それからの未来について 5

 ルルーシュが教室に入ってきたのは午後の授業が始まるぎりぎりで、手には財布も何も持っていなかった。やはり昼は食べなかったのかもしれない。
 じりじりする気持ちで午後の授業を終えたスザクは、クラスの友人に協力してもらって昨日告白したきた女子生徒を呼び出し、君とは付き合えないときっぱり断わった。お弁当ももういらないからと告げれば、彼女は今にも泣き出しそうな顔をした。そして、「わかりました」とか細い声で言うと逃げるように行ってしまった。
 弁当を受け取ったことで期待を抱かせたのだとすれば申し訳ないけれど、食べもしないものをだらだらと受け取るわけにはいかない。何より、自分にはルルーシュというれっきとした恋人がいるのだ。断る以外の選択肢はない。ひとまずこれでけじめはつけたと、少し肩の荷が下りた気がした。
 協力してくれた友人に礼を言い、ひとりで先に帰ったルルーシュのあとを追いかける。家が隣同士というのはこういうとき便利だ。電気が点いていることを確認し、ルルーシュ宅の門をくぐる。
 深呼吸をしてから呼び鈴を押した。インターホンで誰何を問われ、「僕」と一言告げた。追い返されることも覚悟して待っていると、しばらくしてから鍵が開いた。ドアの隙間から見慣れた顔が覗く。

「話があるんだ。入れてもらえる?」

 ルルーシュの表情に少しだけ怯えのような色が浮かんだ。彼のことだから最悪の事態でも想定しているのだろうか。その原因は自分にもあると思えば胸が痛んだ。
 入れと短く告げられ、第一関門はクリアできたことにホッとした。玄関を上がるとリビングまで通される。
 お茶でも用意すると避けるようにキッチンへ行くルルーシュを呼び止めた。彼は振り返らないまま立ち止まった。

「そのままでいいから聞いてくれないかな」
「なんだ」
「昨日はごめん」

 ルルーシュの顔がこちらを向いた。

「ルルーシュが毎日僕のためにご飯を作ってくれるのはとても嬉しいし助かっているのに、頼んでないなんて言って本当にごめん」
「――俺のほうこそ、悪かった。勝手に怒ったりして」

 謝罪の言葉に首を振る。

「昨日も今日もルルーシュのご飯が食べられなくて、僕はなんであんな馬鹿なことを言ったんだろうってすごく後悔した。あ、ルルーシュのことを食事係と思っているとかそういうわけじゃなくて、君の手料理が本当に好きだからそれを食べられないのは悲しいって意味で、」
「わかってる。誤解していないから安心しろ」

 ルルーシュが笑い、スザクは思わず肩から力を抜いた。どうやら自分も相当緊張していたらしい。

「パンとかカップラーメンとか今までも食べていたのに、ルルーシュと喧嘩したら急に味がしなくなったんだ。今日も昼は何も食べる気がしなかったし」
「え?でも昼なら受け取った弁当が」
「お弁当?」

 しまったという表情が返ってきて首を傾げた。

「もしかして、後輩の子からもらったお弁当のこと言ってるの?あれなら食べなかったけど、なんでルルーシュが知ってるの?」

 答えあぐねていたルルーシュは、しばらくして小さく息を吐き出した。

「昨日、お前が告白されているところを偶然見てしまったんだ。今日も弁当をもらったことはほかのやつから聞いた」
「見られてたのか。言ってくれれば良かったのに」
「言えるわけないだろ」
「それもそっか。あれ?じゃあもしかして、昨日のお弁当がなかったのって、僕がその子のお弁当を食べると思ったから?」
「昨日はたまたま忘れただけだ!」

 即座に否定されるものの、その必死さが逆に疑わしい。ルルーシュが弁当を忘れるなんて珍しいと驚いたけれど、そういう事情があったのかとようやく合点がいった。
 (つまり、やっぱり僕が原因ってことじゃないか)
 最初に怒ったのはルルーシュだが、発端は昨日のあの告白だったのだ。一方的にルルーシュが悪いと決め付けなくて良かったとスザクは改めて思った。

「ごめんね、不安にさせて。でも告白なら断わったから。お弁当も食べてないよ。そのまま残すのは悪いから一口だけ口にしてみたけど、ルルーシュのご飯じゃないって思ったら全然味がしなくて美味しくなかったんだ」
「ほかのやつらは羨ましそうだったぞ」
「ほかはほか。それに全然レベルが違うし。ルルーシュの作ったものを食べたらほかの子の手料理なんて素人以下でとても食べられないよ」
「さらっと酷いことを言うんじゃない」
「だって事実だし」

