again and again 7

「えーと。とりあえずルルーシュのいろいろな誤解を解いていかなきゃいけないんだけど」

 いつまでも身体を押さえつけているような体勢はマズイだろうと、ひとまず二人並んでソファに腰掛けた。

「まずは君が不安に思っていることを全部話して」
「全部と言われても……」
「どんな些細なことでもいいんだ。この際だから全部ぶちまけてさ、すっきりして安心しよう。ね?」

 ルルーシュの左手を握り締める。振り解かれないのをいいことにそのまま指を絡めた。

「……ならば聞くが、リヴァルの言っていたことは」
「それは嘘。絶対に嘘。二年以上同棲しちゃいけないって法律はないし、同棲期間が長いか短いかなんて人によって違うものだろ?少なくとも僕は、どうでもいい人と惰性でずっと一緒には暮らせないよ」
「じゃあ俺のことを嫌うとか飽きたとかは……」
「ない!絶対にない!お願いだから、リヴァルの言うことを全部真に受けないで。本当にそれだけはやめて」

 スザクの懇願に渋々といった感じでルルーシュは頷いた。
 ルルーシュは頭がいいのに、リヴァルの発言を妙に信じてしまうところがある。特に恋愛事に関しては、これまでルルーシュがあまり興味を持ってこなかったためそもそもの知識が足りないし、相談したいことがあってもスザク相手だと当事者同士になるので相談できない。唯一、話をできるのがリヴァルというわけだが、それが大いに問題だった。
 リヴァルの話には正しい部分もあるけれど、あくまで物事のひとつの見方でしかない。それなのに、真に受けたルルーシュが大きく誤解することがたまにある。その被害を被るのは大抵スザクだ。
 いつもなら笑って許せるが、さすがに今回ばかりは勘弁してくれというのが率直な心境だった。

「リヴァルは恋愛の達人じゃないんだからさ。何か聞きたいことがあるのなら僕に直接聞いてよ」
「だけど、お前は最近ずっと忙しそうにしてたじゃないか」
「忙しいのはルルーシュも一緒だろ?」
「それはそうだが……。でも、忙しいっていうのは言い訳で、本当はお前が俺に飽きたんじゃないかって思っていた」
「だからなんで?それもリヴァルに言われたの?」

 ルルーシュは首を振った。

「たしかにお互い忙しかったし、俺もあまりお前に構ってやれなかったけど、……お前がどうしてもって言うなら、してもいいと思ってたんだ。それなのに、昨日の夜もお前は普通に寝てしまうし。一緒に暮らし始めたばかりのころは日を置かず……だったから、お前は俺のことなんてもうどうでもいいのかと……」
「……ちょっと待ってルルーシュ」

 もごもごと話す言葉を遮る。
 一瞬、自分の都合のいいように話の方向を考えてしまい、いやまさかルルーシュに限ってそんなことは、とスザクは思い直した。これはきっと違うことを話していて、それがたまたまそういう風に聞こえているだけだ。

「ひとつ確認するけど、それって何の話?」
「あ……」

 スザクの問いに、ルルーシュの顔が一気に赤くなる。
 え?なんでそこで照れるの?照れるならその前の段階じゃないの?と心の中でツッコミを入れながら、自分の思い違いではないことをスザクは確信する。がしりとルルーシュの両腕を掴み、視線を合わせた。

「あのさ、つまりルルーシュの言いたいことをまとめると、どんなに忙しくても僕が頼めばいつでもセッ」
「は、はしたないことを口にするな!!」

 続く言葉は口を塞がれてしまい喉の奥へと消えた。さっきはかなり大胆な発言をしていたのに、照れる場所が違うのではないだろうかと不思議に思いつつ、ルルーシュの手を取った。そして手の平をぺろりと舐める。驚いたルルーシュが手を引こうとするけれど、スザクがしっかり握ってしまっているのでびくともしない。顔は真っ赤に染まっていて、相変わらず可愛い反応だなと思った。
 スザクはルルーシュの手を自分の頬に当てた。

