登録しているルルーシュの番号に試しに電話をしてみた。
一年前に別れ、その後、突然退学してしまった元恋人の電話番号を後生大事に保存しているのは女々しいけれど、どうしても削除できなかった番号だ。
当然、電話は繋がらなかった。
どうすればルルーシュに会えるのかわからないまま、ひとまず高校時代の友人に連絡してみた。だけど、現在のルルーシュの連絡先を知る人はひとりもいなかった。
探偵のように地道に調査していく中で、僕は意外なことを知った。ルルーシュは自分の連絡先を誰にも教えていなかったようだ。
知っていたのは僕ひとり。
その事実を今頃になって知り、これはどういうことだろうと困惑した。
学校では毎日会っていたし、週末の約束は金曜日のうちにしていたから、実際に携帯を必要とした場面はあまりない。
それでも、急用で遊びに行けなくなったときの連絡手段として電話を利用したことは何度かある。
そもそも連絡先を交換しようと言ったのはルルーシュだ。一人暮らしだと何かあったときに困るから、というのが理由だった。
(なんでほかの人には連絡先を教えなかったんだろう……)
生徒会メンバーですら知らなかったのは意外だ。
元会長曰く、「なぜか頑なに教えようとしなかったのよ。まあ、実家が実家だから色々と面倒事があったのかもしれないわね。さすがに実家の連絡先は学校の名簿に登録してるけど、ルルーシュの個人的な番号はスザク君しか知らないんじゃない?」とのことで、ますますわけがわからなくなった。
僕だけが特別扱いされていたと考えるのは早計だ。たまたまとか、気が向いてとか、ルルーシュはそういう軽い気持ちだったのかもしれない。
いずれにしろ、これ以上高校時代の交友関係を当たっても成果はなさそうだと、携帯を放り捨てた僕はベッドに寝転がった。
(T大にいることはわかっているから一日中張り込んでみるのは……って、それじゃあ完全にストーカーだ。大学まで押しかけたら余計に嫌われそうだし)
ルルーシュのほうから連絡を絶っているのに、こうしてあちこち聞き回って調べていることがすでにストーカーっぽい。
やっぱり諦めたほうがいいのだろうかと、ごろんと寝返りを打った。
(どういう事情があるのかはともかく、日本に戻っても僕に連絡してこないってことは会いたくないって意味だろうし。いや、もしかしたら一度別れた手前、顔を合わせにくいと思っている可能性は……それはないか)
はあ、と溜め息をついて目を瞑った。すると、僕の溜め息を聞きつけたように携帯が鳴り出し、びくりと起き上がる。
慌てて拾えば、見慣れた名前が表示されていた。先日の同窓会にも出席し、ルルーシュの次に親しい友人だ。
「もしもし?」
「今ちょっといいか?」
「うん、どうしたの?」
「ルルーシュのことなんだけどさ……」
彼の口からルルーシュの名前が出てどきりとした。思わず携帯を耳に押し付ける。
「俺、あのとき嘘をついたって言うか、本当のことを話さなかったんだ」
「本当のこと?」
「スザクはルルーシュの親友だって知っているのにごめんな。でもあれからずっと考えて、やっぱりお前達には昔のように仲良くしてもらいたくて……。勝手なことをしてお前にもルルーシュにも悪いとは思ったんだけど」
「えっと、どういうこと?」
ごめんと繰り返す彼の話を順に聞く。
同窓会でルルーシュを見かけたと言い出した友人だけでなく、彼もルルーシュと偶然顔を合わせていたそうだ。しかも、彼の場合は会話も交わしていた。
「あ……、そういえば君もT大だったよね」
あのときは動転してそこまで考えが及ばなかったけれど、ルルーシュと同じ大学ならばどこかで遭遇したとしてもおかしくはない。
「うん、ルルーシュが戻ってるって知らなかったからビックリしたよ。あいつも懐かしがってくれて、実は何度か飯を一緒に食べたり、勉強ついでにカフェに寄ったりしたことがあるんだ」
「へえ……」
自分でも驚くくらい素っ気ない相槌だった。せっかくルルーシュに関する情報を教えてくれているのに、彼に嫉妬してどうすると努めて明るい声を出す。
「それで? ルルーシュは元気そう?」
「ああ……」
僕の態度に気を悪くしたのか、彼の返事はどこか覇気がない。しまったなと後悔していると、彼がもう一度「ごめん」と言った。
「高校の同級生には自分のことを話さないでほしいってルルーシュから頼まれて、それでずっと言えなかった。すぐに教えなくて悪い」
「なんで君が謝るんだよ。日本に戻っていることを話すなってことは、僕には会いたくないって意味だろう? 嫌われてるのなら仕方ないよ」
「違うんだ。いや、ルルーシュの頼みはそのとおりなんだけど、でもさ、あいつ高校のときの話をするとすごく懐かしがって、スザクのこともすごく気にしてた」
