あの先の未来で待っていて 3

 こちらが家の方向なので、と案内されて道路脇の道を歩く。
 さすがにゼロの衣装のままでは目立ちすぎるだろうと上着だけは脱いだものの、わかる人が見たらバレてしまう。人の目が気になって最初は周囲を警戒していたスザクだったが、幸運にも道を歩く人の姿はなかった。

「この辺りは住宅街なんです。さっきの公園の向こうには商業施設があるから便利なんですよ」

 ルルーシュに良く似た少年の話によると、ここは日本のトーキョーらしい。見たところ、自分が知っているトーキョーの景色とあまり変わらないけれど、自らの夢だから変わらないのは当然なのかもしれない。
 しかし、試しに「今は皇暦何年?」と訊いたら、彼は怪訝な顔をしてみせた。

「皇暦というのは随分前になくなりましたが」
「え?」
「百年前のことですね。今年は世界が解放されて記念すべき百年目の年だからって、いろんなメディアが特集を組んでいますし」
「百年……?」
「まさか朱雀さんもスザクみたいに歴史が苦手だって言わないでくださいよ」

 少年がくすくすと笑う。その様子は冗談を言っているようには見えない。
 (まさか)
 自分にしては理解の早いほうだと他人事のように思った。だけど、いくら夢でもこんな内容あるはずがない。絶対に有り得ない。

「かの有名な悪逆皇帝は知っているでしょう?彼が死んだときに皇暦も廃止されたんです」

 しかし、ルルーシュの言葉が決定的だった。
 (ここは……百年後の世界……?)
 そんな馬鹿なとすぐに否定する。
 (きっと公務で疲れていたんだ。久しぶりの休みで一気に気が抜けて、だから馬鹿げた夢を見るんだ)
 第一、夢でなければ目の前の彼と彼の幼馴染をどう説明する。
 スザクのほうは知らないけれど、少なくともルルーシュに関しては百年前の彼と同じ人間にしか見えない。
 非現実的なものをすべて否定するつもりはないけれど、これはすんなり認められるような現象ではなかった。
 (同じ顔で同じ名前で、まさかルルーシュの生まれ変わりとでも……)
 そこまで考えてハッとする。
 ゼロレクイエム前のあのとき、ルルーシュは「生まれ変わり」と口にした。もしかしたら、彼はこんな世界を知っていたのではないか。
 (それこそまさかだ)
 ギアスという超常の力があるなら、生まれ変わりという人智を超えた現象も実際にあるのかもしれない。だけど、生まれ変わりとタイムスリップを同時に説明することは難しい。
 その上、過去に大きく関わった人物とこれほどタイミングよく会えるだなんて、やはりこれは夢でしかないのだ。

「どうかしましたか?」
「いや……、歴史は久しぶりだから色々忘れていてね」
「本当ですか?」

 ルルーシュはまだ笑っている。きっと彼の中のスザクと比べているのだろう。
 この夢の二人は何の憂いもなく幼馴染として付き合えていることが窺えて、スザクも表情を和らげた。
 現実の自分たちは色々ありすぎて好きの一言はもちろん、ただの友達に戻ることすら出来なかったけれど、せめて夢の中では普通の学生として生きてもらいたい。

「じゃあ、もしかしてさっきの場所の意味も知らなかったりしますか?」
「あそこに来たのは初めてだったんだ」
「そんなこと言ったらゼロ信奉者に怒られますよ。あそこは悪逆皇帝が討たれた地、つまり英雄ゼロが世界の解放を実現させた場所なんです」

 それは即ち、自分がルルーシュを殺した場所。
 記念碑が立つのだから何らかの意味があるのは当然だし、碑に刻まれた文字もちゃんと読んでいたのにそのことに思い至らなかった。
 (僕が、殺した)
 自分にとってはたった一年前のことが、ここでは百年も前の出来事として残されている。それが不思議であり、なんともいえない遣る瀬無さを抱かせた。

「朱雀さん?」

 足を止めていたことに気付き、慌ててルルーシュとの距離を縮めた。

「君は色々と知っているんだね」
「俺は普通です。スザクもあそこにはこの間初めて来たって言っていたし、もしかして枢木家の人間は全員、歴史が苦手なんですか?」

 冗談っぽく訊かれ、肩を竦めてみせる。

「歴史と言うより勉強全般かな。出来ないわけじゃないけど、どうにも得意になれなくて」
「それだといつも課題をサボるスザクと一緒じゃないですか。二人は本当に血が繋がっているんですね」

