邪悪帝国ブリタニア。その中で大将軍という地位についている枢木スザク。
本来ならば世界征服のために身を削り、秘密武装警察ギアスの壊滅のために働いているところである。
が、しかし。
主の何の気まぐれ……いや優しさにより、今までまともに学校へ行ったことがなかったスザクは、学校に通うというありがたい命を受け、現在スクールライフを絶賛満喫中であった。
(学校とはこんなに楽しいものだったのか。学生らしく学校に行けと言ってくれたユフィには感謝してもしきれないな)
スザクはクラスメイトたちににこやかに――大将軍の顔を知っている人間がみたら逆に恐怖に慄いてしまうくらいにこやかに――、挨拶をしながら教室までの道のりを歩く。転校してきてから早一ヶ月。スザクはすっかりクラスに溶け込んでいた。クラスメイトたちも、人当たりの良いスザクに好意的だった。
たった一人を除いては。
「おはよう。ルルーシュ」
「あぁ、おはよう。スザク」
同じようににこやかに朝の挨拶を交わした相手は、しかし最悪の敵と言っても良い人物で、ここが学校でなければすぐにでも対峙していたことだろう。
だが、ここは学校。学校の中では一応休戦協定が結ばれているし、何の関係もない生徒たちを巻き込むことは、さすがの大将軍スザクでも気が引けた。それに。
「なぁルルーシュ、今日の数学の宿題ちょっと見せてくれよ」
「リヴァル。宿題は自分でやってこいと先週言ったばかりだが」
「固いこと言わずに頼むよ。スザクには見せてやってるじゃん」
「スザクは転校してきたばかりで、まだ授業に追いつけていないからだ。お前とは違う」
な?と爽やかな笑みを向けられ、スザクは同じように笑みを返した。
(こいつとのこのやり取りさえなければ、学校生活はすべて薔薇色なのに!おのれルルーシュめ!)
(こいつさえ学校に来なければ、学校生活は平穏無事に過ごせたのに!おのれスザクめ!)
そう、転校初日にルルーシュがスザクの案内係を任されて以来、何故かスザクの面倒はルルーシュが見ることになってしまっていた。おかげでいつも一緒にいるイメージが付いてしまい、ルルーシュのことはスザクに、スザクのことはルルーシュに聞け、というような状況に陥っている。
そんなイメージを崩すのも、今さら仲違いしたと思われるのも面倒なため、嫌々ながら友達のフリをする二人は、互いの呼び方も「枢木」「ランペルージ」から、普段のように「スザク」「ルルーシュ」にいつの間にかなっていた。
「あーあ、ルルーシュはスザクにだけ甘いんだよなぁ」
リヴァルの科白に、ルルーシュの頬は引きつった。
(誰が誰に甘いだと!?冗談じゃない!)
心の中で思いっきり悪態を吐くが、顔は笑ったままだ。スザクと仲の良いフリをし始めてからというもの、作り笑いがますます上手くなっているような気がする。まったくもって腹立たしい。
「甘くなんてないよ。ルルーシュは僕にだって厳しいんだから。ところで数学の宿題なんだけど、わからないところがあるから教えてくれない?」
「仕方ないな、スザクは。どこがわからないんだ?」
「お前らって……」
すっかり仲の良い友人の顔をしたルルーシュとスザクに、リヴァルの嘆きは聞こえていなかった。
勝手にしてくれと、リヴァルが席から離れる。数学の宿題について頭をつき合わせている二人の目が、実はまったく笑っていないことに気付かなかったことは、彼にとって幸いだった。
今日も長い一日が終わった。
最近はブリタニアの目立った動きもないため、ルルーシュは毎日のように学校に通っている。以前ならば歓迎すべきことだろう。戦いの合間にほっと一息つける場所。それが学校だったのだから。
しかし、スザクの登場で安寧の時間はすっかり奪われてしまった。
(ギアスの活動でも邪魔をされ、学校でも邪魔をされ、一体何様のつもりだ!こんなことなら、学校に行く暇がないくらいギアスの活動が活発になったほうがマシじゃないか。ブリタニアは何をしている!さっさと襲撃してこい!)
