月が見ている 前編

 ※『空は知らない』のその後の二人です。
 ちょっと予定を空けておいてくれないかな。
 スザクからそう頼まれたのは、二週間前の日曜日。彼の自宅の玄関に立ち、じゃあまたと別れの挨拶を切り出そうとしたときのことだった。
 十年ぶりに再会し、お互いの気持ちを伝えて以来、毎週スザクに会うのが習慣となっていた。
 お互い何かと忙しい身なので一週間に一度だけだが、今までは一度も顔を合わせていなかったのだから、この一ヶ月での逢瀬は異常とも呼べる回数だ。
 でも、十年分を埋めるんだよと蕩けるような笑顔で言われたら何も言えないし、ルルーシュ自身、毎日だってスザクに会いたいと思ってしまうのだから仕方ない。
 恋愛は人を愚かにさせる。それはある意味、間違っていないのだろう。
 浮ついている自覚はあった。週末のことを思い出して頬が緩みそうになるのを慌てて引き締めたのは一度や二度ではない。幸い、仕事中にミスをしたことは今のところないが、今後も絶対にないとは言い切れない。ともすれば四六時中スザクのことばかり考えてしまう自分はだいぶ馬鹿になったのではないか。
 だけど、スザクを好きな気持ちはルルーシュをとても幸せな気持ちにさせた。十年間、彼に憎まれていると思い続けていたから、それが違っていたとわかっただけでも救われるような心地だったのだ。
 だから多少の箍が外れるのは致し方ないだろうと、ルルーシュにしては珍しく開き直っている。好きという気持ちは本当にどうしようもないものだと、二十数年生きてきて初めて実感した。
 (待ち合わせまでまだ余裕があるな)
 時計を確認し、待ち合わせ場所までの時間を計算する。今から出れば十五分前には着くだろう。
 いつまでも残っていたら余計な仕事を押し付けられるだけだと、まだ残業している同僚に声をかけてルルーシュは職場をあとにした。
 エレベーターに乗り込み、一階のエントランスを抜ける。警備員に会釈してビルの外に出ると、冷たい風が吹いて首を竦めた。朝は暖かかったからコートだけ羽織ってきたが、ちゃんとマフラーを巻いてくれば良かったと後悔する。
 このあとはスザクと食事の予定だ。どこへ行くのかは聞いていないけれど、こう寒いと温かいものが欲しい、もう鍋の季節だし今度あいつが部屋に来たときは鍋にしようか、鍋にするなら何鍋がいいだろう、とつらつらと考えていたので、植え込みのほうからいきなり「ルルーシュ」と声をかけられて飛び上がりそうなほど驚いた。
 実際、飛び上がっていたのかもしれない。ビックリした猫みたい、と笑う声が聞こえてきた。

「スザク? お前、なんでここにいるんだ?」

 待ち合わせは某百貨店の時計の下に三十分後だ。そこで会うはずの彼がなぜ植え込みのレンガに腰掛けているのだろう。

「なんでって、僕の職場お向かいだよ?」
「でも待ち合わせ場所は……」
「迎えに来ちゃった」

 立ち上がったスザクは、コートの裾を払うとルルーシュのほうに近付いた。

「お疲れ様」
「まさかずっとここにいたのか?」
「ずっとじゃないよ。五分ぐらい」

 五分と言うが、コートに触れればだいぶ冷たくなっている。だったらビルの中で待てば良かったのにと思っていたら、心の中を読んだように「だって中では待てないし」と言われた。

「お互いの知り合いに会うと色々面倒だろう? 声をかけられるだけならいいけど、一緒について行きたいなんて言われたら困るし」
「さすがにそこまで非常識な人間はいないだろう」
「うん、そうだといいんだけどね」

