特命少年警視ルルーシュの厄災 6

「つまり、認めたくはないが俺とナナリーの父親はそこの皇帝シャルルというわけだ。ちなみに母さんは存命中で元気にしている」

 腕組みをしたルルーシュが、不機嫌も露わにそう告げた。
 場所は先ほどと変わらず、邪悪帝国ブリタニアの謁見の間。皇帝をはじめ、シュナイゼル、コーネリア、ユーフェミアという主要メンバーが勢揃いしている。彼らに囲まれて、ルルーシュとスザクは向かい合って話をしていた。正直、広間のど真ん中での会話はしにくいことこの上ないが、視線だけで人を殺せそうな皇帝の雰囲気に、二人きりで話したいとはとても言えなかった。
 初めて彼女の家に遊びに行って家族全員から検分されている気分だ、と思ったことはもちろん口には出さない。

「でも君、前にご両親のことを聞いたとき、お母さんはいたけど今はいないって言ってたじゃないか」
「ああ、それは今は一緒に暮らしてなくて、地球の裏側に行っているという意味だ」
「地球の裏側?」
「さっきも言っただろう。そこの父親のストーキングのせいで母さんは逃げ出したと」
「もう、ルルーシュったら。それじゃスザクに本当のことが伝わらないでしょう?」

 ユフィが注意すると、ルルーシュは顔を顰めた。それでも文句を言わないところを見ると、ナナリーだけでなくユフィにも弱いようだ。

「要するに。母さんはとても活発で、外に出ていろいろ見て回りたい人なんだが、そこの皇帝は母さんを外に出したくないらしく、それに耐えきれなくなってキレた母さんが俺とナナリーを連れて出て行ったというわけだ。なのに、皇帝は母さんを無理やり連れ戻そうとするから、嫌がった母さんは世界旅行と称して身を隠しつつ逃げ回っているんだよ」
「……それってただの夫婦喧嘩なんじゃ」

 呆れたように呟いた瞬間、皇帝の視線が突き刺さったのでスザクは口を噤んだ。

「でもルルーシュ。君は皇帝の息子なのに、どうしてブリタニアと敵対するギアスになんて……」

 ごく当たり前な問いに、ルルーシュはキッと目を鋭くさせた。

「すべてはその皇帝のせいだ!俺はただ母さんとナナリーと三人で穏やかに暮らしたかっただけなのに、この男が母さんを自分の元に縛りつけておこうだなんて考えるから、母さんは逃げなきゃいけなくなってしまった。そこで諦めて放っておいてくれればいいものを、こいつは一体どうしたと思う!?」
「さ、さぁ」
「世界征服だよ!この男は、母さんを見つけ出して連れ戻したいがために世界征服をしようとしたんだ!」
「…………は?」

 何度目になるかもう数えたくもないフリーズ状態にスザクは陥った。
 逃げた妻を連れ戻すために世界征服?
 一体なんの冗談だろう。

「そんな風に言うものじゃないよ、ルルーシュ。父上はただ純粋な愛に生きているだけなのだから」

 呆然とするスザクの耳に、シュナイゼルの声が聞こえる。その口調は至って真面目で、彼が冗談を言っているようには聞こえなかった。
 皇帝が愛に生きているなんて、そんなの冗談でも言ってほしくないと思った。

「人類を犠牲にする行為のどこが愛ですか!母さんがどこへ逃げても見つけられるように世界征服だなんて、人類を馬鹿にしているとしか思えない。それに、もし本当に母さんを愛しているというのなら自分自身の足で探すべきです。人を使って見つけようだなんて、そんなのちっとも誠意がない!」
「ルルーシュよ。お前は、マリアンヌに対する誠意がないとこのわしに言うのか?」
「そうだ。お前は母さんのことを口では愛しているといいながら、やっていることは全部真逆のことじゃないか。母さんだけじゃない、俺とナナリーのことだってどうでもいいんだ!」

 ルルーシュが声を荒げた瞬間、皇帝の眉がぴくりと動いた。

「そんなことありませんわ、ルルーシュ。お父様は二人のことをちゃんと考えていらっしゃいます」
「考えているだと?ならば、シャーリーを誘拐して俺をおびき寄せて捕まえようとしたことはどう説明する?今日だって、お前は無理やり俺を拉致してここまで連れてきたじゃないか。人を連れ去ることが、ちゃんと考えていることと言えるのか?」
「それは、でも……」
「ユフィを責めるな。父上のご意向ならば仕方がないとお前もわかっているはずだ」
「…………」