ルルーシュのストレスは日々溜まるばかりである。
だが、今日はルルーシュが月に一度楽しみにしている日で、くだらないことにエネルギーを使いたくなかった。スザクに対するイライラも抑えた。あまりに心待ちにしすぎて、時計の針がまったく進まないことにイライラはしたが、授業が終わった瞬間には忘れていた。今、彼の頭の中を占めているのは、たったひとつのことだけだ。
だから、たとえ学校帰りに彼の最悪の敵とうっかりばったり出会ってしまったとしても、平常心でやり過ごせそうな気がした。少しだけだが。
「こんなところで何をしている。ここはお前のような人間がいる場所じゃない」
学校での仲の良い雰囲気から一変、ルルーシュは絶対零度の視線で相手を見た。そういえば、以前にも屋上で似たようなシチュエーションがあったけれど、なぜこんなにもスザクと遭遇しなければいけないのか。
不本意だと顔中に書いているルルーシュに、スザクは気分を害した様子もなく小さく肩をすくめた。
「学生が街を歩いていたらいけないのか?」
「ふん、よく言う」
「一応、学校の中では休戦ということになっているけれど、こういう場合はどうなるのかな?」
「学生服のまま戦闘を行うのは俺の趣味じゃない。しかもこんな街中で」
「そこに関しては同感だな」
「では、校区内では休戦としようか」
「あぁわかった」
そのまま進路を右に変えて歩き出すルルーシュ。が、後ろからついて来る足音がなかなか遠ざからないことに痺れを切らし、思い切り振り返った。
「なぜついて来る!?」
「ついて行ってなんかない。ただ方向が同じだけだ」
「だったら俺を追い越していけ!」
「僕のペースで歩きたいんだから別にいいだろ」
「良くない!だいたい貴様はっ」
「お兄様!」
可愛らしい響きに、二人はぴたりを動きを止めた。次の瞬間、ルルーシュは思い切りスザクを押し退け、声のした方に駆けて行った。
「ナナリー!」
その声があまりに甘ったるく、スザクはぎょっとしてルルーシュを見た。こんな声を聞くのは初めてだった。
「どうしてこんなところに?待ち合わせはここじゃないだろう?」
「待ち合わせの場所に向かっていたら、お兄様の声が聞こえてきたので」
早くお兄様に会いたかったんです。そんな嬉しい科白に、ルルーシュの顔が緩む。
ルルーシュが一日中楽しみにしていたこと。それは、彼の大事な大事な妹のナナリーと会うことだった。
「変わりはないかい?ナナリー」
「はい。アッシュフォードの方たちも学校の方たちも、皆さんよくしてくださいます」
「そうか、それは良かった」
「お兄様もお変わりないようで安心しました。そちらの方はお兄様のお友達ですか?」
そう言ってひょこっと顔を向けたナナリーに、呆然と二人のやり取りを見ていたスザクは慌てた。
ルルーシュも若干固まってしまっている。まさか最悪の敵であるスザクのことを「友達」と称されるとは思ってもなく、若干ショックを受けているのだろう。
そんな兄のショックなど露知らず、ナナリーはスザクににこりと微笑んだ。
「ナナリー・ランペルージと申します。いつも兄がお世話になっています」
「あ……枢木スザクです」
「お兄様がお友達を連れてきたのは初めてなんです」
「ナナリー、スザクは」
「きっととても仲がよろしいんですね」
「いや、スザクが転校してきてまだ一ヶ月…」
「まあ!たった一ヶ月でこんなに仲の良いお友達ができたのですか?」
屈託なく笑うナナリーに、ルルーシュは反論の言葉をとうとう飲み込んだ。兄が友達を連れてきたとこんなにも喜んでいるのに、水を差したくなかったのだ。
小さく溜め息をつくと、スザクに目で訴える。
(余計な口出しはするなよ!俺の話に合わせろ!)
