プラットホーム 6

「ところで、妹さんってどこの中学に通ってるの?」

 一緒にお昼を食べようと誘われ、それならばとスザクを連れて行ったのは校舎裏のベンチだった。緑に囲まれている学園にはほかにもこのような場所があり、外の気温の割には意外と涼しく過ごせる。夏はちょっとした避暑地であり、人も滅多に来ないのでルルーシュのお気に入りの場所でもあった。
 そこで家族の話題となり、冒頭の質問をされた。

「……まだ話していなかったか?」
「うん」

 スザクに会わせてほしいとナナリーからお願いされたのはつい先日のことだ。二人で示し合わせたわけではないだろうが、まるで図ったようなタイミングにルルーシュは内心動揺していた。
 学校の名前を教えることは容易い。しかし、入院生活を送っているナナリーはほとんど学校に通っていないため、それ以上のことを訊かれると彼女の病気について話さなければならなくなる。今まではナナリーの好きなものや会話の内容を教える程度でそこまで深い話はしてこなかったし、当たり障りのない言葉ではぐらかすことも出来るけれど、スザクに嘘はつきたくないと思った。

「あ……、いくら友達でも家族のことを色々と教えるのは抵抗あるよね。気付かなくてごめん」

 黙り込んだルルーシュに誤解したらしいスザクは、もう一度ごめんと謝ると弁当箱に向き直った。誤解とは言え、スザクを拒絶したような状況にルルーシュはさらに動揺してしまう。

「違うんだ、そういうつもりじゃなくて、ただ……」

 ただ、のあとが続かない。
 (どうしよう……)
 ごく一部の人間を除いて、自分たちの事情を知る者は学園内にいない。妹がいるという情報は多少親しい人なら知っているが、さらに詳しくとなると母親の知り合いだった学園理事長と、彼の孫娘で生徒会長のミレイだけ。
 もしここで打ち明ければ、まったくの赤の他人でナナリーのことを知るのはスザクが初めてになる。だから、どんな反応が返ってくるのか予想が出来なくて怖かった。

「ルルーシュ?」

 再び黙ってしまったルルーシュをスザクが心配そうに窺ってきた。
 スザクは優しい。見ず知らずの同級生が満員電車で困っているところを助けてくれるような人間だ。気を許した相手以外にはナナリーのことを決して教えてこなかったと言っても受け止めてくれる気がする。
 誰かが聞けば、スザクを買い被りすぎだと笑われるかもしれない。
 (だけど、俺はスザクを信じたい)
 食べかけの弁当箱の蓋を閉じると、ルルーシュはスザクのほうに顔を向けた。

「実は、お前に話しておきたいことがあるんだ」
「僕に?」

 こくりと頷き、視線を逸らした。彼の顔を真っ直ぐ見ながら話すにはまだ少し勇気が足りなかった。

「妹は……その、中学生ではあるんだが、学校に通っていないんだ。正確に言うと休学中だ」
「もしかしてどこか悪いの?」
「ああ、数年前に事故に遭って目と足が……。目のほうは手術で回復したんだが、足は難しいらしくて事故以来ずっと車椅子生活だ。でも体は元気だし、明るくてとてもいい子で歩けない以外は普通の中学生と変わらないし、可哀想と思われたくて打ち明けたわけではなくて、スザクには知っておいてもらいたかっただけで……」

 同情されたくないと言いながら、これでは同情を誘っているみたいではないか。何を話しているのだと自分を叱咤するけれど、上手く言葉が出てこなかった。
 スザクを前にするといつも駄目だ。気ばかりが急いてどうしようもない。

「ナナリーの面倒を見ることはまったく苦じゃない。ただ、俺の家は色々と面倒な事情を抱えている。だからスザクが嫌になったらすぐに友達をやめてもらって構わないし、毎朝の通学だって無理して続ける必要はないんだぞ」

 その上、出てくるのは自分を卑下する言葉ばかりだ。これではスザクだって嫌になる。
 いや、優しいスザクならば余計に放っておけないと思うかもしれない。無意識にでもそれを打算しての告白だとしたら、自分はどれほど最低なのだ。

「どうしてそんなこと言うんだよ。せっかくルルーシュと友達になれたのに、今さら友達をやめるなんて頼まれても嫌だよ」

 ほら。やっぱりスザクは優しい。
 スザクを心配するふりをしながら、本当は彼がこう言ってくれるのを待っていたのかもしれない。なんてずるい人間だ。

「無理しなくていいんだぞ。こんな家庭の事情を話されても重いだけだろう?」
「重いとか軽いとか関係ない、ルルーシュのことなら全部知りたい」

 弁当箱を掴む手にスザクの手が重なった。剣道部に所属しているだけあって力強い手だ。
 自分にもこんな強さがあれば良かったのに。そう思い、込み上げる何かを耐えるようにルルーシュは唇を噛んだ。

「僕だと信用ないかもしれないけど、君から聞いた話をほかの人に言いふらしたりしないから」
「スザクのことは信用している。でも、友達だからこそ申し訳ない気がして……」
「友達だからこそ話していいんだよ」
「しかし、」
「ルルーシュ」

 強く名前を呼ばれ、思わず肩が震えた。そろりと窺うと、目の前には真摯な翠の瞳が自分をじっと見つめていた。

「迷惑とか申し訳ないとかそんなこと考える必要はないよ。僕は君と友達になりたいってずっと思っていたから、君が僕を頼ってくれるならすごく嬉しいし、本当に友達になれたんだって実感も出来るんだ。もちろん君の家の事情は僕にはわからないから、打ち明けられないこともたくさんあると思う。でも、話すことで君の心が軽くなるならなんでも話してもらいたい。友達って言うのはそういう我儘を言っていい存在なんだ」

 真剣な表情を柔らかなものに変えると、わかった?と優しく笑いながらスザクが言う。その顔はどこか少し照れくさそうだ。

「本当に、いいのか?」
「いいんだよ」

 ルルーシュは自分の手元に目線を戻した。スザクはまだ手を握ってくれている。
 伝わるぬくもりは嘘をついていないと感じた。そして、このぬくもりを失いたくないと思った。

「――ありがとう」

 なんとなく恥ずかしくて、顔は上げないまま告げた小さな小さなお礼の言葉。スザクが嬉しそうに笑ってくれた気配がして、ルルーシュの口許もようやく和らいだ。
 誰かに頼るのは弱さだと思っていた。大事な妹を守るためにひとりで頑張らなければいけないと思っていた。だけど、こうして話を聞いてくれる人がいた。
 (知らなかった、こんな風に俺の手を握ってくれる誰かがいたなんて)
 スザクとは出会ってまだ数ヶ月だ。でも、昔からずっと一緒に過ごしているような不思議な感覚だ。それだけスザクとの時間が楽しく、充実していて、安心もしているという証拠だろう。
 (スザクと友達になれて良かった)
 彼が自分を見つけてくれて、助けてくれて、声をかけてくれて、本当に良かった。
 (ありがとう)
 再びの言葉を心の中で呟くと、ナナリーのお願いを実現させるために思い切って顔を上げた。
 優しい新緑の瞳にルルーシュは自然と笑みを零し、そして口を開いた。
 (12.5.13)