「はしたなくないよ。好きな人と一緒にいるんだから、そうしたいって思うのは当然の反応だろう?」
「……だけど、お前は何もしてこなかったじゃないか」

 自ら爆弾発言をしてしまったことに気付いて吹っ切れたのか、珍しくルルーシュがストレートに聞いてくる。全部ぶちまけようと最初に言ったのも功を奏しているのかもしれない。

「昨日だって、俺が帰ったらもう寝ていたし。確かに午前三時に帰って来る俺がどう考えても悪いのだが、今までなら次の日が休みだと……」

 しかしやはり限界だったのか、言葉尻を濁して目を泳がせる姿にスザクはくすりと笑った。

「それはね、僕も少しは成長したってこと。毎日激務の君にムリさせたら次の日が大変だろう?これでも一応、我慢することを覚えたんだよ。でもルルーシュが心配になるって言うなら遠慮なく」
「い、いい!そのまま我慢していろ!」
「えぇー」
「そもそも、お前は加減というものを知らないんだ!どうして0か100なんだ!」
「どうしてと言われても……」
「どうせ学校でも加減しないで愛想を振りまいているんだろ」

 ふん、と拗ねたように言われスザクは首を傾げた。

「さっきからずっと気になってるんだけど、やたらと学校にこだわるね。念のために言っておくと、僕は勤務先の生徒も先生もまったく眼中にないよ」
「お前にその気がなくても、向こうは勝手にその気になってるかもしれないということだ。いつでもどこでも誰に対しても人当たりの良い顔をするから、おかげで女性人気は昔からあったよな」
「だからさ、僕にそういうつもりはないし、年上の女性に好かれるのは不可抗力なわけで……」

 あまり信じていないような目で見られ、うーん困ったとスザクは唸る。第一、人気というのならルルーシュなんてスザクの比じゃないのに、スザクばかり責められるのは理不尽な気がした。その上、自分に向けられる好意に一切気付かないから余計にタチが悪い。
 なんと言って聞かせようか考えていたら、するりと手を引き抜かれてしまった。「あっ」と思ったときには、ルルーシュは取り戻した手をもう片方で大事そうに握っていた。
 仕方がない、とスザクは手持無沙汰になった自分の手をソファの上に落とした。

「……お前の言っていたことは全部本当だったんだな」
「え?」

 呟く声に横を見れば、握り締めた両手をじっと見つめるルルーシュがいた。

「俺たちには言葉が足りなかったことも、お前が俺に隠し事なんてしていなかったことも、……俺だけだって言ってくれたことも。全部」
「――うん、本当だよ」

 宝石のようにきらきらしい瞳がスザクに向けられる。
 良かった、と思った。この美しい紫を失うようなことがなくて本当に良かったと心の底から思った。
 言葉が足りないと言ったのはスザクだ。言葉にしないことで誤解ばかりしてきたから、できるだけ言葉にしようと努力してきたつもりだった。でもそれはただの自己満足で、自分は言葉にしたからもういいだろうという単なる責任放棄だったのかもしれない。ルルーシュの言葉を聞くところまでしなければ意味がないのに、伝えるだけで充分だと勘違いしていたのだ。
 妙なところで誤解して勝手に自分の中で結論付けてしまうルルーシュも問題ではあるが、ルルーシュのそういう部分を知っていて、ルルーシュのことは誰よりもわかっていると自負していたのに、本当のところでは理解していなかった自分はもっと問題だとスザクは反省した。

「ルルーシュ」

 ありったけの愛おしさを込めて名前を呼ぶ。
 ゆっくり顔を寄せ、触れるだけのキスをした。今度はルルーシュも逃げなかった。

「好きだよ。ルルーシュが大好きだ」

 唇を解いてから告げれば、どこかくすぐったいような表情を浮かべてくれる。たったそれだけで満たされるような思いがした。
 握り締められたままの両手を取り、包み込むようにしてスザクは自分の手を重ねた。

