涙雨のあとに 前編

 それは中学二年生の冬の出来事だ。
 朝から寒い一日で、俺はスザクの部屋のこたつにもぐり込んでいた。土曜日だから一緒に勉強しようと枢木家を訪ねたのだが、先に宿題を終わらせてすっかり暇だった。
 時折スザクの質問に答えたり、問題を解いてみたりしたけれど、前日の夜更かしのせいもあってついうとうととしてしまった。
 こたつは魅惑の存在である。ブリタニア人の家庭であるランペルージ家にはないもので、今まで一度も目にしたことがなかったから最初は物珍しかった。こたつの中だけが暖かいのは非効率的にも思えたけれど、一度入ったらなかなか抜け出せない。
 そういうわけで、冬の間はスザクの部屋に入り浸るというのが長年の習慣になっていた。そんな俺を見て、「本当にルルーシュはこたつが好きだな」とスザクは毎年笑うのだ。
 スザクは幼馴染の友達である。豪邸とも呼べる大きな隣家に同い年の彼が引っ越してきたのは十歳のときだ。
 最初は子どもっぽい反発心や照れもあってお互い相手を遠巻きにしていたが、あるとき母親たちが立ち話で盛り上がってしまい、すっかり飽きた俺たちは目配せをして一緒に遊びに出かけた。仲良くなるのはあっという間だった。
 俺の両親は離婚していたため家には父親がいなかったし、スザクの家も父親不在という共通点がより仲を深めたのかもしれない。
 スザクの父親は政治家だ。代々続く名家で、本家は別の地域にあるらしいが、スザクの中学や高校進学を見据えて都内にも家を構えたそうだ。そのため父親は滅多に帰ってこないし、母親も夫の手伝いでたびたび家を空けていた。大きな家にはスザクひとりだけで、あとは数名のお手伝いさんしかいなかった。
 俺の家には母と妹のナナリーがいたけれど、病弱なナナリーの通院で俺もひとりになることが多かった。そういう環境のおかげと言うべきか、俺たちが遊ぶ回数は必然的に増えた。
 スザクが俺の部屋を訪ねることも、俺がスザクの部屋を訪ねることもたびたびで、毎日一緒だったと言っても過言ではない。
 幼馴染で、友達で、兄弟みたいで、同級生で、クラスメートで。
 俺とスザクを構成する要素はたくさんあったけれど、そこに新しい別の要素が加わることになるとは、中学二年生の冬まで俺は想像すらしていなかった。
 こたつに入って居眠りをしていた俺は、ルルーシュ、と肩を揺すられたことに気付いた。ぼんやりしたまま顔を向ければ、床に膝を付いたスザクが隣にいた。
 まだ丸みを残している顔は、童顔も相俟って年下のように見えた。本人はそれを気にしているようで、早く大人にならないかなというのが最近のスザクの口癖だ。

「眠いならちゃんと布団で寝ろよ。ここだと風邪引くって」
「もう起きる……」
「とか言ってまた目が閉じてるじゃないか。ほら、布団敷いてるぞ」
「まだ夕飯前だろ。風呂にも入っていないのに」
「シーツならあとで洗ってもらうから大丈夫。人ん家なんだから気にするなって」
「人の家だから気にするんじゃないか」

 ぐいぐいと引っ張られ、仕方なく暖かいこたつから出た。ふらふらとした足取りで歩いていると、布団に躓いて倒れ込みそうになる。それを慌てて支えたスザクも一緒になって倒れた。

「あっぶないなぁ」
「う……」
「ほら、ちゃんと中に入れって。その前に上は脱いで」

 カーディガンを脱がせようとする手が服越しにくすぐったくて、俺はわざと抵抗した。すると今度はスザクがわざとくすぐってきた。いつものじゃれ合いだ。
 くすぐり合って笑い転げるような子どもだった。そのときまでは。
 どんなきっかけがあったのかは覚えていない。気付けば両手を布団の上に縫い付けられ、さらにはスザクの膝が俺の股間をぐいっと押してきてぎょっとした。