 ユフィを庇うように一歩前に出たコーネリアから咎められ、ルルーシュは唇を噛む。反論しないのは、自分がただ八つ当たりをしているだけだとよくわかっているからなのだろう。
 (……いや、そんなことを冷静に考えている場合じゃない)
 スザクは今まで自分が信じてきたものすべてが崩壊しかかっているのを感じていた。
 世界平和のための世界征服。そう信じてずっと戦ってきた。それなのに、理想としたものはすべてまやかしで、妻を側に置いておきたい夫の我が侭にただ付き合わされていただけだなんて。
 いっそ眩暈でも起こして倒れてしまいたいと思った。

「ルルーシュ。ユフィの言っていることは本当だよ。その証拠に、君がギアスの特命少年警視として活動していても父上は黙っていてくださったじゃないか」

 シュナイゼルのなだめるような科白に、ルルーシュがキッと目を向ける。

「確かに何も言わなかったかもしれませんが、毎回毎回余計な邪魔はしてきましたよ。挙句の果てに、こんな誘拐まがいのことをして」
「それは仕方ないよ。スザク君が学校に行くようになって、その間の仕事は全部休みだとユフィが言ってしまったから、ブリタニアの活動にも少々影響が出てきてね」
「えっ、僕ですか!?」

 突然、名前を出されてスザクがぎょっとした。ルルーシュと皇帝の親子喧嘩に自分がどう関係するというのか。これ以上はあまり関わり合いになりたくないから巻き込まないでくれ、と祈るような気持ちを抱く。
 そんなスザクの心情を知ってか知らずか、シュナイゼルは無駄に爽やかな笑みを浮かべていた。

「大将軍の抜けた穴は大きくてね。私たちもしばらくは大人しくせざるを得なかった」
「なるほど。最近やけに静かだと思えば、やはりスザクの学生生活が影響していたというわけですか」
「そういうことになるね。そして、私たちが動かないということはギアスも何もできない。つまり、今は停戦中とも言える状態なのだよ。君とスザク君もそういうことにしているんじゃなかったかな?」
「街中でいきなり戦闘だなんて一般市民に対する迷惑極まりない行為、この俺が許すと思いますか?」

 ふふん、と腕を組んだルルーシュがどこか偉そうに問いかける。そんなルルーシュに、シュナイゼルは困った弟だと言わんばかりにやれやれと首を振る。

「いや、君ならきっとそうするだろうと思っていたよ。ただ、予想以上に停戦状態が長く続いてしまったことで父上が待てなくなってしまってね」
「待てなくなった?何をです?」
「ブリタニアとギアスという繋がりがなければ、君は父上とまったく関わってくれないだろう?マリアンヌ様を連れ戻すために世界征服という目的はあるけれど、それとは別に父上は親子の交流をしたいのに、君ときたらスザク君とばかり楽しそうに遊んでいるじゃないか。だから、ユフィに君をここまで連れてくるよう頼んだわけだよ」
「お父様がルルーシュに会いたいとおっしゃるのですから、私には反対する理由なんてありません。でも、確かに無理やり車に押し込めるというのはよくありませんでしたね。反省してます。ごめんなさい、ルルーシュ。だけど、すべてはお父様のためなのです」
「……ちょっと待て二人とも」

 顔を若干引きつらせたルルーシュが、額に手を当てて何かを一生懸命考えている。
 スザクは心の中で合掌した。この場でルルーシュの混乱が一番よくわかるのはきっと自分だろうと自負している。しかし、残念ながらフォローはできない。なぜなら、スザクはルルーシュ以上に混乱しているからである。

「ひとつ確認しますが」

 ルルーシュが眉を顰めながらシュナイゼルを見据える。

「ブリタニアの目的は世界征服、だからその邪魔をする秘密武装警察ギアスの壊滅を目論んでいるのですよね?」
「そうだよ」
「しかし、ブリタニア皇帝の真の目的は、世界征服に乗じて俺の母のマリアンヌを見つけ出すこと。それは間違いないですか?」
「ああ」

