制服から大将軍の服装に着替えたスザクが、珍しく息を切らせながら広間の扉を開けたとき、そこにはすでにブリタニアの主要メンバーが勢揃いしていた。狡猾参謀シュナイゼルに死神皇女コーネリア、スザクの主であるユーフェミア。正面の玉座に座るのは皇帝シャルル。
そして、彼らに挟まれる形で広間の真ん中に立つのはルルーシュだった。
彼がただ黙ってシャルルを睨み付けているだけなのは、今ここで逃げ出したところで簡単に捕らえられてしまうとわかっているからだろう。
「スザク、遅いですよ」
ユーフェミアの隣に立つと、咎めるように言われた。
「申し訳ございません。これでも全力で走ってきたのですが……」
「走る?ユフィ、お前まさか枢木を学校からここまで走らせてきたのか?」
スザクの通う学校の位置を知るコーネリアが目を剥いて尋ねれば、「はい、お姉様」とユフィがにっこり微笑んだ。
「スザクは足が速いですから」
「たしかに枢木の運動能力は桁外れに高いが、ブリタニアまで一体何どれだけあると思っているんだ……。一緒に車に乗せて来れば良かったではないか」
「まぁ!たしかにお姉様の言うとおりですわね。ルルーシュを連れて行くのに必死で失念していました」
ごめんなさいスザクと謝られ、スザクは曖昧に笑った。主の命令は絶対だし、たまに無茶なことを言うユーフェミアなので仕方がないと思っている。
「まったくお前は……」
「ルルーシュが逃げようとするのが悪いんです。でもスザクを同じ学校にしたのはやっぱり正解でした」
「え?」
「だって、私だけだったらすぐに逃げちゃうから捕まえられないんですもの。その点、スザクとなら仲良しだから警戒感も薄れるでしょう?」
学校にユーフェミアが現れたときに抱いた疑問が再びスザクの中に生まれる。一体、ユーフェミアとルルーシュの関係はなんなのか。敵と味方という単純な言葉では括れないような何かがあるのだろうか。そもそもなぜユーフェミアはルルーシュを誘拐するような暴挙に出たのだろう。
それらの疑問を口にしようかどうしようかスザクが迷っていると、
「コーネリア、ユーフェミア、二人とも父上の御前だよ。私語は慎みなさい」
「申し訳ございません、兄上」
やんわりとたしなめられ、コーネリアが頭を下げる。慌ててスザクもそれに倣った。
穏やかな声の主はシュナイゼル。誰に対しても温和な態度で接するが、真綿で首を絞める彼のやり方は狡猾参謀という名に相応しい。ここブリタニアで皇帝シャルルの次に権力を持ち、時期皇帝と目されている。数々の武勲をたて死神皇女と恐れられるコーネリアも、さすがにシュナイゼルには逆らえなかった。
「まあ良い」
そんなやり取りに割って入ったのは皇帝シャルル。たった一言にもかかわらずその声には威厳と威圧感があり、スザクは思わず背筋を伸ばした。そして、ちらりとルルーシュを見やる。
心優しいユーフェミアはともかく、皇帝、シュナイゼル、コーネリア、この三人に囲まれている状況ははっきり言って致命的だ。とても無事に生きて帰れるとは思えない。しかしブリタニア内ではスザクも下手に動くことはできず、苛立ちに手を強く握り締めれば手袋がぎりっと耳障りな音を立てた。
(皇帝たちは何をするつもりなんだ……)
皇帝の笑う声が広間に響く。
「今日は公式のやり取りではない。ここにいるのはわしらだけ、何の遠慮もいらぬ。お前たちも自由にしろ」
「かしこまりました」
頭を下げたシュナイゼルを満足そうに見下ろした皇帝は、ルルーシュへと視線を向けた。
「久しいのう、ルルーシュ」
「ユフィを使って俺をこんなところに連れてきて、一体何の用だ」
「つまらぬことを言うやつよ。用件などわかりきっておるだろうに」
ちっ、とルルーシュが舌打ちをする。