「スザク、ちゃんと寝るからもう離せ」
「うん」
「おい、スザ――」

 名前は最後まで呼べなかった。
 スザク、と声にするより前に唇を塞がれた。スザクの唇によって。
 突然のことにわけがわからず、俺は目を見開いたまま茫然とキスを受けていた。スザクも目を開けたまま俺にキスをしていた。
 始めは不器用に触れるだけだった唇が角度を変え、たどたどしく下唇を食まれた。ぴちゃ、と濡れた音が妙に生々しく、そこでようやく俺はスザクの胸を押した。スザクはあっさり離れたけれど、手首は押さえ付けられたままだった。

「な、何を」
「ルルーシュだってナナリーやおばさんとしてるじゃないか」
「家族とこんなキスはしない!」
「こんなキスって?」
「だから…っ、ナナリーや母さんにしてるのはほっぺただろ、ちゃんと見ていないのか」
「見てるよ」
「だったら……」
「大丈夫、友達同士では普通のことだから」

 安心させるような声音に、俺は怖々とスザクを見上げた。ひどく優しくて、でも少し怖い笑顔がそこにあった。

「ルルーシュは知らない? 男は友達同士でこういうことをやるんだよ」
「そうなのか……?」
「と言っても、普通は自分たちだけの秘密で、皆には隠しておくことだからルルーシュが知らなくても仕方ないか」
「で、でも、なんで友達同士で……」
「女の子を相手にするわけにはいかないだろ? 男同士なら妊娠する心配もないから、困ったときは友達同士で助け合うのが普通なんだ」
「助け合うって、何を」

 スザクが何を言っているのかわからない。子どもができる仕組みは保健の時間に習ったけれど、具体的に何をどうすればいいのかわからないから、妊娠という単語を出されてもぴんと来なかった。

「大丈夫、皆やってることだから心配いらないよ。ルルーシュはこうして寝ているだけでいいんだ。だからさ、俺を助けると思って協力してくれない?」
「お前を助ける?」
「うん、ルルーシュじゃないと駄目なんだ」

 スザクが笑みを深めた。
 いつものスザクなのに、初めて見る男の顔をしていた。童顔がやけに大人びて見えたのは気のせいだろうか。

「助けてよ、ルルーシュ」

 スザクの手に力がこもり、掴まれた手首の骨がぎしぎし鳴る音が聞こえた。
 それを痛いと思うより、スザクがこんなに苦しんでいるのなら俺が助けてやらなければという思いのほうが強くなる。

「俺なら、お前を助けられるのか?」
「うん」
「――わかった」

 あっさりと答えたことに驚いたのか、スザクが目を瞠った。その表情はいつもの子どもっぽいスザクで、俺は小さく吹き出した。

「なんだよ、自分から頼んだくせに」
「だって、いいの?」
「お前を助けるんだろう? 何をするのかよくわからないけど、皆がやっていることなら多分大丈夫だと思うし」

 そう言うと、なぜかスザクが曖昧に笑った。
 ちょっと待っててと言い置いた彼は、引き出しを開けてボトルらしきものを取り出し、すぐに戻って来た。その間、俺はずっと布団に寝そべっていた。
 この隙に逃げようという発想はなかった。スザクのためになるのなら何をされてもいいとしか考えていなかった。
 戻って来たスザクはまた両足の間に陣取ると、今度は遠慮なく俺の中心に触れてきた。これにはさすがに声を上げた。急所を握られて本能的に体が竦む。

「ルルーシュって自分で弄ったことある?」
「え……?」
「オナニーしたことある? って意味」

 何気なく尋ねられ、カッと頬が熱くなった。意味は理解できるし、義務的な作業として自慰をしたことは何度かあるけれど、それを口に出して言われるとなんとも居た堪れない。
 返事もできずにただスザクを見つめていると、その顔が笑み崩れた。

「良かった、ちゃんと意味を知ってて」
「そのくらい知っている!」
「そう? じゃあ、誰かにしてもらったことは?」
「だ、誰かに?」
「俺も初めてなんだけど、大丈夫、ちゃんと気持ちいいから」

 なんだその自信はと訝しく思ったものの、てきぱきとズボンを脱がされ、さらには下着まで引きずり下ろされて声を失う。気分はまな板の上の魚だった。
 無防備な中心を見られていることにたまらない羞恥を覚え、ふいと顔を逸らした。微かに笑う気配がしたのと、中心を握り込まれたのは同時だった。

