特命少年警視ルルーシュの厄災 4

「君は一体何をやっているんだ?」

 膝に手を付き、ぜぇはぁと肩で大きく息をしているルルーシュを見下ろしながら、スザクは呆れたように尋ねた。

「う、うるさいっ…!」

 息も絶え絶えに悪態を吐かれるが、もちろん迫力はこれっぽっちもない。

「お前が、歩くのが、速すぎるんだ…っ」
「速すぎるって、普通だと思うけど」
「お前の普通は俺たちの非常識だ!」
「俺たちじゃなくて、君だけだろ?ルルーシュ」

 顔を上げてキッと睨み付けてくるルルーシュに、怒った顔もいいなぁなんてスザクは思う。しかしそんなことをルルーシュに悟られてはいけないので、わざと冷たい視線を返すというなかなか面倒くさいことをしていた。

「それで?僕に何か用事?」

 今はまだ昼を少し過ぎたころ。昼休みというには遅く、下校時間というには早い。まだ授業が行われている時間帯に、スザクとルルーシュは学校の正門前にいた。もちろんサボりではなく、ちゃんとした理由でもって二人は相見えている。
 スザクが問えば、むっとした顔でルルーシュが紙の束を突き出した。

「お前が休んでいた間の課題だ」

 昨日一昨日とスザクは学校を休んでいた。
 学生生活もあっという間に三ヶ月が過ぎ、楽しく毎日を過ごしているが、やはりブリタニアの状況も気にかかる。主であるユーフェミアから大将軍の仕事は一切禁止だと言われたものの、休んでいる間に細かい雑用は溜まっていくし、気ままな学生生活を続けていたら平和ボケしそうだという危機感も若干あった。だから感覚を思い出すため、たまにはブリタニアへ戻ろうというのが欠席の理由だった。
 今日も午後は早退し、これからブリタニアへ向かおうと正門を出たところで追いかけて来たルルーシュに呼び止められ、冒頭でのやり取りへと繋がる。

「今日こそは渡そうと思ったのに、お前また早退だって言うじゃないか」
「それでわざわざ持って来てくれたの?」

 学校にいる間は同じ学生とはいえ、元々二人は敵同士。スザクのことなど放っておけばいいのに、こうして息を切らせてまで追いかけて来てくれるルルーシュはやはり優しいのだろう。
 思わず笑みが浮かびそうになって、スザクは慌てて唇を引き締めた。

「べ、別に、お前のために持ってきたわけじゃない。ただ、お前に渡すよう先生から頼まれて、でも提出期限が今週までなのにお前はなかなか学校に来ないから、このままだと先生が困るだろうと思って……」

 ふい、と顔を逸らしてルルーシュが言う。
 今日は水曜日。課題を持ち帰ってやるとなれば、期限の金曜日まで今日と明日の残り二日しかない。しかし、もし今日渡し損ねてしまえば、スザクは明日一日で課題をやらなければいけないことになる。紙の束は結構な厚さで、これを一日で片付けるのは大変だ。先生が困るからなんて言っているが、恐らくルルーシュはスザクの心配をして、なんとか課題を渡そうと外まで追いかけて来たのだろう。
 (体力ないくせに)
 現に、彼の息はまだ整っていない。この体力のなさは10代男子としていかがなものかと思うが、そんなルルーシュの優しさに胸の中がほんのり温かくなった。
 ルルーシュにとって自分はただの敵。それ以上ともそれ以下とも認識されていないだろうけど、もしかしたらそれほど嫌われてはいないのかもしれない、などと都合良く考えてしまう。
 (――いや、期待のしすぎは禁物だ)
 ルルーシュは敵。ルルーシュは敵。ルルーシュは敵。
 同じことを三回心の中で唱えたところで、差し出されたままの紙の束を受け取った。

「届けてくれたことには感謝するよ。でも今週はもう学校に来ないかもしれないから、どちらにしろ提出は遅れそうだなぁ」

 そう告げた瞬間、ルルーシュが少しがっかりしたように見えたのはやはり都合が良すぎるだろうか。

「じゃあもう行くから」

 踵を返そうとすれば、「待て」と呼び止められた。その声音が少し刺々しく、いつものルルーシュだと思った。振り返れば、そこには予想通りどこか怒ったような顔をしているルルーシュがいて密かに安心する。がっかりした顔より、このほうがずっとルルーシュらしい。
 喜んだり安心したり、まったく自分は忙しいなとスザクは苦笑いを浮かべた。

「一週間も学校を休んで一体何をするつもりだ」
「君には関係ないよ」
「関係あるさ。お前がやることといえばブリタニアの活動くらいだ。どうせまた良からぬことを企んでいるのだろう?」
「失礼だな。僕はただ、より良い世界を作りたいだけだ」
「そのための世界征服か?」
「そうだ。人々に平和をもたらすための手段だ。決して間違った方法じゃない」

 スザクの答えをルルーシュは鼻で笑った。

「まさか皇帝の言うことを真に受けているのか?あいつは人類の平和など望んでいない。自分の欲望を満たすためだけに世界を征服しようとしているのに、どうして気付かない」

 挑発的な物言いに、しかしスザクは腹を立てることなく逆に首を傾げた。
 ルルーシュは秘密武装警察ギアスの特命少年警視だ。ギアスの目的はブリタニアを倒すこと。だから敵意を持つのは当然だった。
 しかしルルーシュの場合、ブリタニアというより、皇帝シャルルに対してひどく敵対心を持っているような印象を受ける。それがスザクの中で違和感を生んでいた。もしかしたら、特命少年警視だからという理由以上のものがあるのではないだろうか。
 違和感の原因を探りたくてスザクが口を開いたその瞬間、

