※「again and again」を先に読んだほうがわかる内容となっています。
「将来の夢?」
「そう、将来の夢。ルルーシュにはないの?」
尋ねられた質問に、そういえばそういう話題を今まで一度もしたことがなかったことに気付く。
ほかの同級生たちは当たり前に未来を語り合っているのだろうか。スザクから問われて、ルルーシュは初めて考えた。
夢はない。
自分の未来は生まれたときから定められているから。諦めではなく、そういうものなのだと理解し納得していた。
でも、希望はある。
希望といっても、要望という意味での希望だ。たとえば、母親や妹が平穏無事に日常生活を送れることとか、能力に見合った仕事を任せてもらえるようになるとか、あくまで現実的な希望だ。
ブリタニア。世界有数の多国籍企業。
ルルーシュの父親はそんな会社のトップを務めている。
世界中に支社や子会社が散らばっていて、ルルーシュの兄弟姉妹たちもだいたいはブリタニアに関連する会社に勤めている。本当に優秀な人間はブリタニア本社で要職を任されており、子どもたちの中で、それは父親に認められたという一種のステータスでもあった。
しかしルルーシュはほかの兄弟姉妹とは違い、ブリタニア本社で働きたいとは思っていなかった。もちろん自分の力を試してみたいという気持ちはある。滅多に会いに来ない父親に対して自分を認めてもらいたいという気持ちも、癪ではあるが持っている。
それでも、本社のある本国には戻りたくなかった。
あそこには悪意しかなかった。ルルーシュたちに優しくしてくれた人たちもいたけれど、大抵は嫉妬や恨みといった負の感情ばかりを向けられてきた。それは、たいした家柄ではないのに実力だけでのし上がり、父に気に入られた母に対するやっかみで、そんな母の子どもである自分のことも気に入らなかったのだろうと今ならばよくわかる。
本国を離れて日本へ移住すると言われたときは驚いたけれど、心の底では安堵していた。結婚をしても第一線で働いていた母だったが、くだらない嫌がらせに堪忍袋の緒が切れたのかもしれないし、ルルーシュが息苦しさを感じながら生活していることにも気付いていたのかもしれない。
母の蓄えもあったし、気に入らないが父からの援助もあったので、日本での生活に困ることはなかった。母が働く必要はもうなかった。
それまで仕事で外に出てばかりいた母が毎日家にいることにナナリーはとても喜んだ。ナナリーのように無邪気に喜びを表現することはできなかったけれど、ルルーシュもとても嬉しかった。
のんびりと家族三人で過ごしましょうと笑って言われたときに、ありとあらゆる悪意から解放され、ようやく普通の日常を得ることができたのだとルルーシュは感じたのだ。
そうして日本で初めて通うことになった中学校で、スザクと出会った。
最初はただのクラスメイトだった。スザクは明るく人当たりも良く優しい人柄で、自然とクラスの輪の中心にいるようなタイプだったから、彼の姿は意識しなくても自然と目に入った。
人物としては好感を持てた。でも、ただそれだけだった。
人の目に晒されるような暮らしが長く続いた影響か、ルルーシュはあまり目立つことを好まなかったので、皆の人気者のようなスザクとはあまり一緒にいたくないとさえ思っていた。
初めてまともに言葉を交わしたのは、二学期になって席替えをしたときだった。
まるで長年の友人に接するかのような気軽さで、スザクはルルーシュに話かけてきた。そうなると無視するわけにもいかず、ぽつりぽつりと会話をするようになった。ルルーシュが気乗りしない様子を見せても、スザクはへこたれずに話をしようとした。
なんてデリカシーのない人間なのだろうと思った。人の気持ちを察することもできない、失礼なやつだと思った。
それなのに、いつの間にかスザクのペースに巻き込まれている自分がいて、そんな自分にルルーシュはイライラを募らせた。
ほかに友達はたくさんいるじゃないか。お前の周りにはお前と仲良くしたいと思う人間がたくさんいるじゃないか。俺はひとりでいたいんだ。家族さえいればそれでいいんだ。いつ裏切るかもわからない人間なんて自分の傍にはいらない。
