月が見ている 後編

 眩しさを感じて微かに呻き、ルルーシュはゆっくりと瞼を開いた。ふかふかの布団と掛け布団に包まれた朝は最高に気持ち良い。
 二度寝したい誘惑と戦いながらふと隣を見ると、そこはすでに布団が上げられていた。
 (なんだ、もう起きているのか)
 普段の週末なら一緒に惰眠を貪っている男が今日はやけに早起きだなと時計を見れば、すでに昼に近い時間だった。早起きでもなんでもないことを知り、ルルーシュは仕方なく起き上がった。
 ふあ、と欠伸をしてぼんやり座敷の隅を眺める。

「あ、おはよう」

 そこへタイミング良くスザクが現れた。着替えも済ませて実に爽やかだ。昨日、人の体を散々好きにしていた男と同一人物とは思えないくらいさっぱりとした様子がなんだか悔しい。

「もうちょっと寝ていても良かったのに」
「ひとりでいつまでもごろごろしているわけにはいかないだろ。朝食だってあるし」
「ご飯なら大丈夫。遅めの時間に変えてもらったから」

 朝食と言うよりすでに昼食だが、スザクは常連だから融通が利くのだろう。

「じゃあ顔を洗ってくる」

 温かい布団を抜け出すと洗面所へ向かった。顔を洗いながら、そう言えば替えの服がないのだと思い出した。スザクは大丈夫だと言っていたが、せめてワイシャツぐらいは変えたい。
 どうするつもりなのかと部屋に戻れば、なぜか畏まって正座しているスザクに出迎えられた。畳の上には大きな箱があった。

「どうしたんだ?」
「これ、ルルーシュへのプレゼント」
「プレゼント?」

 とにかく開けてみてと促され、言われるままにリボンを解き、箱を開いた。中には服の一式が揃っていて目を瞠る。カジュアルで休日に着られそうなものだが、よくよく見ると高級ブランドだ。
 ルルーシュもスザクもいわゆる御曹司というやつなのでブランド名に驚くことはないし、余計な無駄遣いをしてとは思うけれど非難するほどのこともない。ただ、どういう趣向なのかさっぱりわからず首を傾げていたら、「好きな子の服をコーディネートするのって憧れだったんだ」とスザクがにこにことして言った。

「憧れるようなものか?」
「だってなんかやらしいじゃん」

 馬鹿なことを言う口を黙らせるために腕を振るが、ひょいとよけられた。

「これだけじゃないよ。ほかに靴とか鞄もあるんだ。ルルーシュの趣味に合わないかもしれないけど、今日一日はこれで過ごしてくれたら嬉しいな」
「着替えも何もないからそれはありがたいが……、なんでプレゼントなんだ?」
「本当にわからない? わからないふりをしているんじゃなくて?」
「プレゼントを贈られるような心当たりがない」

 考えすぎて眉間に皺を寄せていると、スザクが可笑しそうに吹き出した。

「ルルーシュって本当に自分のことには頓着しないよね。子どもの頃から変わらないなぁ。昨日からひとりでずっと緊張していたのに全然気付かれていなかったなんて、得したのかな、それとも損したのかな」
「なんのことだ?」

 ますます首を傾げていると、優しい表情を浮かべられた。愛しいという感情がだだ漏れしているような顔に胸が鳴る。

「誕生日おめでとう」
「え……?」
「やっと僕と同い年だね」
「そう言えば……」

 今日は自分の誕生日だったか、とようやく思い至った。今の今まですっかり忘れていた。
 一応、先週までは覚えていたのだ。カレンダーを見て、来週は誕生日だなと一度だけ思ったのだが、そのあとすぐに忘れてしまった。
 じゃあ昨日から今までのスザクの行動はすべて恋人の誕生日を祝うためのものだったのか、とようやく気付いてなぜか急に照れくさくなった。
 自分の馴染みの店や宿に連れて行かれ、彼のテリトリーに入れてもらえたような感覚がしていたけれど、それもすべて誕生日のお祝いだったのだ。自分のためだけにすべて用意されたのだと思ったら、嬉しいのになんだか居た堪れない。