「僕のこと……?」
「スザクは元気かとか、最近会ってないのかとか、再会したばかりの頃はお前の話ばっかりで。だったら直接会いに行けばいいじゃんって言ったら、お前には悪いことをしたからもう会えないんだって、寂しそうな顔をして言うんだ」
「ルルーシュが?」
「急に退学したことを気に病んでいたんじゃないかな。事情があって別れの言葉をちゃんと言えなかったって後悔しているみたいだから」
ルルーシュが気に病んでいるのだとしたら、それは僕との恋人関係を解消したことについてではないのか。そう思ったけれど、付き合っていたことはさすがに打ち明けられないので黙っておく。
「だから、ルルーシュがお前を嫌ってるってことは絶対にない。俺が保証する」
「ありがとう」
すっかり自信をなくしているところだったから、第三者に「お前は嫌われていない」と言ってもらえるのは素直に嬉しかった。
「それでな、やっぱり俺は、お前とルルーシュが仲良く一緒にいるのが一番しっくり来るんだよ」
「そうかな?」
「そうだって。ルルーシュの頼みを無視して余計なお節介を焼くのはいけないことだけど、でも、ルルーシュの悲しそうな顔は見たくないって言うか。学園一の人気者を泣かせたら目覚めが悪いし?」
照れくさいのか、最後のほうは茶化した彼に笑う。
「ルルーシュは泣いてないって言うと思うよ」
「まあな」
電話口で笑い合ったあと、どこかしんみりとした口調で彼が言った。
「なんでだろうな、お前とルルーシュがいるとすごくしっくり来るんだ。とにかく、一度ルルーシュに会えよ。あと、余計なお節介ごめんって謝っといてくれ」
「僕が怒られるだけなんだけど」
愚痴っぽく言ってみると、電話の向こうで笑い声がした。
「あいつ、前と同じところに住んでるってさ」
「同じところ?」
「俺にそれを話すってことはさ、少しは望みがあると思わないか?」
その意味をしばらく考えて、僕は「うん」と頷いた。
「――ありがとう、リヴァル」
「ちなみにあいつ、毎日最後まで講義が入ってるから帰りは遅いらしいぞ」
貴重な情報を教えてくれた彼は、健闘を祈る、と告げて電話を切った。僕は心の中でもう一度感謝を伝えた。
よし、と気合いを入れてベッドから下りると、急いで支度して家を出る。
本当に望みがあるのかはわからない。ルルーシュのことだから、本心ではどう思っていようと最初の考えを曲げないかもしれない。
だけど、とにかく会おうと決めた。「会いたくない」ではなく「会えない」と語ったルルーシュに一縷の望みを抱いて。
***
こうしていると本当にストーカーみたいだ、と思ってなんとなく疚しい気持ちになった。
夏が近付くに連れて陽も長くなり、夕方なのに外はまだ明るい。そんな中、マンションの入口付近で刑事の張り込みのように立っていると怪しさが際立つだろう。
通報されたら厄介だと、住民用の広場のベンチに場所を移してルルーシュの帰りを待つ。
(寄り道をせずに真っ直ぐ帰った場合、家から大学まではどんなに早くても三十分ってところかな)
それからどのくらい待ったか。あんなに明るかった世界は夜に包まれ始め、街灯がぽつぽつとつき始めた。
幸い、まだ不審者扱いはされていないが、さすがに一晩となると見咎められるかもしれない。
今日は諦めて日を改めるか。もう数時間待つか。それを悩んでいるうちにさらに時計は進み、辺りはすっかり暗くなっていた。
やっぱり一旦帰ろう。明日、大学で待つほうがまだ確率が高いかもしれない。
ベンチから腰を上げた僕はマンションの敷地内の小道を歩き始め、そして、電源の切れたロボットのようにぴたりと足を止めた。
向こうから歩いてきた彼もまさかこんなところに僕がいるとは思わなかったのか、目を見開いて立ち竦んでいた。
「ルルーシュ……」
ようやく呟いた自分の声が信じられなかった。
本人に向かってその名前を声にできる日がまた来るなんて夢にも思っていなかった。
大学帰りらしいラフな私服に身を包み、その場に突っ立ったまま僕を凝視しているのは間違いなくルルーシュだ。
一年ぶりに再会した彼は、一年前よりもさらに綺麗になっていた。
同級生の男子と集まってもむさ苦しさしか感じないのに、ルルーシュには男くささがない。だからと言って女性っぽいわけでもない。ただただ綺麗だった。
その唇が「スザク」と動いたのと、彼が踵を返したのは同時だった。
「ルルーシュ! 待って!」
思い出したように足を動かし、一気に距離を詰める。体力のなさは相変わらずのようで、小道を出る前に捕まえたルルーシュはすでに息を切らしていた。
「はな、せ…っ」
