あの先の未来で待っていて 2

 チチチ、と鳥の囀りが聞こえた。もう朝が来たのかと眉を寄せる。
 そういえば、結局服を脱がないまま眠ってしまった。休日一日目の仕事は皺になった服を専属のクリーニングに出すことだなと思いながら瞼を上げた。
 そして、スザクは目を瞠ったまま固まった。

「ここはどこだ……?」

 記憶が確かならば、昨日は間違いなくベッドに横になったはずだ。ならば何故、木々の生い茂る場所に立っているのか。

「夢……?」

 まだ夢を見ているのだろうかと思わず頬を抓ってみた。

「痛い」

 他人事のように呟いたスザクは、改めて辺りをぐるりと見渡した。足の下で柔らかい草が音を立てた。背の高い樹の間からは太陽の陽が射し込み、地上をきらきらと輝かせる。
 目の前には大きな石碑がひとつあった。この場所でもっとも存在感を主張し、黒々と鈍く光ってスザクの前にそびえ立っていた。
 驚きで固まっていた足を無理やり動かして一歩を踏み出す。石碑の周りをぐるりと回ってみると、裏側に何やら説明書きがあるのを見つけた。

「悪逆皇帝ルルーシュ、この地で英雄ゼロに討たれる……。記念碑なのか?いつの間にこんなものを」

 見たところ個人が勝手に立てたものではなさそうだ。どうやら英雄ゼロが悪逆皇帝を討ったことを記念しているらしい。

「随分と立派だな。勝手にこんなものを作るなと言っておいたはずなんだが」

 説明書きにはほかにもルルーシュ皇帝の圧政と悪政、ゼロの活躍、悪逆皇帝が討たれたときの詳細な様子などが記されていた。
 昔、日本の観光地で見たような平凡な立て札だ。観光地にはよくあるもので珍しくも何ともない。
 しかし、ふと妙な違和感を覚えた。
 (なんだ?何かが……)
 もう一度、最初から説明を読む。書かれていることはおかしくない。どれも史実通りのことだ。
 だが、最後のほうに記された日付を見て違和感の正体に気付いた。

「石碑が立ったのはゼロレクイエムから十年後……?」

 最後の皇帝であるルルーシュが倒れたことで皇歴は廃止された。今は違う年号を使っているけれど、数え間違いはしていないはずだ。では、なぜ未来の出来事が書かれているのか。
 さらには、この説明によるとここで悪逆皇帝が討たれたことになっている。つまり、一年前に自分がルルーシュを殺した場所ということだ。
 だけど昨日、同じ場所で記念式典を行ったばかりである。あのときはコンクリートで固められた広場があるだけで緑などなかった。植林して新たに整備したのだとしても、たった一日で木々に覆われた場所になるはずがない。
 再び正面に周り、石碑を見上げる。

「どういうことなんだ……」

 自分は夢を見ているのだろうか。夢でなければこんなことあり得ない。
 呆然と立ち竦んでいたスザクの耳に、草を踏み締める微かな音が聞こえた。普通の人間ならば聞き取れないようなそれは、軍人としてずっと過酷な状況に身を置いていたスザクだからこそ気付いた音でもあった。
 咄嗟に浮かんだのは暗殺者の存在で、反射的に振り返った。飛び道具が出てきたりあまりに大人数なら厄介だが、一対一なら負ける気はしない。
 そんなことを考えながら身構えたスザクだったが、ほんの数メートル先にいる人物を確認して息を飲んだ。
 心臓が止まるかと思った。

「うそ、だ」

 無意識に呟いた言葉が自分の耳に入ることすらどこか非現実的に感じられた。
 嘘だ。これはやはり夢だ。
 (だって、夢でなければ目の前にいる彼は一体誰なんだ)
 小道の真ん中に立ち、どこか驚いた様子でこちらを見ている少年がいた。
 制服に身を包んだ姿は明らかに学生で、少なくとも暗殺者の類ではなさそうである。だから彼の存在自体に不審なところはない。
 その顔がルルーシュとまったく同じ顔をしていることを除いては。
 (いや、現実的に考えてみろ。ルルーシュは僕が殺した。間違いなく一年前に死んだんだ。こんな場所で亡霊のように立っているはずがない。彼はきっとルルーシュによく似た子どもだろう。それより、今は僕の顔を見られたことのほうが問題だな。ゼロの衣装は誤魔化せないし、どうすれば……)
 残念ながら、ルルーシュのように瞬時に対応策を考えられるタイプではない。堂々とゼロの恰好をしておいて、自分はゼロではないと言い逃れる術も持たない。
 (とりあえず眠ってもらうか)
 あまり乱暴な方法は取りたくないが非常時である。無理やり眠らせたらゼロ専用の医療チームに身柄を預け、今日の出来事を忘れるよう催眠をかけてもらおう。
 対処を決めたスザクは、固まっていた足を動かした。見れば見るほど彼の顔はルルーシュそのものだったけれど、心を動かされるなと自分自身に言い聞かせる。
 少年の横を通り過ぎて背後に回ろうとした、そのとき。

「あの」
「…っ!」

 ルルーシュに似た顔がこちらを向き、さらには声をかけられた。たった一言だったけれど、その口から漏れた声は懐かしい響きを持っていてスザクは身動きが取れなくなった。

「もしかして、スザクに会いに来たんですか?」
「え……?」
「間違っていたらすみません、でもスザクによく似ているからもしかしたら親戚の方なのかと思ってつい……。でも、いきなり声をかけられたら驚きますよね、すみません」