「ほっぺ赤いよ」
「あ、赤くない!」
「なんでここで照れるの? 昨日、僕のを咥えてくれたときはあんなにノリノリで」
「うるさい! 黙れ!」

 今度こそグーで肩を叩くものの、スザクは笑うばかりだった。そのうちルルーシュが疲れて腕を下ろすと、両手を取って大事そうに指の背に口付けられた。

「おめでとう、ルルーシュ」
「……ありがとう」
「これね、十年分のプレゼントなんだ。僕としてはまだ足りないくらいなんだけど、とりあえずこれだけ」
「こんなにあれば充分だ」
「でも、もし趣味じゃなかったら捨ててくれていいよ。僕が贈りたかっただけだし、ルルーシュの好みをまだ全部把握していないから、いらないものは無理に着てくれなくていいから」
「好きな相手の服をコーディネートするのは憧れだったんじゃないのか?」

 口を尖らせれば、また優しい笑みが返ってきた。

「ペアルックにはしていないから安心して」
「当たり前だ」

 そろそろご飯にするから先に着替えてきなよと言われて寝室に移動する。改めて贈り物を見れば、シャツから靴下まで本当に全身揃っていた。よくもまあこれだけ用意したものだと感心する。
 やらしいかどうかは知らないが、相手の好みの服を身に付けるというのは少し照れくさいなと着替えながら思った。それでも、十年分を埋めるためにスザクが一生懸命考えて贈ってくれたことはやはり嬉しい。
 ちょうど着替えが終わった頃に食事が運ばれてきた。膳が並ぶと途端に空腹を感じるのだから不思議だ。
 昼はちょっと出かけようかとか、近くに美術館があるから時間があれば寄ろうかとか、お土産を見るところもあるから行ってみようとか、今日一日の予定を話しながら箸を進める。
 しばらくぐずついた天気が続いていたけれど、今日は見事な快晴で清々しいほど青い空が広がっている。まるで天気までお膳立てしてくれたようだ。
 誕生日なんてさほど嬉しいものではなかったのに、スザクとこうして一緒に過ごせるのなら悪くないと思った自分は実に現金である。
 食事が終わると、贈られたばかりのコートに袖を通した。落ち着いた黒はルルーシュの好むもので、サイズもぴったりだ。

「よく似合ってる」

 嬉しそうに言ったスザクにマフラーを巻かれる。これも贈り物のひとつだった。スザクが選んだものに全身包まれているのだ改めて実感して照れくさくなるけれど、決して嫌ではなかった。嫌ではないと思っているあたり、すっかり彼に絆されているのかもしれない。
 宿を出て車に乗り込むと、近くの山まで向かった。二十分ほどで到着したのは、街の景色を見渡せる場所だった。この辺りではちょっとした観光スポットのようだが、シーズンではないのであまり人はいなかった。人混みは嫌いなので、静かなのはありがたい。

「晴れて良かったね」
「ああ」
「ここ、夜は夜景が綺麗らしいよ」
「夜景なら昨日見たので充分じゃないか」
「しかも二人きりで見られるしね」

 へへっ、と笑ったスザクがちらりと周囲を窺う。そして、おもむろに互いの指を絡めた。

「誰もいないから大丈夫だよ」

 先回りして言われ、本当かと辺りを見てみる。先ほどまでいた数組のカップルは帰ったのか、確かに誰もいなかった。

「足音が聞こえたらすぐに離すから」

 真っ直ぐ前を見たまま告げ、掌全体を握り締められた。

「ルルーシュ、手が冷たいよ」
「お前の体温が高すぎるんだ」
「手袋も買えば良かったな。寒くない?」
「お前は心配性な母親か」

 くすくす笑うと、だってすぐに風邪引くじゃんかと返された。
 そう言えば、子どもの頃はよく風邪を引いていた。学校を休むたびにスザクがプリントや先生からの預かり物を持ってきてくれたものだ。
 熱にうなされていたルルーシュはとても応対できず、階下でスザクとお手伝いさんが会話しているのを夢うつつに耳にするだけだったけれど、スザクが来てくれたことがとても嬉しかったのを覚えている。
 あの頃のことがスザクの記憶の中にはまだあるのだろう。