「離さない」
「警察を呼ぶぞ」
「好きにすればいいよ。でも僕、現職大臣の息子だよ? 友達とちょっとふざけていただけですって言えばすぐに開放されると思うけど」
先日、僕の父親は晴れて大臣になった。地元とトウキョウを行ったり来たりする生活は大変だと、愚痴を言いながら自慢している。
僕としては父親がただの政治家でも大臣でもたいした差はない。だけど、ルルーシュへの脅しになって周囲にも多少のワガママがきくのはありがたいと、こんなときだけ父親に感謝する。
「お前…っ、だったら、俺は世界的企業の息子だと言って国際問題にしてやる」
「もう、そういう張り合いはいいから、ちょっとだけ話をさせてよ」
「先に脅してきたのはお前だろ! 俺に話すことはない!」
「僕にはあるよ。たくさんある」
掴んでいる手に力を込めれば、痛いと文句を言われた。
「それともこの場で叫ぼうか? 君は僕の元恋人で、一年前に別れた相手だって。僕はなんのダメージもないけど、君は困るんじゃない? ここのマンションの人に聞かれたら住みにくくなるよね。そしたら引っ越しでもする? いいよ、今度は引っ越し先を訪ねるから。君が話を聞いてくれるまで僕は諦めるつもりはないよ」
「…っ、この卑怯者」
「卑怯なのはどっちだよ」
ルルーシュの顔色が変わり、さすがに言い過ぎたと後悔した。
我ながら意地が悪い。この一年の恨みつらみをぶつけたいわけではなく、ただ話をしたかっただけなのに、これでは本当にストーカーだ。
ルルーシュはきっと僕に見切りを付けただろうなと思うと、今までの勢いが嘘のように自信がなくなった。
(僕とルルーシュはもう終わっているんだ)
話すことなんかないとルルーシュは言った。そのとおりなのだ。
手を緩めてルルーシュを解放する。
「ごめん。君が日本に戻っていると知って居ても立ってもいられなくてここまで押しかけてきたけど、そうだよね、僕達は別れたんだし、もう無関係な人間だ。こんなストーカーみたいなことをされても困るよね。ごめん」
リヴァルの言葉に勇気を得てルルーシュと再会を果たしたけれど、ルルーシュは僕のことを少しも想っていなかった。それがわかり、ようやく気持ちが吹っ切れただけでもここに来た甲斐はあったのかもしれないと自分を慰める。
最後に一度だけ、ルルーシュの顔を目に焼き付けておこうと思った僕は、彼から離れる間際にその表情を盗み見た。そこでまた足を止めた。
「ルルーシュ?」
思わず名前を呼べば、意志の強そうな瞳が向けられた。でも、直前に見たルルーシュの顔は違った。
僕の知っているルルーシュはあんな顔をしない。今にも泣き出しそうな、親を見失って途方にくれた子供のような、そんな顔をするなんて僕は知らない。
ほんの一瞬だけ浮かべられた表情が彼の素の感情だとすれば、これはどう受け取ればいいのだろう。
僕がいなくなることに対して少しは寂しがってくれたのだろうか。
ルルーシュの真実がわからない。何を考えているのかちっともわからない。
ただ、本当に僕のことを嫌って二度と会いたくないと思っているのなら、あんな表情をするだろうか。
(僕って調子いいな)
一分にも満たない間に自信を取り戻していて苦笑いが浮かぶ。
だけど、微かな希望だとしても縋りたかった。僕達を心配してくれたリヴァルのためにも、ルルーシュから完全に拒絶されるまでは諦めてはいけないのだと自分自身を奮い立たせた。
「あのさ」
「いつから待っていたんだ」
「え? 僕? 夕方の五時ぐらいかな」
「五時? だからお前――」
そこまで言いかけてルルーシュは口を閉ざした。どこかバツの悪そうな様子に首を傾げる。
「こんなところでいつまでも突っ立っていたら目立つ。話なら俺の部屋でいいだろう?」
「え……」
「不服か」
「まさか!」
ようやく出された許しに全身で喜べば、可笑しそうに笑われた。
ルルーシュについて行き、エントランスをくぐる。久しぶりに通された部屋で僕は目を瞠った。
ルルーシュの部屋は一年前とちっとも変わりがなかった。置かれている家具も配置も、僕の記憶の中にあるものと全部同じだ。
一度はブリタニアに帰ったはずなのに、これはどういうことだろう。
「この部屋、解約しなかったの?」
「手続きが面倒だったからな。俺がいない間は知り合いに貸してた」
「最初から日本に戻るつもりだったの? お見合いは? 結婚はしないの?」
ルルーシュは質問には答えず、さっさとソファに座った。少し迷ってから僕も隣に腰を下ろす。
しばらく二人とも無言だった。聞きたいことは山ほどあるけれど、ルルーシュに答えるつもりはないのだろう。
だったら、僕は何を伝えればいい? 何を伝えたら後悔しない?
