again and again 6

「離せスザク!」

 後ろで喚く声が聞こえるがスザクは無視して歩き続けた。
 掴まれている腕を振り払おうとしているのが自分を否定する行為そのもののように思えて、スザクの中に苛立ちが生まれる。頭の中を占めていたのは「どうして」という疑問ただひとつだけだった。
 ルルーシュの腕をさらに強く掴めば呻くような声がした。きっと痛いのだろう。だけど、それを気遣う余裕は今のスザクにはなかった。
 無言のままエレベーターに乗り込む。一階ずつ上がって行く表示をスザクは睨みつけるように見ていた。抵抗しても無駄だと諦めたのか、ルルーシュも無言だった。
 ちん、と二人の雰囲気にそぐわない音がし、浮遊感がなくなる。エレベーターから出ると、急くように鍵を取り出した。ドアを開けると玄関の中にルルーシュを押し込み、鍵を掛ける。その一連の動作の間もスザクはルルーシュの腕を決して離さなかった。両腕に荷物を持ちながら器用なことだ、と場違いなことが思い浮かんで嗤ってしまった。
 靴を脱いで廊下に上がれば、ルルーシュも渋々といった感じで靴を脱ぐ。それを見届けると真っ直ぐにリビングへ向かい、ルルーシュの身体を無理やりソファに座らせた。

「ぅわっ!」

 驚いた声を上げたルルーシュがキッとスザクを睨む。

「ふざけるのも大概にしろ!」

 これまで黙っていた分を取り戻すように怒鳴られるが、スザクは平然とした顔でルルーシュを見るだけだった。
 人当たりが良く、いつもにこにことしている人間が一切の表情を落とすとそれだけで迫力がある。ルルーシュの顔がわずかに強張った。

「僕はふざけてなんかいないよ。ふざけているのはルルーシュだろ」

 自分の荷物を下ろし、ルルーシュがしっかりと持ったままだった荷物も取り上げながらスザクが冷たく言い放つ。無造作に放られた紙袋ががさりと音を立てる。それでも、中に食材の入ったスーパーの袋だけは丁寧に置いた自分に、こういう冷静さはまだ残っているのだなとスザクは他人事のように思った。

「君のさっきの言葉。どういうことなのかちゃんと説明してもらうよ」

 スザクの態度に気を削がれたのか、大人しくソファに座るルルーシュを見下ろす。

「……説明なんて必要ない。言った通りだ」
「それで僕が納得するとでも?」
「お前が納得しなくても、俺の中ではもう決まっていることだ」
「僕の言い分も聞かないということ?」
「ああ」

 顔も上げずに淡々と返答をするルルーシュに、スザクの中で苛立ちと同時に先ほどから感じていた違和感が強まる。
 一方的に話を押し通そうとする態度もそうだが、どこか自信がなさそうな態度も解せない。いつものルルーシュならば、自分の考えをはっきり伝えてくるはずだ。話術に長けている彼なのだから、口でスザクをやり込めることなど朝飯前だろう。それなのに、もう決まっていることだと言うだけで何の説明もない。
 別れようと告げられて目の前が真っ暗になり、頭に血が上った状態でルルーシュを家まで連れ帰ったスザクだったが、どんどん大きくなる違和感に怒りは薄れ、逆に戸惑い始めた。
 喧嘩腰で問い詰めるのは簡単だ。でも、何を言ってもルルーシュは頑なに説明を拒むだろう。だからといって、はいそうですかと別れを受け入れることもできない。
 (僕にどうしろって言うんだよ……)
 恐らくルルーシュは何か思い違いをしているのだ。そして思いつめた結果、別れるという結論を出したのだろうと何となく気付いてきたが、何を思い違いしているのかまではわからないので対処のしようがない。
 思わず溜め息をつけばルルーシュの肩がぴくりと動いた。
 ほら、とスザクは思う。
 スザクの一挙手一投足に反応するくせに、別れようだなんて一体どの口が言っているのだ。本当にスザクのことを嫌いになって別れたいと思っているのなら、さっさと荷物をまとめて出て行くぐらいのことをするのがルルーシュだ。
 だけど今のルルーシュは、自ら別れを切り出しておきながら、自分の言葉に自分で傷付いているようにも見える。
 (別れるなんてできないくせに)
 そう告げたら自意識過剰だと罵られるだろうか。
 (――でも、それがきっと真実だ)
 ならばとスザクは詰め寄った。
 ソファに片膝をつき、背もたれに両手を置いてルルーシュの身体ごと閉じ込めるように囲む。

「スザク…!」

 ハッと顔を上げたルルーシュが焦ったようにスザクをどけようとするけれど、体力も腕力もその差は歴然だ。どうやったって無理なことはわかりきっている。逃がすものか、とスザクは心の中で呟いた。