「体調が悪ければすぐに言うから大丈夫だ」
「本当? じゃあ、帰ったらまた温泉入って温まろうね」

 ふいに昨夜のことが思い出され、寒いはずなのに頬が熱くなる。今日は何もしないよ、と囁いたスザクはもう意地悪な顔だ。そんなのは当然だと言い返した。

「だいたい、温泉に入る時間があるのか? 帰るんだからあまり長居はできないだろう?」

 チェックアウトは何時なのだろうと今さらながらの疑問を抱く。しばらく返答を待っていたが、なかなか返事が返って来ないので不審に思って隣を見た。スザクは悪戯が見つかった子どもみたいな顔をしていた。

「ごめん、実は二泊の予定なんだ」
「二泊?」
「明日何か予定ある?」
「いや、ない。と言うか、週末を空けておけと言ったのはお前じゃないか」
「そうなんだけどさ、もし嫌だったら帰ってくれてもいいから」

 昨日からスザクはこんなことを言う。思い返してみれば、再会して以来、こういう問答がときどきあったかもしれない。
 こちらの意志を尊重してくれているのだろうが、もっと振り回してくれたっていいのにとルルーシュは思った。
 でも、スザクはスザクで十年間傷付いていたのだ。この十年、ルルーシュが後悔ばかり募らせていたのと同じで、スザクもずっと後悔してきたのだろう。
 それが偶然再会できて、さらには恋人の地位まで手に入れたのに、また失うようなことがあれば今度こそ立ち直れないと思ってしまうのは仕方ない。
 お互い再会の喜びを感じながら、同じことで心配し、不安になっているのだ。それがわかるからこそ、彼の気遣いがほんの少しもどかしくもある。

「人を山奥まで連れ込んでおきながらひとりで帰らせるつもりか?」

 わざとじと目で見れば、スザクが首を振った。

「ルルーシュが一緒にいてくれるなら嬉しい」

 ふわりと嬉しそうに微笑まれ、胸がいっぱいになる。
 一緒にいて欲しいと願うのはこちらのほうだ。ずっと一緒にいたい。もう二度と別れたくない。そんな切なる願いを抱えていることを果たしてスザクは知っているだろうか。
 (駄目だな、これじゃあまた隠し事だ)
 言葉が足りなかったことが誤解を生んだと言うのに反省がない。
 視線を交わすだけで伝わる想いもあるけれど、心の内は言葉に出さなければ何も伝わらないと痛いほど学んだではないか。でも、自分の気持ちを何もかも素直に吐き出すのはどうしても照れがある。
 どうしようかと躊躇っているうちに、背後から複数の人の声が聞こえた。パッと手を離したスザクは、景色のほうに目を向けている。誰かに見られることを気にしていたのは自分のほうなのに、そのことを少し寂しいと感じてしまった。
 大学生らしきグループや親子連れなどが次々に登ってきて、辺りは一気に喧騒に包まれた。先ほどまでは二人の話し声と風の吹く音しかなかったから、急に現実に引き戻されたようでなんだか居心地が悪い。

「寒くなってきたし戻ろっか」

 ルルーシュの気持ちを汲んだのか、スザクがそう提案したのでこくりと頷いた。駐車場に戻って車に乗り込むと、次はどこへ行こうという相談になった。

「完璧なデートプランがあるんじゃないのか?」

 からかうように言えば、苦笑いが返ってきた。

「それがさ、ルルーシュをここまで連れてくることを最優先にしていたからあまり考えてなかった」

 きょとんとしたルルーシュは、すぐに小さく吹き出した。
 昨日からエスコートされてばかりだったから、てっきり今日も完璧なプランを立てているのだろうと思っていたが、肝心なところで詰めが甘いのはスザクらしい。

「じゃあ宿に帰ろう」
「いいの? せっかく来たから行きたいところがあれば行くよ」
「急に言われても思い付かないし、それに、人混みの中わざわざ出かけるのは面倒だ。だったら、お前と二人きりになれる場所がいい」

