだけど、――うん」

 乾いた大地に水が染み渡るように、カラカラだった心が満たされるような感覚がする。不意に涙が込み上げ、スープと一緒に飲み込んだ。
 それからは静かな食事だった。でも、気まずい沈黙ではなく、むしろ居心地の良さすら感じていた。
 出されたものをすべて食べ終え、後片付けまで済ませると、じゃあ話をと切り出す。
 しかし、次は「ひとまずシャワーを浴びて汗を流そう」と提案された。だったら食事前に済ませれば良かったのではと思いつつ、埃まみれなのは確かなので、その言葉に従うことにした。
 C.C.から順番に入浴を済ませ、最後のルルーシュが浴室から出てくると、僕は今度こそと意気込んだ。

「今日はお互い疲れているし、俺ももう眠い。さすがの俺も頭がまともに働きそうにないから、一晩ぐっすり眠って明日の朝にしないか?」

 ところが今度も逃げられた。
 明らかにルルーシュは僕を避けている。
 それを悟った僕はムッとした。これ以上の先延ばしは我慢がならない。

「逃げるつもり?」

 部屋に逃げ込もうとしたルルーシュの手首を掴んで引き止める。ルルーシュはほんの少し怯えたような顔をした。
 C.C.には身内のように接していたくせに、僕のことは怖いのか。そう思うとまた腹が立った。

「ちょ…っ、おい、スザク!」

 ずるずると引っ張り、僕の部屋にルルーシュを連れ込む。ドアを閉める直前、C.C.と目が合った。
 (ルルーシュに近いのは彼女じゃない、僕のほうだ)
 対抗するような気持ちが浮かび、音を立ててドアを閉めた。

「お前は馬鹿力なんだからあまり乱暴にするなよ」
「加減はしてるよ」
「どうだか。子供のときも人の家をあちこち壊して、あとで修繕を頼むのがどれだけ大変だったか」
「あれは不可抗力だよ」
「何が不可抗力だ。お前が開けた穴のせいでナナリーに風邪を引かせるんじゃないかと俺は一晩中冷や冷やして――」

 そこまで話してルルーシュは口を噤んだ。
 僕が壊したのは枢木家の土蔵のことだ。もともと古くて傷んでいたので、僕がちょっと暴れただけですぐに壊れたのだった。
 でも、昔話に花を咲かせるような状況ではないとお互い思い出してしまった。

「とりあえずベッドに座ってよ。疲れて休みたくなったらそのまま寝ればいい」

 疲れているというルルーシュの言葉は事実だろう。僕も疲れている。
 だけど、いろんなことが有耶無耶なままではとても眠れそうにない。
 ルルーシュは小さく息を吐き出すと、言われたとおりにベッドの端に座った。僕は椅子を引いて腰を下ろした。
 そうしていざ話をしようとすると、どこから何を聞けばいいのか迷った。
 知りたいことは山ほどある。でも、すべてを話すにはあまりに多くの出来事がありすぎて、時間がいくらあっても足りそうになかった。
 すると、僕の心中を察したようにルルーシュが口を開いた。

「お互い言いたいことも聞きたいこともたくさんあるが、ひとまず順を追って話そうか。そのほうが双方の理解が深まるだろう?」
「うん」
「では、どこからにする? 日本敗戦後に別れたあと、お前がどんな風に過ごしてきたかは気になるが、まずは再会直後――、つまり、俺がギアスの力を得た経緯から話そう。お前が知りたいのはそれだろう?」
「――ああ」

 どうしてルルーシュはギアスの能力者になったのか。どうしてゼロになったのか。
 今に至るすべての要因はそこにある。

「子供の頃からギアスがあったわけじゃないよね?」
「まさか。こんな便利な力があれば人質時代はもっと楽に過ごせたし、敗戦後にお前と別れずに済んだ」

 それもそうかと納得した。あの頃にギアスがあれば、ルルーシュが周りの日本人に虐げられることもなかったのだ。
 どうせ力を得るならなぜあのときではなかったのだろう、という気持ちがほんの一瞬浮かんだ。
 これは許されない力だ。でも、誰にでも命令できる力さえあれば幼いルルーシュやナナリーを守れたかもしれないと思い至って、複雑な気持ちになる。