「ルルーシュ。君が素直に言わないというのなら、無理やり素直にさせることもできるんだよ」
「どういう、意味だ」
「身体に直接聞く、ってことかな」

 人の悪そうな笑みを浮かべ、スザクは顔を寄せる。反射的に目を閉じたルルーシュを微笑ましく思いながら、形の良い耳に唇を触れさせるとそのまま耳たぶを柔らかく食んだ。

「んっ」

 ルルーシュが逃げようとするのを、両手で顔を固定させることで阻止する。

「すざくっ、やめ、」

 そのままうるさい口を塞いだ。
 いつもならキスひとつでもゆっくり順を追っていくが、今日は余裕など与えるつもりがないのでいきなり歯列を割って舌を差し込んだ。性急なキスにルルーシュが驚いたように瞳を開ける。
 上顎を舐めれば、抵抗するように頭を引かれた。しかし、スザクががっちり顔を押さえているため、唇を解くことすらできない。睨みつけてくる視線を至近距離で感じながら舌を探し出して絡め、息継ぎする暇がないほど口内をまさぐる。

「ふ…っ、ん」

 息苦しさのせいか鼻にかかったような艶っぽい音が時折漏れ聞こえた。
 片手をルルーシュの後頭部に移動させ、もう片方の手で器用にシャツのボタンを上から四つ目まで外した。肌蹴た胸元に手を差し込み鎖骨の辺りを撫でれば、再びルルーシュがぎゅっと目を閉じた。その眦から一粒涙が零れ、スザクは跡を追うように頬を舐めた。
 服の中に忍ばせた手を脇腹あたりに移動させ、滑らかな肌の感触を楽しむ。ルルーシュの両手がスザクの服を握り締めてきたのに気を良くして、スザクは首筋に唇を這わせた。
 いっそこのまま抱き潰してしまおうかと不穏なことを考えたその刹那、肩に衝撃を感じた。不意を突かれる形となったスザクは、後ろに倒れかけた身体を慌てて立て直した。
 見れば、息を乱したルルーシュがシャツの胸元をかき合せて強く握っている。

「ルルーシュ……」

 思わず名前を呼ぶときつく睨まれた。その瞳からまた涙が落ちる。酸欠状態に陥ったことによる生理現象としての涙なのか、それとも違う種類の涙なのか。スザクにはわからず、不安にも似た言い様のない気持ちに襲われる。

「お前はっ…!」

 ルルーシュの叫ぶような声は悲痛ささえ感じられた。

「お前は、そうやって、力で何でも自分の思い通りにするつもりか。俺が別れようと言ったから、無理やり繋ぎ止めるのか。気持ちなんかないくせに」
「――っ!だから、どうして君はそんなことを言うんだ!」

 スザクはルルーシュの肩を掴んでとうとう怒鳴った。
 ルルーシュのことがわからない、と思ったのはこれが初めてだ。
 何に対して怒っているのか。諦めているのか。失望しているのか。ちっともわからない。それなのに、一言も理由を聞かせてくれない。どうすればいいのか途方に暮れる。

「その、今のは、無理やり君を抱こうとしたことは謝る。僕が間違っていた。だけど、それ以外のことは本当に心当たりがないんだ。僕がルルーシュのことを好きじゃないとか、気持ちなんかないとか、どうしてそういう話になるんだよ。さっきちゃんと言ったじゃないか、僕にはルルーシュしかいないって。なのに、どうして信じてくれないの?僕が君に何をした?教えてくれないとわからない。わからないんだ……」

 縋りつくようにルルーシュの身体を抱きしめる。
 一瞬、逃げを打とうとしたルルーシュは、しばらく硬直した後に少しだけ身体の力を抜いた。ややあって、のろのろと手を持ち上げスザクの服の裾辺りを掴んだ。そして、目の前にあった肩に自分の額をそっと乗せる。
 まるで猫のような仕草に、ルルーシュから完全には拒絶されていないことを感じ、スザクは落ち着かせるように優しく背中を撫でた。それはスザク自身が落ち着くための行為でもあったのかもしれない。

「……言われたんだ」

 どのくらい二人でそうしていたか、腕の中でぽつりと呟く声が聞こえ、少しだけ身体を離すとルルーシュの顔を覗き込んだ。

「言われた?何を?」
「……同棲なんて二年以上するものじゃないって」
「は?」
「二年以上同棲していて何の進展もないカップルは惰性で一緒に暮らしているだけで、たとえ自分に気持ちがあっても、相手の気持ちはもう離れてるって」
「え、えぇ!?ちょっとルルーシュ、それどういうこと?まさかその言葉を信じたわけじゃ……」

 ルルーシュは顔を上げると、眉根を寄せてスザクを見た。

「現に、お前は何も言ってこないじゃないか」
「何もって……何を?」

 困惑した表情を浮かべれば、ルルーシュはぷいと顔を背けた。
 あぁまた機嫌を損ねられてしまったと思うが、今は確認しなければいけないことがたくさんある。
 どうやらルルーシュは何かをものすごく勘違いしているらしい。となれば、ひとつずつ確かめて誤解を解いていかなければならない。

「あのさ、ルルーシュ。二年以上同棲するなとか気持ちが離れてるとか、一体誰に言われたの?」

 ムッとしたように唇を引き結んでいたルルーシュは、しばらくしてからようやく口を開いた。

「……リヴァルだ」
「あー、リヴァルね……」

 スザクは盛大な溜め息をついた。
 リヴァルあとで百回殺す、と心の中で思ったことは言うまでもない。
 (09.07.19)