「そうだ、紅茶でも淹れるか」
手持ち無沙汰なのか、ルルーシュはそそくさと立ち上がった。それを追いかけた僕は、躊躇うことなく後ろから抱き締めた。
何か考えがあったわけではない。むしろ頭の中は真っ白だ。
ただ、ちゃんと伝えなければいけないという思いだけが僕の中にあった。
「スザク…っ」
「好きだよ」
腕の中でルルーシュが息を呑む気配がした。
「僕は今でもルルーシュのことが好きだ。別れても、君はもう僕に会いたくないんだとわかっていても、それでも好きだ。多分、ううん、この先もずっと好きだよ」
「何を言って……」
「忘れられなかった。君はブリタニアで誰かと結婚して、僕のことなんか忘れて誰かと幸せに暮らしているんだろうって、そう思ったら悲しかったしつらかった。君が日本に戻ってると知ったときは、怒るよりも先に君に会いたいって思った。だって、まだ好きなんだよ。諦められるわけがない」
「俺達の付き合いは一年だと約束しただろ」
「ブリタニアでお見合いするって嘘をつかれたから約束は無効だと思うけど」
「事情が変わっただけだ」
「じゃあ約束を変更したっていいよね。それに、約束約束って言うけど、一年で別れるという約束は守ったよ? だから、今さらそれを持ち出されても困るんだけど」
「お前……、前より性格が悪くなったな」
「物分かりがいいふりはやめようって決めただけだよ」
腕の力を強くすれば体の感触をよりいっそう感じた。本当にここにルルーシュがいるのだと実感する。
もっと嫌がられるかと懸念したけれど、不安に反してルルーシュは大人しかった。
「もう一度、僕と付き合ってくれないかな」
「駄目だ」
「どうして? 僕に悪いことをしたから会えないと思ってる?」
「そんなこと思ってない」
「だってリヴァルが言ってたよ」
「あいつ……」
「リヴァルは僕達のことを心配しているだけだよ。それに、リヴァルを通じて僕に話が行くように仕向けたのはルルーシュじゃない?」
「俺がそんなことをする理由がない」
「だって、用意周到な君が変じゃないか。大学でリヴァルに再会したのは偶然だったとしても、僕に情報が伝わるリスクを考えればその後もリヴァルと付き合いを続けるのはおかしいし、リヴァルに僕のことを話したり、今も同じところに住んでいるって教えるのも君らしくない。それじゃあまるで僕に見つけてもらいたいみたいじゃないか」
腕の中でルルーシュの体が強張った。どうやら図星のようだ。
だけど、あまり追い詰めると頑なになりそうだし、追求をやめたらまた口を閉ざされそうで加減が難しい。
「――お前は肝心なことを忘れている」
「何?」
「俺達は男同士だ。同性の付き合いについてはまだまだ偏見があるし、もしバレれば周囲からの風当たりだって強くなる。お前は政治家の息子だぞ。お前自身の将来のためにも父親のためにも、余計なスキャンダルは避けたいだろう?」
「なんだ、そんなの今さらじゃないか」
「まだ学生だから悠長なことを言っていられるんだ。社会に出れば何かとしがらみがあるし、それに……」
「それに?」
「今は好きだと言っていても、きっといつか好きじゃなくなる」
断言されて思わずむっとした。どうして決め付けるのか。
「なんでそんなことがわかるんだよ」
「わかるんだ。人の心は変わる。いつかお前は俺を好きじゃなくなる。そのときに後悔するのはお前だ。だから、今のうちに俺から離れろ」
もがいたルルーシュが僕の腕から逃げ出した。
ルルーシュがいなくなる。なぜかそれを強く意識した。
彼は目の前にいるのに、もう二度と、今度こそ永遠にいなくなる。そんな予感がした。
「ルルーシュ」
「俺に触るな!」
肩を掴んだ手を振り払われた。僕はめげずに腕を掴んだ。
なんとしてもルルーシュを引き留めなければならない。理由もなくそう思った。
こちらを向かせると、ルルーシュは拒絶するように顔を俯けた。
「これ以上俺に触らないでくれ。お願いだ、頼む」
「どうして?」
「お前に触られたら、期待してしまう」
「期待? どんな?」
小さな子供にひとつずつ確認するように尋ねた。下を向いているためその表情は窺えない。
「お前が、まだ俺のことを好きなのだと……」