 改めて目的を聞くと非常に馬鹿馬鹿しい。とスザクは思ったが、感想は心の中だけに留め、事の成り行きを見守る。

「……では、ブリタニアに敵対するギアスに所属し、母上の捜索を邪魔する俺のことは当然憎いですよね?」
「まさか。どうしてルルーシュのことを憎いだなんて思うんだい?」

 シュナイゼルが心外だと言わんばかりの顔をする。ルルーシュの口許がひくりと動いた。

「どうしてって……、だったら!だったら、なんで毎回毎回俺の邪魔をしてくるんだ!」
「だからさっき言っただろう。父上は君に構いたいんだ」
「……は?」
「それに、ギアスという組織で社会勉強をさせることもできるしね」
「ほら、よく言うじゃありませんか。可愛い子には旅をさせろとか、獅子の子落としとか」
「違うな、間違っているぞユフィ。俺は自分の意志でブリタニアを離れ、ギアスの特命少年警視になったんだ。誰かに言われてギアスに所属しているわけではない。それに、前者は子どもを可愛いと思っている親だけに当てはまるわけで、そこの皇帝は俺がいなくなって厄介払いできたとせいせいしているはずだ」
「そんなことはありませんよ。お父様はルルーシュのことが大好きなのですから。もちろんナナリーのことも。ナナリーはそのことをよーく知っています」
「ナ、ナナリーだと!?貴様ら、いつの間にナナリーと接触を」
「あら、ご存じなかったのですか?私とナナリーは毎週会ってますよ」
「毎週!?」

 ナナリーに会う回数が自分よりも多いことにルルーシュがショックを受けている。シスコンだからというのもあるが、自分は我慢してひと月に一度だけと決めているのに、なぜブリタニアの人間がそれ以上会っているのだと理不尽なものも感じているのかもしれない。

「なぜナナリーはそのことを俺に黙っていたんだ……」
「きっとルルーシュの立場を慮っているのです。でも、ナナリーは私と一緒に密かにお父様を応援してくれてますよ」
「そ、そんなことあるわけないだろう!」
「もうルルーシュったら、素直じゃないんだから。でも、そういう素直じゃないところも可愛いんですけど。ね?お父様」

 ルルーシュとスザクは同時に玉座にいる皇帝を仰ぎ見た。皇帝は先ほどと変わらず威厳たっぷりの様子で座っている。ただ、ユフィに同意を求められ、心なしか若干頬を緩めて――。
 (いやいやいや!皇帝陛下に限ってそんなことは!これは目の錯覚だきっと僕は疲れているんだだから幻覚なんて見えるんだそうだそうに違いない)
 現実を直視したくないスザクは、これは何かの間違いだとひたすら自分に言い聞かせた。
 そんなスザクの隣で、ルルーシュは握り締めた拳をふるふると震わせている。

「み、認めるものかそんなこと!わかったぞ、これも何かの罠なんだな!?」
「往生際が悪いよ、ルルーシュ」

 シュナイゼルに子どもをなだめるような口調で言われ、ルルーシュがぐっと言葉に詰まる。

「父上もお遊びはここまでにして、そろそろルルーシュに本当のことを伝えてはいかがですか」
「わしにあれを言えと?」
「このままではマリアンヌ様はお戻りになりませんし、ルルーシュにますます嫌われてしまいますよ」

 嫌われてしまう、の科白に皇帝がぴくりと反応したようにスザクには見えたが、これも目の錯覚だろうの一言で頭の片隅に追いやった。

「……ルルーシュよ」

 低い声が広間に響く。

「これはブリタニア皇帝としてではなく、おぬしの父親として言う。今すぐブリタニアに帰ってこい」
「断る!」
「何故だ。ナナリーは賛成しておるぞ」
「くっ、ナナリーを使うとは卑怯な!……だが、なんと言われようと俺は絶対にブリタニアには戻らない!」
「帰らないのならギアスの殲滅も厭わぬ、と言ってもか?」
「やはりそれが貴様らの目的か。甘い言葉で誘っておいて、俺がブリタニアに戻ったらギアスを襲撃し、俺のこともどうせ殺すのだろう?」

 ルルーシュが皮肉げに唇を歪めた。

「父上、そのような挑発は逆効果ですよ」

 すかさずシュナイゼルにフォローされ、皇帝がムッとした表情で玉座から立ち上がった。

「ルルーシュよ!ならばわしのことをパパと呼ぶのだ!」
「断固拒否する!!」
「ナナリーは呼んでくれたぞ」
「だからナナリーを持ち出すな!というか、ナナリーに余計なことをさせるな!」

