ルルーシュと学校生活を共にするようになってわかったことがいくつかある。
スザクはルルーシュのことを口先だけのいけすかない女好きかと思っていた。しかし、その認識は大きく改められた。
妹思いなところは先日のナナリーとのお茶会で判明したが、ただの妹思いではなく、極度のシスコンらしい。休み時間や放課後にどこかへ電話をしている姿をたびたび目撃したので、初めは秘密武装警察ギアスへの定時連絡かと思い盗み聞きをしていたのだが、スザクが把握している限り、そのすべてはナナリーへの電話だった。
やむなく別々に暮らしているとはいえ、いくらなんでも掛けすぎじゃなかろうかと、本人に直接言ったことはないけれどスザクは思っている。
それから、料理が得意そうだと予想したが、まさか家事全般が得意だとは思いもしなかった。見た目はどう見ても家庭的なんかではないというのに、家庭科の授業ですべて完璧にこなす彼に仰天した。
そして、スザクとしてはこれが一番気になったことだが、ルルーシュは致命的なまでに体力がなかった。ギアスの特命少年警視としてこれまでよく無事でいられたと感心してしまうほどになかった。
たった今も、体育でマラソンを終えたばかりのルルーシュが、地べたに座り込んでぜえぜえと肩で大きく息をしている。その顔色ははっきり言って死にそうだった。
(これが本当に、あの特命少年警視ルルーシュ?)
今までの印象が崩れたなんてものじゃない。大崩壊だ。
つんと澄まして偉そうでいけすかないと思っていたルルーシュは、体力がなくてどこか抜けていてときどき間抜けで、はっきり言ってしまうと、
(……ちょっと可愛いかも)
そんなことを無意識に思ってしまった自分をスザクは慌てて打ち消した。
たしかにルルーシュに好意を抱いている。そのことは自分でも自覚していた。でも、だからといって「可愛い」はないだろう。
ちらりと伺えば、ルルーシュはまだ座り込んだままだった。呼吸はだいぶ落ち着いたようだが、疲れきっているのだろう。もしかしたら足腰が立たないのかもしれない。
仕方ない、とスザクは小さく息を吐きその傍へ寄った。
「ほら」
ルルーシュの目の前に右手を差し出す。
「……?」
ルルーシュがのろのろと顔を上げ、スザクの顔と手を交互に見比べる。
「なんだ?」
「もう授業は終わってるんだ。そろそろ教室に戻らないと、次の授業に遅れる」
そうだ、自分は単に授業に遅刻したくないだけだ。決してルルーシュを手助けしようだなんて思っているわけじゃない。
(あれ?だったらルルーシュなんて放って、僕だけさっさと教室に戻ればいいんじゃ……?)
自分の思考の矛盾に気付いてスザクが一瞬混乱していると、ふいに右手に重みが増した。ぐいっと身体ごと引っ張られたので、慌てて重心を後ろに傾ける。
「ちょっ…、いきなり引っ張るなよ!」
「授業に遅れるんじゃないのか?」
ルルーシュはスザクの手を借りて立ち上がると、体操服に付いていた砂をぱたぱたと払った。
「ル、ルルーシュがそんなところでへばっているから助けてやったんじゃないか!」
「ふん。お前と違って俺はデリケートなんだ」
「デリケートじゃなくて単に体力がないだけだろう?」
「体力魔人のお前と一緒にされては困る」
「僕は普通だ」
「自分で自分のことを普通だと思っている人間ほどタチが悪い」
「なんだと!?」
「さっさと行くぞ。次の授業が始まる」
いきり立つスザクを無視し、強制的に会話を終了させるとルルーシュはすたすた歩いて行ってしまった。その態度にムッとしたスザクは、しかし黙って一緒に教室へと戻る。
「仲良いよなぁ、あいつら」
そんな二人の姿を眺めながらリヴァルがぼやきのように呟く。本人たちが聞いたら「ふざけるな!」と怒るのだろうが、残念ながら周囲からは単にじゃれ合っているようにしか見えていなかった。
「ルルーシュ君は最近学校が楽しそうだね~」
ロイドの科白にルルーシュはぴたりと動きを止めた。
「……前から楽しかったですよ?」
「いやいやいや。前はときどき仕方なーく行っているときがあったけど、今は毎日が楽しそうだよ?何があったのかなぁ?」
ふふふと笑いながらロイドがにじり寄ってくる。ルルーシュは思わず後ろに一歩下がった。
「な、何もないですよ」
「そう?」
「そうです」
「そうかなぁ」
「そうですって」
「ふぅ~ん」
何か言いたげなロイドを無視して、ルルーシュは椅子に腰掛けると珈琲に口を付けた。