「好きってさっき言ったよ?」
「それは一時の気の迷いだ。もしくは、俺への復讐のつもりか? 酷い別れ方をした相手に仕返しがしたいんだろう?」
「違うよ、なんでそういう考えになるの」
何時間も帰りを待ち伏せされたから、嫌がらせだと勘違いしたのか。自分の迂闊さに舌打ちしたい気分だ。
「本当に全然違うって。僕はルルーシュに会いたかっただけだし、今でも好きだからまた付き合いたいと思っただけ」
体を引き寄せ、正面から抱き締める。今度ははっきり抵抗されたので、逃げられないように腕の力を強くして僕は叫んだ
「嫌なんだよ! 僕の前から君がいなくなるのはもう嫌なんだ!」
ルルーシュがぴたりと止まった。
「やっとルルーシュを見つけたのにまた失うなんて嫌だ。本当は一年前だって嫌だった。お見合いも結婚もしてほしくなかった。僕だけのものでいてほしかった。別れたくないって言いたかった。こんなにルルーシュのことが好きなのに、どうして別れなきゃいけないんだよ」
それはずっと押し殺してきた本心だった。
ただのワガママだった。
欲しいものが手に入らないと喚く子供だった。
でも、欲しいものを自ら手放して一生嘆き悲しむなんて嫌だ。
「お前……思い出したわけじゃないよな?」
ぽつりと聞かれて顔を上げる。なんのこと? と尋ねれば、落胆と安堵の入り混じった不思議な表情をしたルルーシュがなんでもないと返した。
「――それなら聞くが、たとえば俺がお前を誰かの身代わりにしていたら?」
「身代わりにしてるの?」
「たとえばと言っただろう。そうだな、ずっと片想いをしていたけれど死んでしまった初恋の人とか、――お前の前世だった人とか」
ルルーシュにしては突飛な発言だ。前世とか来世とか、ブリタニア人もそういうものを信じるのかと逆に新鮮な感じがした。
「好きだった人の生まれ変わりが僕だから僕を好きになったってこと?」
「まあそうなるな」
何それ冗談? と笑い飛ばすのは簡単だ。
前世なんて占いやオカルトに出てくるもので、信じていると言えば信じているけれど、心の底から信じているわけでもない。だけど、どこか真剣さを孕んだ問いかけを笑って済ませることはできなかった。
「そうだなぁ。身代わりって言われたら気分は良くないけど、今のこの世界で付き合ってるのは僕だからね。どんなに好きでも前世の僕は君と付き合えないし、その前世があったから君は僕を選んでくれたわけだし、何もしなくてもシード権を獲得できたって意味ではお得かな。それに――」
ルルーシュの頬を両手で包む。拒絶されないのを確認してから顔を寄せた。
一年ぶりのキスはどこまでも甘く、ほんの少し涙の味がした。
「前世の僕はルルーシュとこんなことできないしね」
「……馬鹿か」
ふいと視線を逸らしたルルーシュは恥ずかしそうだった。
初めてのキスは彼から仕掛けてきたのに、どうして今のほうが初々しいのだろう。
「なんでそんなに照れてるの? ファーストキスのときは堂々としていたのに」
「仕方ないだろ! あれは…っ」
そこまで言いかけてルルーシュが口を結んだ。
「そういえば、あのとき初めてキスしたって言ってたよね。なのに随分と大胆だったよね」
「お前はいろんな女と付き合っているから経験豊富だと言いたいのか。どうせ今だって、俺のことを好きだと言いながらほかの人間と――」
「付き合ってないよ。ルルーシュと別れたあとは誰とも付き合ってない」
胡散臭そうな目を向けられて、本当だって! と強調する。
「嘘だと思うのなら調べていいよ。君の実家なら身辺調査は得意だろ?」
「なぜだ。なんの得にもならないのに」
「君とは終わったけど、じゃあほかの誰かと付き合おうとはちっとも思えなかった。だって僕はルルーシュが好きなのに、ほかの人と付き合う気になるわけがないよ」
僕をじっと見たルルーシュは、静かに息を吐いた。
それからしばらく声を発するのを躊躇ったあと、ぽつりと零した。
「――俺は、幸せだと思ったらいけないんだ」
「え?」
「俺は幸せになってはいけない。そんなことは許されない。だから、幸せだと感じるものがあったらすぐに離れる。そうやって生きてきた」
「どういうこと?」