「ア……っ」

 思わず大きな声が出てしまい、咄嗟に両手で口を覆う。
 生まれて初めて他人の手に扱かれ、パニックになりそうだ。それでも体は確実に快感を拾っていて、徐々に強くなる刺激に頭の芯もどろどろに溶けていく。

「ン、ンぅ、ん…ッ」

 両手の合間から抑え切れない声が漏れた。
 平素より高く、ふしだらな響きを持った悲鳴は自分の声ではないみたいで、恥ずかしさと気持ち良さと悪いことをしている感覚がまとめて襲ってくる。
 目の前には先ほどまで入っていたこたつがあって、後戻りできないところに行ってしまったような気分だった。

「ルルーシュ、気持ちいい?」
「ひッ、ん……、ンン」
「ねえ、俺のも一緒にしていい?」

 それがどういう意味なのか理解できないままこくこくと頷けば、突然スザクの手が離れた。ほっとしたような、残念に思うような、不思議な心地で息を整えていると、火傷しそうなくらい熱いものが当てられた。
 びくりとして下半身を見れば、スザクのものが俺のものにこすり付けられていた。
 一緒に風呂に入ることは何度もあるし、当然スザクの性器だって目にしたことはあるのに、それは普段と色も形も違って別物のように見えた。思わず凝視していると、スザクの指が二人のものに絡んだ。

「ひぁ! アっ、ああ…ッ」

 スザクの腰が軽く動き、先ほど以上の刺激に思わず背が仰け反る。ぞくぞくとした快感が体中を駆け巡り、口を覆うのも忘れて喘いだ。

「気持ちい…っ」
「すざ、ァ、すざく、待って……!」
「ごめんっ、ルルーシュ……」
「んぁッ、ア、あああ!」

 追い詰められ、限界まで高められた中心からとうとう欲を吐き出す。
 びゅくびゅくと精を溢れさせていると、下腹部に熱い飛沫がかかった。スザクもイッたのだとぼんやり思い、俺は瞼を下ろした。ぜえぜえと呼吸を整えていたら、唇に柔らかく触れるものがあった。
 無意識に口を開くと、ぬるりとした舌が咥内に忍び込んでくる。舌の先をこすり合わせるのが気持ち良く、夢中になってキスをした。
 しかし、ふいに何かがあらぬ場所を撫でているのに気付いてぎょっとした。目を瞠ると、慌ててスザクの肩を押し返す。

「何?」
「それは俺のセリフだ! ど、どこを触って…っ」

 ぬるついたものを塗り込めるように指が動かされる。ひっ、と上擦った声を上げた。

「もう終わったと思った? ここからが本番だよ」
「本番って、だってお前、なんでそんなところを」
「男同士だとここを使うしかないからね。大丈夫、皆やってることだよ」

 本当だろうか。クラスメートたちは皆、友達同士でこんなことをしているのだろうか。排泄のための器官を弄られて平気なのだろうか。

「俺もスザクにしなきゃいけないのか……?」
「あー、ううん、それはしなくていいよ。俺がこっち側をやりたいんだ。駄目?」

 上目遣いに尋ねられ、ふるふると首を振る。どちらがいいとは言えないが、同じことをスザクにできるとは到底思えない。
 それに助けてほしいと言ってきたのはスザクだ。ならば、スザクのやりたいようにさせるのが俺にできる唯一のことだと己に言い聞かせた。

「君を傷付けないためだから、気持ち悪いかもしれないけど力を抜いてて」

 言われたとおりに力を抜こうと努めた。最初は入口を遠慮がちに擦っていた指が中へと挿れられ、ゆっくり動かされる。
 信じられない場所をスザクに見られていると思ったら羞恥で死ねそうだった。しかし、真剣な表情で作業に没頭している彼を見ていたら何も言えなくなってしまった。邪魔をするのは悪い気すらしてきて、俺は天井をぼんやり見上げた。
 浅い場所を探っていた指が奥へと突き入れられる。大きく息を吐いてその違和感をやり過ごす。
 時折、足される液体のようなものは、先ほどスザクが取りに行ったボトルの中身のようだ。下半身が濡れた感触がするのは、吐き出したばかりの互いの体液なのか、ボトルの中身なのか、どちらかもうわからない。