(言われなくてもやるよ!)
最悪の敵同士であるはずの二人は、目だけで会話を成立させてしまっていた。
(っていうか、なんで僕がこんなことを!)
ルルーシュは敵だ。だから、ルルーシュの妹であるナナリーも当然敵のはずだ。なのに、ナナリーをがっかりさせたくないと思う自分がいた。それほどナナリーは可愛らしかった。ルルーシュが甘ったるい声を出すのも頷ける。
「ナナリー、こんなところで立ち話をせず、いつものカフェへ行こう。そのほうがゆっくり話もできる」
「はい。スザクさんもご一緒ですか?」
「え、あ、えっと…」
「もちろんだよ。な?スザク」
声は優しいのに、目がまったく笑っていないルルーシュ。お前は帰れオーラを全身から出しているが、ナナリーの手前そんなことを口に出しては言えない。
「さぁ行こうかナナリー。スザクも」
ナナリーを伴い、ルルーシュはさっさと歩き出す。
兄妹のあとをついて行きながら、妙なことになったとスザクは内心頭を抱えていた。街でルルーシュに会ったのはたまたまだし、向かう方向が一緒だったのも本当にたまたまだ。それがまさかこんなことになるなんて。
だけど、不快感は感じていなかった。むしろ滅多にない状況を楽しんでいて、そんな自分に驚いている。
(ルルーシュに妹がいたなんて知らなかったな)
楽しそうに笑うルルーシュを見て、あいつもあんな顔で笑えるのかと思った。
普段、彼が見せる顔は不機嫌そうだったり不満そうだったり怒っていたり、スザクに対して向けてくるのはとにかく負の感情ばかりだ。たまに浮かべる笑顔だって、作られたものしか見たことがない。
なのに、ナナリーへ向けているのは彼の素の表情で、少しだけ羨ましかった。
(……羨ましい?)
頭の中に浮かんだ単語に、スザクの思考は一瞬フリーズした。
自分は今、何を考えたのだ?
「ここです、スザクさん」
しかし、ナナリーの弾んだ声に、一気に現実に引き戻される。はっとして顔を上げれば、ナナリーの雰囲気に合った可愛らしい外観の店があった。ふわりと漂ってくるのは何の匂いだろう。
「ここのケーキは絶品なんです」
「そうなんだ」
「でも一番はお兄様の作ったケーキですけどね」
お店の方には内緒ですよ。秘密を打ち明けるときのように、声を潜めてナナリーが言う。
「ルルーシュの?」
「ははっ、そう言ってもらえると俺も作り甲斐があるな。今日はムリだったけど、次に会うときは苺のタルトを作って持ってくるよ」
「本当に?絶対ですからね?」
「わかったよ。それよりほら、早く店に入ろう」
ナナリーを促すルルーシュの背を目で追いながら、今日はルルーシュの意外な面ばかり見るとスザクは思っていた。まさかお菓子作りが得意だとは。お菓子が作れるということは、普通の料理も出来たりするのかもしれない。
席に着くと、店員からメニューを渡される前にナナリーは注文を口にする。ルルーシュは紅茶とプリンを頼んでいた。二人とも来る前から決めていたのか、いつも同じものを頼んでいるのか。そんな疑問をスザクが頭の中で浮かべていると、
「ほら、スザクも好きなものを頼め」
目の前にメニューを差し出された。思わずルルーシュとメニューを交互に見やる。まるで普通の友達同士のようなやり取りに、正直戸惑っていた。
「え、と、僕も紅茶を」
「ケーキはお嫌いですか?」
「え、」
「食べてみたらどうだ。ここのは美味いから」
「じゃあ…フルーツタルトを」
ルルーシュから感じる有無を言わせぬ圧力に、スザクは目に付いたケーキを適当に頼んだ。店員は注文を復唱すると、丁寧にお辞儀をして席から離れて行く。
視線を元に戻せば、仲睦まじい兄妹の姿。
