ショッピングモールに併設された大型スーパーの前で、スザクは空いているベンチに腰掛けた。
ルルーシュは夕飯の食材を買いに行っている。ついて行くと言ったのだが、お前がいると邪魔だとすげなく断られてしまった。仕方なくスーパー前のベンチを待ち合わせ場所にして、ひとり寂しく待ちぼうけをしている。
両脇には二人分の荷物があった。右手にはスザクがルルーシュのために買った服。左手にはルルーシュがスザクに買ってくれた服。さらには新調したスザクのスーツ、通勤用にとルルーシュが自分で購入していた靴もある。買い物に行こうと言い続けていたが、のんびりウィンドウショッピングでもという程度の期待だったため、まさか本格的に買い物ができるとは思っていなかった。楽しいけれど、久しぶりの人混みに少し気疲れしてしまった。
ふと紙袋の中を覗けば、可愛らしい包みが見える。中身はナナリーへの贈り物としてルルーシュが買ったショルダーバッグだ。
春らしい綺麗な色のバッグは、以前二人が出かけたときにナナリーが欲しがっていたもののようで、ルルーシュは自分の靴を買うときより嬉しそうにしていた。頭の中では、次にいつナナリーと会おうか算段を付けているに違いない。
社会人になってもシスコンっぷりは変わらないなとスザクは笑い、しかし一瞬ののちにその笑みを引っ込めた。
(僕のときにもあれくらい嬉しそうにしてくれたらいいのになぁ……)
無意識に溜め息をつく。
自分より他人というタイプで、自分のことにはどこまでも無頓着で、与えられる好意に対して極端に鈍感で、照れ屋で自分の気持ちを素直に伝えられないのがルルーシュだということはよくわかっている。10年7ヶ月も一緒にいるのだ。ルルーシュのことはルルーシュよりも知っているとスザクは自負していた。
ルルーシュの愛情を疑っているわけではない。むしろ、家族以外の人間で、スザクだけが唯一家族と同等の愛情をもらっていると思う。それは決して自惚れや勘違いではないはずだ。
(それでもやっぱりちょっとヘコむ……)
ルルーシュの服を買ったときのやり取りを思い出し、スザクはもう一度溜め息をついた。
スザクが目に留めたのは、三軒目の店にあったノースリーブのジップアップパーカーだった。タンクトップと合わせれば鎖骨だけでなく二の腕まで見られるという一石二鳥の優れもの。
(……というのは、まぁ冗談として)
あまり冗談とはいえない顔つきでスザクは商品を手に取ると、少し離れた位置にいたルルーシュを呼んだ。
「ねぇ、これは?君って会社に着ていく服はたくさん持ってるけど、カジュアルなものはあまりないからたまにはこういうのもいいだろう?」
スザクの掲げる服をじっと見ていたルルーシュは、
「そうだな。これぐらいなら……」
若干眉を寄せつつも、小さく頷いた。ルルーシュから許可が出たので、スザクは嬉しそうに笑うと「じゃあ買ってくる」とレジへ向かった。支払いを済ませてすぐにルルーシュのもとへ戻ると、受け取ったばかりの包みを渡す。
「はい、どうぞ」
「なぁスザク、やっぱり、」
「はいはいそれはもう終わり、電車で散々話しただろう。いい加減に諦めようよ」
ルルーシュの言葉を遮り、包みを無理やり押し付ける。
スザクから服をプレゼントされることに一度は納得したルルーシュだったが、電車の中でやっぱりもらえないなどと言い出したのをなんとか宥めすかして店へと連れて来た。そうして会計まで済ませてしまったというのに、まだ渋るルルーシュに内心溜め息をつく。
(僕からプレゼントされるのがそんなに嫌なのかな……)
ルルーシュがただ遠慮しているだけだというのはわかっているが、ここまで渋られると色々と自信を失くしてしまう。
「……ありがとう」
しかし、萎んでいた気持ちもルルーシュのそんな一言であっさり吹き飛んだ。どこまでも現金な自分に苦笑いしつつ、スザクは喜びを湛えた笑みを浮かべた。
「どういたしまして」
服を買ってあげるなんて宣言せずにこっそり購入していればルルーシュはこんなにも困らなかったのだろうなと、自分の迂闊さを大いに反省した。
そのあとスーツを取り扱っている店に寄り、スザクの新しいスーツとシャツとネクタイを揃えた。電車に乗る前に言ってくれた通り、シャツとネクタイはルルーシュからプレゼントしてもらった。
「お前は童顔なんだから、せめてスーツで年相応に見せなきゃいけないだろ」なんて呟きながら真剣に選んでくれるルルーシュにとても嬉しくなったけれど、こっそり値札を見てスザクは固まった。そこには、自分ならば間違いなく購入を躊躇う金額が書かれていた。
スーツは仕方ない。安物ではなくそれなりにいいものを買おうと決めていたし、自分で買うから多少の出費は覚悟していた。が、人からプレゼントしてもらうとなれば話は別だ。
だからといって、ルルーシュがスザクにと選んでくれたものを高いからいらないなんて断ることはできず、結局値段には気付かないふりをしてワイシャツとネクタイの入った紙袋を受け取ったのだった。
「収入の差、って言っちゃったらそれまでなんだけどさ……」
天井を見上げて、スザクはもう一度溜め息をついた。
自分が買ったものとルルーシュが買ってくれたもの。値段で価値が決まるわけではないし、ルルーシュはちっとも気にしないのだろうが、こうもはっきり落差があると正直落ち込んでしまう。
たしかにルルーシュの収入は多いが、彼自身は贅沢をするような性格をしていない。むしろ無駄な出費を嫌うほどだ。でも、スザクのためならば簡単に財布の紐を緩められる。自惚れではなく、恐らくそれが真実だった。