 二人の会話にくらりと眩暈のようなものを感じながらスザクは理解した。
 (ああ、僕は壮大な親子喧嘩に巻き込まれたのか……)
 今すぐ辞表を叩きつけてブリタニアの大将軍なんて辞めてしまおうか、と思った瞬間。
 謁見の間の重厚な扉がものすごい音を立てて崩れた。

「ルルーシュ様!」
「この声……ジェレミアか!?」

 ルルーシュの顔がぱっと明るくなる。そんな息子の変化に、皇帝の眉がさらに顰められた。

「ジェレミア、裏切り者がのこのこと何をしにきた」
「恐れながら陛下、私はマリアンヌ様とルルーシュ様、ナナリー様に忠誠を誓った身。今はマリアンヌ様のご命令で、ギアスの特命少年警視となられたルルーシュ様を同僚としてサポートするため行動しているのみです。決してブリタニアを裏切ったわけではございません」
「ほう、このわしには仕えられぬと」
「一度決めた主を変えることはできません」

 いい加減、急な展開にも慣れてきたスザクは、乾いた笑みを浮かべながらそのやり取りを眺めていた。親子喧嘩の次は息子を巡ってかつての部下と対決か?と思っているところで、ジェレミアがバイクに変形した。

「ルルーシュ様、ひとまずこの場は退散を!」
「あ、ああ」

 ルルーシュはちらりとスザクを見たが、すぐに普段の表情でジェレミアに跨ると、あっという間に広間を走り去って行ってしまった。残されたのは砂塵とブリタニアの主要幹部の面々だけ。
 ブリタニアの中枢とも呼べる謁見の間に、敵であるジェレミアが単身乗り込んできたことは非常に問題だった。場合によってはブリタニアの危機管理能力にまで言及しなければならない。ここは大将軍として二人を追うべきかと、混乱しきっていた思考をなんとかクリアにさせて、スザクは判断を仰ぐために広間に目をやった。

「あら、行っちゃいましたわね。今日こそはと思ったのに」
「まったくルルーシュは困ったものだよ」
「悠長なことを言っている場合ではありません、兄上。壊された扉の修繕費用をギアスに請求しなければ」

 ――が、幹部たちの会話はやけにのんびりしていた。
 (ブリタニアってこんなところだったっけ……?)
 これまで彼らに対して恐れのようなものを抱いていたスザクだったが、今は何もかもが崩壊していた。もはや何を拠り所にすればいいのか、自分の持っていた信念すらも信じられない。

「何をしておるのだ!」

 がっくりとその場に崩れ落ちたい気持ちをなんとか堪えていると、皇帝の怒声が謁見の間に響いた。シュナイゼルたちもぴたりと会話を止め、背筋をぴんと伸ばす。
 一喝するだけでこの場の空気を変える迫力はさすが陛下だ、とこんな状況に陥っているにもかかわらずスザクは畏怖の念を抱いた。少々親馬鹿であろうと、ブリタニア皇帝であることに違いはない。さっきまではルルーシュがいたから様子がおかしかっただけで、ルルーシュがいなくなればきっといつもの陛下に戻るはず。そう思った。

「早くルルーシュを連れ戻すのだ!もはや手段は選ばぬ!」
「陛下。それはギアスの殲滅、という意味でしょうか?」

 シュナイゼルの目がすっと細められる。殲滅、という言葉にスザクはハッとした。
 ついに全面戦争か――。

「ああそうだ。ギアスを殲滅し、何が何でもルルーシュを連れ戻す。そして、」

 皇帝がふっ、と哂った。
 (学生としてルルーシュと一緒に過ごす日々もこれで終わりだな)
 胸に寂寞の想いが過ぎり、思わず目を伏せる。

「必ずわしのことをパパと呼ばせる!!」

 しかし、高らかに宣言された内容にスザクは目を見開いた。ぷつりと自分の中で何かが切れる音がしたのは気のせいではなかったはずである。

「仕事にプライベートを持ち込むな、この親馬鹿がーー!!!」

 その日、たった一日で邪悪帝国ブリタニアが滅びたとか滅びなかったとか。
 (09.08.09)