「そういえば、スザク君が転校してきてからだよね。ルルーシュ君が楽しそうなのって」
ぶっ。と珈琲を噴き出す前になんとか飲み込んだ自分をルルーシュは褒めてやりたかった。
「な、ななな何で知っているんですか!?」
思わず勢いよく立ち上がる。椅子がガタリと大きく音を立てたが、そんなことを気にする余裕は残念ながら今はない。
「何を?」
「ス、スザクが転校してきたことをですよ!」
「なんでって、ねぇ?」
ロイドが隣にいたセシルを見上げると、彼女も「そうですねぇ」とにっこり笑った。
二人の面白そうな視線が自分に向けられ、ルルーシュは内心たじろぐ。悪い人たちではないのだが、こういう顔をしているときはオモチャにして遊ばれることを経験上知っていた。
「そんなのシャーリーちゃんからの情報に決まっているじゃない」
「えぇ。“最近、ルルってばスザク君とばっかり一緒にいて、ほかの人たちに全然構ってくれないんです”って嘆いてたわよ?」
“ほかの人たち”というより、“自分に”ということをシャーリーは訴えたかったのかもしれないが、もちろん彼女はそんなことを決して口にしない。ただ、ルルーシュがスザクとずっと一緒にいるということを強調して、まったく構ってもらえない寂しさを密かにロイドとセシルに訴えていた。そんな乙女心に、ルルーシュはまったく気付かなかったけれど。
「別に俺はスザクとずっと一緒にいるわけでは……」
「でも仲良さそうだってよ?」
「隙を狙っているだけです!停戦中とはいえあいつはブリタニアの大将軍ですから、常に情報収集は必要でしょう?そのために近くにいるだけです」
「へぇ~。じゃあ放課後にスザク君と二人でデートしていたのも情報収集のため?」
ロイドが面白そうににやりと笑った。「デート」という単語にルルーシュが完全に固まる。
「まぁ、デートしてたんですか?」
「らしいよ。二人仲良く大通りを歩いて、随分と可愛らしいカフェに入って行ったって」
「さすがに高校生のデートは可愛いですね。でもそれはどっちの趣味だったんでしょう?」
「案外スザク君かもよ。大将軍なんて男っぽい役職に就いてるけど、実は…ってタイプだったりして」
「ルルーシュ君はあまり可愛いものに興味なさそうですからね」
相変わらずにやにや笑っているロイドと、頬に手を当ててわざとなのか本気なのかわからない相槌を打つセシルに、ルルーシュはぐらりと眩暈がしそうだった。それをなんとか堪えて腹にぐっと力を込めると、
「ちょっと待ってください!」
これ以上、不毛な会話を続けさせてなるものかと、二人の会話に割って入った。
「俺とスザクはデートなんてしてません!」
「えぇ~」
「そうなの?」
「そうです!」
わざとらしくがっかりとした顔をしてみせる二人に、ルルーシュは盛大な溜め息をつく。
「でもスザク君と二人で会ったのは本当でしょう~?」
「うっ…、そ、それはたしかに本当ですが、スザクと二人っきりじゃなくて、ナナリーと一緒に」
「へぇ!」
「まぁ!」
「今度は一体なんですか……」
今度はあからさまに驚くロイドとセシルに、ルルーシュは本格的な頭痛がしてきた。これ以上何か話すのはやぶ蛇な気がしてならないが、中途半端なことはしたくなくて渋々尋ねた。つくづく損な性格だった。
「だってルルーシュ君が、君の大事な大事な妹をほかの人間に会わせるなんて今まで一度もなかったじゃない。ねぇ?セシル君」
「えぇ、あのルルーシュ君が、大事な大事な妹さんをほかの人間に会わせるなんて考えられないことですよね?ロイドさん」
「それだけスザク君が気に入ったってこと?」
ロイドに問われ、きっと睨み付ける。
「違います!あれは成り行きで……」
そうだ、あれは単なる成り行きだ。スザクなんかと一緒になりたくなかったが、ナナリーを悲しませたくなかったから仕方なく一緒に連れて行っただけだ。スザクに気を許しているとか、スザクを気に入っているとか、そんなことは断じてない。有り得ない。
「とにかく、俺とスザクは敵同士。馴れ合うつもりなんてありません!」
二人に向かって宣言すると、ルルーシュは疲れたといわんばかりに椅子に座った。
「でもさ、ちょっとぐらいは楽しいって思ったんじゃないの?」
それまでにやにやと笑っていたロイドの目が、ふいに真剣なものへと変わる。普段の飄々とした態度の彼しか知らない者が見れば、その表情に我が目を疑ったことだろう。