「俺に関われば不幸になる。そして多分、俺はお前を一番不幸にしてしまう。だから俺達は一緒にいてはいけないんだ」
「まさか別れた本当の理由って……」
「――お前が俺の前に現れて、一度だけと望んでしまった。駄目だとわかっていたのに、お前が好きだと言ってくれたから欲が出た。あの一度で俺は充分幸せだった。これ以上の幸せは許されない。だからスザク、俺のことはもう忘れて」
「冗談じゃないよ」
自分でも驚くくらい低い声が出てしまった。
でも、勝手に結論付けて別れようとしているルルーシュに腹が立った。今までで一番怒ったかもしれない。
「君がどういう信条で何を信じているのかわからないけど、そんなの僕には関係ない。僕はルルーシュが好きで、ルルーシュと一緒にいたいと思っているだけなのに、それを拒否する理由が幸せになってはいけないから? 悲劇のヒロインでも気取ってるの? まだ僕のことが好きなくせに、馬鹿なこと言わないでよ」
「俺は好きなんて一言も」
「これ以上の幸せは許されないって、僕とまた付き合ったら幸せになるって意味だろ? これで好きじゃなかったら逆にびっくりだよ」
ルルーシュが言葉に詰まる。口でルルーシュに勝てたのは初めてだ。
「わかった。君がそういうつもりなら僕も勝手にする。もう遠慮はしないし、気遣ったりもしない。僕は僕のやりたいようにやるからね」
「待て! 俺の話をちゃんと聞け!」
「聞かない。とりあえず、今の部屋は解約して今日からここに住ませてもらうから。空き部屋あったよね? 荷物は適当に入れるから手伝わなくていいよ。ああ、君のご両親に挨拶が必要なら、僕達同棲してますってちゃんと伝えるから。不都合があるなら君が誤魔化して」
「な…っ、勝手に話を進めるな!」
「勝手にするって言ったでしょ。君の言うことはもう聞かない。ここから逃げ出したって無駄だよ。父親の権力を使って探し出させるから。うちの父さん、今度法務大臣になったんだよね。警察関係とも親しいから、国家権力も使いたい放題」
「お前、性格変わりすぎだろ! だいたい、私的なことに権力を使うな!」
「全部ルルーシュのせいだよ。国家権力を総動員させたくなかったら大人しく僕の傍にいて」
色々と脅してみたけれど、最後の一言は本心からの懇願だった。
ルルーシュを手に入れるためだったらなんでもするから、どうか傍にいて。
それを伝えるためだけに権力をちらつかせるのはみっともないが、こちらも必死なのだ。周りの人を不幸にするからという理由で遠ざけられるのは真っ平御免だ。
ルルーシュがいなくなった時点で僕は不幸なのだから、確かに彼が僕を不幸にしているとも言えるが、それはルルーシュ自身の責任である。僕を幸せにしたければルルーシュが離れなければいいだけだ。
だからルルーシュは僕の傍にいるべきなのだ。
我ながら無茶苦茶な結論だけど、ルルーシュだって無茶苦茶な理由で別れたのだからお互い様だろう。
溜め息をついたルルーシュは、どうやって僕から逃げようか算段しているのかもしれない。でも、僕の本気具合を察してひとまずこの場は休戦だと思ったのか、勝手にしろと呟いた。
「今日じゃなかったらありとあらゆる手を使って追い出していたのに」
「追い出さないでよ。っていうか、今日って特別な日なの?」
「お前、また忘れているのか」
「何を?」
もう一度ルルーシュが溜め息をついた。今度は心底呆れたという様子だ。
「いい加減、自分の誕生日をちゃんと覚えたらどうだ」
「あ……そっか、誕生日か」
「道理でいつまで経っても部屋に明かりがつかないと……」
そこまで言ってルルーシュが止まった。僕は首を傾げた。
「まさか僕の部屋まで来てた?」
「ち、違う!」
「一年経って爪が甘くなったね。僕と会えて浮かれてる?」
「そんなわけないだろ!」
「僕の部屋まで来たくせに」
「行ってない!」
「会いたいなら会いたいって言ってくれればいいのに」
「いい加減にしろ! とにかく離せ!」
手を振り払われたけれど、今度は追いかけなかった。代わりに、耳まで赤くなっている顔に忍び笑いをする。
「……俺は十九のお前を知らなかったから、十九になったお前に会いたいと思っただけだ」