 今度こそ自分の気持ちをちゃんと伝えようと、緊張した面持ちを必死に隠してさらりと言ってみせる。スザクはしばらく沈黙していた。
 今の言い方では悪かっただろうかと心配になっていたら、いきなり右手を掴んで顔を寄せてきた。

「――ルルーシュ」
「な、なんだ」
「帰ったらキスするね」
「はぁ?」
「ここは人目があるから宿まで我慢する」

 わけのわからない宣言をしたかと思えば車を発進させた。慌ててシートベルトを締めたルルーシュは、運転するスザクの横顔をちらりと見た。視線は自然と彼の唇に注がれた。
 (まあ、キスぐらいなら……)
 これではまるでキスより先を期待しているみたいじゃないかと赤面する。スザクに悟られないよう窓の外を眺めた。
 帰りの車内は静かだった。でも、息苦しい沈黙ではない。お互いどこか照れくささを感じている沈黙だ。
 (なんだかデートみたいだな)
 みたいじゃなくてデートか、とこっそり思う。
 いつもはお互いの部屋で過ごすか、外に出ても買い物が終わればすぐに帰っていたから、いかにもデートっぽいことは数えるくらいしか経験がない。これはこれで新鮮だと、今さらながらにドキドキするような心地だ。
 宿に到着するとまたあの部屋に戻る。お茶を頼み、外に面した座敷で椅子に腰かけてのんびり景色を眺めた。
 ここはスザクの特等席だったと聞いて、スザクも景色を愛でるような大人になったのかと感慨深く思ったが、「ここでの昼寝が最高に気持ちいいんだよ」と力を込めて言う彼に、なんだやっぱり変わっていないなとルルーシュは笑った。

「本当によく来ているんだな」
「正月は毎年だね。あとは長期休暇のときに」
「家族全員で?」
「うん、一応。でも、父さんは三が日が過ぎてからかな。挨拶回りが忙しいんだよ。ついて来いって言われないのは助かるけど。それ以外はだいたいひとりかな」

 ほかに誰か一緒じゃなかったのか、と尋ねそうになって言葉を飲み込んだ。
 スザクと一緒にここへ来る人間がほかにいたとしても過去のこと。そもそも付き合う前の話なのだからルルーシュには口を出す権利すらない。誕生日にこうして連れて来てくれただけでも満足しなければいけないだろう。

「そういうときはね、ルルーシュが隣にいてくれたらいいのになぁっていつも思ってた」

 スザクの視線がこちらを向き、心を読まれるような感覚がした。疚しいことを考えたわけではないのに、咄嗟に顔を俯けた。

「本当だよ」
「べ、別に疑っているわけじゃない」
「そう?」

 スザクはそれ以上、何も聞いてこなかった。お茶を飲み、あったかくて気持ち良いねとだけ呟く。きっと気を遣ってくれているのだろう。

「――俺は」

 言い淀み、伝えようかどうしようか迷った末にもう一度口を開いた。

「俺は……、お前のことを忘れたかった。思い出してもつらくなるだけだし、お前を裏切った俺がお前のことを考えても迷惑でしかないだろうと思って。でも、本当は一日だって忘れられなかった。今どこにいるのか、元気にしているか、誰と一緒にいるのか、考えて考えて、どうしてあのときもっと素直になれなかったんだろうって何度も何度も後悔していた。だから、お前が俺の誕生日を覚えていてくれて、こうして祝ってもらえるのがすごく嬉しい」

 顔を上げ、スザクを見つめてはにかむように笑う。どこか眩しそうな表情をしたスザクは、カップを脇のテーブルに置くと立ち上がり、ルルーシュの前に跪いた。
 そして、ルルーシュが持っていたカップも取り上げると両手を重ねた。

「覚えてるよ。僕もルルーシュのことを忘れた日なんかなかった」
「スザク……」
「だって、ずっと好きだったから」

 優しく告げて恭しいキスをされる。
 そこでようやく、戻ったらキスをすると宣言されていたのだと思い出した。すぐに離れた唇は温かく、もう少し触れていたかったという気持ちが素直に浮かんだ。

