again and again 10

 寝返りを打った瞬間、あるはずの温もりがないことに気付いてスザクはぱちりと目を開いた。寝惚け眼のまま辺りを見回してみるが気配がしない。

「ルルーシュ?」

 呼んでも当然返事は返ってこなかった。
 時計を見れば午前3時を少し過ぎていた。眠りについてまだ二時間ぐらいしか経っていない。
 隣のシーツに触れるとすっかり冷たくなっている。どこへ行ったのかはともかく、彼がベッドを離れてだいぶ経っていることは間違いないだろう。
 毛布を捲ると、スザクは床に足をつけた。冬が終わり、だいぶ春めいてきたとはいえ夜はまだ冷える。今夜は特に寒い。薄着のままベッドを抜け出して風邪を引いたりしなければいいけれど、と思いながら寝室を出た。
 まさか具合でも悪くしているのだろうか。そんな不安を抱きながらリビングを覗けば、ソファに座る影を見つけた。スザクは思わずほっと息をつく。
 しんと静まり返り、吐く息が微かに白くなる寒さの中、電気も暖房も付けずソファに足を乗せてただじっと座っているルルーシュ。
 声を掛けようと口を開きかけたところで、彼が手を翳して何かを見ていることに気付いた。それが渡したばかりの指輪だということに思い至り、スザクは息を呑む。
 暗がりの中なのでその表情ははっきりとわからないが、夜の闇に慣れたスザクの目には、ルルーシュの口許が小さく笑みの形を作っているように見えた。
 見てはいけない神聖なものを覗き見てしまったような気がして、スザクはこのまま寝室に戻ろうかと一瞬迷った。しかし薄い肩がひどく寒そうに思え、やはり放っておくことはできないと、足音を殺してソファに近付いた。
 そして、後ろからルルーシュを抱きしめる。

「――っ!」
「そんな格好で起きてたら風邪を引くよ」
「ス、スザク!」

 驚きにびくりと身体を震わせたルルーシュが、ぱっと手を下ろして恐る恐る振り返った。恥ずかしいことをしていたと思っているのか、バツの悪そうな顔をしている。それに気付かない振りをしてスザクは笑みを向けた。

「眠れない?」
「目が覚めただけだ」
「珍しいね、ルルーシュが夜中に起きるなんて。いつもはなかなか起きないし、今日は久しぶりに気を失うまでやっちゃったから、てっきり朝まで」
「は、はしたないことを口にするなと言っているだろう!!」

 スザクの言葉にぎょっとしたルルーシュが口を塞いでくる。その手を両手で掴んで、おでこにちゅっと軽くキスをした。

「本当にルルーシュは照れ屋だよなぁ。さっきまではあんなに盛り上がって可愛かったのに」
「だ、だから!!」

 ルルーシュは顔を耳まで真っ赤にさせ、スザクの五月蝿い口をどうにかしようとじたばたもがくが、両手をがっちり握られているためどうにもならない。しばらくすると、諦めたように溜め息をついた。

「そんなに恥ずかしがらなくていいのに」
「頼むからお前はもう少し恥ずかしがってくれ……」

 スザクはくすりと笑うと手を離してルルーシュの隣に座り、丸まって座っていた身体を抱きしめる。

「起きたら隣にいないんだもん。びっくりした」
「仕方ないだろ。もう一度寝ようと思っても寝られなかったんだから」

 ルルーシュが肩口に頬を押し当ててきた。その仕草が可愛くてスザクは相好を崩す。ゆっくり頭を撫でれば気持ち良さそうに目を閉じるので、ますます強く抱きしめた。

「――幸せだな」
「ん?」
「幸せすぎて、寝ている間に幸せが逃げていってしまいそうで、そう思ったら目が冴えた」

 普段のルルーシュなら決して口にしないようなことをぽつりぽつりと話す。起きてはいるけれど、もしかしたら思考はまだ夢現なのかもしれない。

「幸せは逃げたりしない。それに、これからもっともっと幸せなことが増えるんだから、不安になっている暇なんてないよ」
「もっと増えるのか?」
「うん」
「それは大変だ。抱えきれなくなって落としてしまうかもしれない」
「ルルーシュが落としたものは僕が拾ってあげるから大丈夫」

 腕の中でルルーシュが笑った。

「そうか。だったら安心だな」
「そうだよ。幸せは二人で一緒に感じるものなんだ。ルルーシュが大変なときは僕が助けるし、僕が大変なときはルルーシュに助けてもらうし。同棲はただ一緒に暮らすだけだったけど、結婚っていうのは二人で助け合うものだろう?」
「ああ」
「大変なこともあると思うけどさ、二人で一緒に乗り越えて、ずっとずっと幸せでいよう」

 応えはない。ただ、首が小さく縦に動いた。
 しばらくすると耳元で穏やかな寝息が聞こえてきて、スザクは静かに微笑んだ。
 頭を撫でていた手をゆっくり離す。その頬にキスを落とし、起こさないよう慎重に抱き上げて寝室へと戻った。冷えた身体に暖かい毛布を掛けてやり、自分もベッドに潜り込む。
 “寝ている間に幸せが逃げていってしまいそうで”と言っていたルルーシュだが、寝顔はとても穏やかで安堵した。

「不安に思うことなんて何もないのに……」

 スザクは手を伸ばしてさらりとした黒髪を掬う。
 ルルーシュは何が不安なのか、先日の喧嘩の一件でいろんな話をしたけれど、自分はまだ把握しきれていないのだろう。
 ただ、ひとつだけ確かだと思うのは、ルルーシュの不安を作るのも消してあげるのもすべては自分次第なのだということ。自惚れではなく、真剣にそう考える。だから、少しでも不安を減らしていって、幸せだけを感じさせてあげたい。それが自分の役目だと思った。
 また誤解したり喧嘩することもあるだろう。先は長く、これから何が起こるかなんてわからない。でも、ルルーシュを愛しているという気持ちだけは決して変わらないとスザクは断言できた。好きだという感情に果てはないのだ。
 隣に眠る身体を抱きしめると、ルルーシュがもぞもぞと擦り寄ってきた。無意識な動きに愛おしさが募る。
 ルルーシュをさらに抱き寄せ、スザクも重くなってきた目を閉じた。

「おやすみ、ルルーシュ」

 良い夢を。
 そして、明日からもよろしく。
 END
 (09.09.12)