しかし彼がただマッドなだけの人間ではないと、これもロイドの本質の一部だということを知っているルルーシュは、驚くこともなくすいと目を細めた。
「思いませんよ」
「本当に?」
「言ったでしょう?俺とスザクは所詮は敵。あいつがどんな人間だろうと、そんなことは関係ないんです」
言い切ったルルーシュに、それまでの面白がっていた雰囲気から一転、セシルが憂いの表情を浮かべる。
「ねぇルルーシュ君。あなたにギアスでの活動をさせている私たちが言うことではないのかもしれないけど…、あなたには特命少年警視を辞めて普通の学生生活を送るという選択肢もあるのよ?」
その言葉に、ルルーシュはわずかに目を見開く。が、すぐに口元に笑みを浮かべた。それは自嘲するような笑みだった。
「ありがとうございます、セシルさん。でも俺にそんな選択肢はないんです。あの男、――シャルルがブリタニアにいる限りは」
「ルルーシュ君……」
「あのさぁ。これも僕たちが言うことではないんだけれど、ブリタニアと共存するというやり方は無理なのかな?」
「有り得ませんね」
ぴしゃりと言ったルルーシュの目が険の色を帯びる。
「俺の目的はシャルルを倒し、ブリタニアを壊すこと。そのためにナナリーとも離れて暮らしているんです」
「でもほんの少しだけ譲歩すれば、君が妹さんとまた一緒に暮らすことだってできるんだよ?」
「だから有り得ません。譲歩するということは、俺にとっては負けと同じです」
「試合に負けて勝負に勝つということも世の中にはあるんじゃない?」
「俺は試合にも勝負にも勝ちたいんです。あの男に負けるなんて、絶対に嫌だ」
ルルーシュはそう言うと、話は終わりだと言わんばかりに椅子から立ち上がった。そうしてにこりと笑ってみせる。
「――それじゃあ学校に戻ります」
にこやかな表情を浮かべるルルーシュは、しかしこれ以上追求してくるなという刺々しい雰囲気を纏っていて、ロイドとセシルは黙って見送った。その姿が完全に見えなくなると、二人同時に溜め息をつく。
「怒らせちゃったねぇ」
「頑固ですから、ルルーシュ君は。でもロイドさんがあんなことを言うなんて意外でした。ブリタニアに対して譲歩するつもりがあったんですか?」
「平和的に解決できるならそれが一番じゃない。僕だってルルーシュ君には普通の学生をやらせてあげたいと思っているんだからさ。でも、ルルーシュ君の性格じゃやっぱり無理なのかな~」
「敵でなければ、スザク君とももっと仲良くできたかもしれないんですけどね」
セシルが心底残念そうに言う。すると、ロイドがいつも通りの笑みを浮かべた。
「いや、スザク君とは案外上手くいくかもよ~」
「そうですか?」
「敵だ敵だと言いながら、なんだかんだで仲良くやっているんだから可能性はあるでしょ」
「だといいんですが」
「大丈夫大丈夫~」
軽い調子でロイドが相槌を打つ。彼にかかればどんな重大な事件もすべて軽く感じられてしまうのだから不思議だった。
「まぁ僕たちは黙って見守るってことで。幸い、スザク君が学生をやっているからか最近はブリタニアの目立った動きもないし、ルルーシュ君もしばらくは心穏やかにいられるんじゃない?」
「だと良いんですけど」
ロイドほどあっけらかんと気楽に考えられないセシルは眉を寄せたまま呟く。
あまり感情を見せることのなかった少年が、たった一人の少年の存在に振り回されている。それはとても良い傾向のように思えた。ただ、互いの立場が悪かっただけで。
(これじゃ、まるでロミオとジュリエットね。あら?でもそうなるとどちらがロミオでどちらがジュリエットなのかしら……?)
変な方向に思考が向いてしまっていると自分では気付かないまま、セシルは真剣に悩み始めた。
「どうなるのか楽しみだね~」
「もう、面白がらないでくださいよロイドさん」
やっぱりルルーシュ君がジュリエットかしら、と本人が聞いたら憤慨すること間違いなしの結論を出したセシルが、自分のことは棚に上げてロイドを諌める。
「でもさ、普通の学生をしてもらいたいっていうのは本当だよ」
彼にしては随分と優しい口調に、セシルもふわりと笑みを浮かべる。
「叶うといいですね」
「叶うよ、きっと」
「そうですね」
片手間に学生をやらせるのではなく、ごくごく普通の学生生活を。
大人たちがそんなことを願っているだなんて、もちろん当のルルーシュはまったく知らなかった。
(09.05.03)