 その言葉には曖昧に笑うしかなかった。彼は『スザク』との共通点を見つけて微笑ましくなっているのだろうが、スザクにとっては見ず知らずの人間なので、あまり追求されるとボロが出てしまいそうだ。

「あ」

 そのとき、幸か不幸かルルーシュの歩みが止まった。何かを思い出したような声にどうしたのかと横を見れば、立ち止まったルルーシュもこちらを向いていた。思い切り目が合う。

「どうかした?」
「あ……、いえ、すみません、なんでもないんです」
「なんでもないって顔じゃないけど?」
「本当になんでもないんです……。ただ、夕飯の買い物を忘れたと思って」

 ぼそぼそと答えるルルーシュはどこか恥ずかしそうだ。スザクは首を傾げた。

「買い物なら付き合うよ?」
「いいえ!俺のほうからうちに来てくださいって言っておきながら買い物を手伝わせるなんて、まるでそれが目的だったみたいじゃないですか!」

 力説された内容をよくよく咀嚼する。
 つまり、居候をさせる相手に一緒に買い物してくれと頼むのは、彼にとっては許しがたいことのようだ。
 (そういう変にきっちりしているところ……なんだか似ているな)
 居候させてもらうのはこちらだし、買い物だろうとなんだろうと好きに手伝わせればいいのに、彼の中のルールでは認められないのだろう。
 でも、嘘をつくのは少し下手だと思った。
 現実のルルーシュならば、途中で気付いても顔には出さず、家に着いてから再びひとりで買い物に出かけただろう。しかし、目の前のルルーシュは声を漏らすという初歩的なミスを犯してしまった。
 自分のよく知っているルルーシュもイレギュラーが発生するとたまにパニックになっていたけれど、こんな風に可愛らしい反応はしなかったかもしれない。
 (って、可愛らしいって表現はおかしいだろう)
 自らにツッコミを入れつつ、スザクは小さく咳払いをした。

「違うよ。居候させてもらうんだから、君は僕を好きに使っていいんだよ。気を遣う必要なんてない」
「でも……」
「でも?」

 口籠もったルルーシュを急かすことなく待つ。一時間だろうと二時間だろうと、話してくれるのならいくらでも待つつもりだった。隠されたり嘘をつかれたりするなら、待つことのほうがずっとマシである。
 (あの頃の自分たちは、話を聞くことすらしようとしなかったから)
 胸がつきんと痛んだような気がして、でもそれには気付かないふりをした。
 すべては今さら後悔しても意味のないものばかりだ。

「朱雀さんはスザクの家と仲が悪いのでしょう?そんな家の隣に居候するのはやっぱり迷惑なんじゃないかと思って……」
「要するに、僕に何も手伝わさないのは罪滅ぼしのつもり?」

 沈黙が答えだった。
 どうやらこのルルーシュは相当のお人好しらしい。幼馴染の親戚らしいという情報だけで怪しげな男を信じたり、行くところがないならと住処を提供したり、挙げ句に、無理やり居候させるのだから手伝いなんてさせるのはもってのほかと考えていたり。
 幼馴染と関わりのない人間相手でも同じようなことをしたのだろうか。

「――本当は、ちょっと対抗してみただけなんです」
「え?」

 ぽつりと呟かれた声が小さくて聞き返したけれど、なんでもありませんとルルーシュは笑った。

「じゃあ朱雀さんには荷物持ちをしてもらおうかな」
「体力と腕力には自信あるから」
「そういうところもスザクとそっくりなんですね。歳が同じだったら生き別れた双子だと思ったかもしれません」
「君はいくつだっけ?」

 見たところ今の自分より年下なのは明らかだけど、再会したときのルルーシュよりもまだ少し幼い気がする。

「十七です」
「えっ、じゃあ僕と二歳違い?スザクも?」
「同い年ですから。知らなかったんですか?」
「う、うん、年齢を気にしたことがなかったから……。そっか、そうなんだ……」

