「はじめまして。僕はルルーシュの友達で枢木スザクって言うんだ」
「はじめまして、スザクさん。私はナナリーと言います。お兄様がいつもお世話になっています」
にこやかに挨拶を交わす妹と友人に、ドア付近から見守っているルルーシュは自然と笑みを零した。
自分の好きな人たちが仲良く会話をしている。これほど幸せな光景があるだろうか。
「ううん、僕のほうがルルーシュのお世話になっているよ」
「でも、スザクさんとお友達になられてからのお兄様は毎日とても楽しそうで」
「本当に?」
「ナナリー!その話は…っ」
「あら、スザクさんはお友達なのですから本当のことをお話ししなければいけませんよ」
「そうだよルルーシュ、隠し事はいけないよ」
慌てて遮ろうとしたルルーシュだが、あらかじめ打ち合わせしていたのではないかと思うほど息の合った反論をされ何も言えない。ナナリーを止めることもスザクの耳を塞ぐことも出来ず、秘密を暴露されたような気分で会話を聞き続けるしかないルルーシュだった。
何はともあれ、最愛の妹と友人はこうして初対面を果たした。以来、スザクは何度もナナリーの病室を訪ねてくれている。
ルルーシュがほぼ毎日病院に行っていると聞いてからは、部活があるとき以外は一緒に行くと言ってついて来た。身内ならともかく他人の病室なんてつまらないだろうと遠慮しても、ナナリーはもう他人なんかじゃないと言い切られてしまった。
しかも、「もしかして遊びに行きすぎてかえって迷惑になってる?」と捨てられた子犬のような顔で尋ねられたら、来るなとはもう言えない。無理をしているのではないかと最初は危惧したルルーシュだったが、自分抜きでも楽しそうに会話をしている二人に気疲れした様子はなかった。
ナナリーのお見舞いはスザクの負担になっていないようだと安堵すると同時に、あの優しさはスザクに自然と備わっているものなのだろうと思った。
(俺にはない優しさだな)
スザクにナナリーの話し相手を任せ、ルルーシュは給湯室に向かっていた。
今日はスザクが家から菓子を持ってきてくれたので、紅茶を淹れるためにお湯を沸かそうと病室を出たのだ。こういうとき、他人に邪魔されず過ごせるのは個室の特権である。
ナナリーの病室は個室で、大部屋に比べると多少の自由が利いた。しかし、当然その分の費用はかかるので、治療費や生活費を稼ぐために学校を辞めて働こうと考えていた。
そんなとき、援助の手を差し伸べてくれたのが義理の兄のシュナイゼルだった。
最初は断ろうと思ったルルーシュだが、「君が学校を辞めたと知ったらナナリーは悲しむだろうね。自分のせいだと思って自らを責めるかもしれない」と涼しい顔で言われて反論が出来なかった。結局、就職後に少しずつ返済するという約束で援助を受けることになったけれど、自分ひとりの問題だったら絶対に義兄の助けは借りなかっただろう。
(ナナリーを守ると言いながら、俺だけでは彼女のために何ひとつ出来ないんだ)
無意識に唇を噛む。
学校に通い、ナナリーに治療を受けさせ、不自由のない生活をできているのも、母親が遺してくれた資産があるからだ。自分の力ではない。
「ルルーシュ!」
ふいに名前を呼ばれ、ルルーシュはハッとした。聞き慣れた声に、険しくしていた表情を慌てて緩める。
「カレン」
目の前には紅い髪の美少女がいた。身に纏っているのはルルーシュと同じ学校の制服だ。
「また難しい顔しちゃって。ナナリーに何かあった?」
「いや、ナナリーは元気だよ」
「じゃあ何ぼんやり考え事してたのよ」
「そんな顔していたか?気のせいじゃないのか」
はぐらかせばカレンが肩を竦める。
「だったらどこ行くところだったの?」
なかなか本音を漏らさない性格を知っている彼女は、ここで追求しても無駄だと諦めたようで質問を変えてきた。
ルルーシュと同い年の少女は紅月カレンという名で、ランペルージの遠い親戚に当たる。幼い頃から兄妹と親交があり、今もときどきナナリーの顔を見に来てくれていた。
こちらの家の事情を知っていて、過剰な同情はしないけれど突き放すこともしない彼女は、ルルーシュにとって心許せる数少ない人間だ。
「給湯室でお湯を沸かすだけだよ。紅茶を淹れようと思って」
「つまりお茶の時間ってことね」
「スザクが来ているからな」
その名前を出した途端、カレンが眉間に皺を寄せた。
「スザクって、もしかして枢木スザク?同じ学校の?」
「ああ。そう言えば二人とも同じ剣道部だったな。仲良いのか?」
「まさか。あんなやつと仲が良いわけないじゃない」
当たり障りのない話題を出したつもりだったけれど、やけに棘のある答えが返ってきて面食らう。
