「スザク。お前が俺を殺すんだ」
残酷な言葉を紡ぎながら、どうして君はそんな風に笑えるのだろう。
僕は作り笑いすら浮かべられなかったのに。
神根島から離れてからずっと逃亡生活をしていた僕たちは、バグダードでようやく落ち着いた。ブリタニアにもEUにも干渉されない地。僕たちのような人間にはとっておきの場所だった。
「シナリオが必要だ」
そう言ったルルーシュは、それから丸二日、部屋に閉じこもって出てこなかった。
これからのために、まずは自分の中で考えをまとめているのだろう。必要最低限の食事や睡眠は摂っているようだが、顔を合わせることがなかったのでそれは推測にしか過ぎない。
僕とC.C.の出る幕はなく、自然二人で話すことが多くなった。
苦手ではないが得意でもない。そんな印象を彼女に持っていたが、話していると人となりはなんとなくわかってくるものだし、一つの空間に二人の人間しかいないということが、必然的に僕たちの距離を縮めた。
それは何を話しているときだっただろうか。
「お前は本当にルルーシュのことが好きなのだな」
ぽつりと漏らされた言葉に、僕は動きを止めて声の主を見やった。あまりにまじまじと見ていたのか、「見すぎだ」とC.C.が居心地悪そうに言う。
「あ、あぁごめん…。なんだか不思議なことを言われたような気がしたから」
「自覚なしか?それとも、わかっていて自覚のないフリをしているだけか?」
「そう言われても、」
「なんだ、しっかり自覚しているんじゃないか」
断言しきった彼女に、しかしあっさりと認めるわけにはいかなかった。
「そこはノーコメントってことにしておくよ」
「意気地なしめ」
「波風立たせたくないだけだよ」
「自分のためにか」
「ルルーシュのためだ」
「どうだか」
C.C.は抱き寄せた黄色いぬいぐるみの中に顔を埋めると、印象的な色の瞳で見つめてくる。無言で責められているような気がして、僕は苦笑いを返した。
「僕とルルーシュは敵同士だったんだ。そんな簡単に元のように仲良くは出来ないよ」
「だが好きなのだろう?仲良くできるできないと、好きか好きじゃないかの気持ちは別物だ」
「だったとしてもだ」
「ふん、強情だな。認めてしまえば楽になれるものを」
馬鹿だお前たちは。呟かれた声に、僕は「そうだね」とだけ返した。
馬鹿だってことは誰よりも自分がよくわかっている。
彼を憎く思うことも、それ以上に愛しいと思うことも、どちらも僕自身の気持ちなのに、どうしていいのかわからずいまだに持て余している。C.C.の言うとおり、ルルーシュのことが好きだと、ただそれだけを認めてしまえればきっと楽になれるのに。
沈黙が落ちたところで、奥のほうから物音が聞こえた。
はっとして顔を上げると、ちょうどルルーシュが部屋の扉を閉め、こちらに歩いてくるところだった。
リビングで向かい合っている僕とC.C.の姿を認めた彼は、微かに目を見開いた。
「どうかした?」
「いや、お前たちが一緒にいる風景が珍しいと思って。単に見慣れていないだけなんだろうが」
「僕もまだちょっと慣れないから、その感想は正しいと思うよ」
「同感だな」
「でもいいコンビには見える」
そうして笑うルルーシュに、僕とC.C.は思わず顔を見合わせた。まさか“いいコンビ”と言われるだなんて、思ってもいなかった。
「ところで」
リビングの椅子に座ると、ルルーシュは表情を改めて僕らを見た。
「決まったぞ。ゼロ・レクイエムの内容とその道筋が」
その真剣な面持ちに、どくりと心臓が音を立てた。柄にもなく緊張している。
「ほう。では聞かせてもらおうか、その内容とやらを」
尊大な口調でC.C.が促す。相変わらずぬいぐるみを抱きしめながら、しかし同じく真剣な瞳をしていた。
僕とC.C.を交互に見たルルーシュは、艶やかな笑みをその顔に浮かべた。
シャワーを浴びてリビングに戻ると、そこにはC.C.だけがいた。自分の部屋ではなくリビングで寛いでいるのは珍しい。ルルーシュはまた部屋に篭ってしまったようで、一番奥の部屋からは物音一つしない。
酷く喉が渇いていて、グラスに水を注ぐと一気に飲み干した。もしかしたら、まだ緊張が解けていないのかもしれない。だけど緊張感を保っていなければ、指先が勝手に震え出しそうな気がする。
「おい」
物思いに耽っていた僕は、C.C.の声にはっと顔を上げた。
「考え事か。らしくない」
「僕だってたまには考え事ぐらいするさ」
「慣れないことはするものじゃないぞ。お前は元々深く考え悩むようなタイプじゃないのだから」
僕のことを知り尽くしているかのような苦言に、「ひどいな」と返す。苦笑いはちゃんと浮かべられているはずだ。
そんなことを思った僕に気付いたのか、C.C.がじっとこちらを見つめる。数時間前にもこうして同じように彼女の不思議な色をした瞳に見つめられたような気がするが、やはり何度見られても落ち着かない。
「ルルーシュと出会ったことを後悔しているのか」
僕はゆるゆると首を振った。
「まさか。ルルーシュと出会っていなければ、たしかにもっと平穏な人生を歩めたのかもしれない。だけど、ルルーシュと出会わなかった僕なんて、それはもう僕じゃない」