 どこか曖昧に笑われる。もしかしたら、過去にそういう人間と遭遇したことがあるのかもしれない。
 この十年、誰とも付き合ってこなかったルルーシュと違い、スザクは恋愛方面での経験が豊富そうだ。根掘り葉掘り聞いても自分が傷付くだけだとわかっているからあえて確認したことはないが、彼女も何人かいたのだろう。
 それを浮気だなんだと責めるつもりはない。ルルーシュ自身、いずれは両親の意向に沿った結婚をする羽目になるかもしれないと覚悟していたし、ましてやスザクは一人息子である。今は良くても、いずれ周囲からプレッシャーをかけられるようになるはずだ。
 (って、せっかくのデートに何を考えているんだ)
 将来について不安がまったくないと言えば嘘になる。想いを伝え合って以降、何度か話したことはあるものの、いずれはもっと真剣に話し合う必要があるだろう。
 でも、それは今ではない。今はこうして一週間ぶりに会えたスザクとの時間を大切にしたかった。
 行こうかと言われ、並んで駅までの道を歩く。

「そうだ、日本料理は大丈夫?」
「ああ」

 今日の店はどうやら日本料理らしい。電車に揺られながら、仕事のことやこの一週間に起こった出来事などについて話す。
 やがてスザクが予約してくれた店に到着すれば、そこはルルーシュも名前を知っている有名な料亭で、入口の前で呆気に取られた。
 高級な店には慣れているが、気楽なデートで来るにはレベルが高すぎないか。普通の二十代だったら気後れするし、そもそもここを選ぼうと思わないだろう。
 なぜこの店にしたのだろうという疑問はすぐに解けた。どうやらここは彼の実家の馴染みらしい。それならここを選んでもおかしくはないかと納得した。
 出迎えてくれた女将や従業員と気さくに会話しているスザクの後ろ姿を眺めながら座敷までついて行く。

「ここ、昔からよく来るんだよ。すごく美味しくて、一度ルルーシュを連れて来たいと思っていたんだ。あ、もちろん来るのは特別なときだけ。毎日ここで食べているわけじゃないからね」

 当たり前に利用しているわけではないと念を押したスザクに、わかっていると笑う。
 彼がお勧めするだけあって、順番に出される料理はどれもとても美味しかった。長年日本で暮らしているので日本料理にも慣れ親しんでいるが、こういう店を訪ねる機会はあまりないから新たな発見だ。
 最後の水菓子まで食べ終わると、店を紹介してくれたスザクに礼を言った。すると、半分は僕の見栄みたいなものだから、と照れ笑いと苦笑いが混じったような顔をしていた。
 どういう意味かと首を傾げてもそれ以上は何も教えてくれず、じゃあそろそろ出ようかと促される。
 再びスザクについて歩き、従業員たちに見送られながら店を出た。街はまだ明るく、金曜日の夜ということもあって賑やかだ。
 今日はこのままどちらかの家に泊まるのだろうか。微かな期待を抱いている自分に照れくささを感じながら駅に向かおうとしたら、そっちじゃないよと腕を引かれた。

「車があるんだ」
「え? 車?」

 向かったのは料亭の駐車場で、そこには確かに一台の車があった。デートでの移動はいつも徒歩か電車だから、スザクが車を持っているなんて知らなかった。免許の有無すら聞いたことがない。
 わけがわからないまま助手席に押し込められ、行き先も告げずに車が走り出す。

「お前、車持っていたんだな」
「あまり乗らないけどね。でも、遠出するときは自分の車がいいと思って頑張って貯めたんだ」

 つまり、親に買ってもらった車ではないということだ。
 ルルーシュも免許は持っているけれど、ほとんど乗らないし車も持っていなかった。普段は電車通勤だし、車が必要なほどの距離を移動することもないからだ。

「そう言えば、小学生の頃、俺とお前だけ車で送り迎えされていたな。すぐにやめたけど」
「うん、あれすごく嫌だった」

 本当に嫌そうな声でスザクが言う。

「特に下校のとき。門の前で車が待っているのを見て、皆にはやし立てられたよね。だから送り迎えはやめてもらおうって二人で相談して」

 もう十八年も前のことだ。運転手が送り迎えしてくれるのはルルーシュにとっては当たり前のことだったから、あいつら車で学校に来てるんだぜと陰で言われ、それが社会の常識ではないことを初めて知った。
 今となっては笑い話にできる思い出だが、当時は本当に嫌だった。スザクとの仲が急接近したのは、特殊な環境で育った二人にしか共有できない感覚の積み重ねがあったからだ。

