特命少年警視ルルーシュの厄災 1

 その日、ルルーシュの顔は過去最大に引きつっていた。
 普段ならばどんな感情もポーカーフェイスの下に見事に隠してしまえるのだが、今日ばかりは不可能だった。
 なぜならば。

「このクラスに転校してきた枢木スザク君だ」

 もともとイレギュラーには弱い。それが自分の予想の範疇から外れれば外れるほど。
 (なぜだ!?一体どういうことだ。なぜスザクがいる。あいつは邪悪帝国ブリタニアの大将軍じゃないか!それがなぜこんな場所に。何をしにきた。止めを刺すつもりなら、転校などという面倒な手続きを取ってわざわざこんな目立つ場所に来るはずがない。何が目的だ。まさか俺の行動を偵察しに来たのか?それとも俺の正体をここでバラすつもりか?しかし正体をバラされたところで、俺にとっては大したダメージにはならない。ならば、)
 スザクが挨拶をしている間も、ルルーシュの頭はフル回転していた。ハッキリ言って挨拶なんかどうでも良かった。だから、担任教師の発言も綺麗に耳を通り過ぎている。

「おい、ルルーシュ」

 後ろの席のリヴァルに背中をつつかれ、ようやく我に返った。

「何ぼーっとしてるんだよ。お前の隣だぞ」
「は?何がだ?」
「転校生だよ転校生」

 視線を正面に戻せばスザクがこちらに歩いて来るのが見えて、ルルーシュの身体がぎくりと強張った。
 まさかいきなり攻撃されたりはしないだろう。
 となると、この場面でルルーシュが取れる対処方法はただひとつ。

「はじめまして。枢木スザクです。よろしく」
「ルルーシュ・ランペルージだ。よろしく」

 差し出された手を握り、にっこりと微笑む。引きつっていた顔は何とか元に戻すことができたようだ。
 何気ないホームルームの風景。だが、ルルーシュとスザクの周りにはブリザードが吹き荒れていたことに、二人以外は気付いていなかった。
 今日は最悪な一日だ。
 そう思っているときほど不運は続くもので、広々とした食堂の中、なぜかルルーシュとスザクは隣り合って座っていた。テーブルの上には、本日のAランチとBランチが仲良く並んでいる。
 本来ならばこんなシチュエーション、絶対にごめんだった。
 しかし、「枢木は転校してきたばかりで校舎の様子もわからないだろうから、今日一日案内してやってくれ」との教師の一言で、ルルーシュには転校生の案内係りという大変不名誉な係りが与えられてしまった。
 こんなやつ、二人きりになったら置き去りにしてやる!と思っていたが、気付けばスザクの相手はルルーシュという雰囲気になっていて、今さら放り出すことも出来ない状況になっていた。自分の不運をただただ呪うルルーシュである。
 (どうして俺がスザクの面倒なんてみなきゃいけないんだ。あの教師が余計なことを言わなければこんなことにはならなかったのに。そもそも俺とスザクは敵同士なのだから、仲良くランチなんて馬鹿げている!有り得ないだろう!)
 心の中でぶちぶちと文句を吐き出しながら、皿の上のおかずを箸でつつく。
 普段の彼なら決してそんな行儀の悪いことはしないのだが、今は何かに当たらなければやっていられなかった。

「ランペルージ」

 すると、それまで黙々とランチを食べていたスザクが声をかける。見れば、皿の中はすでに空になっていた。

「なんだ枢木」

 特命少年警視と大将軍として顔を合わせるときは「スザク」「ルルーシュ」と呼び合っている二人だが、ここでの設定は転校生とそのクラスメイトだ。いきなり名前呼びは仲が良すぎるだろうと、特に示し合わせたわけでもないのに、二人は自然と苗字を呼び合っていた。

「食べ物をそんな風に扱っちゃいけないよ」
「…っ!言われなくても知っている!」

 自分の行儀の悪さを指摘され、ルルーシュは思わず言い返した。
 食べ物を粗末にしてはいけないと幼いころから母親に口煩く言われていた。だからきちんと守っていたのに、こいつの前で普段とは違う行動をし、さらにそれを注意されるだなんて。
 バツの悪さと腹立たしさを同時に感じながら、ルルーシュは昼食を再開する。スザクはといえば、にっこり笑いながら「だったらいいんだ」などと言ってくる。
 (わざとだ!絶対にわざとだ!)
 ますます腹を立てながら、口の中にご飯を詰め込んだ。
 そんな様子を気にした風もなく、スザクはのんびりと転校生らしい質問をしてくる。

「次の授業って生物だよね」
「あぁ。次は移動教室だ」
「そうなの?理科室?」
「そうだ」
「じゃあまた案内よろしくね、ランペルージ」
「わかっているよ、枢木」

 会話だけなら普通の高校生。
 そんな二人が実は最悪な仲の敵同士だということを、一体この場にいる誰が信じるだろう。
 食事を続けながら、ルルーシュは自分の周りの日常風景を観察し、次いで隣のスザクにちらりと目をやる。
 手持ち無沙汰のようで、スザクも食堂内を珍しそうに観察していた。その顔に大将軍の面影はない。本当に、どこにでもいるごくごく普通の男子高校生だった。
 (そういえば同い年だったか。こうしていればお互いただの学生なのにな。しかしこいつは所詮ブリタニアの人間。いずれ倒さなければならない相手だ)
 だからなんでそんなやつと一緒に仲良く昼食を共にしているんだ!しかも移動教室の約束までして!馬鹿か俺は!
 自分で自分にツッコミを入れながら、ルルーシュは最後の一口を飲み込んだ。そして、極上の作り笑いを浮かべてスザクに言った。