「だったら俺の答えもわかりきっているだろう。何を言われようと俺の考えは変わらない」
「ほう、わしに逆らうか」
「当然だ。今までも逆らってきたんだ、今さら貴様に従うつもりはない。用件がそれだけならば帰らせてもらう」
くるりと背を向けたルルーシュに、スザクはぎょっとした。敵本陣のど真ん中で相手に背を向けるなど正気の沙汰とは思えない。後ろからいきなり切りつけられたとしても文句は言えないだろう。
「ルルーシュ!」
コーネリアが一歩前に出た。腰の剣を抜きそうな勢いに思わず冷や汗が流れる。百戦錬磨の彼女と、ジェレミアもいない丸腰のルルーシュでは結果はどう見ても明らかだ。
(どうする……)
スザクはぎゅっと唇を噛み締めた。
自分が仕えているのはユーフェミア、忠誠を尽くしているのは邪悪帝国ブリタニア。ギアスはブリタニアに仇なす組織であり、殲滅しなければならない。当然、そこに所属しているルルーシュも倒すべき相手。助けてやる謂れなどないし、今後のことを考えればここで排除すべきだ。すべてはブリタニアのため。そんなことはわかっている。
(でも、ルルーシュを殺すなんて、俺には無理だ――!)
たとえ裏切り者として制裁を受けようとも、ここからルルーシュを助け出す。そう決意したスザクは、コーネリアを止めるために一歩踏み出し、
「待つのだ!マイスウィートサン、ルルゥーシュよ!!」
「……は?」
この緊迫した状況下、しかしスザクはたっぷり10秒フリーズした後に、ようやく一文字だけ言葉を発することができた。
マイスウィートサン=My sweet son。つまり、“私の愛しい息子”?
誰が誰のことをそう呼んでいるのだろう。
叫んだのは間違いなくブリタニアの皇帝シャルル。あの重低音でよく響く巻き舌の声は聞き間違いようがない。
では息子とは誰か。この場で彼の息子といえるのはシュナイゼルしかいない。しかし、シュナイゼルはスザクがここに来たときからその立ち位置を変えていないから呼びとめる必要がない。そもそも、今この広間を出ようとしているのはルルーシュなのだから、シュナイゼルに待てと言う必要性もない。
ということは。
「気持ちの悪い呼び方をするな、このクソオヤジ!!」
ルルーシュの叫びが広間に木霊した。
「あら、オヤジだなんて言っちゃいけませんよ。そんな呼び方、お父様が悲しみます」
「ユフィの言うとおりだ、ルルーシュ。せめてパパと呼んであげなさい」
「ますます気持ちが悪い!断固拒否します!」
「でしたら、小首を傾げて『お父様』って言ってください」
「誰がそんなことやるか!」
「ははは、相変わらずルルーシュはワガママだな」
「兄上は黙っていてください!」
「パパが嫌ならお父さんでも構わぬ」
「黙れオヤジ」
「何がそんなに嫌なのだ。パパとお父さんなら、後者が断然ハードルが低いだろう?」
「姉上、他人事だと思って……」
「じゃあとりあえず、まずは私のことをお兄ちゃんと呼んでもらおうかな」
「いいから黙れ」
5人が5人、それぞれ好き勝手に言い合いをしている中、スザクはひとり大混乱に陥っていた。
皇帝シャルルはルルーシュのことを息子と呼んだ。そしてルルーシュは皇帝のことをオヤジと呼んだ。つまり二人は親子というわけだ。
しかしルルーシュはギアスの特命少年警視。敵のはずではないだろうか。なぜ親子が敵対しているのか。それに、シャルルとルルーシュが親子ということは、シャルルの子どもであるシュナイゼル、コーネリア、ユーフェミアともルルーシュは血が繋がっていることになる。つまり――。
「ここにいる全員は、家族……?」
「あら?スザクは知らなかったのですか?ルルーシュは私のお兄さんなのですよ」
そんなことは知らない。知るわけがない。スザクはそう言いたかったが、主のユーフェミアが相手で、さらには頭がすっかり機能不全に陥っているためまともな反論の言葉が出てこなかった。