「だから車に乗るなら絶対自分の運転でって思ったんだ」
「偉いな」
「これも見栄だよ」

 自嘲するようにスザクは笑った。

「ちょっと時間かかるから、疲れているなら寝てていいよ」
「家に帰るだけだろう?」

 何気なく尋ねると、返答が返ってくるまでに少し間が空いた。まさかと思っていたら、隠しててごめんと聞こえてきた。

「ルルーシュとちょっと遠出したかったんだ」
「遠出って、どこまで行くんだ」
「ここから一時間半ぐらいのところ。でも、ルルーシュの都合が悪ければ引き返すよ」

 この土日は予定を空けておいてほしいと頼んできたのはスザクだ。恐らく、あのときすでにこの小旅行を計画していたのだろう。
 だったら最初から旅行に行くと言えばいいのにと不思議に思った。頼まれたとおりに予定を空けているので今さら良いも悪いもないのに、今日のスザクはやけに弱気だ。

「予定を空けろと言ったのはお前だろう? それとも、ここで俺に帰ってほしいのか?」

 信号が赤に変わり、車が減速する。ちらりとルルーシュのほうを見たスザクは、ううんと首を振った。

「嫌だって言われたらどうしようかと思った」
「嫌だなんて言うわけがないだろ。そんなに心配なら最初から確認すればいいのに」
「うん、でも今回はこうしたかったから」
「なぜだ?」

 なぜ今回に限ってなのだろうと問えば、秘密、と返ってきた。どうやら何か企んでいるらしい。
 スザクがこういうことをするのは初めてだし、目的地も知らぬままどこかへ連れて行かれるのはなんだか楽しかった。
 このままスザクの計画に乗ってやるかと、ルルーシュはリクライニングを倒して「少し寝る」と宣言した。寝ていいと言ったのはスザクなのだから、到着までのんびりさせてもらおう。
 街を抜けると途端に喧騒が消え、車の走行音だけが耳に届く。ルルーシュは斜め後ろからスザクの横顔をこっそり眺めた。
 あまり目にしない角度に、初めて目にする運転姿。こうして車を運転するようになるなんて十年前は想像すらしていなかった。なんだかスザクが急に大人びて見えて、ときめくような感覚を抱いた。
 二十代半ばにもなって同性の男にときめくというのも恥ずかしいが、自分たちは十年前からやり直しているのだ。中学や高校のときに抱いていたかもしれない感情を今から経験してもいいじゃないか。
 また開き直っている自分に小さく笑い、ルルーシュは瞼を下ろした。目が覚めたらどこに着いているのか楽しみにしながら、しばしの眠りに落ちた。
 ルルーシュ起きて、と体を揺すられて目を開けた。辺りは随分と暗い。外灯があるから真っ暗というわけではないけれど、普段生活している都心の夜に比べるとかなり暗かった。

「気持ち良さそうに寝ていたのにごめんね。まだ眠いなら僕がお姫様抱っこして、」
「起きる」

 体を起こしてさっさとシートベルトを外した。えー、連れてってあげるのにー、という馬鹿な言葉を聞き流して車を下りた。
 外の空気の冷たさに思わず両腕を抱く。ずっと暖房の効いた車内にいたし、コートを放り出して下りてしまったから余計に寒い。

「ほら、ちゃんとコート着ないと風邪引くよ」

 コートを着せられ、さらにはスザクのマフラーを首に巻かれる。子ども扱いするなと文句を言おうとしたけれど、彼の匂いとぬくもりが残っているマフラーに顔を埋めると胸がほんのり温かくなったので口を開くのはやめにした。
 外灯の明かりを頼りに目の前の建物を目指す。どうやらここが本日の宿泊場所らしい。
 遠出して来たのだから駅前のビジネスホテルということはないだろうと予想していたが、仄かな明かりに包まれたエントランスは雰囲気が良く、建物には趣があった。これはまた随分と良い宿だなと思いながら玄関に辿り着くと、そこには女将らしき女性がいた。
 ルルーシュの姿を見つけた彼女は「あら」という顔をしたあと、なぜか嬉しそうに笑みを零した。それから、ようこそいらっしゃいましたと深々と頭を下げた。