「ギアスに関することはあとでC.C.も交えて話をする必要があるが、俺からはとりあえず事実のみを話す。まず、この力を得たきっかけだが、シンジュクゲットーでお前と再会したあとのことだ」
「あのときに? そういえば、僕が撃たれたあとのことは詳しく聞いていなかったね」
「実はあのあと、お前を撃った連中に遭遇して殺されかけた」
「え……?」
「それで、ギアスの力を使って初めて人を殺した」

 声を失った。
 学園での再びの再会後、どうやって窮地を切り抜けたのかとルルーシュに尋ねたことがある。
 ルルーシュは軍に救助されて無事だったと説明してくれたけれど、ゼロの正体が彼だと判明し、改めてあのときの概要を調べ直した。
 すると、テロリストとの戦闘以外で不自然な死亡案件を見つけた。表向きはイレヴンの返り討ちに遭ったとの報告だが、彼らは全員、自ら命を絶っていた。まるで集団催眠にかかったかのように。

「じゃあ、そこでギアスの力を得たからゼロに……?」
「ああ」
「つまり……、僕のせい……」
「勘違いするな。死ねと命じたのは俺だし、その選択をしたのも俺だ。お前のせいじゃない」
「それはそうかもしれないけど……。だったらクロヴィス殿下の殺害も……」
「母さんの死に関する質問でギアスは使ったが、兄上のときは俺が直接手を下した。俺自身が引き金を引いたんだ」

 思わず口元を覆う。
 あのとき僕が撃たれさえしなければ、ルルーシュはゼロにならなかったかもしれない。クロヴィス殿下を殺さなかったかもしれない。
 そこから先の行動もなかったかもしれない。
 (僕のせいだ)
 僕がいたから、ルルーシュは呪われた力を手に入れてしまった。

「勘違いするなと言っているだろう」

 言葉が出ない僕に、ルルーシュが真っ直ぐな視線を向けてきた。

「お前がいてもいなくても、ギアスがあってもなくても、俺はいずれ行動するつもりでいた。ギアスは単なるきっかけに過ぎない。だからお前は関係ない」

 それは慰めでもなんでもなく、ルルーシュの本音なのだろう。
 でも、と言いかけて口を閉じた。
 これ以上、ルルーシュに訴えてどうするつもりだ。慰めが欲しいのか。同情が欲しいのか。そうして責任逃れをするつもりか。
 (僕はまた逃げるのか。僕のせいだと言いながら、本心では僕のせいじゃないと思って)
 償いたかった。僕のせいで日本が負けたことを。大勢の人を死なせる結果になってしまったことを。
 だけど、本気で自分の罪と向き合ってはいなかったのかもしれない。
 死にたいと思い続けていたのは逃げだ。
 己の罪を受け止めることができず、誰かに責められ、誰かに罰を与えられるのを望んでいた。そうすれば僕は罪を償うことになるからだ。
 罰を受けて死にたい。特に、誰かを守って死ねることは僕にとって一番良い方法だった。
 それはただの自己満足でしかなく、真の償いにはなっていないことも知らずに、僕はただ死ねれば良かったのだ。

「……君は強いね」
「お前のほうが強いくせに何を言っている。ランスロットのせいで何度辛酸を嘗めることになったか」
「そうじゃなくて……自分の罪と向き合えることが」

 ルルーシュがきょとんとした表情を浮かべた。ブリタニアの皇子でもない、テロリストのゼロでもない、ひどく子供っぽいただのルルーシュの顔だった。
 その表情を見た途端、胸のつかえがすっと下りるような感覚がした。
 (ルルーシュはずっとルルーシュだったんだ)
 どうして気付かなかったのだろう。
 ルルーシュは変わってしまったと思ってきた。もう僕の知っているルルーシュではないと思い込んできた。
 でも、ルルーシュはルルーシュなのだ。ずっと。

「――ほかのことも聞かせてくれないかな。そうだな、僕を助けてくれたときのこととか、河口湖での事件のこととか、ナナリーが誘拐された件とか、君が今まで僕に隠してきたこと全部。これから先は嘘も隠し事もなしにするって約束してほしい」
「ああ、わかった。その代わり、お前のことも話せよ、全部」
「うん」