いまだ言い合いを続けているルルーシュと皇帝を見比べる。
「あまり似ていない……」
ぽつりと呟いた声が聞こえたのか、二人が同時にスザクのほうを見た。違った意味でそれぞれ凄みがあるので、びくりとしてしまう。
「当たり前だ。こんなオヤジに似てたまるか」
「ルルーシュはどちらかと言えば母親似だからな。わしにはあまり似ておらん」
「こういうところでは意見が合うんですけどねぇ」
困りましたねと言うようにユフィが溜め息をついてみせる。
全員が全員いろいろなところがズレていると思ったけれど、それを指摘する勇気はスザクにはなかった。
「だが、ナナリーは父親似だな」
「ナナリーの名前を出すな!俺たちは家族三人で暮らしていくと決めて出て行ったんだ。お前の入り込む余地などない」
「だが、お前は今ひとりで暮らしているではないか」
「それは貴様らが邪魔をするからだ。ナナリーは安全な場所で無事に暮らしている。身の危険さえなければ多少離れていたって構わない」
「ほう。ではマリアンヌは?」
「母さんは……」
ルルーシュがぐっと唇を噛み締め、にやりと笑う皇帝を睨み付けた。
その様子を眺めながら、スザクはますます混乱していた。
(家族三人?母さん?だってルルーシュの母親は死んでいるんじゃないのか?)
はっきり聞いたわけではないけれど、ナナリーとのお茶会のあとに話したときはそういう流れだったはずだ。
誰か一から説明してくれと心の中で訴えるが誰もまともに答えてくれそうにないので、思わず縋るようにルルーシュを見た。
「母さんは、母さんは……お前がストーキングするから仕方なく逃げているんだろう!!」
「ス、トー…キング?」
スザクは鸚鵡返しに呟いた。ストーキングとはあのストーキングのことだろうか。
「いけないよ、ルルーシュ。父親に向かってストーカーだなんて」
「せめて“少し愛情が行き過ぎているだけ”だと言うべきだな」
「姉上、それをストーカーと言うのですよ」
「ちょっと、ストップ……」
「あら。でもマリアンヌ様も満更ではなさそうでしたよ?」
「そう言われてみればそうだったね。相手が嫌がっていればストーカーで父上は立派な犯罪者だが、嫌がっていなければただの愛情表現ということになるね」
「何を冷静に分析しているんですか兄上、やめてください」
「そうだ。これがわしとマリアンヌの愛の在り方だ」
「だから気持ちの悪い言い方をするなクソオヤジ」
「ストップストップ、ストーーップ!!!」
広間に響いた声に、放っておけば収集がつかなくなりそうな会話がぴたりと止まる。
その場にいた全員の視線が一斉にスザクへと集まる。が、話にまったく付いて行けず激しく混乱しているスザクに、そんなことを気にする余裕はなかった。
「どうした?スザク」
「どうしたって、それはこっちが聞きたいよ!一体何がどうしてどうなっているわけ!?」
皇帝や主の前で私語など決して許されないし、ルールは厳守がモットーのスザクはそのような不敬な真似は一度もしたことがない。そんな彼が皇帝の前でタメ口をきくどころか、混乱のあまりらしくないほどパニックに陥っている。大将軍の威厳も形無しだった。
「ルルーシュ!君のお母さんは亡くなってたんじゃないの!?」
「え?いや、元気に世界中を飛び回っているが……」
呆気に取られたルルーシュがごく普通に答える。
スザクはくらりと目が回る思いがした。
今まで自分が信じてきたものは一体なんだったのだろう。すべてが崩れてしまいそうで、思わずその場にへたり込む。
「スザク!?」
「頼むから、最初から全部ちゃんと説明して……」
駆け寄ってきたルルーシュの腕を掴むと、スザクはそう懇願していた。
(09.06.20)