「俺も、お前のこと……」

 一旦口を閉じたルルーシュは、小さく深呼吸をすると、

「――愛しているよ」

 そう言って照れくさそうに笑った。
 意味がすぐに理解できずしばらくぽかんとしていたスザクだったが、ルルーシュの言葉がしっかり脳に刻まれた途端、急激に顔が熱くなるのを感じた。

「うわっ。な、なんでお前がそんなに赤くなるんだ!」
「だって仕方ないだろう!ルルーシュから愛してるなんて言われるの初めてなんだから」
「お、俺だってそれぐらいは」
「言ったね?言ったよね?じゃあこれからは毎日愛してるって言ってもらうよ?」
「それはまた別の話だ!」
「どこが別なのさ!」
「むやみやたらに連発して愛してるの大安売りをしたらありがたみが薄れるだろう!」
「だからって無駄に希少価値を高めなくてもいいじゃないか!だったらせめて毎日好きって言ってよ!」
「どうして毎日言わなければならない!」
「言ってほしいからに決まってるだろ!」
「そんなこと言われなくても気付け!」

 互いにぴたりと口を噤み、なんとなく目をそらす。
 せっかくの雰囲気をぶち壊すような言い合いは照れ隠しのためだとわかっていた。しかし、その中に本音がちらほら混じっていることに気付き、二人揃ってなんだか無性に恥ずかしくなってしまった。
 気を取り直すかのようにスザクがごほんと咳払いをする。

「とにかく。ほかの何を疑っても、僕が君を好きだということだけは疑わないでほしい」
「ほかのことは疑ってもいいのか?」

 ルルーシュが悪戯っぽい目を向けた。

「ま、そこは疑われないよう努力するけどね」

 スザクもわざと軽い口調で返す。
 家に帰ってきたときにはこの世の終わりかと思うほど険悪で絶望的な空気が漂っていたのに、今はとても穏やかだった。
 スザクは朝から幸せな休日だと思っていたから、それがまた戻ってきただけとも言えるが、ルルーシュにとってはようやくと言える穏やかさなのかもしれない。
 (今日だけじゃなく、ずっと不安に思っていたんだろうな)
 ルルーシュ自身の誤解が原因とはいえ、気付けなかったスザクにも責任の一端はある。
 心の底から安心させてあげるにはどうすればいいのだろう。考えてみるけれどすぐには答えが出てきそうになく、今は今やれることをやろうと気持ちを切り替えた。
 ソファから立ち上がるとルルーシュの前に立ち、少し身を屈めて再び触れるだけのキスをする。

「スザク?」

 不思議そうな顔をして見上げてくるルルーシュに微笑むと、「夕飯にしよう」と告げた。

「せっかく食材買って来たんだから、一緒に作って一緒に食べよう?」

 すっと手を差し出せば、スザクの手をじっと見ていたルルーシュが、しばらくして躊躇うことなく自分の手を重ねた。
 こんな風に握り締められる温もりがあることはとても幸せだとスザクは思った。絶対に離すまいとも思った。
 ルルーシュの手を引いて立ち上がらせると、ふふ、と笑い声がしたので首を傾げる。

「どうかした?」
「今日は俺の当番の日なのに、手伝ってもらえるなんてラッキーだなと思って」
「手伝いぐらいいつでもやるよ」
「うん、知ってるよ。ただ……一緒に台所に立てるのが嬉しいと思っただけなんだ」

 そう言って愛好を崩したルルーシュに、スザクは溢れそうになる想いを抑えることができなかった。
 手を離すと、代わりにルルーシュの身体を抱き締める。

「スザク?どうしたんだ。夕飯にするんじゃないのか?」
「うん。もうちょっとこのまま……」

 甘えたように抱きつかれ、ルルーシュは「仕方ないな」と苦笑い混じりに呟くと背中に手を伸ばし、困った子どもをなだめるようにぽんぽんと軽く叩いた。それが心地よくて、スザクは抱き締める腕にさらに力を込めた。痛いとも言わず、ただされるがままになってくれているルルーシュがとても愛しい。
 赤々と沈んでいく夕日が、部屋を赤橙色に染め上げている。その中で、二人はただ互いの心音と温もりを確認し合っていた。
 (09.08.01)