「こんばんは」
「遠いところをお疲れ様でございます。お寒いでしょうから、どうぞ中へ」

 チェックインすることなく宿の奥に連れて行かれる。どうやらここもスザクの馴染みらしい。今日はそういう趣向なのかもしれない。
 通された部屋は広く、畳の部屋の奥にはベッドがあった。和室と洋室の両方を備えているようだ。挨拶や簡単な説明が済むと、女将はお茶を淹れながらしみじみとした口調になった。

「良かったですね、スザク坊っちゃん。やっとお友達を連れてきてくださって私もとても嬉しいです。失礼ですが、もしかしてこの方が小学生の頃からのお友達ですか」
「ええ、まあ」
「そうですか、では仲直りされたのですね」

 目を細めた女将がルルーシュのほうを見る。

「スザク坊っちゃんは昔からよくここにいらしていたんですが、小さいときはとてもやんちゃで、こんな風に落ち着いてなんかいらっしゃらなかったんですよ」
「それは俺もよく知っています。大人になったら随分と大人しくなっていたから驚きました」
「そこまでやんちゃじゃなかったと思うけど」

 不満そうな様子のスザクに、女将と一緒になって笑った。ひとしきり話をすると、最後に明日の朝食の時間を確認してから女将は出て行った。その際、「スザク坊っちゃんをどうぞよろしくお願いいたします」と頼み込むように言われたので面食らった。
 二人きりになった途端、スザクが申し訳なさそうな顔をした。

「お前、どんな風に俺を紹介していたんだ」

 友達がいることを話すのはいいが、なぜ仲直りのことまで知っているのだ。しかも家族ではない旅館の女将が。

「昔からここに来てるって言ってただろ。休みのたびに長期滞在していて、さっきの女将はおばさんみたいな感覚になっていたから、ルルーシュのことも色々と話してたんだよ。初めて友達ができたこととか、喧嘩しちゃったこととか、親に報告するような話を全部。だから、君を連れてきたことを余計に喜んでくれたみたい」

 最初に会ったとき、やけに嬉しそうな顔をされたのはそういう理由かと納得する。

「ひとりでもよく来るのか?」
「うん、ぼーっとしたいときなんかはね。今日は僕たちだけだから堅苦しいことはなしにしてもらってる」

 父さんがいると色々うるさいんだよと嫌そうに眉を寄せたスザクに声を出して笑った。両親が揃うと宿のほうも何かと気を遣うのだろう。

「そうだ、ルルーシュこっち来て」

 腰を上げたスザクについて行く。奥の部屋の障子がからりと開けられ、ルルーシュは思わず感嘆の声を漏らした。
 眼下には美しい夜景が広がっていた。きらきらとした光は、まるで暗闇に星屑を散りばめたみたいだ。

「ここの景色がすごく良くて、いつかルルーシュに見せてあげたいと思っていたんだ」
「ああ、すごいな」
「昼間もいい眺めなんだよ」
「昼も夜も景色が楽しめるなんて贅沢だな」

 頬を緩めていると、手の甲にスザクの手が触れた。指先が絡まってぎゅっと握られる。
 視線を交わせば引き寄せられるように顔が近付いた。

「ん……」

 唇が合わさり、ルルーシュは繋いだ手を握り返した。腰を抱かれてキスが深まる。
 静寂に満ちた世界に、スーツの擦れる音と互いの唾液の混じり合う音だけが響いていた。

「ふぁ……、ンっ、んぅ」

 スーツの上着に手が掛かり、畳の上に落ちた。そのままシャツのボタンを上から順に外され、素肌が晒される。

「ア……、スザク、待て…っ」
「待てない」

 唇から頬へと辿った唇が首筋に吸い付いた。微かな痛みとぞくぞくする感覚に、このまま流されてもいいのではという考えが浮かぶけれど、駄目だ駄目だと思い直す。

「こんな格好だし」
「いつものことだよ」
「俺は着替えを持ってきてないんだぞ。スーツが皺になったら困る」
「それなら心配しなくていいから」
「それに、シーツを汚したら、女将にばれるかもしれない……」