学校や日々のことを話すナナリーに、ルルーシュは微笑みながら相槌を打っている。自分がここにいていいのだろうかとスザクが思っていると、ナナリーがこちらを向いた。まるで心の声が聞こえたかのようなタイミングにどきりとする。
「すみません、私の話ばかりで。お兄様と会うのが一ヶ月ぶりだからつい・・・。スザクさんは転校されてきてすぐお兄様とお友達になったのですか?」
「友達っていうか、」
「たまたま席が隣だったんだよな」
ルルーシュの目が、話を合わせろと思いっきり訴えていた。彼に従うのは不本意だが、ナナリーのためにスザクはにこりと笑った。
「うん。僕の席の隣がルルーシュで、転校初日から色々と面倒を見てもらったんだ。それでいつの間にかすっかり仲良くなっちゃって」
「まあ、そうなんですね。でも嬉しいです」
「嬉しい?」
「えぇ!だって、お兄様がお友達と一緒に下校されているのを見るのは初めてだったから。お兄様はスザクさんのことがお好きなんですね」
「す、好…き?」
本日二度目の妹からの爆弾発言に、ルルーシュは完全に固まった。
スザクもまさかそんなことを言われるとは思ってもいなかったので唖然とした。ギアスの特命少年警視とブリタニアの大将軍が仲良しの画を思い浮かべて、またもや頭を抱えそうになる。知らないということは恐ろしい。
自分たちが友達だとかルルーシュが自分を好きだとか、一体どうすればそういう風に見えるのだろう。
「ナナリーにはそう見えたのかい?」
スザクは恐る恐るナナリーに尋ねた。
「はい」
ちらりとルルーシュの様子を伺えば、フリーズ状態からは抜け出したようだが、膝の上に置かれた手がぷるぷると震えている。ナナリー相手でなければ、今ごろきっと罵詈雑言の数々を吐き出していたに違いない。
それにしても、まさかこんなにもルルーシュの妹から好意的な態度を取ってもらえるとは、正直スザクには信じがたかった。もし自分の正体をバラしてしまったら、スザクの正体がブリタニアの大将軍であると知ったら、ナナリーはどんな反応を返すのだろう。
ぼんやりと考えたところで注文していたケーキと飲み物が来た。
顔を輝かせたナナリーが早速ケーキにフォークを入れる。可愛らしい妹の様子に、ようやくルルーシュも平静を取り戻したのか、カップに口をつける。二人の様子に、スザクも自分のケーキを食べ始めた。
(……美味い)
思わず口の中で呟いた言葉が伝わったのか、目の合ったナナリーがにこりと微笑んで「どうですか?」と聞いてきた。
「うん。ナナリーの言うとおり美味しいよ」
「それは良かったです。でもお兄様のケーキはこれのさらに何倍も美味しいですから、スザクさんも今度一緒に召し上がってください。いいですよね?お兄様」
妹からの無邪気な提案に、兄は否やと答えられない。
「も、もちろんじゃないか、ナナリー」
ナナリー用の笑みを浮かべてルルーシュが快諾する。スザクから見える右側の頬のあたりが少し引きつっていたのは、ナナリーのためにも気付かないフリをした。
(そうだ、ルルーシュのためじゃない。全部ナナリーのためだ)
「ナナリーのため」と自分に言い聞かせるスザクだったが、なぜそんな言い訳じみたことを心の中で繰り返しているのか、その理由にはまったく思い至っていなかった。
ランペルージ兄妹とのお茶会は三時間ほど続き、夕食の時間だからとナナリーが告げたところでお開きとなった。
ルルーシュが携帯でどこかへ連絡し、それからきっかり5分後に会計を済ませて店を出た。
ちなみに、このときの支払いはルルーシュが全額持つことを頑として譲らなかったので任せることにした。スザクとしてはルルーシュなんかに貸しを作りたくなかったが、ナナリーの手前、あまりみっともない言い争いはしたくなかったので渋々引き下がったのである。