「……ん、ッ」

 入口を広げられ、内壁を引っ掻かれ、気持ち悪さは感じないけれどやはり違和感は消えない。
 ずるりと指を引き抜かれたかと思えば、また奥へと押し込められる。その動きを何度も繰り返された。

「二本も指が入ってるよ。わかる?」
「あ……、わかんな…っ」
「だいぶ馴染んできたし、三本入れても大丈夫かな」

 二本とか三本とか、具体的な数字を言われてもパニックになりそうだ。浅い呼吸をしながら、恐る恐るスザクのほうに顔を向ける。

「スザク……」
「ん?」
「これ、いつまでするんだ。どれが本番になるんだ?」

 先の見えない行為が不安で尋ねると、なぜかスザクが息を呑んだ。ごくりと喉を鳴らし、俺のほうをじっと見つめてきた。

「スザク?」
「――その顔」

 すごく好きかも、と囁いたのと同時に指を抜かれた。
 わけがわからないままスザクの行動を目で追っていると、いきなり腰を抱えられて目を剥いた。さらには両足を大きく広げられる。

「いい眺め」

 笑いながらのセリフは馬鹿にされたようで、羞恥と怒りで頬が熱くなった。しかし、先ほどまで指で弄られていた場所にひどく熱いものを押し当てられたのに気付き、今度は俺のほうが息を呑む。

「ここに俺のを挿れるな」
「な……っ、む、無理だ、そんなの」
「無理じゃないよ。だって、助けてくれるんだろう? 俺のこと」

 ひどく昏い瞳に見下ろされ、俺はまばたきをすることを忘れた。
 お隣さんで、幼馴染で、ずっと友達だったスザクが知らない人間にように思え、恐怖なのか怒りなのか判別できない感情に唇が戦慄く。

「助けてよ、ルルーシュ」

 無体を強いながら人に助けを求めるなんて卑怯だ。
 (怖い)
 俺の知らないスザクが怖い。未知の行為が怖い。怖くてたまらない。
 でも、怖いという気持ちと同じくらい、スザクを救ってやりたいという気持ちもあった。
 スザクが助けを求めた相手は俺だ。ほかの誰でもなく、俺に助けてほしいと言ってくれた。ならば、俺はそれに応えたいし、応えてやらなければいけないと思った。

「お前の好きにすればいいだろ」

 ぼそぼそと告げればスザクが破顔した。ひどく安堵した表情だった。
 こんな顔をしてくれるのなら多少の怖さなんかどうでもいいと思えてしまう。が、いざスザクのものが当てられ、ゆっくりではあるものの無理やり押し込まれた途端、前言撤回したい気分になった。

「うぁ……っア、アア…ッ」

 スザクが散々指で弄っていたのはこのためかと理解したが、指とは比べものにならない太さのものがどんどん奥へ進み、下半身がみしみしと音を立てていた。
 いっぱいに広げられて苦しいし、スザクが動くたびに痛みを覚える。その上、内臓がせり上がるような感覚に血の気が引きそうだ。なんとか痛みをやり過ごしたくて、歯を食い縛って目を閉じる。その途端、目尻から涙が零れ落ちたけれど、それを拭っている余裕はなかった。

「ごめん、ルルーシュ、ごめん、痛いよな」

 弱々しい声にきつく閉じていた瞼をのろのろと上げる。頬を紅潮させたスザクが、今にも泣き出しそうな顔で俺を見下ろしていた。
 泣きたいのはこっちのほうだと思ったけれど、声を発するのもつらくて、俺は唇だけで「馬鹿」と言った。
 力の入らない腕を叱咤し、スザクの手に俺の手を重ねる。

「いい、から」

 切れ切れに伝えると、スザクは顔をくしゃりとさせた。ごめんともう一度謝ったかと思えば、萎えていた俺の前に触れてきた。

「あ…ッ、そんなとこ、触るな」
「でも、ルルーシュにも気持ち良くなってほしいし」

 柔らかいものを扱きながらスザクが腰を動かし始めた。
 中から引きずり出されたものに再び突き上げられる。始めは緩慢だった動きが次第に大きくなり、そのうち激しく揺さぶってきた。
 スザクの欲望を受け入れる痛みと、前を擦られる快感がない交ぜになって、思考は考えることを放棄した。