 シーツを汚してしまうのはホテルでも同じだけど、先ほどの女将はスザクの顔見知りだ。親戚のような人に万が一にも自分たちの行為を悟られたら恥ずかしさで死んでしまう。
 ならばベッドでしなければいいだけだと言われたら、畳を汚すのはもっと嫌だと反論するつもりだった。スザクとしたくないわけではないが、さすがに場所を弁えなければいけない。
 すると、白い肌を舐めていたスザクが頭を上げた。一抹の寂しさを感じつつ、わかってくれたのかとほっとしていると、にこりと好青年の顔を向けられて嫌な予感がした。

「そうだね、色々と汚すのは良くないよね」
「あ、ああ」
「じゃあ挿れるのは我慢するから、とりあえず出すだけ出そっか」
「は……? ッ、ちょっ…、スザク!」

 いきなり前に触れられ、腕を掴んで引き離す。

「大丈夫、口でしてあげるから服も部屋も汚れないよ」
「そうじゃなくて……、この…っ」

 こういうときのスザクは言うことをちっとも聞いてくれない。いつもいつもいいようにされてたまるかと、ルルーシュの負けず嫌いなところに火が付いた。
 これでは自ら積極的に行為を望んでいるのと同じだ。やめさせるつもりでいたけどスザクがしつこいから悪いんだ、と心の中で言い訳をした。
 邪魔するなよと凄んで畳に膝を付く。スーツの前を開き、ベルトとチャックに手をかけた。
 金具の鳴る音がやけに大きく響いたのは部屋が静かだからなのか、それとも神経が研ぎ澄まされたような状態だからなのか。
 ちらりとスザクを見上げると、彼はどこか楽しそうな表情を浮かべていた。その余裕っぷりが腹立たしいと思いながら下着の上から触れば、微かに息を呑む気配がした。
 そこはすでに反応していて、先ほどのキスで興奮したのは自分だけではないのだと知った。いつもこちらばかり追い詰められてぐずぐずにされているから、同じ男としてはやはり少し悔しい。
 でも、余裕がないのはスザクも同じなのかもしれないと気付いて嬉しくなる。

「無理しなくていいからね」
「無理なんかしていない」

 むっとして言い返すが、やはり緊張は隠せなかった。口淫をされた経験はあっても、口淫をしたことはまだない。スザクはルルーシュが本気で嫌がることは決してしないので、これまで彼のほうから請われることもなかった。
 でも、たまには自分のほうがスザクを気持ち良くさせてあげたいと思っていた。初めての経験に緊張はするけれど、ここで怯んだら次の機会がいつになるかわからないし、せっかくこんな場所まで来たのだから今は羞恥心を捨てて集中しようと腹を決めた。
 下着から取り出した熱を握り、たどたどしく擦る。これがいつも自分を犯しているのだと思ったら恥ずかしくてたまらないのに、同時に愛しくも感じた。
 手の中のものはあっという間に上を向いて、ルルーシュは意を決して舌を伸ばした。

「……ッ」

 初めて口に含んだものはとても熱かった。先の部分を舐めると苦味が広がる。
 これがほかの男だったら不快感で吐き気すら覚えていただろう。でも、自分がスザクを悦くしているのだと思ったらそれだけで興奮してしまう。

「もうちょっと奥まで飲み込める? そしたら口を窄めて、顔を動かしてみて。うん、いいよ、上手だね」

 ひとつずつ言われたとおりにやれば、褒めるように髪を優しく撫でられた。
 初心者の舌使いが下手なことは自覚しているけれど、時折スザクの呻くような声が聞こえ、ちゃんと感じてくれているのだとわかって夢中になる。
 根元を擦ったり、音を立てて吸ったり、普段自分がしてもらっていることを思い出しながらスザクのやり方を真似る。そのうち顎が疲れてきて、喉の奥に当たるとえずきそうになった。
 それでも途中でやめるのは嫌で、ルルーシュは一生懸命続けた。唾液が口の端から零れて顎を伝う。