 それから僕達は話し続けた。
 事件の裏で何があったのかを。二人が知っていることを、お互いのことをすべて打ち明けた。僕達の間の嘘をなくすために。
 ただ、特区日本の件はなかなか切り出せなかった。どんな真実が出てくるのか、それを知るのが怖かったのかもしれない。
 気付けば窓の外は明るくなっていた。陽が昇り、新しい一日の始まりを世界に告げている。
 よし、と腹を括った僕は思い切って口を開いた。

「ユフィのことなんだけど」

 その瞬間、ルルーシュの顔が微かに強ばったのがわかった。

「君はどういうつもりで日本人を殺せと……」
「あれは俺の責任だ。ユフィは何も悪くない」
「それは知ってるよ。そうじゃなくて、僕が聞きたいのは」
「彼女を殺したのも日本人を殺したのも俺だ。それ以外に話すことはない」
「僕が知りたいのは、あのとき何があったかなんだ」
「俺がユフィにギアスをかけた。真実はそれだけだ」

 そう言い切るとルルーシュは黙り込んだ。
 先ほどまでは雄弁だったのに、もう話すことはないという雰囲気を醸し出していて、これ以上は口を割りそうになかった。
 僕は小さく息をついた。
 (ルルーシュからは聞き出せそうにないな)
 今までならば無理にでも吐かせたところだけど、ルルーシュの頑固さは嫌というほど思い知っている。
 ほかの手を使うかと早々に諦め、代わりに「じゃあちょっと休憩しよう」と告げた。

「話し疲れただろう? 寝ていいよ」
「疲れているのはお前も同じじゃないか。俺に寝ろと言うのならお前も寝ろ」
「僕は軍人だし、もしものために見張りが必要だから」
「心配しなくてもこの周囲にギアスをかけた人間を配置している。何かあればそこから報告が入るから大丈夫だ」
「準備の良さはさすがだね……。わかったよ、それなら僕も寝るから」

 僕が起きていたらルルーシュはいつまで経っても寝そうにない。
 図らずも同じベッドに入り、二人で横になる。こんなシチュエーションは久しぶりだった。クラブハウスへ遊びに行き、帰りが遅くなってルルーシュの部屋に泊まらせてもらったとき以来だ。
 お互い何も知らずに過ごしていたあの時間は、今になって思えば嘘しかなかったわけだけど、それでも確かに幸せだったと言える。

「なんだか懐かしいな」

 ルルーシュも同じことを思ったのか、可笑しそうに言ってから目を閉じた。

「俺とお前とナナリーの三人でずっと一緒にいられればそれで良かったのにな……」

 ぽつりと呟かれた言葉に僕は目を瞠った。何をどう答えればいいのかわからずにいると、そのうち穏やかな寝息が聞こえてきた。
 よほど疲れていたのだろう。ルルーシュはあっという間に眠りに落ちていた。
 (少しやつれたかな)
 白い頬を指の背でそっと撫でる。
 たったひとりでブリタニアに挑んできたのだ。黒の騎士団という味方はいるものの、仮面を被り続けて顔を隠さなければいけない生活は神経をすり減らしたに違いない。
 (高みの見物をしていたわけじゃないんだ……)
 むくりと起き上がった僕は、眠っているルルーシュを見下ろすと静かにベッドを離れた。
 音を立てないよう注意しながら部屋を出たら、リビングのソファに寝転んでいるC.C.と遭遇した。

「起きてたの?」
「お前がいきなりルルーシュを殺さないとも限らないからな」
「そんな物騒なことはしないよ」
「どうだか」
「僕達の話をずっと聞いていたんだろう?」

 その質問に彼女は答えなかった。答えないのが答えだと思った。
 でも、聞いていたのなら都合がいい。

「ルルーシュが強情で困っているんだ。だから教えてくれないかな、ルルーシュとユフィの間に何があったのか」

 金の瞳が僕をじっと見上げた。また同じ視線だ。
 彼女は僕を試している。
 僕がルルーシュに害をなさないか。ルルーシュに相応しいか。本当にルルーシュの味方なのか。それを見極めようとしている。

「真相を聞いたからってルルーシュをどうこうしようとは考えていないよ。ただ、本当のことが知りたいだけなんだ。あの日、あの式典会場で何が起こったのか。どうしてユフィは日本人を殺さなければいけなかったのか。どうしてルルーシュはユフィを殺したのか。僕は知りたいんだ」