店を出ると、黒塗りの車が一台止まっていた。
車の前まで行くと、ナナリーがくるりと振り返った。
「お兄様、どうかお身体にはお気を付けて」
「あぁ、ナナリーも元気で。アッシュフォードの人たちによろしく伝えてくれ」
「はい」
ルルーシュに微笑んだナナリーは、次いでスザクに顔を向けた。
「スザクさん、今日はどうもありがとうございました」
「僕はお茶に付き合っただけだよ」
「でも無理にお付き合いさせてしまって、すみませんでした。お兄様のお友達だと思ったら、どうしても一緒にお話ししたくなって……」
「そんなこと気にしないでいいよ。僕は楽しかったから」
「私もとても楽しかったです」
ありがとうございますともう一度言って、ナナリーはお辞儀をする。顔を上げて最後にもう一度ルルーシュのほうを向く。兄と向き合っているというのに、彼女が浮かべていたのはどこか少し寂しげな笑みで、あれ?とスザクは内心首を傾げた。
「また来月会えるのを楽しみにしていますね、お兄様」
「俺も楽しみにしているよ。それじゃあ、ナナリー」
「はい。それでは失礼します」
ぺこりと頭を下げると、ナナリーはそのまま車に乗り込んだ。ドアの閉まる音がし、数秒の間をおいて車は静かに走り出す。
その車体が視界から完全に消えても、ルルーシュはその場に立ち尽くしていた。
どう声をかけていいかわからず、スザクも黙って彼の隣に立つ。どのくらい二人でそうしていただろう、ルルーシュの身じろぐ気配がして、ちらりと横目で様子を窺った。ふっと息を吐いて、ルルーシュが小さく笑った。
「……何かいろいろ言いたそうだな」
「いろいろ言いたいというより、いろいろ聞きたいかな」
「悪いが質問と答えは限定させてもらう」
「まぁそれはなんとなく察しているんで」
ナナリーの前で友達のように振る舞ったとはいえ、自分とルルーシュは敵同士だ。彼が自らの秘密をスザクに打ち明けるなんて思っていなかった。
「これは一応確認だけど、ナナリーは君の妹でいいんだよね?」
「あぁ。血の繋がったたった一人の妹だ」
「一緒に住んでいないの?」
「あぁ」
別れ際に“また来月”と言っていた。兄と一緒に帰れないから、ナナリーの笑みは寂しげなものになっていたのではないだろうかとスザクは考えた。
「ご両親は?一緒じゃないの?」
「母がいたが今はいない」
「お父さんは?」
「……父親なんて俺たちには最初からいない」
一瞬憎悪が篭った言葉に、スザクはルルーシュの横顔を見つめた。今の言い振りからだと、母親はすでに亡くなっているのだろう。父親は生きているようだが、折り合いは良くないらしい。
「だったらどうしてナナリーと一緒に暮らさないのか?ひと月に一度しか会ってないから、“また来月”なんだろう?」
「どうして、だと?ブリタニアの人間がよく言う」
ルルーシュは剣のある目つきでスザクを見た。
「お前たちがいるから、ブリタニアの存在があるから、俺はナナリーと離れて暮らしている。すべてはナナリーの安全のためだ」
その意味を悟り、スザクはハッとした。
「俺はギアスの特命少年警視だからな。ブリタニアは卑怯だから、俺を倒すためにナナリーを人質に取るかもしれない」
「そんな卑怯なことはしない!」
力を込めて否定すると、ルルーシュが鼻で笑った。
「シャーリーを連れ去ったお前たちが何を言う」
「……あれは僕が望んだわけじゃない」
「だが、結局お前は皇帝の命令に従ったじゃないか。なんと言おうと同じことだ。お前の言うお優しいユーフェミアだって、どうせ反対しなかったんだろう?」
