「一回の飲み代で誤魔化されるつもりはないけど、今日のところはとりあえずこれで許してあげるから」
にこやか且つ爽やかに言われ、一体それはどこの取り立て屋だというツッコミの言葉をリヴァルはなんとか飲み込んだ。
付き合いの浅い人間はスザクを優しくてお人好しで天然の好青年ぐらいにしか思っていないが、高校時代から彼を知っているリヴァルに言わせればスザクはとんだペテン師だ。
スザクのことを悪い人間だと思ったことはない。良い友達付き合いをさせてもらっていると思う。ただ、ときどきタチの悪い状況に陥ってしまうことを除いては。
居酒屋の座敷で、仕事帰りの二人は向かい合って座っていた。
リヴァルの携帯にスザクから電話があったのは五日前の日曜日だった。
「ルルーシュに余計なこと吹き込んだでしょう。何を言ったの?どういうつもり?もちろんわかっているよね?」と刺々しい口調でやんわりと追い詰めてくる電話は初めてではなく、“終わったな……”とスザクの第一声を聞いた瞬間にリヴァルは悟った。そうして、金曜日の夜に会うことを約束し、お詫びも兼ねて飲み代はリヴァルが全部持つことになった。
パブリックイメージと実像が違うという典型例がスザクだと思う理由はここだ。
高校で初めて会ったとき、リヴァルもスザクのことを天然でお人好しの人間だと認識していた。しかし、付き合いが長くなるにつれ、その認識は変えざるを得なくなった。
確かにスザクは優しい。馬鹿が付くほどお人好しなときもある。彼が怒っている姿を見たことはなく、いつだってにこにこしている。ただし、それらはすべて“ルルーシュに何かしなければ”という条件付きだった。
スザクの最優先事項はいつだってルルーシュだ。ルルーシュが関わると良くも悪くも態度が変わる。もし万が一、ルルーシュに傷が付くようなことがあれば、その相手を地獄の果てまで追いかけて報復するだろう。
高校二年のとき、校内のあまり柄の良くない連中にたまたま絡まれ、ルルーシュが腕を少しだけ怪我したことがあった。あのときのスザクは、顔に笑みを張り付けたまま五人もいた相手を一瞬で再起不能に陥らせた。もしルルーシュが止めていなかったら殺していたんじゃないかというほどの殺気で、こいつだけは絶対に怒らすまいとリヴァルは誓ったものだ。
最近は大人になって我慢することを覚えたのか、あからさまにキレることは少なくなったようだが、ルルーシュに余計なことを言っただろうとたまにこうして因縁を付けられることがある。何かを勘違いしたルルーシュとそれに振り回されるスザクが喧嘩をし、原因を作ったリヴァルに非難の矛先が来るというのが大抵のパターンだった。リヴァルとしては痴話喧嘩に巻き込まないでくれと言いたいが、さらに仕返しされそうなので黙っている。
要するにこいつらはバカップルなんだ、というのが長い付き合いの中で導き出した唯一の答えだった。
「まぁ今日は俺がおごるけどさ。でも、スザクはこんなところで飲んでていいのかよ。ルルーシュが家で待ってるんじゃないの?」
「ルルーシュは今日は家族水入らずだよ」
「水入らず?」
「ずっと仕事仕事で、お母さんにもナナリーにも会う時間がなかったからね。久しぶりに実家に戻ってる。だから今日は早く家に帰っても意味がないんだ」
「それで俺が呼び出しくらったというわけですか……」
実にわかりやすい、とリヴァルは思った。
日曜日に電話があったとき、ルルーシュが少し早い春休み中で、スザクの仕事もひと段落したところだから、これから毎日早く帰ってルルーシュの作る夕飯を食べるのだと聞いてもいないのに自慢された。ならば自分と飲んでいる時間などないんじゃないのかと疑問に思っていたのだが、ようやく合点がいった。
家にルルーシュがいないのなら帰っても仕方ない、だったら余計な情報を吹き込んだリヴァルを絞めるついでに夕飯を奢らせるか。とスザクが考えたかどうかは知らないが、真相としては大方間違っていないだろう。
内心こっそり溜め息をつきながら、リヴァルは小皿の上の料理をつついた。
(そもそも、なんで俺がこんな目に遭わなければいけないんだよ。勘違いしたのはルルーシュで、原因はすべてルルーシュなんじゃないの?)
今さらながらに理不尽なものを感じ、文句の一つや二つ言う権利はあるだろうとスザクに向かって行儀悪く箸を突き出した。
「誤解のないように言っておくけど、俺は全然悪くないからな!」
「何が?」
料理をもくもくと食べていたスザクが不思議そうな目を向ける。この子犬のような目にきっといろんな人が騙されているのだと思うと羨ましい……ではなく、腹立たしい。
「だーかーら!俺はルルーシュに変なこと吹き込んでないって!」
「でも、同棲は二年以上するものじゃないって言ったんだろ?ついでに、二年以上同棲しておいて何もしてこない相手は、もう気持ちがなくなっているだなんて言っただろ?おかげでルルーシュが勘違いしまくって大変だったんだよね。そんなに僕たちの仲を引き裂きたい?」
顔は笑っているし言い方も優しいのにどことなく恐ろしさを感じてしまうのは、ちくちくと刺してくる口調だろうか。それともちっとも笑っていない目だろうか。
「そ、それは確かにルルーシュに言ったけど、俺はそういうつもりじゃ……」
「なら、どういうつもり?」
うっ、と一瞬言葉に詰まったリヴァルだが、ここで言わなきゃ全部自分のせいになってしまうと勇気を振り絞る。
「だからさ!ルルーシュの話だと、俺が“同棲は二年以上するものじゃない”って言ったことになってるんだろ?でも、その話にはまだ続きがあるんだよ!」
「続き?」
箸を止めたスザクがじっと見てくる。スザクに気のある女の子なら顔を赤らめたかもしれないが、残念ながらリヴァルにそんな気はない。むしろ恐怖に慄いてしまうくらいだ。
(なんで俺がこんな目に……!)
自分に降りかかった不幸を嘆きながら、自らの正当性を証明するためにリヴァルは口を開いた。
(09.08.16)