 しばらく黙っていたC.C.は、おもむろに起き上がると顎をしゃくった。座れという意味らしい。
 彼女の正面に腰を下ろすと、「ギアスについて誤解があるようだからまずはそれを訂正しておく」と切り出された。

「誤解って?」
「お前もほかのやつらもギアスは万能の力だと勘違いしているようだが、あれは極めてリスクの高い力だ。確かに便利な能力ではある。ルルーシュの場合、自分の思い通りに人を操ることができるからな。だが、使えるのはひとり一回だし、ほかにも制限が多い。その上、使えば使うほど力が強まる」
「力が強まるのはいいことじゃないのか?」
「ただそれだけならな。だが、実際はコントロールが効かなくなって暴走する。常にオンの状態になったら、命令したくない相手にも意図せず命令してしまうことになるんだぞ」
「意図せずに命令……、それってまさか」
「お前は許せないだろうが、ユーフェミアにかけたギアスはルルーシュが意図したものではなかった」
「嘘だ。だって」
「誰が好き好んであんな命令をすると思う? ルルーシュはたとえ話で言ったに過ぎない。自分には不思議な力がある、たとえば『日本人を殺せ』と言えば誰だってそうするんだと、ブラックジョークのつもりでな。恐ろしくタイミングが悪かっただけだ。ギアスの暴走を知らず、つい口にした言葉があの惨劇を生んだ。ギアスの力は絶対だ。あのままユーフェミアを生かしていたら延々と日本人を殺し続ける。文字通り、日本人がすべて死に絶えるまで。だから、ルルーシュはユーフェミアを殺した」
「でも、それは最初からユフィを貶めるつもりで……」
「自分の妹を望んで手にかけたと思うか? ああなった以上、ユーフェミアの死は最大限に利用させてもらったが、それを喜んで実行したと思うか?」
「だってルルーシュはクロヴィス殿下を殺したじゃないか」
「ああ、そうだな。だが、いつだったかルルーシュが打ち明けてくれたよ。クロヴィスを殺したあとはさすがに参ったと。しばらくはクロヴィスの夢にうなされたそうだ」
「え……」
「信じる信じないは勝手だ。好きにしろ。あいつの心情がどうであれ、実の兄妹を殺し、大勢の人間を死なせたことは事実だからな。でも、それはお前だって同じだろう?」
「僕は…!」
「違うと言うのか? ルルーシュにかけられた生きろというギアスがお前に人殺しをさせたと言いたいのか? それでもいいさ。ルルーシュは否定しないだろうからな。お前の言い訳として使われるのなら甘んじて受け入れるはずだ。だが、お前が軍人として生きてきた数年間、お前はすべての人殺しをお前自身の意思でやらなかったと言い切れるのか?」

 何も言えなかった。
 すべての原因がルルーシュではないと僕は知っているからだ。

「ギアスの力は万能ではないと言っただろう。ルルーシュは力を手に入れた。その力でブリタニアを倒し、妹が幸せに暮らせる世界を作ろうとした。その結果、すべてを失った」

 ナナリーの姿が浮かび、僕は思わず顔を逸らした。
 ルルーシュの守りたいものがナナリーであることはよく知っている。どれだけ妹を愛し、慈しんでいたか、僕はほかの誰よりも知っていた。
 (ナナリーを殺したのは僕だ)
 あれはルルーシュのギアスのせいだと、ナナリーの前で言い訳することはできない。
 原因がギアスであったとしても、僕が彼女を殺した事実は変わらないのだから。

「ルルーシュを理解してくれとは言わない。繰り返しになるが、ユーフェミアにギアスをかけ、それに乗じてブラックリベリオンを引き起こしたことは紛れもない事実だ。だが、初恋の相手を自ら手にかけてあいつが泣かなかったと思うか?」
「初恋?」
「なんだ、反応するのはそこか」
「初恋ってどういうこと?」
「細かいことは気にするな」
「気になるに決まってるだろ」
「うるさいなぁ。ルルーシュの初恋がユーフェミアだろうが誰だろうがどうでもいいことじゃないか」
「やっぱりルルーシュの初恋相手はユフィなんだね」