カレンとスザクは違うクラスだから接点は剣道部だけのはずだ。今まで二人の仲が特別に悪いという話は聞いたことがないものの、どうやらカレンはスザクを嫌っているらしい。それもかなり。
どちらかと言えば人の好き嫌いをはっきり口にするタイプだと思っていたが、ここまであからさまなのは珍しかった。部活で何かあったのだろうか。
「ナナリーに聞いたんだけど、あなた最近スザクと仲良くしているんですって?なんであいつと付き合ってるの?」
「なんでって……スザクには親切にしてもらっているし、意外と話も合うからいつの間にか仲良くなっていたとしか……」
「あいつを友達だと認めるの?」
「認めるも何も、俺たちが友達なのは事実だ」
「だったら今すぐ解消してちょうだい」
「カレン」
思わず咎めるように名前を呼んだ。気心の知れている間柄とは言え、人の友人関係を指図するのは横暴だ。せめて理由くらいは教えてもらいたい。
「スザクは優しいし、いいやつだ。俺のことを助けてくれたし、ナナリーにも良くしてくれる。君が友達をやめろと言うのなら、それ相応の理由を示してくれなければ納得できない」
至極もっともなことを言えば、カレンが小さく舌打ちした。佇まいは良家の子女で、頭が良くて美人で男子からの人気もある彼女は、学校ではかなり猫を被っている。大人しいカレンお嬢様の姿しか知らない生徒が今の様子を見たら一瞬で幻滅しただろう。
素のカレンを知っているルルーシュにとっては当たり前の光景なので今さら驚くことはないが、「皆、あいつの無害そうな童顔に騙されて……」と何やらぶつぶつ呟いているのはさすがにちょっと怖い。一体、スザクのどこが気に入らないのか。
「枢木スザクの噂話、ルルーシュは聞いたことないの?」
「噂話には興味がないからな」
人のことを噂だけで判断するのは愚かだし、噂に振り回されるのも馬鹿らしい。そう思っているからか、必要な話以外はあまり耳に入ってこなかった。
「君が友達をやめろと言うこととその噂話は関係があるのか?」
「あるわ。だってあいつ、ひどい女たらしなのよ」
「女、たらし……?」
どんな噂が飛び出るのかと思っていたら、これまで生きてきた中でまったくの無縁とも呼べる単語にルルーシュは呆気に取られた。
もちろん、言葉としての意味はわかるけれど、スザクが女たらしだから友達をやめろと言うのは理解できない。女性ならまだしも、自分はれっきとした男である。
「今まで十人以上と付き合ったとか、一度手を出しただけの女の子を含めればもっと多いとか、来る者拒まずで誰とでも関係を持つとか、あいつの女性遍歴はとにかく酷いんだから、もうこれ以上関わっちゃダメよ。ルルーシュまで同じような目で見られるわ」
カレンの勢いにぽかんと口を開ける。随分とはしたない言葉も聞こえてきた気がするのは気のせいだろうか。
しかし、ここは病院の廊下であるとすぐに思い出し、こほんと小さく咳払いをした。
「心配してくれるのはありがたいが、カレンはスザクの彼女とやらを見たことがあるのか?」
「実際に見たのは一度だけよ。でも剣道部の道場前で待ち構えている女子や、大会のときにこぞって応援に来る他校生ならいつも見てるわ。その子たちの差し入れを嬉しそうにもらって、気もないのにへらへら笑ってお礼なんか言うから勘違いしている子が多いのよ。本当に腹が立つったら」
地団太を踏まんばかりの様子に、ルルーシュは苦笑いを浮かべた。
それはスザクの言動に原因があると言うより、カレンの個人的な感情による穿った見方なのでは。そう思ったけれどあえて飲み込んだ。
何が理由にしろ、カレンがスザクを嫌っていることだけは確かなようだ。だからこそ、ルルーシュとスザクが友達になっていることが許せないのだろう。
「カレンの心配はわかったよ。だが、そのことと俺とスザクの付き合いは関係ないだろう?もし本当に噂通りの女たらしなら、友達として俺が苦言を呈したらいい」
「そういう問題じゃないの!」
いつものカレンなら納得してくれそうなのに、今日は思わぬ反論が返ってきた。
「ルルーシュはあいつの本性を知らないからそんなこと言えるのよ。私は昔っからあいつのことが嫌いで、ルルーシュとスザクが仲良くしてるって聞いたときは耳を疑ったわ。まさかと思ったけど、一緒に帰るあんたたちを目撃して居ても立ってもいられなくなったの。お願いルルーシュ、スザクと付き合うことだけはやめて」
カレンが何故そこまで頑なになるのかルルーシュにはわからない。本当にスザクが酷い人間なのかどうかも今は確かめようがない。
ただ、彼女がこれほど反対するのだから相応の理由があるに違いない。ここで信じるべきは、出会ってまだ日の浅いスザクよりも、昔から仲良くしているカレンの言葉なのだろう。
しかし。
「――ごめん、カレン。君の頼みでもそれだけは聞けない」