「スザク!」

 聞き慣れた高い声で名前を呼ばれてぴたりと動きを止めた。
 まさかと思い声のするほうを振り向けば、ふわふわとした優しい雰囲気を纏った可愛らしい少女が車から降りて駆けて来る。

「ユ…、ユーフェミア様!?」

 こんなところにいるはずのない主の姿に、スザクは呆気に取られた。彼女の突拍子もない言動には慣れっこだが、まさか市井の学校にまでやって来るとは予想していなかった。それでも、「ユフィ」と呼ぼうとして慌てて「ユーフェミア」と言い直したのは日ごろの訓練の賜物である。
 スザクの前まで来たユフィはもう、とふくれてみせた。

「ユフィと呼んでくださいといつも言っているのに」
「外だからそういうわけにはいかないよ」
「スザクったら、相変わらず真面目なんですから」
「……ユフィ?」

 朗らかに笑うユフィの声に混じったもうひとつの声。
 彼女の愛称を自分以外の人間が口にしたことに、スザクは「えっ?」と振り返った。そこには目を見開き、驚愕の色を顔に浮かべたルルーシュがいた。
 ブリタニアの皇女がここにいるから驚いているのだろうか。死神皇女と恐れられる姉のコーネリアに溺愛されているユフィは、戦いの前線に出ることはまったくない。そのため、彼女の顔と名前を一致させられる人間は少ないが、ギアスはブリタニアを熟知しているのでユフィの存在もよく知っているはずだ。
 (あまり表に出ることのないユフィがここにいるから驚いているのか?)
 それにしては少し様子がおかしい。一体どうしたのだろうとスザクが不思議に思っていると、

「スザク!」
「はっ、はい!」

 突然大きな声で呼ばれ、条件反射で敬礼のポーズを取る。

「ルルーシュを車にお乗せなさい!」
「…は?」
「な、何!?」

 スザクはぽかんと口を開ける。対するルルーシュは、唇を噛みしめると身を翻して駆け出した。

「え?ルルーシュ?」
「何をしているのですかスザク!早くしないと逃げられてしまいますよ!」
「い、イエス、ユアハイネス!」

 スザクはわけがわからないままルルーシュを追いかけ、至極あっさりと捕まえた。スザクとルルーシュの駆けっこなんて最初から勝負がついている。

「離せっ!」

 ルルーシュはじたばたと暴れたが、スザクの力が緩むことはない。ユーフェミアの命令だから当然だった。

「スザク、ルルーシュを車にお乗せなさい」

 しかし、その命令にスザクは躊躇った。車に乗せるということは、ユフィと同じ空間にルルーシュが座るということだ。SPが付いているとはいえ、ギアスの特命少年警視とブリタニアの皇女を一緒にしていいものか。そんなことを迷ったのは一瞬で、スザクはルルーシュの腕を掴んだまま車へ向かうと、後部座席にその身体を押し込んだ。
 どんな状況であれ、ルルーシュが彼女に危害を加えるような真似をするはずはないと信じていた。それは間違いなく信頼で、だが敵を信頼してどうするとスザクはすぐに自分の考えを打ち消す。代わりに、これは命令だからだと言い聞かせた。

「助かりました。では運転手さん、すぐに車を出発させてください」
「え?」
「くそっ…、裏切ったな!俺を裏切ったなスザク…!!」
「へ?」
「スザクも追いかけて来てくださいね!」
「は?」

 気付けば目の前から車は消えていた。時間にすれば数分の出来事。まるで嵐のようだった。
 わけがわからないままユフィから命令を受け、わけがわからないままルルーシュを車に乗せ、そしてなぜかひどく罵られた。スザクは茫然とその場に立ち尽くす。

「一体なんだったんだ……?」

 何ひとつわからないが、とりあえず今はユフィを追いかけること、つまりブリタニアに戻ることが最優先だと判断しスザクは走り出した。車を捕まえようとかせめて自転車で行こうとか、そういう発想はまったくない。
 今から乗り物を手配するくらいなら、スザク自身の足で走ったほうが早かった。冗談ではなく本当に。
 もしルルーシュがこの場にいたら、「この体力馬鹿が!」と間違いなく言っていただろう。
 (あれ?)
 ルルーシュの名前を思い浮かべた瞬間、スザクはあることに気が付いた。
 たしかにルルーシュは敵だ。ブリタニアが倒すべきギアスの人間だ。しかし、だからといって、宣戦布告をしたわけでもないのにいきなりその身柄を捕えて車に乗せていいのだろうか。しかも行き先は間違いなくブリタニア。
 これはもしかしなくても。

「……誘拐?」

 スザクの顔からざっと血の気が引いた。
 ユーフェミアがいるから拷問のようなことはされないだろうが、待ち受けている相手はあの皇帝シャルルだ。
 (ど、どうしよう…!)
 自分はとてもマズいことをしてしまったのではないか。だけど主の命令を破るわけにはいかないし。でももう少し上手くかわす方法があったような気もするし。
 今さらながらにスザクの米神を冷や汗が伝った。
 (非常事態に気付いて、ジェレミアかギアスの誰かがルルーシュを助けに来てくれればいいんだけど!)
 敵としてあるまじきことを願いながら、スザクは全力で走り続けた。
 (09.06.06)