 手間隙かけてくれたのに申し訳ないという気持ちはあるが、ルルーシュ以外の手料理を積極的に食べたいかどうかはまた別の話だ。好きでもない子の料理なんてなんの意味もない。

「……でも、可愛い子だったらまた気持ちも変わるんじゃないか?」
「変わるって?」

 ふいと視線を逸らしたルルーシュは、どこか思い詰めた表情で口を開いた。

「昨日のを見て思ったんだ。お前と可愛い女の子が付き合ったら絵になるし、俺と違って堂々と街を歩けるし、もっと恋人らしい雰囲気を楽しめるんじゃないかって」
「どういう意味?」
「そのままの意味だ」

 そのままと言われても理解ができない。これはまさかほかの彼女を勧められているのだろうかと考え、眉間に皺が寄りそうになる。が、これではまた喧嘩になってしまうからまずは話を聞こうと思い直す。
 それに、ルルーシュはなんの考えもなしに突拍子もないことを言い出すタイプではない。今の科白も急に思い付いたわけではないだろう。様子がおかしかった理由はここにもあるのかもしれない。

「ルルーシュ、僕たちは付き合っているんだよ? なのに、ただの幼馴染だったときより距離が離れている気がするのはどうして? 今のだって、まるで僕に彼女を作るのを勧めているみたいだ」
「みたいじゃない、勧めているんだ」
「だからどうして」
「だって、俺たちは恋人らしいことをしていないじゃないか。普通なら手を繋いだりデートをしたりするのに、それをしないのは俺が男だからだろう? 俺がお前のことを好きだって言ったから仕方なく付き合っているんじゃないのか。お前にそんな気持ちはないけど、幼馴染だから俺を傷付けないように、」
「ちょ、待って、ストップ! 一旦ストップ!」

 ますます思い詰めた様子のルルーシュを慌てて止める。よくわからないが、何やら大変な誤解をされている。このままでは別れようと言い出されそうだ。いや、言い出すに決まっている。

「色々誤解があるみたいだから順番に訂正するけど、僕が君を好きなのは本当だよ。幼馴染で仕方なく付き合っているわけではないし、男同士だから嫌ってこともない。嫌ならわざわざ好きなんて告白しないよ」
「でも、恋人らしいことは全然ないじゃないか」
「それは、ルルーシュと一緒にいられるだけで満足していたからだよ。両想いになれたことが嬉しくて、それだけで充分だと思っていたんだ。だから、今さら恋人っぽくするのは照れくさくて逆に何もできなかったと言うか」

 ルルーシュが黙り込む。視線は相変わらず逸らされたままだった。
 どうやら今回の告白は単なるきっかけで、ルルーシュはずっと前から不安を抱えていたらしい。何もしなかったことが逆に彼を追い詰めていたのかと自分の不甲斐なさを悔やむ。

「――お前には、普通に幸せになれる方法があるんじゃないかと思ったんだ」

 ぽつりとした声が夕暮れの部屋に落ちた。静かな空気に溶けた言葉は何よりもルルーシュの不安を代弁しているようだった。

「僕はルルーシュが好きで、ルルーシュも僕のことが好きなのに、ルルーシュは僕が別の人と付き合ったほうがいいって思ったの? それが僕の幸せだと言うの?」

 責める口調にならないよう努めて優しく尋ねる。

「俺たちは男同士だ。普通じゃない」
「それでも僕たちは好きになった。男同士が普通じゃないって言うなら、君は僕たちだけじゃなくてあの人たちの想いも否定するの?」

 ルルーシュがハッと顔を上げる。二人の間で彼らの話を持ち出したのは一ヶ月ぶりだ。
 自分はルルーシュ皇帝と、ルルーシュは皇帝の騎士でありゼロでもあった枢木スザクと出会い、それぞれの時間を過ごした。そのとき、どんなことをしてどんな毎日を送ったのかもっと詳しく聞いても良かった。彼らとの短い日々を共に懐かしむこともできた。
 それをしなかったのは、彼らが迎える結末を知っているからだ。どんな理由があろうと枢木スザクは愛する人を殺し、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは愛する人に殺された。自分たちが知っている事実を思えば、無闇に口にできることではなかった。
 だけど、自分たちは二人についてもっと話すべきだったのかもしれない。自分たちだけしか知らない彼らのことを。