 僕の中で何かがざわめいた。
 ルルーシュの初恋が妹だからじゃない。ルルーシュとユフィは兄妹と言っても母親が違うし、同じ妹でもナナリーとはまた少し違う存在だろう。異母兄妹での恋愛はたまに聞くから、初恋相手がユフィであったことをいちいち問題視するつもりはない。
 なのに、なぜか面白くないという感情が生まれた。
 (面白くない? なぜ?)
 恐らく、僕の中でひとつの可能性が浮かんだからだと自己分析する。時代が違えば、敬愛していた主と一番の友達が恋仲になっていたかもしれないという可能性を考え、複雑な気持ちになったのだろう。

「ルルーシュの初恋がユーフェミアだったら問題か? まさか、自分の恋人を取られたようで面白くないとでも言うつもりじゃないだろうな」
「恋人? ルルーシュとはそういう関係じゃ……」
「馬鹿か。お前とユーフェミアがだ」
「僕とユフィが? 恋人?」
「なんだなんだ、あれだけ騒がれていたのに当の本人は知らないのか」
「知らないよ。なんのことだよ」
「だからぁ、ブリタニアのお姫様とその騎士は恋仲だってもっぱらの噂だったんだよ。そりゃあ、同じ年頃で男女で、その上、イレヴンからの異例の抜擢となったんだから邪推する連中はうじゃうじゃいるさ」
「僕とユフィはそんな関係じゃない」
「これは驚いた。じゃあ、ルルーシュは完全に誤解していたわけだな」
「ルルーシュが誤解? 何を?」
「ああもううるさい。どうだっていいだろう」
「わかった。それなら本人に直接聞くよ」

 おもむろに立ち上がると、完全に寝そべっているC.C.を見下ろした。

「今の話が全部本当かどうか、あとでルルーシュに確認する」
「あいつが素直に本当のことを話すと思うか?」
「話すに決まっているよ。ここまで来て僕に嘘をつく必要がないからね。それに、君とルルーシュの二人だけが秘密を共有するのはフェアじゃない」

 突然、C.C.が笑い出した。腹を抱え、心底可笑しいといった様子だ。僕のことを笑っているようだが、可笑しなことを言ったつもりはない。
 思わずムッとすれば、「お前のそれは無自覚か」と笑いながら尋ねられた。

「何が?」
「自分の優位さをいちいち私に示すのは、自分のほうがルルーシュに大事にされているというアピールなのか、それともそう思い込もうとしているのか、一体どちらだ?」

 なんのことだと眉を寄せた。返事はせずに不快感をあらわにすると、僕はC.C.に背を向けた。
 部屋に戻るとルルーシュは気持ち良さそうに眠っていた。隣に潜り込み、背中合わせに目を閉じる。
 睡魔はすぐにやって来た。
 お尋ね者となり、世界中から狙われていると言っても過言ではないのに、不思議と安心して眠れた。こんなにぐっすり眠れたのは久しぶりのことだった。
 ひと眠りしてから目を覚ますと、太陽は僕達の真上に昇っていた。
 昼過ぎまで寝たのはいつ以来だろうと思いながら起き上がると、隣のルルーシュがぐずるような呻き声を漏らした。

「おはよう」
「ああ……」

 ごろんと寝返りを打ったもののまだ目が覚めていないらしく、眩しそうにかざした手を目の上に当てて止まっている。
 二度寝したのかと見ていたら、「何時だ……」と掠れた声がした。

「午後の一時」
「寝すぎだ……」

 のろのろと身体を起こしたルルーシュは、しばらくベッドの上で目を閉じていた。

「まだ寝ていたら?」
「いや、起きる。朝食……じゃないか。昼食は食べるだろう?」
「うん」
「じゃあ少し待っていろ」

 ふらふらとした足取りで部屋を出て行ったルルーシュは、顔を洗うとキッチンに立った。
 ソファにはC.C.がいて、まさかあのあともここにいたのではないかと、僕は胡乱な目を向けた。

「なんだその顔は」
「いや」
「ルルーシュ、昼食はピザを頼むぞ」
「だからピザなんて作れるわけがないだろう」
「こっちは朝食を我慢してやったんだ。ピザぐらい作れ」
「うるさい」

