あの先の未来で待っていて 8

 自分の持ち物を片付けようとして、持っているものはゼロの衣装しかないことに思い至った。
 (着の身着のまま、無一文っていうのはまさにこういうことだな)
 ルルーシュに出会わなければ今ごろ路上生活をしていたかもしれない。正義の英雄が路上生活とは、冗談でも笑えない話である。
 とは言えゼロの格好で家を出るわけにはいかないし、だからと言って裸というわけにもいかないから今着ている服は貸してもらおう。そう決めたスザクは衣装を紙袋に押し込んだ。
 それだけを手に持つと、今度はルルーシュの部屋を目指す。
 結局、一晩中ルルーシュは出てこなかった。部屋の前に置いた食事にも一切手は付けられていない。

「ルルーシュ」

 数時間ぶりにドアをノックしてみたけれど返事はなかった。

「僕の顔も見たくないと言うならこのままでいい。ただ、話だけ聞いてもらいたいんだ」

 部屋の中で息を潜めているルルーシュに語りかける。

「君に隠し事をしていたのは悪かったと思っている。ごめん。でも、僕はこの世界の人間じゃないから本当のことを言えなかった。実を言うと、僕は百年前から来た人間なんだ。もちろん、こんな非現実的なことを言っても信じてもらえないだろうけど、狂言や妄想なんかじゃない。昨日、スザクが言っていたことは全部本当だよ」

 中から応えはなかった。
 優しい年上のお兄さんと思われたかったわけではないけれど、こうして拒絶されるのはやはり寂しい。だったら真実を打ち明けなければいいのだが、ルルーシュにこれ以上嘘をつきたくなかった。
 寂しいと思える感情がまだ自分の中に残っていたのかと苦く笑い、スザクは息を吸った。

「僕がここにいたら君にもスザクにも迷惑をかける。だから、今日限りでここを出て行こうと思うんだ」

 そう伝えた途端、勢いよくドアが開いた。ようやく出てきたルルーシュは憔悴した色を顔に浮かべていて、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「今までありがとう。お世話になりました」
「なんで……俺やスザクが変なことを言ったからですか?昨日のは少し混乱していて、別に朱雀さんを責めたいわけじゃ……。お願いです、出て行くなんて言わないでください」
「でも、もともと二週間の予定だったし。それに、僕の存在は君たちの迷惑になるって言っただろう?」
「迷惑だなんて、スザクは何か勘違いしているだけで、朱雀さんは俺の親戚ということにしてちゃんと話せばきっと、」
「僕が枢木の親戚だってこと、彼に確かめないでいてくれたんだね」

 にこりと笑うと秀麗な顔が戸惑いの色を浮かべた。
 やはり彼は気付いていたようだ。居候している人間が枢木家の親戚ではないことに。
 そうでなければ、スザクの親戚だと自己紹介した人間を自分の親戚という設定にしたりしない。

「責めているわけじゃないよ。悪いのは嘘をついていた僕なんだから。でも、これでわかっただろう?僕は君ともスザクともなんの縁もない人間なんだ。こんな怪しい相手をいつまでも家に置いておくのは良くないよ」
「俺は気にしません」

 何を告げても自分を許そうとしてくれる優しさに頬を緩めた。
 出来ることならその優しさに甘えてずっとここにいたい。だけど、それはもう許されないのだ。

「スザクの言っていたことは全部本当だ」
「え……?」
「僕は、僕の大切な人を僕自身の手で殺した」

 突然の告白にルルーシュが目を丸める。頭の中では昨日の幼馴染の言葉が思い出されているのかもしれない。
 しばらくの沈黙の後、唇が震えながら開かれた。

「大切なのに、殺したんですか」
「それが彼の願いであり、僕たちの約束でもあったから」
「本当に……大切だと思っていたんですか」

 ショックを受けながらも冷静に問い質す姿はどこか凛としていて、やはり彼はルルーシュの生まれ変わりなのだと今さらながらに確信する。
 その瞳は怖気付くことなく、真っ直ぐスザクに向けられていた。

「思っていたよ。世界中の誰よりも大切だったし、今も大切だ。だから僕は彼の願いを叶えたし、彼のためにこれからを生きたい」
「じゃあ、スザクが言っていたことは本当に事実なんですね……」
「彼が何を知っているのか僕は詳しく知らないけど、彼が出会った人を僕が殺したことは事実だよ」

 きっぱり告げてもルルーシュの瞳は揺れなかった。
 殺人者と罵られたり警察を呼ばれたりという事態を想定していたのに、彼は声を出すことなくこちらをただ見つめていた。

「わかっただろう?僕はここにいちゃいけない人間なんだ。君に迷惑をかけないためにもすぐに出て行くよ。着るものがないからこの服だけはちょっと借りるけど、いつかちゃんと返すから。ごめんね」

 ありがとう、と伝えた。
 ルルーシュに背を向けて階段を下りる。
 温かい家。出迎えてくれる言葉。出来立ての食事。すべてが夢のようで、もう二度と手に入らないものばかり。
 ほんの二週間程度の時間は、確かにどれもが夢だったのだろう。
 背後で玄関のドアが音を立てて閉まるのを聞いた。そうして帰る術も行く当てもないまま、スザクはランペルージ家を後にした。
 (12.09.24)