「ふ、んぅ…っ」
「ルルーシュ、そろそろ……」

 スザクの手が頭を引き剥がそうとした。ふるふると小さく首を振ればそれがさらなる刺激になったのか、やけに焦った声が聞こえた。

「ホントに駄目だって、ルルーシュっ」

 スザクがこんなに切羽詰った様子なのは珍しい。髪を掴んで離させようとするのを無視して上顎で擦り、先端に軽く歯を立てると吸い上げた。頭に当てられた手にぐっと力がこもって息苦しくなる。その途端、口の中に熱いものが吐き出された。
 噎せそうになるのをこらえていると、慌てたスザクが「出して」と言ってきた。それには従わずになんとかすべて飲み込み、ルルーシュは大きく息をついた。

「不味い……」
「だから出してって言ったのに」
「うるさい」

 シャツの袖で口許を拭われ、今度はルルーシュのほうが慌ててスザクの手首を掴んだ。

「服が汚れるだろ!」
「平気平気、替えならあるから。それより、すごく悦かった」

 嬉しそうに笑ったスザクにルルーシュは言葉に詰まった。
 奉仕している最中は必死でわけがわからなかったけれど、終わってみたらなんとも居た堪れない。こういうことを自分もされているのだと思ったら余計に羞恥が募る。

「ありがとう」
「……それはどうも」

 やると言い出したのはこちらだが、礼を言われると居た堪れなさが増す。

「じゃあ今度は僕がしてあげるね」

 ズボンの前に伸びた手を咄嗟に掴む。不思議そうな表情をまともに見返すのは恥ずかしくて、ルルーシュは視線を逸らしたままごにょごにょと口を開いた。

「――か」
「え? 何?」
「だから…っ、これで満足できるのかって聞いているんだ」

 ルルーシュの真意を探るようにしばらくじっと見つめていたスザクは、にこりと笑うと触れるだけのキスをしてきた。ちゅっ、と音を立てて唇が離れる。

「まさか。全然」

 低く囁いた声が耳から脳髄に届き、痺れるような感覚になった。まだ何もされていないのに、たったこれだけで感じてしまう自分はおかしいのかもしれない。
 女将に悟られたくないから今日は駄目だなんてどの口が言うのかと小さく笑う。

「おいで」

 手を引かれて立ち上がる。

「ここ、ひと部屋ずつ露天風呂があるんだ」

 そう説明するスザクの口調はどこか弾んでいた。へえ、と気のない返事をしながら、期待するように心臓の鼓動が速くなっていることに彼は気付いただろうか。
 結局こうなるのかと呆れてみるけれど、スザクを欲しい気持ちは抑えられない。それは十年も離れ離れになっていた後遺症なのか。
 でも、あとで後悔するくらいなら自分の欲望に忠実になったほうがいい。同じ後悔なら、そちらのほうがずっといい。
 連れられた先は、絶景を望む露天風呂だった。先ほどの夜景が百八十度広がっている。
 ガラス張りなので外気に直接触れることはないが、服を脱ぐと少し肌寒さを感じた。冬なのだとこんなところで実感する。
 隣とは離れているから声を聞かれる心配はないし、こんな場所じゃ覗く人もいないから大丈夫だよ、とにこやかに言ったスザクの頭を軽く殴った。
 笑い声と湯を掛け合う音が響いていた浴室にやがて沈黙が落ち、あとは言葉もなくただひたすら互いを求め合う。
 少しでも離れたらまたスザクがいなくなってしまうのではないか。そんな怖さを無意識に覚えて、ルルーシュは縋るようにスザクの背にしがみ付いた。
 そんな二人を闇に浮かぶ月だけが見ていた。
 (15.12.04)