「違うっ!ユフィだってあんなやり方は望まなかった。でも陛下に逆らうことが出来なくて、」
「お前もユーフェミアも、所詮はブリタニアの人間なんだよ。どんなに綺麗な理想を言ってみたところで、あの皇帝に逆らうことは出来ない。だから従う。何が優しい世界だ!お前たちのせいで母さんは、ナナリーは……!」
ルルーシュの手がぐっと握り締められる。
反論したいことは山ほどあったが、スザクはそれ以上何も言うことが出来なかった。
「ナナリーに付き合ってくれたことは感謝する。でもお前は邪悪帝国ブリタニアの人間、そして俺は秘密武装警察ギアスの人間。つまり?」
「―――戦場で会えば敵同士」
「そう。だから友達ごっこは今だけだ」
「わかっているよ。それくらい」
口でそう言いながら、しかしどこか気持ちが沈んでいる自分をスザクは自覚していた。
もしかしたらこのまま友達のような関係になれるのではないか。心の中に浮かんだのはそんな微かな期待。
ナナリーに誘われ、兄妹と一緒にお茶をすることになったときは頭を抱えたというのに、その時間があまりに穏やかで楽しくて、敵同士だということを忘れていた。
しかし、ルルーシュにはっきりと否定され、スザクの期待は脆く消え去った。
「じゃあ、僕は帰るよ。ケーキご馳走様」
これ以上ルルーシュと一緒にいるのが辛くて、スザクは別れの言葉を告げると彼に背を向けた。すると「あ……」とどこか戸惑ったような声が聞こえ、思わず足が止まる。
「えっと、その……」
ルルーシュが珍しく言いよどんでいる。
「たしかに…、たしかに俺たちは敵同士だが、今日はナナリーの楽しそうな姿が見られて……つまり、その」
彼が何を言いたいのかわからず、スザクは背を向けたまま辛抱強く待った。ここで無理に先を促しては、またさっきみたいな言い争いになってしまうと思って。
「―――今日は、ありがとう」
スザクは反射的に振り返った、
まさか礼の言葉が来るとは思ってもいなかったので、ぽかんと呆けた顔をしていた。ルルーシュは視線を斜め前あたりに落としていてスザクの姿を見ていなかったので、その顔にツッこむ者は誰もいない。
「ナナリーに付き合ってくれたことには本当に感謝している。―――ただそれだけだ」
言い切ると、今度はルルーシュがスザクに背を向けてさっさと歩き出してしまった。スザクは相変わらずぽかんとしていて、その後ろ姿を黙って見送るだけだった。
(ありがとうって、今……)
ルルーシュの言葉を頭の中で反芻する。じわじわと何かが胸にこみ上げてきて、ぎゅっと口を引き結んだ。そうしていないと口元が勝手に緩みそうだった。
嬉しかった。
ルルーシュからの素直な礼が、とても嬉しかった。
ルルーシュは敵だ。でも彼と仲良くしたい、友達になりたいとも思っている。
莫迦なことを考えていると思う。ブリタニアとギアスの人間が仲良くだなんて、本来ならば許されるはずもない。これはブリタニアに対する裏切りだ。
でも、ルルーシュへの好意をスザクは止めることが出来なかった。
思えば、転校初日の屋上での会話のときからそうだったではないか。あのときは胸に浮かんだものの正体がわからなかったけれど、先ほどのルルーシュからの言葉に、その感情の名前をスザクははっきりと自覚した。
学生の間は大将軍の仕事は休みというユフィからの命令が今はありがたい。
それに、校区内では休戦だとルルーシュと約束している。少なくとも、自分が学生をやっている間だけはルルーシュと争わずに済む。
「ルルーシュ…」
ぽつりと呟かれた名前は、夕闇に覆われた街中に溶けて消えた。
学生の時間がいつまでも続けばいい。
叶いもしないことを、スザクは一瞬だけ願った。
(09.03.22)