「へ?」
「夕飯にするぞ。食べるだろ? いらないと言うのならお前の分はなしだが」
「夕飯は食べたいよ。でも今は――」
すたすたと歩み寄り、ルルーシュの顔を下から覗き込む。
「極度のルルーシュ不足だから、とりあえずキスさせて」
「え……」
ぽかんと開いた口に唇を押し付ける。反射的に逃げを打った体を拘束し、息継ぎの暇がないくらい深く合わせた。
ちゅ、くちゅ、とわざと音を立てればルルーシュの頬に朱が走った。
「ふ…っ、ン、んぅ」
触れた舌が熱い。互いの唾液が混ざり、どちらのものかもうわからない。
体の芯も熱くなってきて、シャツの裾からルルーシュの脇腹に手を這わせた。
「アっ、……スザ、ク」
無理やり顔を逸らしたルルーシュが戸惑ったように名前を呼んだ。それを無視してボタンを外しにかかる。
「スザク!」
「もう遠慮しないって言っただろ。だから、君を抱くよ」
赤い頬のままルルーシュが息を呑んだ。
そこに嫌悪は浮かばないか。拒絶はないか。僕はじっと観察した。
ルルーシュは困ったように視線をうろうろさせていたけれど、僕を押し返したりここから逃げようとしたりする素振りは見せなかった。
それを合意の合図と勝手に判断し、僕はルルーシュの手を引いた。部屋の中は熟知しているので、寝室まで迷うことはない。
「そういえば君、体を繋げるのは生涯を共にする相手だけって言ってたよね」
歩きながら昔の話をする。
「今から君を抱いたら、君は僕と生涯を共にしてくれる?」
「それは……」
「もう嘘はなしにしよう」
そう告げると、ルルーシュが目を瞠った。
「どこまでが君の嘘だったのか、どうしてそんな嘘をついたのか、全部話せとは言わないよ。君には君の事情があったんだと思う。ただ、今日からはルルーシュの本当を教えてほしい」
「――そうだな」
ルルーシュの指先に力がこもった。
「では、ひとつ訂正しておこう」
「訂正って?」
「俺に見合いの予定はない。結婚するつもりもない」
「え?」
「お前と別れる理由を作っただけで、あそこで――、図書館で説明したことは全部嘘だ」
「だったらなんでブリタニアに帰国したの?」
「家族から帰ってこいとずっと言われていたし、未練を断ち切るには物理的な距離があったほうが手っ取り早いかと……。でも、次の誕生日を迎えるお前に一目でいいから会いたいと思って、結局こうして戻ってきたわけだが」
「なんでそんなに誕生日にこだわるの?」
付き合い始めたのも別れたのも、どれも僕の誕生日だ。日付が覚えやすいから? と言ったら、そんなわけあるかと返ってきた。
「お前がここに生きているという実感を一番得られる日だから、かな」
意味がわからなくて首を捻る僕に、ルルーシュがそっと息を吐き出した。
「もう嘘はつかない。約束する。だから全部白状するが……、お前の部屋の前まで行ったのは今日が初めてじゃない」
「ええっ?」
「今の大学に決めたのも、近くならばどこかでお前とすれ違えるかもしれないと期待したからだ」
「僕がどこの大学に行くか知ってたってこと?」
「うちの情報網だぞ。そんなの簡単に調べられるに決まっているだろ」
僕も大概ストーカーっぽいと自覚していたが、どうやらルルーシュはそれ以上らしいと気付く。呆気に取られた僕は、にやりと口の端を上げているルルーシュをまじまじと見た。
そうだ、ルルーシュはこういう人だった。
綺麗で美人で触れたらすぐに消えてしまいそうなほど儚げだけど、その芯は強く、意外とがさつで、そして僕に優しくて。
僕は小さく吹き出した。
「ルルーシュって僕のこと好きだったんだね」
「なんだ、知らなかったのか」
「だって僕のほうがルルーシュのこと好きだと思っていたから」
「その認識は間違っているぞ。俺のほうがずっと前から――」
続く言葉を飲み込んだルルーシュが先に立って歩く。僕の手を引いて。
寝室のドアを開けると、少し躊躇った様子で明かりをつけた。
「これからは余計な小細工をしなくても毎年一緒にお前の誕生日を祝ってもいいんだろう?」
「うん。もちろんルルーシュの誕生日もね」
振り返った彼は、今にも泣き出しそうな顔で笑っていた。なぜか僕も一緒になって泣きたい気分になった。