 返ってきた答えに思わず驚いてしまった。
 自分の知っているルルーシュは十歳のときからすでに大人びた雰囲気を持っていた。
 だけどそれは、彼が早く大人にならなければいけない環境に置かれていたから仕方なく子どもらしさを捨てただけであって、戦争も争いもない平和な世界ならば、あのルルーシュもこんな顔をしていられたのかもしれない。
 (ここは、僕の知っている世界とは本当に違うんだな)
 言葉に出来ない何かで胸がいっぱいになった。みっともない姿を見せるわけにはいかないと思うのに目の奥が熱くなる。

「俺とスザクが十七歳だと何かおかしいですか?」
「いや、ちょっと感慨深くなっているだけだよ」

 ルルーシュがわからないという顔をする。スザクは何も言わずに笑っただけだった。

「それより買い物に行こうか。あまり遅くなると君が大変だろう?」
「あっ、そろそろスーパーのタイムセールの時間が始まる」

 時計を見て慌てた彼に、今度は声を上げて笑ってしまった。タイムセールだなんて、この子とルルーシュはどこまでそっくりなのか。

「だったらなおさら僕は必要だね。レジに並ぶのも荷物持ちも、僕で良ければなんでもするよ」
「本当ですか?じゃあ……お願いします」

 ルルーシュがぺこりと頭を下げた。

「ただ、ひとつだけ希望を言わせてもらうなら、スーパーに行く前にこの服を着替えさせてくれないかな」

 衣装について指摘してこなかった彼には感謝しているけれど、さすがにゼロの恰好のままスーパーに行くのはいろんな意味で問題だ。すると、一瞬きょとんとしたルルーシュが小さく吹き出した。

「そうですよね。そんな芸能人みたいな恰好をしていたら目立って困りますよね。俺の家まであと三分ぐらいだから、急いで戻って着替えましょう」

 ゼロではなく芸能人と表現されたことにホッとした。一式の衣装でなければ案外わからないのかもしれない。
 そして、楽しそうに笑うルルーシュの姿を微笑ましく見つめながらスザクは思った。これが本当に現実ならばいいのにと。

* * *

 朝からキッチンに立つ後ろ姿を呆然と眺めた。
 フライパンに油を敷く音。火にかけられた鍋がことことと鳴る音。包丁がまな板に当たる音。
 どれもが遠くて懐かしい音だった。
 漂う匂いは食欲を刺激するものばかりだ。久しく嗅いでいないけれど、自分の嗅覚が勘違いしていなければ、これは間違いなくお袋の味と呼ばれるものの匂いである。もっとも、自分の食べる日本食はお袋の味と言うよりルルーシュの味だったけれど。

「おはようございます、朱雀さん」

 振り返ったルルーシュに朝の挨拶をされて、反射的に「おはよう」と応えた。

「もうすぐ朝食が出来るのでそれまで新聞かテレビでも観ていてください」
「……今日っていつかな」
「へ?」

 火を止めたルルーシュがスザクのところにやって来る。エプロンの下は学生服で、それが彼にはやけに似合っていた。
 記憶の中のルルーシュもよく制服のまま料理を作っていたけれど、元皇子様にもかかわらずその立ち姿に違和感はなかった。見た目はどこまでも皇子様なのに、中身はどこまでも家庭的だったと現実逃避のように思い出す。

「僕が知る限り、今は皇歴だと二〇一九年のはずなんだけど」
「昨日も言ったとおり、皇歴なんてもう誰も使っていないですよ。皇歴なら今は二一一八年だから、二〇一九年だと約百年前になってしまいます」

 眩暈を感じたような気がして思わずテーブルに両手をつく。「大丈夫ですか?どこか具合でも悪いんですか?」と尋ねられて頭を上げると、心配そうな顔があった。

「ルルー、シュ」

 これは本当に現実なのか、もしかしたら醒めない夢を見続けているだけなのか、スザクには知る由もなかった。確かめる術もない。
 だけど、ひとつだけ確かなことがある。

「す、朱雀さん!?」

 腕を伸ばし、目の前の体を引き寄せた。その痩身を腕の中に閉じ込めれば彼の生きている鼓動がした。
 (生きている)
 彼はルルーシュではない。たまたま名前と顔が同じなだけで、自分の知っているルルーシュとは違う。本当に彼がルルーシュの生まれ変わりだとしても、二人はまったくの別人だ。
 それでも、こうして生きていることに違いはない。
 驚いたルルーシュはすっかり固まってしまっていたけれど、今はちゃんと説明してあげる余裕もなく、スザクはただ彼を抱き締め続けた。
 (12.09.19)