 まるで夫婦のようなやり取りだ。僕がルルーシュと離れている間も、二人はこんな風に過ごしてきたのかと思うとまた面白くない気持ちが広がる。
 思い返してみれば、三人での逃亡を始めて以来ずっと面白くない。
 (なんだろう、これ)
 ムカムカしたままソファに腰掛ける。目の前にはC.C.がいた。昨日と同じシチュエーションだ。
 彼女と顔を突き合わせるのは嫌だけど、僕が部屋に戻ったらルルーシュとC.C.を二人きりにしてしまう。それは嫌だった。

「難儀だなぁ、お前も」

 C.C.がにやにやと笑っているけれど、僕は反応を返さなかった。
 食事ができると黙々と食べ、そのあとはまた部屋に戻ってルルーシュと話の続きをした。

「ギアスの暴走ってどういう感じなの」

 開口一番に尋ねると、ドアを閉めたばかりのルルーシュが固まった。後ろ姿が動揺している。

「C.C.に聞いたよ」
「あの女……」
「教えてほしい。あのときユフィと何があったのか」

 振り返ったルルーシュは当然怒っていたけれど、僕は淡々と聞いた。

「それを知ってどうする」
「全部話すって言っただろう。もう約束を破るつもり?」

 言葉に詰まったルルーシュは、しばらくして小さく息をつくとベッドに腰を下ろした。

「君は最初からユフィにあんな命令をするつもりだったの?」
「まさか。最初は俺を撃つように命じるつもりだった」
「は? 君を? ユフィが?」
「撃つと言っても命に関わらない場所だ」
「いや、そうだとしても……」
「銃弾に倒れたゼロが復活すればインパクトが強いだろう? その上、ユフィの信用も落とせる。特区日本は失敗し、ゼロも黒の騎士団も安泰だ」

 目的は理解できるけれど、そのためにわざわざ自分を撃たせようとするのは感心するよりも呆れた。
 あのゼロがほかの誰かを使うのではなく、自らを犠牲にしようとしたことも意外だ。

「でも、その計画は失敗した。ユフィは、俺のために皇籍を返還しようとしていたんだ」
「え? 皇籍返還?」
「お前は聞いていなかったか?」
「知らないよ」
「そうか。じゃあ本当に自分の一存で決めたんだな……」

 痛みをこらえるような表情をしてルルーシュは俯いた。

「ユフィは、特区を実現させる見返りとして皇籍返還を考えていた。その気持ちに俺は負けたよ。だから、皇女ではなくただのユフィにならば協力しようと決めた。実際、俺達は手を組むことにしたんだ。でも――」

 ルルーシュが顔を上げ、僕を真っ直ぐ見つめた。己の罪から決して逃げようとはしない、それはルルーシュの強さだ。

「ギアスの暴走に気付いていなかったというのは言い訳にはならない。リスクのある力を使っていることは理解していた。なのに、過信していたんだ。俺ならばギアスを使いこなせると。その結果、ユフィに最悪な命令をした。あれは冗談のつもりだったとか、そんなつもりではなかったとか、責任逃れをするつもりはない。ユフィに日本人を殺せと命じたのは俺で、あの状況を利用しゼロにとって都合のいい展開を画策したのも俺で、そうして、俺自身の手でユフィを殺したんだ」

 僕をじっと見つめたあと、ルルーシュは両手を組んで視線を落とした。その手は微かに震えていた。
 己の罪を悔いているのか。僕に糾弾されることを覚悟しているのか。
 真相はC.C.に明かされていたので今さら驚愕はなかったけれど、ルルーシュ本人の口から聞かされるとやはりショックはあった。
 同時に、僕の中で憑き物が落ちるような感覚もあった。不思議な感覚だ。
 ほっとしたのとも、安堵したのとも違う。言葉では表現できない感覚に僕も黙ってしまった。
 部屋の中に静寂が満ちた頃、そういえば、と思い付いて口を開く。

「ルルーシュの初恋はユフィだったの?」

 なぜこんなことを、このタイミングで聞いてしまったのかわからない。ルルーシュもぽかんとしていた。

「ユフィが初恋じゃなかったの?」
「な……、ど、どうでもいいだろそんなこと」
「どうでも良くないよ。隠し事はしないって約束したじゃないか」
「お前な……」
「どうなの?」