「あぅっ、ア……、もう、ゃ、すざ…ッ」
「待って、まだ」
「ひ、ぁあッ、あっ」
「ルルーシュ…っ」

 何かを堪えるように名前を呼ばれる。スザクはどこかきつそうな、でも気持ち良さそうな顔をしていた。

「ルルーシュ、ルルーシュ――ッ」

 腰を掴む手に力が入り、突き上げもいっそう強くなる。
 勃ち上がった俺のものからはとろとろと蜜が溢れていて、その先端を指の先で弄られるとたまらない。

「んぁ、ア……、あああっ!」

 耐え切れなくなって二度目の精を吐き出せば、しばらく揺さぶられたあとに体の奥のほうで熱いものを感じた。
 それが何か理解できずに荒い呼吸を繰り返していると、スザクがまた「ごめん」と言った。

「え……?」
「中、出しちゃった」
「中? ――ああ、だからか、やけに熱いと思ったら」

 たしか男と女はこれで子どもができるんだったか、と保健の授業のあとでクラスの男子たちがやけに盛り上がっていた話題を思い出す。
 でも、俺たちは男同士だ。どんなにスザクが中で出そうと子どもができる心配はない。
 (だから友達同士で助け合う……ってことなのか?)
 結婚したカップルなら子どもができても問題ないが、未婚の男女間で妊娠が発覚したら色々問題だろう。当人たちは良くても、周りが大騒ぎしてしまう。
 その点、男同士ならばいくら抱き合ってもそんな心配はない。だから、男は困ったときに友達同士で助け合うのだなと納得し、無意識に下腹部の辺りに触れる。
 その途端、中に挿れられたままだったスザクのものが硬さを取り戻したのを感じた。へ? と思って顔を見上げれば、スザクはばつの悪そうな表情を浮かべていた。

「あのさ……、もう一回、いい?」
「何を?」
「今の」
「えっ……、い、今のって、む、無理だ! 今度は本当に無理だ!」
「助けてくれるんだろ?」
「だってそれは一度きりで――、ッひァ、スザク…! 痛いからもう……アアっ」

 ぎりぎりまで引き抜かれたものが押し込まれた。ごめん、と言いながら腰の動きは止めようとしないスザクを睨むけれど、そんなことはお構いなしに繰り返し突き上げてくる。
 相変わらず痛みばかりで苦しい。早く終わってくれと、二回目は念じるようにずっと思っていた。
 行為のあと、ぐったりして動けなくなった俺はスザクの部屋にそのまま泊まることとなるのだが、体を酷使しすぎたせいか、翌日になると熱を出してしまった。そんな俺にスザクは終始申し訳なさそうで、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたからまあ良しとするかと許した。
 スザクとセックスをした。
 その真の意味もわからず、その重大さも理解できず、ただ、このとき限りの行為だろうと俺は甘く考えていた。
 二度目は最初の行為から一ヶ月後のことだった。
 もう二度とないだろうと思っていたから、あの日と同じようにスザクの部屋で勉強を終えたあと、当たり前のように手を引かれ、ベッドに押し倒されたときも俺は意味を把握していなかった。
 これから何をされるのかわからないままスザクを見上げていると、何を勘違いしたのか、スザクが「大丈夫」と言った。

「今度はちゃんとルルーシュのことも気持ち良くさせてあげるから、だから、お願い」

 お願いの一言で、またあれをするのかとようやく気付いた。気付いたけれど、気持ち良くさせてあげるというセリフはいまいちぴんと来なかった。
 前回の行為は痛みと恥ずかしさばかりが記憶に残っていて、気持ち良さとは程遠かった。スザクのほうは悦かったと言っていたから、それならまあいいかと思ったくらいだ。

「お前がしたいならすればいいだろう」

 スザクのお願いに素直に頷いたのは、セックスを許可したと言うより、友達なら協力するのは当たり前だとの気持ちから頷いたにすぎない。
 興味もなければ行為への期待もない。ただ、スザクのために、スザクのしたいようにさせようと思っただけである。
 しかし、俺がそう答えた本当の意味をスザクはきっと理解していなかっただろう。ただ、許してもらえたことにひどくほっとした表情を浮かべ、子どもの頃のように笑った。その笑顔を見られただけでいいと思ってしまったのだから、俺はつくづく馬鹿だ。