「言ってくれるじゃないか。惚気か?」
「そんないいものじゃないよ」
ルルーシュへの執着は、自分でもどうすればいいのかわからないくらい大きくなっていた。
好きとか嫌いとか、そういう言葉では言い表せない。ユフィやナナリーへの愛情とは種類がまったく違う、醜くてどろどろとした感情だ。
そんな感情にルルーシュが気付いていないことを安堵しているはずなのに、今は彼が僕の気持ちを知っていれば良かったのにと思ってしまう。
だって。
「…でも、今は少しだけ後悔しているかな。ルルーシュと出会わなければ、僕がルルーシュを殺すことにはならなかったんだから」
C.C.はどう思う?とは聞けなかった。彼女の表情を見ていれば、何を思っているかは一目瞭然だったからだ。
知らぬはルルーシュのみ。
「だが、ルルーシュは頑固だぞ。一度決めたことは余程の代替案がなければ曲げない」
「知っているよ。だから僕は実行するしかないんだ、ゼロ・レクイエムを」
「お前は殺せるのか?ルルーシュを」
「―――それが僕の役目ならば」
俺を殺せ。
ルルーシュは僕にそう告げた。
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。きっと脳が無意識に言葉の意味を理解することを拒否したのだろう。
あのときの、時間が止まってしまったかのような感覚は一生忘れられないと思った。
少し前までの僕なら、これはとても喜ばしい提案だっただろう。何せ、ゼロであるルルーシュが自ら自分を殺せと言っているのだ。ユフィの仇を討てる。ゼロを終わらせることが出来る。きっと僕は嬉々として、何の躊躇いもなく、ルルーシュの命を絶つことが出来ただろう。
そこまで考えて、
(…いや、きっとムリだ)
しかし僕は心の中で否定した。
どんな状態であったとしても、僕にルルーシュを殺すことは出来ない。たとえ心が憎しみに支配され、彼を殺すことを渇望していたとしても、身体が無意識のうちにそれを拒否したに違いない。
でもほかの方法が思い浮かばない。だからルルーシュに協力するしかない。
僕と彼の罪を考えれば、これ以上ない罰だ。ルルーシュを罰することができ、僕自身も罰することができる。それでも、迷う心はあった。
あんまりな内容だということはルルーシュ自身も思っているのだろう。ルルーシュを殺すことも、その後ゼロとして仮面を被り続けて生きていくことも、常識ではとても考えられないことだ。
彼は僕に一晩だけ時間をくれた。それはイエスかノーを決めろという意味ではない。イエスを前提に、覚悟を決めろということだ。
「まったく、ルルーシュも酷いよ。もし僕がノーと言ったらどうするつもりなんだろう」
「お前がノーを言うなんて考えてもいないんだろう。信頼しているからな」
「……そんな信頼ならいらなかった」
苦笑いを浮かべた顔は、泣き笑いの顔になっていなかっただろうか。
しばらく黙っていたC.C.は、ふいにソファから立ち上がると、すれ違いざまにぽんと僕の肩に手を乗せた。慰めてくれたのか、自分も同じ思いだということを伝えたかったのか。どちらにしろ、今の僕にはひどく温かいものだった。
C.C.がいなくなったリビングはしんと静まり返っていた。握り締めたままだったグラスにそこでようやく気付き、テーブルの上にそっと置く。
髪をひと拭きしてから、リビングの先、廊下の奥を見つめた。迷ったのは一瞬で、気付けば僕はルルーシュの部屋へ向かっていた。
部屋の前で一度だけ深呼吸をする。今どき珍しいノブを回すタイプのドアをそっと開けると、慎重に中に入り込んだ。
部屋は狭く、ベッドまではあっという間だ。音を立てないよう近付くと、彼の規則正しい寝息が聞こえた。
生きている。
そのことにひどく安堵している自分がいた。
しばらくその穏やかな寝顔を見つめていた。こうしてまじまじとルルーシュの顔を眺めると、整っていてとても綺麗なことに改めて気付かされる。
彼の頬に手を伸ばすと、さらりとした感触がした。眠っているから少しだけ体温が高くなっているのか、触れた指先が温かい。
身を屈めたのはほとんど衝動だった。
ベッドに両手をつくとゆっくり顔を近づけ、唇を重ねた。
初めてのキスは、触れるだけのキス。唇を離して至近距離から顔を覗けば、ルルーシュは相変わらず静かな寝息を立てている。
その滑らかな頬をそっと両手で包む。そのままもう一度、さっきより少しだけ長く唇を重ねると、ルルーシュのくぐもった声が聞こえた。慌てて唇を離し様子を伺ったが、ただ眉を寄せるだけで目覚めた様子はない。
ほっと息を吐くと、頬を包み込んでいる両手はそのままに、今度は額と額を合わせた。今はまだここにある温もりを、彼が生きているという証を感じていたかった。
頬に触れたのも、キスをしたのも、額を合わせたのも、すべて無意識に起こしていた行動だったけれど、同時にひどく納得していた。
(好きだ。ルルーシュが、好きだ)
はっきり自覚した恋心は、しかし伝える術を持たぬまま、僕の胸の内にだけ仕舞い込まれた。
それでいい。
この気持ちを伝える必要なんて、どこにもない。
僕はただ静かに思った。
(09.03.09)