とうとう我慢の限界に達し、席替えから三週間後にスザクにそんなことを言ってしまった。
怒るなら怒ればいい。腹を立てて、二度と俺に近付こうと思わなければいい。
そう思ったのに、スザクはきょとんとした顔をするだけで、ルルーシュのほうが戸惑ってしまった。
「俺の言ったことが聞こえなかったのか。こんなことを言われて不愉快だろう?だからもう俺なんかに関わるな」
畳み掛けるようにして言葉を続ければ、スザクはうーんと考え、頭を掻きながら困ったような表情を浮かべた。
「でも僕は、ルルーシュと仲良くしたいと思っているから」
「はぁ?」
こんなに酷いことを言っているのに、天然すぎて意味が理解できないのだろうか。しかし、悪意を持たない人間にこれ以上辛辣な言葉を投げつけることはさすがのルルーシュにも憚られ、ムッとするように口を閉ざしてしまった。
スザクといると調子が狂う。ちっとも自分らしくない。
そう思うことがまた癪で、でもこれはこれで別にいいのかもしれないとだんだん思い始めてきている自分に、そんなのは良くないと慌てて言い聞かせる。
「俺は嫌なんだ。お前と一緒にいたくない」
「どうして?」
「お前といると自分のペースが掴めない。調子ばかり狂わされて疲れる。お前だって、俺みたいな人間は嫌だろう?何に夢見ているのかは知らないが、俺なんかと一緒にいたって」
「“なんか”じゃないよ。僕はルルーシュだから仲良くしたいし、ルルーシュだから一緒にいたいんだ」
足を一歩前に踏み出したスザクに、ルルーシュは一歩後ろに下がった。背中に壁が当たった。
太陽が誰もいない教室をオレンジ色に染めていて、その中でルルーシュとスザクは向かい合っていた。さらに一歩スザクが距離を縮めたが、ルルーシュにはもう逃げ場がない。
今までに見たことがないような真剣な表情をしたスザクをただ呆然と見つめるだけだった。
悪意には慣れっこだから、かわし方はよく知っている。だけど、好意の受け止め方は誰も教えてくれなかったから知らない。
どうすればいいのかわからなくて、ルルーシュは目を伏せた。すると、ふっと笑うような気配がして思わずびくりと肩を震わせた。
「怖くないよ」
スザクの静かな声がした。
「誰かと仲良くすることは怖くなんかないよ」
「でも……俺はお前を信用できない」
「それはまだ僕たちが出会ったばかりで、お互いのことを何も知らないから当然だよ。これから付き合ってみて、やっぱり信用できないって思うのならそのときにまた拒否すればいいんだ」
「だけど、俺と一緒にいたってメリットなんか何もない」
「友達は損得勘定で付き合うものじゃないよ。家族と同じようなもの。君はメリットがあるから家族と一緒にいるの?」
ルルーシュは首を振った。メリットなんて必要ない。母さんもナナリーも、ただそこにいてくれるだけで十分だ。
「それがわかるなら、僕ともちゃんと仲良くできるよ」
伏せていた目を上げれば、顔をオレンジ色に染めたスザクが優しい笑みを浮かべている。悪意しか知らなかったから、友達というものをどうやって作ればいいのか、そんな簡単なこともわからない。
だけど、自分たちはちゃんと仲良くできるとスザクが言うのなら、きっとそれが正しいのだろう。
「ルルーシュは僕のこと嫌い?」
「嫌い、じゃない。ただ戸惑うだけだ……」
「そっか。じゃあこれからその戸惑いを少しずつなくしていけばいいよ」
「……どうやって?」
「たくさん話をして、一緒にいて、少しずつ相手のことを知っていく。それだけだよ」
そう言うと、スザクはすっと右手を差し出した。ルルーシュが首を傾げれば、だらりと下げていた右手を取られた。
「何だこれは?」
「友達になれた記念の握手」
「記念って…」
ルルーシュが思わず笑えば、スザクも頬を緩めた。
「わかったよ。お前がそこまで言うなら、仲良くしてやるよ」
「うん。よろしくね、ルルーシュ」
生意気な言い方に、しかし相変わらずスザクが気分を害した様子はなく、ただ笑みを深めただけだった。