「どうしよう、ルルーシュのことめちゃくちゃ抱きたい」

 しかし、どことなく厳かだった空気をぶち壊す発言にぽかりと頭を軽く殴った。

「馬鹿じゃないか」
「でも、部屋でするのはルルーシュが嫌がるし、お風呂に入りながらやっても声を抑えちゃうし、声を我慢するルルーシュはそそられるけど、でもやっぱり感じている声をもっと聞きたいし、いつもと違うシチュエーションもいいけどあまり好き勝手にできないから家まで我慢するよ」

 何が我慢だ。昨日、散々好き勝手していた人間が我慢だなんて聞いて呆れる。
 そもそも最初に誘ったのは自分のほうだという事実は無視して、ルルーシュはスザクをねめ付けた。

「明日も駄目だからな。月曜に響く」
「うん、大丈夫。それはちゃんとわかってるよ。だから、来週の週末は覚悟しておいてね」

 不穏な科白にもう一度頭を殴った。これで何度目のことだろう。
 馬鹿を連呼しながら、しかしすでに期待を抱いている体には気付かないふりをした。
 ひとしきり言い合ったあと、喉が渇いたからお茶のおかわり頼んでくるとスザクが一旦離れた。
 ほんのわずかな時間。恐らく一分にも満たなかっただろう。たったそれだけの時間なのに、彼がいなくなった途端、座敷が急に冷えたように感じた。雲が太陽を遮っただけだとわかっているのに、その空気の冷たさがまるで自分の心を表しているかのようでほんの少し怖くなった。
 ルルーシュにとってスザクは必要不可欠だ。彼の存在がどんどん大きくなっていることは自覚している。でも、心の中をどんどんスザクが占めていって、そのうちすべて彼で埋め尽くされてしまったらどうしよう。共にいられる幸福を覚えてしまったら、もう二度とスザクなしでは生きられない。
 (本当に箍が外れているな)
 将来のことをもっと真剣に考えなければいけないなんて、それこそどの口が言っているのだ。
 戻って来たスザクが、どうしたの? と首を傾げた。様子が変だと気付いたのだろうか。普段は天然なくせに、たまに野生の勘を働かせるから困る。
 新しいお茶を受け取ったルルーシュはぽつりと打ち明けた。

「このままここにずっと二人きりでいられたらいいなと思っただけだ」

 単なる夢物語。人として生きていく以上、ずっと二人きりでいるなんて不可能だ。
 そのためには資金だって必要だし、とこんなときですら現実的なことを考えてしまう自分が可笑しい。

「ルルーシュが望むなら叶えてあげるよ」
「ただの冗談だ」
「僕は本気なんだけどなぁ」
「真に受けるな。その代わり、ひとつ頼みがある」
「何?」
「――また、ここに連れて来てくれないか。誕生日じゃなくていいから、お前が俺に見せたかった景色をこれからは二人で一緒に見たい」

 ささやかな希望を伝えれば、スザクは頬を緩めた。

「いいよ。好きなだけ見せてあげる。十年分あるから覚悟しておいてね」

 それは大変だなと声を立てて笑った。
 十年と言うが、本気で十年を取り戻そうとしたら一体どれだけ時間がかかるのだろう。そうして十年分を埋めたら、今度は二人で共に歩む未来について考えなければいけない。これはもっと大変で、重要なことだ。
 やることは山ほどある。悩んだり迷ったりしている暇はないのだ。

「わかった。では俺からは、今後の俺たちのキャリアをどうするかについての提案をしてやろう」
「うわぁ、ルルーシュって本当に現実的……。それも大切だけど、まずはケーキを食べない? 君の誕生日のお祝いに用意しているから、話はケーキのあとでもいいかな?」

 ルルーシュは笑顔のまま「もちろん」と頷いた。
 自分たちの関係は決して打ち明けられないものだと知っている。男女の恋人みたいなことは堂々とできないこともわかっている。
 でも、それで構わない。誰も見ていない暗闇の中でだけお互いの手を握り返せれば充分だ。スザクが傍にいてくれる幸せがあればいい。それ以上を望むつもりはなかった。
 ただ、昨日の俺たちを見ていたあの月だけが、二人のことを知っていてくれればいいのだ。
 (15.12.05)BACK<<