「大丈夫、俺に任せて」
「あ、ああ」

 大丈夫という単語をこの状況下で何度聞いたことだろう。任せてといくら言われても不安なものはやはり不安だ。
 ベッドの上で服を脱がされ、前回同様に互いのものを高め合うのかと思っていたら、スザクはいきなり後孔に触れてきた。ルルーシュは何もしなくていいからという言葉に従い、寝転がったまま違和感をこらえた。
 そのうち、前回と何かが違うと感じた。何がとははっきり言えない。あえて言うならば、あのときはただ闇雲に後ろを弄られただけだった。それが今は、何かを探るように慎重に奥を広げられている。

「スザク……?」

 戸惑いを含めて名前を呼べば翠の瞳がこちらを見た。

「男にも気持ち良くなる場所があるんだって」
「そ、そんなところにか?」
「うん。前回はそこを探す余裕がなかったから」

 スザクがそう言いかけたとき、彼の指が奥の一点を掠めた。

「ァアッ――!」

 その瞬間、生まれて初めて感じる強烈な刺激が背筋を走った。目の裏がちかちかとして、息をすることを忘れた。

「ここ?」
「アっ、やめ、そこ……、ッああ!」

 同じ場所を擦られ、高い悲鳴が上がる。怖いとか、嫌だとか、子どものようにぐずる俺を、スザクが何度も「大丈夫だから」となだめてくれたのをぼんやり覚えている。
 結論から言えば、二度目はたしかにスザクの言葉通りだった。
 前戯だけでぐずぐずに溶かされ、わけがわからないままスザクを受け入れ、最初こそ痛みがあったものの、やがて脳はそれを快感として認識した。悦すぎて死にそうだと沸騰しそうな頭の中で思いながら、信じられないくらい喘いだし善がりもした。
 終わったあと、スザクはやけに嬉しそうだった。気持ち良かった? とにこやかに聞いてくる彼に、俺はただ「ああ」と応えることしかできなかった。息をするのすら苦しく、酸素を取り込むことに必死だったのだ。
 そのあと、スザクはまめまめしく世話を焼いてくれた。一度目のときに熱を出したことが強く印象に残っていたのか、痛いところはない? とか、熱はない? とかいちいち聞いてくるのだが、熱が引いて冷静になるとその質問がやけに恥ずかしく感じられた。
 あらぬところは痛いし、体中が火照ったままだし、奥にはまだスザクのものが入っているような感覚があったし、体の不調はあちこちにあった。でも、正直に訴えたらじっくり丁寧に検分されそうな気がしたので黙っておいた。
 疲れたから少し寝たいと呟いた俺に、スザクはベッドのシーツを取り替えてそこに寝かせてくれた。疲れていたのは本当だったので素直に目を閉じた。
 髪を透かれる感触が気持ち良く、俺はそのまま眠ったふりをしていた。
 そうしていると、先ほどまでの行為がやけに鮮明に思い出された。体は疲労感でいっぱいなのに、頭は妙に冴えていた。
 (スザクはどうして俺とこんなことをするんだろう)
 一度目は助けてほしいと言われた。二度目は気持ち良くさせてあげると言われた。一度目と二度目の言葉は違うけれど、最終的にやることは同じだ。
 こんなことを世間一般の友達は本当にやるのだろうかと疑問が強まる。
 初めての強烈な快楽は、気持ち良かったという単純な感想以上に、何かを踏み越えてしまったのではないかという罪悪感や背徳感を抱かせた。性的なことに無知で子どもだったけれど、禁忌を犯してしまったかもしれないことは本能的に感じていた。
 同時に、何がどういけないのだろうとも思った。スザクが求め、俺がそれを受け入れ、お互いが同意した上での行為ならば何を恐れることがあるのだろう。そんなことを考えるくらいには愚かな子どもだった。
 後々、名前を付けられない自分たちの関係を思い煩うことになるとは、このときの俺は想像すらしていなかった。