生まれたての雛鳥が最初に見たものを母親だと思うのと同じように、明確な意志を持って友達になろうと誘ってきたスザクをルルーシュはそれまでの慎重さを捨てて受け入れた。
それがほんの二ヶ月ほど前の出来事。
今ではスザクはルルーシュの中で親友というポジションを得ている。スザクもそう考えてくれているのではないかと、希望的観測も含めて思っていた。
「ルルーシュ?」
「ん?いや、なんでもない」
なぜか二ヶ月前のことを思い出してしまった。あのときのスザクは随分と強引だったが、自分もあんまりな対応をしてしまったと反省している。
スザクと仲良くするようになってから、ルルーシュの周りにも変化が訪れた。今までルルーシュを遠巻きに見てくるだけだったクラスメイトが、何かと声を掛けてくるようになったのだ。
そのことをスザクに告げると、「僕と話すようになって声を掛けにくい雰囲気がなくなったから、自分たちも大丈夫だって思うようになったんだ」と苦虫を噛み潰したような顔でわけのわからないことを言っていた。
どういう意味かと尋ねても、簡単にほかの人に付いて行っちゃダメだからねと言い聞かせられただけだった。
よくわからないけれど、スザク以外と友達になるつもりはないからその忠告は最初から意味を成していない。そう教えてやればやけにホッとされたから、ルルーシュは首を傾げるばかりだった。
「それで将来の夢は?」
問いかけにようやく最初の質問を思い出し、ルルーシュは考えた。スザクの言う将来の夢とは、将来的な希望のことではないだろう。それならば、自分は何を望んでいるのか。
浮かんだのは、たったひとつのことだった。
「夢ならあるよ」
「本当?なに?」
「スザクとずっと一緒にいること」
「へ?」
スザクが素っ頓狂な声を上げたので、くすくすと笑う。
「それ、何の冗談?」
ルルーシュが笑うのでからかわれたと思ったのだろう、スザクは顔を顰めていた。
「冗談なんかじゃない。どうせ俺の進む道は決まっているのだから、せめてお前と一緒にいられれば楽しいだろうなって思っただけだ。それが俺の夢」
言葉にした途端、パズルのピースが綺麗に嵌るような感覚を抱いた。
どうやら自分の夢はとてもシンプルなことだったらしい。
調子を狂わされる。イライラする。だからスザクと一緒にいたくない。そう思っていたはずなのに、気付けばスザクはルルーシュの深い部分にまで入り込んでしまっていた。
でも、不快感はまるでなかった。むしろそれが当たり前で、スザクのいない日常なんて考えられなくなっている。
スザクと出会うまでの自分は一体どうやって過ごしていたのか、思い出すことすらできない。
「スザクの夢は?」
「え?ぼ、ぼく?」
逆に尋ねれば、なぜか少し顔を赤くしたスザクがひっくり返った声を出す。
「どうかしたか?」
「……ルルーシュのそれって天然?」
「天然はスザクのほうだろう」
空気を読むということをしないスザクに何度振り回されたことか。そう思って言えば、「そういうことにしておこうかなぁ」とぶつぶつ呟いている。人との会話中に独り言とは失礼なやつだ。
「僕はね、先生になりたいなって思ってるんだ」
「教師か。お前にはぴったりかもしれないな。科目は?」
「うっ……。それを聞かれると、今のところは体育の先生ぐらいしか言えないんだけど……」
「体育の教師でも基礎的な学力は必要だぞ」
「わかってます」
夢を語っているはずなのに、しょんぼりと肩を落とすスザクに声を上げて笑った。仕方ないから毎日勉強でも見てやるかと胸の内でこっそり思った。
「あ、でもルルーシュの夢はきっと叶うよ」
「なんでだ?」
「僕もルルーシュと一緒にいたいから。僕の場合、それは夢じゃなくて決定事項」
「勝手に決めるな」
「だってもう決まってるんだもん、仕方ないよ」
せっかくの夢を取り上げられたようで釈然としないものを感じたが、どこか幸せそうな顔をしているスザクを見て、まぁいいかとルルーシュも口許を和らげた。
思えばそれはお互いに愛の告白だった。
しかし、まだ自分の気持ちも知らなかった二人が、あのときの夢は叶ったのだと気付くのはそれから数年先のこと――。
(09.05.31)
(09.08.16一部訂正)