 顔を覗き込むようにすれば、形のいい眉が寄せられた。面倒くさいと言いたげな様子に、僕は「ルルーシュ」と低く呼んでプレッシャーをかける。
 とうとう観念したのか、ルルーシュがわざとらしい溜め息をついた。

「ああそうだ」
「やっぱり」
「言っておくが、所詮は子供が抱く感情だし、兄妹でおかしいといずれは勘違いに気付いただろうから、お前が考えているようなものとは違うぞ」
「僕が考えているようなものって?」
「だから――、ちゃんとした恋愛感情とは別物だということだ」

 ルルーシュの口から恋愛感情という単語が出てくるとは思わなかった。
 それはそうだろうと理解している。初恋とはそういうものだし、兄妹で本気の恋愛にまで発展するのは稀だ。特にルルーシュの場合、そういうタブーには踏み込まないだろう。
 だからこれは嫉妬するようなものではない。
 (嫉妬……?)
 誰に? と自分の中で問いかける。
 なぜこんなにもやもやするのだろう。なぜいつまで経ってももやもやとした気持ちが晴れないのだろう。

「もういいか、この話」
「あ……うん」
「じゃあ、次は俺から質問だ。お前が俺を皇帝に売ったあと、ラウンズとしてどう活動してきたのか詳しく聞かせろ」
「根に持つね」
「当たり前だ! お前のせいで俺がどんな屈辱を味わったか」

 ぶつぶつと文句を言うルルーシュは本当に根に持っているらしい。

「わかったよ。じゃあ、まずは最初の任務についてだけど――」

 苦笑いしつつ、ルルーシュが知りたがっていることを包み隠さずにすべて話す。
 それからさらに三日かけて、僕達はお互いのことを知った。たった一晩では話し切ることができなかったのだ。
 大きな事件だけでなく、小さな事件や些細な出来事も取り上げ、そのときに何を考え、何を感じていたのか、何もかもを打ち明けてお互いを理解しようとした。
 それぞれの疑問をぶつけ、答えを教え合うのはパズルのピースを嵌めていく作業のようだった。
 僕達に足りなかったのはこれなのだと今さらながらに思った。そして、僕はひとつの答えに行き着いた。
 (やっぱりルルーシュは僕の知っているルルーシュだった)
 昨夜も実感したことを改めて確信する。
 ルルーシュは何も変わっていなかった。僕達はあの頃と同じだった。
 同じものを見て、同じところを目指していたはずなのに、手段が違ったばかりにすれ違ってしまった。
 もっと自分をさらけ出してちゃんと話をしていれば、今とは異なる未来があったかもしれないのに。
 (僕はいつも後悔ばかりだ)
 話し疲れてひと息ついたとき、ルルーシュがお茶を淹れてきてくれた。
 温かい紅茶を二人で飲み、茜色の空をなんとはなしに眺める。

「――これからどうしようか」

 ぽつりと切り出せば、ルルーシュは手の中のカップを弄んだあと、おもむろに口を開いた。

「考えていることがある」
「何をするつもり?」
「まだ考えがちゃんとまとまっていないんだ。だからしばらく時間がほしい」
「それはいいけど」
「俺は自分の部屋に戻るから、食事はC.C.と二人でとってくれ。作り置きを冷蔵庫に入れてある」
「うん、わかった」

 ルルーシュが出て行くと途端に部屋が静かになった。なんとなく落ち着かなくて、空になったカップを持ってキッチンに向かった。
 相変わらずC.C.はソファの上でだらだらと寝転んでいた。僕が顔を出すたびにこの状態なので、彼女のために部屋を用意する必要があったのだろうかと疑問だ。

「紅茶飲む?」

 ついでだからと聞けば、物珍しそうに僕を見たあと「もらおうか」と返ってきた。二人分の紅茶を淹れてテーブルに置く。

「ルルーシュほど美味しくは淹れられないけど」
「期待していないから安心しろ」
「それはどうも」

 彼女と向き合ってお茶を飲むのはなんとも不思議な感じだった。

「あのさ、ルルーシュとクラブハウスの部屋で一緒に暮らしてたんだよね?」

 僕から話しかけたのは、ルルーシュとの話が終わって暇になったからだ。ほかに暇を潰せるものもなく、彼女を話し相手にこれまでのルルーシュとのことを聞いてみようと思い付いただけである。