***

 スザクが俺から離れて行くのを感じるようになったのは、中学三年生に進級した頃だ。
 初めのうちは、クラスが離れて物理的な距離ができたからだろうと思った。別々のクラスになり、新しい環境に慣れるのに精一杯だからこちらには構っていられないのだと楽観的に考えていた。
 お互いの家で勉強する習慣は続いていたし、それに附随するように体の関係も継続していたから深刻には捉えていなかった。
 勉強を終えたあと、両親が不在のときは決まってスザクのほうから求めてきたので、距離を感じようがなかったのだ。
 しかし、受験シーズンを迎えた辺りから、その距離をはっきり自覚することとなった。
 きっかけは高校生活が話題になったときだ。いつものように勉強をしている最中、何気なく「高校に入ったら部活はどうするんだ?」と尋ねた。
 俺たちが在籍している私立アッシュフォード学園は中学から大学までを擁する有名校で、俺はそのまま高校に進学する予定だった。なぜ部活のことを聞いたのかと言えば、アッシュフォードでは必ず部活に入るのが決まりで、今のうちに所属する部活を決めておこうという軽い気持ちで口にした質問である。
 スザクは運動神経抜群で、大抵のスポーツは楽々こなしていた。体育祭やスポーツ大会では学校一の活躍をし、いろんな部活から勧誘があったので、高校生になっても枢木スザク争奪戦が起こるのだろうなと思いながら答えを待っていると、スザクはやけに神妙な顔をして「どこも入らないよ」と口にした。

「入らないって? でも、うちは部活動必須だぞ」
「それはアッシュフォードでの話だろ?」
「え……?」

 話が噛み合っていないことに眉を寄せた。すると、表情を消したスザクの顔がこちらを向いた。

「僕はアッシュフォードの高等部には行かない」

 その一言を理解するのにしばらく時間がかかった。
 行かないとは、進学しないという意味だ。そのことをようやく脳が認識したとき、俺は信じられない思いで目を瞠った。

「どういうことだ、そんなこと今まで一度も……」
「誰にも言ってないからね」

 淡々と答えるスザクに、俺はただただ茫然とするだけだった。スザクとは高校でも一緒だと当たり前のように信じていたから、違う高校に行くと言われても俄かには信じがたい。

「なぜ……」
「父さんの指示だよ」
「それだけ?」
「ほかに何か理由がいる?」
「だって……」
「ちなみに、もう推薦で受かってるから」
「な…っ、それならそうと、せめて受かったときに教えてくれたらいいだろ」
「なんで?」
「なんでって……」

 いつもならすらすらと出てくる言葉がこのときはまったく出てこなかった。何を言えばいいのかわからず、テーブルに身を乗り出したまま俺は固まっていた。そんな俺に、スザクは邪気のない笑みを向けてきた。

「ルルーシュは気にしすぎだよ。高校が別のところになるだけじゃないか。僕たちがお隣さんだってことは変わらないんだからさ」

 三年生になってからもうひとつ変化があった。
 それは、スザクの一人称が「僕」に変わったことだ。
 それまでの「俺」が消え、粗野な言葉遣いが丁寧なものとなり、一年前の彼とはまるで別人だった。
 大人になったからだと周囲は好意的に捉えていたけれど、スザクがどこか遠くへ行ってしまうようで俺はむしろ不安だった。そのときも、「ルルーシュは気にしすぎ」の一言で片付けられてしまったことを思い出す。
 (スザクは俺のことが嫌になったのか……?)
 唯一無二の存在としていつまでも友達のままでいられると思っていたのは独り善がりな考えだったのか。
 学校では二人きりにならないよう、高校は同じ学校にならないよう、スザクは少しずつ距離を取っているのだろうか。そうやっていずれは完全に縁を切るつもりだろうか。
 悪いことばかりを考えていたら目の前が真っ暗になり、俺はその場に座り込んだ。すると、今度は逆にスザクのほうが身を乗り出してきた。

「ねえ、そんなことよりさ――」

 しようよ、という囁きにのろのろと顔を上げた。
 学校での接点がなくなっても、進路を教えてもらえなくても、この習慣だけは変わらない。俺とスザクを繋いでいるのは二週に一度、彼の部屋で耽るセックスだけ。
 そう思ったら嗤いたくなった。
 それでもまだ繋がりがあることを喜べばいいのか、こんな繋がりしか残っていないことを嘆けばいいのか。ぐちゃぐちゃな感情を持て余しながら、スザクからのキスを受け入れるために俺は目を閉じた。
 どこか虚しい気持ちと、スザクが俺の傍からいなくなってしまうかもしれないという恐怖を抱いたまま、中学三年生の冬は終わろうとしていた。
 (16.07.10)