カレンが自分のことを気にかけてくれるのは嬉しかった。でも、スザクは初めてできた友達なのだ。自分から関係を切り捨てるなんて出来ない。
もし彼女の話が本当で、忠告を聞かなかったばかりにのちのち面倒事に巻き込まれたとしても、それは自分に人を見る目がなかっただけの話である。スザクを恨むつもりも、もちろんカレンを恨むつもりもない。
「そう……、私の言うこと聞いてくれないのね」
沈んだ声音に胸が痛む。彼女が自分たちのことをいつも心配してくれていることは知っていた。それなのにカレンの忠告を聞かない自分は、まるで彼女を裏切る酷い人間みたいだった。
「すまない」
釣られるように声を落とせば、「やめてよそういう顔」と怒った調子の言葉が返ってきた。
「私がルルーシュを苛めているみたいじゃない。わかったわ、ルルーシュがそんなに言うなら諦める。でも、もしスザクに何か変なことされたらすぐに言うのよ。私があいつをぼこぼこにしてやるんだから」
見た目は楚々としたお嬢様なのにその口から出てくるのはお嬢様からほど遠い科白で、ルルーシュは苦笑いを浮かべた。
実際、彼女は良家の子女で、美少女ぶりと相俟って学園にはファンも多い。そんな彼女の口から「ぼこぼこにしてやる」なんて物騒な言葉が吐き出されるとは誰も思っていないだろう。
「カレンとスザクの対決か。カレンだったら誰が相手でも負けそうにないな」
「それって嫌味?」
「いや、君のおかげで俺とナナリーは何度も助けられたからな。ガキ大将に一対一で立ち向かったときもかっこ良かったぞ」
「……やっぱり嫌味じゃない」
まさか、と声を立てて笑う。
今も当時の勇ましさが残っていて頼もしいと言えばさらに嫌な顔をされるだろうが、カレンのおかげで自分に対するつまらないいじめも減った。
子どもの頃はブリタニア人というだけで差別をする風潮があり、ルルーシュもそのターゲットになったことがある。口は立つが腕っ節はからきしだったから、学校帰りに嫌がらせを受けたのは一度や二度ではない。そのたびに喧嘩をしてくれたのはカレンだった。
女の子には相応しくない表現かもしれないが、ヒーローみたいでかっこ良かったのは本当で、ヒーロー好きのルルーシュは彼女に憧れたこともある。
カレンを信頼しているのは親戚だからと言うより、あのときの印象が強いからかもしれない。
(それなのに、俺はカレンよりスザクを取ってしまうんだな)
カレンの顔を見ながら、改めて申し訳ない気持ちになった。彼女の忠告に素直に従えたらこんな罪悪感は抱かなくて済むとわかっているのに、スザクを切り捨てることはどうしても無理だった。
(スザクは俺にとって初めての友達なんだ。だから、駄目なんだ)
どうしてこれほど頑なになっているのか自分でもわからない。
友達だからという言い訳もどこか白々しい気がして、でもその違和感にルルーシュは気付かないふりをした。
いつからか心の奥底に生まれている気持ちに名前を付けてしまったら何かが終わりそうな、そんな予感と恐怖があった。
ナナリーがいて、スザクがいて、カレンがいて、生徒会メンバーがいて。今の自分にはそれだけで充分だ。これ以上を望んだらきっと失くしてしまう。
「ところで、カレンも一緒にお茶にしないか」
「嫌よ。ナナリーには会いたいけど、スザクがいるから今日はやめておくわ。あ、それから、私が来たことはあいつには絶対言わないでちょうだい」
「そこまで嫌わなくても……」
「嫌いなんだから仕方ないでしょう。今度の土曜日にまた来るから、ナナリーにはそう伝えておいて」
「わかったよ」
「それじゃあ」
背を向けたカレンを見送ると、ルルーシュは再び足を進めた。
スザクとカレンの間に何があったのか自分にはわからない。カレンは随分とスザクを嫌っていたが、スザクも同じように彼女を嫌っているのだろうか。
(仲直りしろと簡単に言うわけにもいかないし)
人と人の関係は難しい。それはルルーシュ自身にも言えることだった。
だからこそ、自分たちは日本にいるのだ。
(俺があの男を許せないように、カレンもスザクを許せないのだとしたら)
自分にとって大切な人たちが仲違いをするのは寂しいと思う。でもこれは二人の事情だし、カレンにはカレンの考えがあるのだから第三者が口を出すべきではない。
人のことは言えないな、と小さく嗤った。
スザクと知り合ってからの自分は浮かれているのかもしれない。誰かを求めて裏切られて、そんなことはもう二度と御免だと思ったのに、また人との繋がりを求めようとしている。
(スザクは違うと信じている。でも――)
必要以上のものを求めてはいけない。ルルーシュは自分自身に言い聞かせた。
それは、自身への戒めでもあった。
(12.6.15)