ルルーシュはぼんやり窓の外を眺めていた。
夕暮れの空にはオレンジ色の雲が浮かび、鳥が悠々と飛んでいく様は見るからにのどかで平和だ。
「平和じゃないのは俺の心の中だけか……」
知らず溜め息が漏れた。
放課後の教室には誰も残っていない。スザクは部活があるからいつ戻ってくるかわからない。そもそも、隣のクラスだから戻ってきたところで気付かないかもしれない。
なのに、こうしてなんとなく待ってしまっている自分は何をしているのだろう。
(不毛だな)
何を期待しているのか。何を待っているのか。
ここ最近、自身の感情すら不確かで、自分がどうしたいのかもはっきりしない。
「……帰ろう」
家には朱雀がいる。幼馴染が素っ気ないせいか、彼のために食事を作ったり彼と一緒にテレビを観て過ごしたりすることは密かに楽しみになっていた。それに、誰かが自分の帰りを待ってくれていることも嬉しかった。
鞄を持って教室を出る。ドアの横の電気を消すと途端に視界が真っ暗になった。
「ルルーシュ?」
そこへ予期していなかった声が聞こえて、びくりと振り返った。
「まだ残ってたの?」
「なんだ、スザクか……。お前こそ部活はもう終わったのか?」
よく見ると普段の制服姿だ。長時間残っていた自覚はないが、どうやら授業が終わってからだいぶ経っていたようだ。
「忘れ物を取りに来ただけなんだ。でももうすぐしたら帰れると思う」
それはもう少し待っていてくれということだろうか。期待しかけて、しかしすぐに自分の中で否定した。
スザクはほかの友達と帰るに決まっている。朝だってひとりで先に行ってしまうのだから、自分に待っていてほしいだなんて思うわけがない。
「そうか、俺は夕飯を作らなければいけないからもう帰るな」
「……あのさ、このあと君の家にお邪魔したら駄目かな」
「家は駄目だ!」
大きな声が出てしまった自分に驚く。見れば、スザクも驚いた表情を浮かべていた。
「あ……、いや、今はちょっと……」
「なんで?」
「人が来てるんだよ。親戚だ」
「親戚?そんなの聞いてないよ」
急に声のトーンが変わったような気がして、ルルーシュは訝しげに眉を寄せた。
「急に泊まることになったんだから仕方ないだろ。だいたい、うちの親戚のことはお前には関係ないし、お前は俺のことを避けていたから話そうと思っても話せなかったんだ」
「そのことは謝るよ。でも一言伝えるくらいは出来ただろう?その親戚の人ってひとり?男?女?」
「だから、俺の親戚がどういう人間だろうとお前には関係ない」
「関係あるよ」
「なぜだ」
思わず苛々と聞き返してしまった。
話せないような雰囲気を作ったのは自分のくせに、まるでこちらが伝える努力をしなかったのがいけないのだと言われているようで納得がいかないし、尋問のように根掘り葉掘り訊かれるのも腹立たしい。
親戚という嘘はついているけれど、それが男なのか女なのかスザクには無関係だ。
「理由なんてどうでもいいよ。質問しているのは僕のほうだろ」
どこか暗い色の瞳でスザクが近付く。本能的に後ずされば背中にドアが当たった。
「ルルーシュ、君は僕の知らない誰かを家に上げてるの?」
「うるさいな!朱雀さんはそういう人じゃ、」
「朱雀?」
思わず声を上げてしまい、しまったと口を噤むが遅かった。
翡翠に先ほどとは違う色が浮かんだ。それはルルーシュが初めて目にする色だった。
「ねえ、朱雀って誰?僕と同じ名前だよね?」
「痛…っ」
右手を強く掴まれる。自分よりも力のあるスザクに掴まれると骨までぎしぎし音を立てるようで、痛みに顔を顰めた。
「いい加減にしろ!親戚だと言っているだろう!朱雀さんのほうは漢字で書くから、名前の音がたまたま同じだけだ!」
「その男、ひょっとして僕に似てない?」
朱雀のことは誰にも話していないのに、まるで彼の顔を知っているような口調にルルーシュは目を見張った。
すると、スザクの表情が歪んだ。
「予感がなかったわけじゃない……、けど非現実的すぎることがそう何度も起こるはずはないって言い聞かせてきた。でもあの人が来たのなら、その相手もいずれ来るような気がしていた」
「お前、何を言っているんだ……?」
いきなり怒り出したかと思えば、理解できないおかしなことを口にされて混乱する。スザクは一体どうしてしまったのだろう。
「君の家に行く」
それだけを告げると、今度は腕を引かれた。
「え、ちょっ、スザク待て!なんで俺の家に行くんだ!」
「言いたいことがある。いや、言わなきゃいけないんだ」
「言いたいことって、まさか朱雀さんにか?なに馬鹿なことを考えているんだ!スザク!」
どんなに止めようとしてもスザクの足は止まらなかった。こういうとき、力の差を歴然と感じて悔しい。
ずるずる引っ張るスザクと、ずるずる引っ張られる自分の姿を見て、すれ違う生徒は一様に目を丸めていた。
スザクは学校を出る前から無言だったけれど、恥ずかしさといたたまれなさと腹立たしい気持ちがごちゃ混ぜになって、ルルーシュも自然と無言になった。
そうして一言も口を利かないまま、二人は帰路に着いたのだった。
(12.09.22)