 失礼しました、と頭を下げた少年がそそくさとこの場を離れようとする。

「待って!」

 引き留める自分をスザクはどこか他人事のように感じていた。
 見知らぬ場所。日付のおかしい記念碑。ルルーシュに良く似た少年。彼の語る『スザク』という人物。
 それらが何を意味するのかまったくわからない。ここは夢なのか現実なのか、それすらわからない。
 だけど少しだけ、一分でも二分でも構わない、もう少しだけ彼と話をしてみたいと思った。
 (そうだ、これは夢だ。夢だからルルーシュそっくりな学生に都合良く会えたんだ。だったら多少のことは許されるはずだ)
 つい先ほど現実的な対処を決めたばかりなのに、あっさり方向転換する自分が可笑しい。
 でも、きっと夢だからいいのだ。

「スザク……と言ったね。君は彼の知り合い?」

 少年の反応を窺いながら話を進める。

「はい、スザクの幼馴染でルルーシュ・ランペルージと言います。隣の家に住んでいるんです」

 スザクにルルーシュ。しかもルルーシュは苗字まで一緒とは出来すぎた夢である。

「そうなんだ。僕はスザクの親戚で、名前は……朱雀だ」
「同じ名前なんですか?」
「僕のほうは漢字で朱雀と書くんだけどね」
「それじゃあ呼ばれたら二人とも振り返っちゃいそうですね。音だと漢字とカタカナの違いなんてわからないし」
「だからいつも困るんだ」

 肩を竦めて見せれば『ルルーシュ』と名乗った少年が笑った。
 どうやらこちらの『スザク』も同じようにスザクと書くらしい。自分は漢字の名前なのだと、咄嗟にしては上手く誤魔化せただろう。
 もしルルーシュが見ていたら、お前にこんな芸当が出来たのかと笑ったかもしれない。ゼロとしてやってきた一年は伊達じゃないんだよ、と心の中で呟く。

「これからスザクに会うんですか?」
「いや、実は僕の家と彼の家はあまり仲が良くなくて」
「それなら何故ここに?」
「えっと……、家出みたいなものかな。なんとなくこの町まで来たけど、スザクのところに行くわけにもいかないからぶらぶらしていただけなんだ」

 でも、やはり嘘をつくのは苦手だ。
 自分でも呆れてしまう酷い嘘に、ルルーシュレベルまで達するのは一生かかっても無理そうだと内心苦笑いする。
 (さすがにこれ以上は怪しまれるか)
 名残惜しいけれど、不審な目で見られるようなことがあったら悲しい。ここはひとまず離れるしかなさそうだ。
 最初の予定では彼に自分のことを忘れてもらうつもりだったけれど、その考えはスザクの頭からすっかり消えていた。

「じゃあ、僕はそろそろ行くよ」
「あ……待ってください!」

 しかし今度はルルーシュに引き留められた。

「行くところがないならうちに来ませんか?」
「へ?」
「俺もスザクと一緒で、両親はあまり家に帰ってこないんです。今は二人とも出張に行っているからちょうどいいし、もし何かあったときに隣がスザクの家なら便利でしょう?」

 スザクはぽかんと口を開けて固まった。
 さすがは夢の中の展開だ。都合がいいなんてものではない。
 それにしても、この『ルルーシュ』には警戒心というものがないのだろうか。いくら幼馴染の親戚とはいえ、見ず知らずの人間をいきなり家に招くとはどういうことなのか。親戚というのは嘘で、彼の家に侵入するのが目的だったらどうするのだ。
 (確かに親戚は嘘なんだけど)
 それとも『スザク』の名前を出せば無条件で信用してくれるのか。いずれにしろ、夢ではあるものの彼が心配だ。

「でも僕、身ひとつで出てきてしまったから何にも持っていないんだ。所持金も尽きたし、君に迷惑をかけるから」
「だったら三食付きで一時的に住むところを提供するというのはどうですか?」

 それはもっと駄目だろう。
 思わずツッコミそうになった言葉を飲み込む。
 どうすれば納得してもらえるか必死に考えた。君の家には行けないときっぱり断わればいいだけなのに、拒絶したら目の前の彼が傷付いた顔をしそうで、どうしてもはっきり言えない。自分の夢だというのに可笑しなものだ。

「昼間は人がいないから誰かが家にいてくれれば助かるし、スザクの親戚の方なら安心してお願い出来るんですけど……、駄目ですか?」

 なかなか返答が返ってこないのが答えだとわかったのか、『ルルーシュ』がしゅんとした顔をする。その様子にスザクは動揺した。
 子どもっぽい反応は、自分の知っているルルーシュが一度も見せたことがないものだ。
 ちゃんと子どもらしい顔が出来るじゃないかと安心し、このまま無碍に断わるのは申し訳ないと思った。夢にもかかわらず。

「――わかったよ」

 途端に『ルルーシュ』が表情を輝かせた。あまりにもわかりやすい反応に笑みが零れる。
 彼の誘いに頷いたら目が覚めてしまうのではないかと少しだけ危惧していたけれど、どうやらそんなことはないようだ。
 彼ともっと話をしたいという願望を誰かが聞き入れてくれたのかもしれない。

「君のご両親が帰ってくるのはいつ?」
「二週間は大丈夫です」
「じゃあ二週間、君の家にお世話になってもいいかな」
「もちろんです!」

 夢ならばいつか必ず覚めるのだ。だったら、それまでは夢に浸っていてもいいではないか。
 (はじめから期限が決まっているとわかっているのに、僕も学習能力がないな)
 過去の後悔を繰り返しているのだとしても、誘惑に抗うことは出来なかった。
 それが、『ルルーシュ』との出会いだった。
 (12.09.18)