「僕たちはあの二人の想いと歩んできた人生を知っている。それなのに、男同士という理由だけで僕たちの関係を否定するのは間違っていると思う」
「でも、お前はずっとぎこちなかったじゃないか。友達だったときよりも素っ気なくて、こんな風になるなら告白なんかしないで今まで通り友達として傍にいたほうがずっと、」

 ルルーシュの腕を掴んで引き寄せた。今にも泣き出しそうな彼をそのままにしておけず、細い体を力いっぱい抱き締めた。

「――俺も、わからないんだ。スザクのことは好きなのに、恋人になったら何をすればいいのかわからない。好きで、一緒にいたくて、でも苦しくて」

 続く言葉を遮り、柔らかい唇にキスをする。ルルーシュは目を瞠り、しかしすぐに瞼を伏せた。
 その表情がたまらなく愛しく、こんなに不安にさせてしまったことを激しく後悔した。

「友達にはもう戻れないよ」

 額を当てて囁く。

「僕がルルーシュにしたいのはこういうことだから。友達のままだったらきっと耐えられなくなっていた」
「だったらなんで……」
「さっきも言ったけど、ルルーシュと一緒にいられるだけで満足していたんだよ。そしたら一ヶ月も経ってて、今さらキスなんかしたらルルーシュは嫌がるかもしれないって思ったら手を出せなかった。でもたまに我慢できなくてさり気なく君に触ることはあったけど」

 白状すれば、ルルーシュが拗ねたように唇をむっとさせた。

「お前に触られたくらいで嫌がるなんて」
「じゃあ、僕が君とセックスしたいって言っても嫌じゃない?」

 ぽかんとした表情に見つめられる。子どもみたいで可愛いなと思っていると、白い頬があっという間に真っ赤に染まった。どうやら言葉の意味をようやく脳が理解したらしい。

「セッ、セックス、」
「今すぐにはしないよ」

 笑って言えば安堵と落胆の混じった顔をされる。それは男心を充分擽るもので、無自覚でやっているのだとしたらタチが悪い。

「でも僕も高校生だからそんなに我慢はできないかも。ルルーシュはいい? それでも僕を好きだって思える?」
「馬鹿にするなよ。俺だってお前と同じ高校生だ。一般的な性的欲求は理解しているし、恋人がやるべきこととしても理解している」
「やるべきとか義務とかじゃなくて、相手を欲しいって思うかどうかなんだけど」
「そんなこと言われても……。スザクに触れたらすごく意識して、恥ずかしくて逃げ出したいような気持ちになって、それが普通なのかどうかもわからなくて……」

 しどろもどろに打ち明けられる内容は、要約すると触られたらどきどきして緊張するということではないのか。
 (それってつまり、僕のことを大好きだって言っているようなものだよね?)
 大好きとは言っていないと反論されそうだが、大好きと言っているも同然だ。こんなに可愛いルルーシュが自分のことを好きでいてくれるのは奇跡ではないかとさえ思えて、顔の筋肉がだらしなく緩んだ。ルルーシュをぎゅうぎゅうと抱き直せば、驚いたような声が上がる。

「ルルーシュでもセックスの意味わかるんだね」
「わかるに決まっているだろう! そのくらいは事前に、」

 言いかけて口を噤んだルルーシュに笑いかける。

「事前リサーチしてくれたの?」
「う、うるさい! 馬鹿!」
「馬鹿はないよ」
「うるさい! し、仕方ないだろ、そんなのしたことないし、調べれば調べるほど居た堪れなくなって倒れそうになったけど、でも、」

 スザクと一緒にできることなら受け入れたいと思ったんだ。
 今にも消え入りそうな声で、顔を真っ赤にしたままルルーシュが呟く。それをどこか夢見心地で聞いたスザクは、嬉しさで胸がいっぱいになるのを感じた。たまらない愛しさにもう一度ルルーシュを強く抱き締める。

「恋人だからって特別なことなんてしなくていいんだよ。相手を好きならそれでいいんだ」
「いいのか?」
「それに、ルルーシュは毎日僕のためにご飯を作ってくれるし。充分恋人らしいと思うけど」
「本当に? 迷惑じゃないか?」
「なんで迷惑になるの。嬉しいに決まっているよ」