「待たせて悪かったな。それじゃあ一度教室に戻ろうか」

 午後の授業が憂鬱でたまらない。
 はあ、とスザクは大きなため息をついた。
 学校なんて久しぶりすぎて正直疲れた。しかも何の嫌がらせか、一日中一緒にいてスザクの世話を焼いてくれたのはルルーシュだ。

「学校へ行けとは言われたけれど、まさかルルーシュと同じクラスだなんて。ユフィは知っていたのかな」

 いやまさかそんなはずはあるまいと、自分の主に対する疑念を振り払うかのように頭を振った。そのとき。

「なぜお前がここにいる」

 最高に不機嫌な声が聞こえてきた。
 彼とは何度も対峙したことがあるけれど、ここまで不機嫌を露にしているのは初めてかもしれない。

「なぜとは酷いな。僕はもうここの生徒だよ。どこにいようと文句を言われる筋合いはないはずだ。そうだろう?ルルーシュ」

 普段の大将軍の口調に戻ると、スザクはゆっくり後ろを振り返った。
 顔に不満の色をありありと浮かべ、こちらを睨み付けているルルーシュがいた。
 さっきまでの優しいクラスメイトとは大違いだ。自分もそうだが、自分以上に態度の違うルルーシュに内心可笑しくなる。

「今日は案内ありがとう」
「貴様に礼など言われたくない。それより何が目的だ」
「目的?」
「転校生などという名目でここに来た理由だ。まさか大将軍様が普通の学生をやってみたかっただなんて言うんじゃないだろうな?」

 小馬鹿にしたような態度で笑ってみせるルルーシュ。
 そんなルルーシュに、スザクはしばし考えるとあっさり理由を口にした。

「ユーフェミア様がおっしゃってくれたからだ」
「…は?」
「学生なら学生らしく学校で勉強するべきだと。この学校を選んでくれたのもユーフェミア様だ」

 予想もしていなかったスザクの言葉に、ルルーシュがぽかんと口を開ける。

「なっ…、ユーフェミアが勧めたからここに来たと言うのか!?」
「そうだ」
「ば、馬鹿じゃないのかお前!大将軍のくせに学生をやるだと!?」
「それを言うなら、君だって特命少年警視をやりながら学生をやっているじゃないか」
「俺は世を忍ぶ仮の姿が必要だっただけだ!学生らしさが欲しかったわけではない!大将軍が学生らしくするために学校に通うとは、聞いて呆れるな」
「その言葉、ユーフェミア様を侮辱する気か?」

 すっと目を細め、スザクはルルーシュを見据えた。大将軍の目がそこにあった。
 大抵の人間はこれだけで逃げ出したくなるものだが、対するルルーシュといえば、そんなスザクの顔には慣れっこだった。鼻でせせら笑うだけで怯えた様子も見せない。

「ふん。お前は口を開けばユーフェミアの名前しか出さないな。あんな偽善者のどこがいい」
「彼女は偽善者なんかじゃない。世界を思い、世界がより良いものになることを願っている心優しい人だ」
「邪悪帝国ブリタニアの人間くせに心優しいだと?笑わせるな」
「少なくとも、君のやり方よりはマシだ」
「ではお前はシャルル皇帝のやり方を認めるというのか?自分の欲のためだけに、世界を征服しようとするやり方を?」
「それは…君には関係ない」
「あぁそうだな。お前が何を考えていようが、俺には関係のないことだ。だがな」

 淡々と言葉を紡いでいたルルーシュは、冷え切った目でスザクを見ると、

「俺は、お前たちを絶対に許しはしない」

 忌々しげに吐き捨てた。
 その気迫に、思わずスザクは息を呑む。
 大将軍である自分が、ジェレミアがいなければ大した力もないこの少年に気圧されている。
 しかしそう感じたのは一瞬で、次の瞬間には、口元にいつもの皮肉げな笑みを浮かべるルルーシュがいた。

「だがここは戦場ではない。お前が手を出してこないというのならば、この学園内にいる間だけは休戦といこう」
「…もとよりそのつもりだ」
「ならばいい。じゃあな“枢木”。また明日」

 そうしてルルーシュはくるりと背を向け、校舎の中にへ戻って行った。
 がしゃんと辺りに大きな音を響かせて屋上の扉が閉まる。
 スザクは呆けたように扉の一点を見つめた。ルルーシュの黒髪が風になびく様が、残像のように残っている。

「なんだったんだ、一体…」

 ルルーシュのことは、敵としてだがよく知っているつもりだ。それなのに、今日見るルルーシュの顔はどれも初めてのものばかりで戸惑う。スザクの中になんとも表現しがたい感情が生まれていた。

「また明日、か」

 ルルーシュとは言い争いしかしていないし、最後は喧嘩別れのようだったというのに、その一言が妙に心地よかった。たとえ、嫌味交じりに言われたのだとしても。
 ブリタニアに属し、世界征服のために活動してきたスザクは、学校というものにあまり縁がない。そんな彼に学校を勧めてくれたのはユーフェミアだったが、彼女からの勧めでなければきっと断っていただろう。つまり、それだけ乗り気ではなかったということだ。
 だけど学校というものも悪くないかもしれない。

「学校の中では同級生だ。だが、一歩外に出れば俺とお前は敵同士。お前を倒すのは俺だ、ルルーシュ!」

 自分の中に芽生えた温かい気持ちを追い払うように、スザクはこの場にいないルルーシュに宣言すると高らかに笑った。
 ユーフェミアから、学生の間は大将軍としての仕事は休みだと命令されていることも忘れて。
 こうして何の因果か、ルルーシュとスザクの奇妙な学校生活が始まったのだった。
 (09.02.19)