「根掘り葉掘り聞いてどうするつもりだ。嫉妬深い男は醜いぞ」
「違うよ。クラブハウスには何度も通っていたのに、よく一度も遭遇しなかったなって感心しているだけ」
「当たり前だ。C.C.様だぞ」
「何それ」
「しかし、ルルーシュは面白かったな。お前が泊まりにくるとわかればいそいそとベッドを整えて無駄に部屋を掃除して」
「え……」
「にやけるな、気持ち悪い」
「にやけてないよ」
「だが、寝ている私を叩き起こして、今からスザクが来るからお前は出て行けと追い出してきたのは酷かった」
「ちょっと待って、君が寝てたのってルルーシュの部屋?」
「もちろん。あいつのベッド以外で寝られる場所があるか?」
「まさか一緒に寝てたの?」
「驚くようなことか?」

 にやりと笑われ、僕はムッと口を噤んだ。ここで反論したら「男の嫉妬」だの「見苦しい」だの、また散々なことを言われるに違いない。
 (イライラする)
 無意識にそう思った自分に驚いた。
 何がこんなにイライラするのか。この気持ちの正体を知ってはいけないような気がして、あえて蓋をする。

「じゃあ、君はゼロになったルルーシュとずっと一緒にいたわけだ」
「ああ、そうだな」
「ルルーシュの記憶がなかった間もずっと待っていたんだろう? それだけルルーシュが大事だったから?」
「ああ。あいつは私にとって大事な人間だ」
「ルルーシュがギアスの能力者だから?」
「まあそういうことにしておこう」

 それだけではないと言いたげな口調に、いちいち腹を立てるのも馬鹿らしいと息をつく。
 C.C.はこちらの反応を面白がっているのだ。全部に付き合っていたらキリがない。

「それで、君はこれからどうするつもり?」
「どうもこうも、ルルーシュについて行くだけだ。約束もまだ果たしてもらっていないからな」
「約束って?」
「男女の約束事を聞くとは野暮な男だな」
「茶化さないでくれないか」
「悔しければお前もルルーシュと何か約束すればいいだろう」
「ルルーシュとならもう約束したよ」
「ほう。夕飯のメニューの約束をしたなんて言わないよな?」
「さあね。約束の内容を聞くのは野暮なんじゃないの?」

 立ち上がって言い返せば、C.C.が可笑しそうに笑った。

「君も夕飯食べるだろう?」
「もちろんだ」
「温めるのは僕だけど、作ったのはルルーシュなんだから文句は言わないでよ」

 キッチンに向かう途中でルルーシュの部屋のドアを見やる。彼が一体何を思い付いたのか、僕には想像すらできなかった。
 それからまた三日が経った。
 ルルーシュは必要なとき以外は部屋に籠もりっぱなしで、何をしているのかと聞いても教えてくれず、もう少し検討したいから待ってくれとしか答えてくれない。
 朝も昼も夜も、ルルーシュは部屋から出てこなかった。食事の準備のときに顔を出すくらいで、あとは僕とC.C.の二人きりの食事だ。
 ルルーシュ以外には彼女しか話し相手がいないため、必然的に彼女との時間が増えてしまった。僕達はルルーシュを間に挟んでの関係でしかなかったので、相互理解を深められたという一点においてはいいことだったのかもしれない。
 いくら話をしても、『ルルーシュ』という繋がりがなければこれ以上の親愛が生まれないこともよくわかった。
 それはお互い様で、すべて承知の上での付き合いだ。だからこそ、変に気を遣わなくていい気楽な間柄とも言えた。
 そうしてさらに数日後、ルルーシュは僕とC.C.をリビングに集めた。
 ずっとまともに眠っていなかったのか、少し疲れた様子ではあったけれど、その瞳は強い意志に輝き、これから語る内容がルルーシュにとって希望に満ちたものであることを感じさせた。

「二人に頼みたいことがある。俺に協力してくれないか」
「協力?」
「世界をペテンにかけるための壮大な計画だ」

 ルルーシュは楽しそうに、そして、自信に溢れた笑みを浮かべていた。
 (17.09.24)