 ルルーシュの顔に安堵が広がる。いくら幼馴染でも毎日家に来て夕飯を作るなんて普通はやらない。あれこそ恋人として想われている証拠だと思っていたのだが、どうやらルルーシュは迷惑な行為ではないかと疑っていたらしい。毎日一緒にいるのにちっとも気付かなかった自分の鈍さを呪いたいくらいだ。

「けど、やっぱりキスとセックスはしたいな」
「お前は余計な一言が多い」
「だって自分の要望はちゃんと伝えておかないとルルーシュがまた誤解するし。――わかった。デートしよう」
「は?」
「恋人らしいことをしよう。どこに行きたい?」
「急に聞かれても……」
「じゃあ映画を観て、買い物して、ご飯を食べて、いかにも定番っぽいデートをしようよ」

 笑って提案すればルルーシュが口許を緩めた。
 好きな相手が悲しむ顔なんて見たくない。だからルルーシュの不安はすべて取り除いてあげたかった。

「それから、もうひとつ行ってみたい場所があるんだ」
「どこだ?」
「百年前に悪逆皇帝が討たれた場所」

 息を呑んだルルーシュに笑みを深めてみせる。

「ひとりではどうしても行けなかった。もう死んでいるってわかっているのに、会えないのが当たり前なのに、どうしても行けなかった。でも、ちゃんと報告しないといけないから」
「報告?」
「僕たちが付き合っていることと、幸せになりますって報告」
「そんな報告しなくていいだろ……」
「そういうわけにはいかないよ。だって背中を押してくれたのはあの人だから。報告しないといつまでぐずぐずしているんだって怒られちゃう」

 皇帝だった彼とこの世界で出会ったときは一歳しか違わなかったけれど、年長者のように穏やかでやけに達観していて、何かと子ども扱いされた。
 過去に戻ったら殺されるとわかっていたのに、自分のことより自分を殺す役目を負った枢木スザクのほうを気に掛けていたような人だ。自分とルルーシュの関係も、彼から見れば微笑ましいものでしかなかったのかもしれない。だから、好きな相手とちゃんと向き合えと背中を押してくれたのだ。

「せっかくルルーシュが勇気を出して告白してくれたのに、何やってるんだろうな、僕。ルルーシュが悩んでいることにも気付かずにいてごめんね」
「違う、俺が勝手に不安になっていただけだ。それこそスザクにはっきり言えば良かったんだ。一緒に生きようって約束したのに、そんな大切なことも忘れてひとりで悩んで馬鹿なことを考えた。謝るのは俺のほうだ」
「じゃあおあいこってことにしよう?」

 どちらも悪いところがあった。どちらも相手に謝った。これ以上、謝り続けるのは無意味でしかない。

「今度の土曜日にするから。観たい映画決めておいてね」

 それがデートの内容に関することだと気付いてルルーシュが笑った。嬉しそうな笑みに見えたのは都合のいい錯覚ではないはずだ。
 ルルーシュの手が背中に回る。ぎゅっと抱き締めて肩に頬を押し付ける仕草がたまらなく可愛かった。同じ強さで抱き返し、さらさらとした黒髪に顔を埋める。

「好きな相手に愛してるって言えるのはとても幸せなことだな」
「うん、そうだね」
「社会人になれば立場も変わって俺たちの関係も難しくなるだろうけど、お前と一緒なら乗り越えられるかもしれない」
「かもじゃなくて、僕とルルーシュが一緒ならきっと乗り越えられるよ」
「そう思うか?」
「もちろん」
「そうか。――スザク」
「ん?」
「俺はお前のことを愛しているから、それだけは忘れないでいてほしい」

 抱き締める手に力をこめる。お互いの鼓動がとても近かった。

「僕も愛してるよ。ルルーシュだけを愛していることをどうか知っていて」

 首が縦に動いたのを感じてまた頬が緩む。
 キスしようと囁けば、ルルーシュが照れくさそうにしながらもわずかに顔を上げた。目線を合わせたまま唇を近付け、優しく押し当てる。すぐに離れたそれを今度は深く重ねて甘いキスを味わった。
 今度の土曜日、デートをしよう。人がいないところでこっそり手を繋いで一緒に歩こう。
 そして彼らに報告しよう。僕たちは二人の思い描いた未来で確かに幸せなことを。これからもっと幸せになることを。
 彼らはきっと笑顔で祝福してくれるだろう。
 END
 (14.09.28)