一族の経営する会社で社長付きとして仕事をしている人間と、ただの新米体育教師。やっていることがまったく違うのだから比べても意味がないことはわかりきっている。
ルルーシュは昔からこの道を進むと決めていたし、スザクも昔からの夢を叶えた。お互いがお互いの努力を知っている。それにもかかわらず劣等感を抱いてしまうのは人間の性だろうか。
「ルルーシュが優秀すぎるんだよなぁ」
自然と出てくるぼやきを聞いたら、きっとルルーシュは怒るだろう。だけど出来が違うのは事実で、それを思い知るたびにスザクの自信が少しずつなくなっていく。
周囲から対等に見られたくて頑張っているけれど、ルルーシュはこんな自分と一緒にいて本当にいいのだろうかと不安になる。
もう何度目になるかわからない溜め息を無意識につくと、突然自分の名前を呼ばれて心臓が跳ねた。
「やっぱり枢木先生だ!」
「無視しないでくださいよぉ」
一体何事かと目の前の二人組を見上げると、スザクは「あっ」と声を上げてベンチから立ち上がる。
「先生、ぼーっとしすぎ」
「ごめんごめん、制服じゃないからすぐに気付けなかった」
そこにいたのは、数日前にスザクの勤める高校を卒業したばかりの生徒だ。彼女たちの体育の授業を担当していたから顔はもちろん覚えているが、見慣れない私服姿だったためすぐにはわからなかった。
「買い物?」
「違います。これからバイトなんです」
「学校もないし暇だから稼げるうちに稼いどかなきゃ」
「学校がないといっても、大学に入学するための準備はしとかなきゃいけないだろ。学生の本分は勉強なんだから、あんまりバイトばかりしてちゃダメだよ」
「えー、先生カタい」
「枢木先生はまだ学校に行ってるんですよね?」
「もちろん。終業式が終わってないからね」
「だったら今度遊びに行ってもいいですか?」
交互に飛んでくる質問に、スザクは嫌がる素振りも見せずに笑顔で答える。
「いいよ」
きゃあっと小さな歓声が上がった。スザクの人当たりの良さと、大学を卒業したばかりであまり年齢差がないことから、生徒が自然に声を掛けてくることが多い。また、体育が苦手な生徒に懇切丁寧に指導してくれる授業も好評で、スザク自身は気付いていないが学校内ではとても人気がある。
「先生は買い物?」
「うん、そうだよ」
「ひょっとして彼女と一緒ですか?」
「え?」
「スーパーの前で荷物持って待ちぼうけって、絶対彼女だよねー」
「じゃあ今日は彼女とデートなんですね」
「彼女どこに行ってるんですか?」
「えっと…」
矢継ぎ早に訊いてくる少女たちにスザクは困惑した。
彼女――というか彼氏?――と一緒なのは正解だ。しかし、ここで頷いてしまうとルルーシュを紹介するまで粘られてしまう恐れがある。ルルーシュはそんなこと嫌がるだろう。スザクとしても、ルルーシュを自慢したい気持ちはあるけれど、だからといっておいそれと人目に晒すこともしたくない。いろいろと複雑だった。
「違うよ、彼女じゃないよ。友達なんだ」
「ウソだぁ。男同士の買い物でそんなに荷物多くならないですよ」
「本当だって。ほら、だって全部男物だろう?」
「えーー」
見れば、たしかにすべて男物のブランド名ばかり。唯一、ルルーシュがナナリーのために買ったバッグが女の子のものだが、別の紙袋にまとめて入れているため外からはわからない。
「じゃあそのお友達に会わせてくださいよぉ」
「ごめんね。彼、人見知りでさ、知らない人と会うのが苦手なんだ。だからごめん」
スザクが困ったように答えると、少女たちは顔を見合わせた。何だろう?と思っていると、
「なんか…お友達なのに随分と過保護なんですね」
そんな指摘をされ、一瞬言葉に詰まった。
「そ、そうかな?」
「そうですよ。なんだか彼女みたい」
「ホントに友達ですか?」
「友達だよ。本当に」
なかなか勘の鋭い元生徒たちに内心冷や汗をかきながら、スザクはにこやかに答えた。
「それより、バイトの時間は大丈夫なの?」
「あっホントだ!そろそろ行かないと」
「今度また枢木先生のところに遊びに行きますね」
「遊びに来るのはいいけど、ちゃんと勉強もしなよ」
「わかってまーす」
さようならと手を振って少女たちは去っていった。手を振り返していたスザクは、その姿が見えなくなるとベンチに座り込んでがくりと首を垂れた。
「……あせった」
生徒たちと話すのは嫌いではないのに、妙に疲れてしまった。学校の外で会ってしまったのがいけなかったのだろうか。
友達を紹介しろと言われたときにはどうしようかと思った。もしルルーシュが戻ったときに彼女たちがいたら、表面上は平静を装いつつ、スザクにしかわからない不機嫌オーラを醸し出していたことだろう。二人きりになった途端、こっぴどく怒られるに違いない。彼女たちにこのあとの予定が入っていて本当に助かった。
小さく溜め息をついて、おもむろに顔を上げる。せっかくの休みで、せっかくルルーシュと久しぶりに外出しているというのに、今日は溜め息ばかりだ。
辺りを見回してもルルーシュらしき人影はない。まだ買い物をしているのだろう。
「ルルーシュ、早く戻ってこないかなぁ……」
ほんの15分ほどしか離れていないのにその顔が見たくてたまらない。ひどく恋しかった。
一緒に帰って、一緒に夕飯を作って、一緒に食事をして。
早く二人きりになりたいと思った。
(09.06.14)