プラットホーム 5

「お兄様、楽しそう」
「え?」

 花瓶に活けた花を直していると、朗らかな笑い声が聞こえてルルーシュは振り返った。ベッドの上で妹のナナリーがにこにことこちらを見ている。

「ナナリーと一緒にいるのだから楽しいに決まっているじゃないか」
「でもいつもとは少しご様子が違うから。何かいいことありましたか?」
「いいこと……」

 溺愛している妹に問われて真っ先に思い浮かんだのは、先週知り合ったばかりの同級生の顔。
 (…っ、なんでスザクの顔が!)
 慌てて頭の中から振り払おうとしたけれど、「いいことがあったのですね」と再度指摘されて肩を竦める。

「いいことと言うほどのものではない。ただ、友達が出来ただけで」
「まあ、本当ですか!」

 ナナリーの声が弾む。

「同じ学校の方ですか?同級生?お名前は?」
「そう矢継ぎ早に質問されては……、それに友達なんて珍しいものではないだろう」
「だって今までお兄様がお友達の話をされたことは一度もなかったじゃないですか」
「そうか?」
「そうです」

 首を傾げればナナリーが小さく膨れてみせる。そんなに友達の話をしてこなかっただろうかと思い返してみた。

「生徒会の話はしたことがあるだろ?」
「でも、お兄様の中で生徒会のお話はお友達のお話ではなかったでしょう?」

 言われて見れば、生徒会はあくまで生徒会であり、生徒会メンバーは友達という感覚ではない。唯一の男子メンバーであるリヴァルも生徒会の括りの中に入っているから、友達とはまた違った感覚だ。
 そう考えると、確かにナナリーの言うとおり友達の話は一度もしたことがなかった。そもそも、これまで友達と呼べるほど仲の良い相手がいなかったから話したくても話せなかったと言うべきか。

「それで、新しいお友達はなんという方なんですか?」

 最初の質問を忘れていなかったようで、ナナリーが目を輝かせている。苦笑いをしたルルーシュは、仕方なく手を休めてベッドの傍の椅子に腰掛けた。

「俺の友達の話を聞いても面白くはないと思うが」
「面白いか面白くないかは私が決めます」

 ベッドの上で胸を張るナナリーにさらに苦笑いを深める。
 か弱いばかりの妹だと思っていたが、最近は自らの主張をよくするようになった。三歳年下の彼女にも自立の時期がやってきたのだと思えば、成長が嬉しいような少し寂しいような、生まれたときから妹を見守ってきた兄としては複雑だ。

「枢木スザクって言うんだ。クラスは隣だが、朝の電車が一緒で偶然知り合った」

 満員電車で押し潰されているところを助けられたというエピソードはさすがに教えられなかった。体力のなさは自覚しているが、兄の不名誉をわざわざ話す必要はない。
 (あのとき、どうして俺は声をかけたりしたのだろう)
 今になって思い出しても、自分の行動は不可解なものである。
 助けられたから「ありがとう」と礼を言った。普通ならそれで終わりだ。
 だけど、放課後になってスザクのクラスまで出向き、礼をしたいからとお茶に誘った。そしてナナリーの好きなパウンドケーキを頼み、二時間ほど会話をした。
 あっという間の二時間だった。
 同級生たちとは距離を置いて接しているルルーシュなので、普通の生徒はどういう会話をしているのだろうと危惧しながらの誘いだったけれど、スザクとの会話は驚くほど弾んだ。
 その翌日も偶然ホームで顔を合わせ、毎朝一緒に登校しないかと誘われた。これがほかの相手ならやんわりと断わるところが、あっさり了承の返事をしていた。
 (でも、本当に頷いて良かったんだろうか……)
 人当たりが良くて、リヴァル曰く女子に人気らしいスザクなら、一緒に登下校する相手がすでにいそうな気がした。
 自分なんかでいいのか。顔見知りになったせいで放っておけないだけなのではないか。もしそうなら申し訳ないと思って確認すると、スザクは大丈夫だと言ってくれた。その上、自分のことを友達だと思ってくれていた。
 (たった一言が嬉しかったんだ)
 友達だと言ってくれたのはスザクが初めてだった。
 周りの人たちはどこか遠巻きに見てくるばかりだから、自分は嫌われているのだろうと思っていた。しかしスザクに言わせるとそれは少し違うらしい。
 (どうしてスザクには俺のことがわかるのだろう)
 最初の出会いのときからそうだ。スザクの行動も言葉も、ルルーシュにとってはどれも嬉しいものばかりだった。
 (――そうか)
 嬉しかったから、お礼を口実にスザクをお茶に誘った。
 電車を待っているときも無意識にスザクの姿を探していた。
 声をかけられて嬉しかったし、一緒に登校しようと言われてもっと嬉しくなった。

「スザクさんはとても良い方なのですね。お兄様がこんなに楽しそうな顔をされているのは初めて」
「ちっ、違うぞナナリー、スザクとは単なる友達で別に特別なことなんて……、そ、そうだ、あいつの髪がナナリーそっくりでふわふわしているからそれが気に入っただけであって」
「お兄様、お顔が真っ赤ですよ」
「えっ…!」

 うふふ、と笑われて言葉に詰まる。鏡がないので自分の顔を確かめられないけれど、頬が熱いのは気のせいではないようだ。

「私もスザクさんにお会いしてみたいです」

 妹のお願いにルルーシュは小さく笑った。

「友達と言っても知り合ってまだ二週間程度だから……」
「仲の良さに時間は関係ないですよ」
「ナナリーはそんなにスザクに会ってみたいのか?」
「はい!」
「じゃあ機会があれば今度スザクに聞いてみるよ」
「楽しみにしています」

 にこやかに微笑んだナナリーに兄らしい笑みを返した。
 あまり起きていたら体に障るからと少し休むよう勧め、肩までブランケットを掛けてやる。そして作業途中だった花瓶の前に再び立った。
 可憐な花に手を添えながら、思い浮かべるのは今の今まで話題になっていたスザク。
 ほんの二週間前までは顔も知らなかった同級生なのに、最近は学校でもスザクの姿をよく見かけるようになった。そのたびに彼は必ず笑いかけてくれるのに、自分ときたら上手く笑い返せずにそそくさとその場を去ってしまうことが多い。しかしスザクは嫌な顔ひとつせず、次の日も変わらず接してくれる。
 (俺のどこがいいんだろう)
 スザクと話していると楽しいし、三十分にも満たない通学の時間が今はとても嬉しい。
 だけど、生徒会メンバー以外に親しい人間はいなくて、面白いことも言えない自分といてスザクは楽しいのだろうかと不安になる。一緒に学校に行こうと勢いで言ってしまったことを後悔しているかもしれない。
 (もっとスザクに近付けたらいいのに……)
 初めての友達をナナリーに会わせたいと思う反面、病院まで来てくれと頼むのは迷惑になりそうだ。ナナリーを悲しませたくないが、スザクを困らせることもしたくない。
 窓の外を見ると、遠くに大きな入道雲が浮かんでいた。
 ふいに雨のにおいがしたのは気のせいだろうか。
 (12.4.25)