絹糸のような黒髪を撫で、柔らかい頬を撫で、それから唇を触れさせる。
そのあとは余計な言葉は挟まず、お互いの熱に没頭した。
性急に服を脱がせ合うと、ルルーシュをシーツに押し付けて掌全体で素肌を味わった。こうしてルルーシュに触れていることが信じられず、愛しさが胸に迫る。
男の裸なんて見ても面白くないものだけど、ルルーシュだけは特別だ。初めて恋心を自覚したときから触れたいと思い続けてきた肌に愛撫を加え、ところどころに所有の痕を残す。
喉元に歯を立てると、自分が肉食動物にでもなった気分だった。ルルーシュのほうは食われる側で、首を柔らかく噛めば身を竦めていたけれど、同時に体も震わせていた。
痛くても感じているのかなと思い、大事に抱きたいという思いの一方、苛めて泣かせたいという相反する気持ちが高まる。
ただ、ルルーシュを傷付けてはいけないという使命感のようなものだけは忘れなかった。
固く閉ざされた場所を丁寧に、時間をかけてじっくりほぐし、しつこいと文句が飛んでくるまで続けた。
「本当はもうちょっと広げたいんだけど」
「ッ、もういい! それにお前だって……」
ルルーシュがどこかをちらりと見て、それから茹で蛸のように真っ赤になった。すっかり準備の整っている僕のものを見て照れているらしい。
二年近くお預けされ、キスから先のことはずっと我慢してきたのだ。その間、ルルーシュを想像してひとり寂しく慰めていたことを考えれば、多少の焦らしは我慢できる。
でもさすがにそろそろ限界かなと思い、後ろから指を抜くと細い腰を抱えた。
勃ち上がっているものをあてがうと、そこにルルーシュの視線が注がれているのに気付いた。性的なことに照れるタイプではないけれど、あんまり見られるとやりにくい。
「そんなに見ないでよ」
「別にいいだろ。……初めてなんだから、ちゃんと見ていたい」
「えっ?」
「なんだその顔は」
「いや、だって、女の子とは経験あるよね?」
「なかったら悪いか」
棘のある声にぶんぶんと首を振る。
ルルーシュにとってはどれも僕が初めてなんだ。そう思うと胸がいっぱいになった。
改めて腰を掴み、じゃあ挿れるね、と宣言してから切っ先を埋めていく。
先ほどまで指で掻き回していた場所に僕のものが入っていく光景は、視覚だけで達してしまいそうなほど強烈だ。奥歯を噛み締め、ゆっくり奥へ進む。
「ひ…っ、ン……」
散々ほぐしたけれどルルーシュの中はまだ狭く、でも締め付けが気持ち良くて、このまま一気に押し込めたい衝動を必死にこらえる。
ルルーシュも痛みを感じているのだろう。苦しそうな声を漏らしながら、それでも僕のものが挿入されていくのを羞恥に頬を染めて見ていた。
その様子が可愛くていじらしくて、根元まで収めた熱が無意識に膨張した。
「アっ……、おっきく……」
「ごめん」
「いや、お前のが、ここに入っているんだと思ったら、不思議な感じで……」
「この状況であまり卑猥なこと言わないで」
「卑猥?」
あどけない様子で首を傾げられ、僕の理性は簡単に崩れた。
二年間の苦行もルルーシュの実物を前にしたらなんの意味もない。自分の妄想の貧相さを思い知っただけだ。
「ほんとごめん…っ」
「え、――ッ! ア、アア!」
もう少し馴染むまでと思っていたけれど、とても待てそうになかった。
一旦引き抜いた怒張を勢いよく押し込む。
「ああァ! ひぁ、ッ、あ、あ……!」
初めてなのだからゆっくりしようとこれでも心がけていたつもりだったけれど、あまりの気持ち良さに腰の動きは止まらず、奥をめがけて突き上げた。
揺さぶるたびに普段のルルーシュからは想像できない嬌声が上がり、また煽られる。
「んッ、すざく、すざ…っ、ァ、ああ……ッ」
舌足らずに呼ばれるのがたまらない。ルルーシュと呼び返せば、涙を溜めた瞳が僕を見て愛しげな色を浮かべた。
汗に濡れ、喘ぎ、体の深い部分で繋がり、互いの欲をぶつけ合いながら、それでもルルーシュは綺麗だった。とても行為の最中とは思えないくらい綺麗だ。
「すざく、もっと」
そんな風にねだったら僕の劣情を募らせるだけなのに、ルルーシュはもう一度「もっと」とお願いしてきた。
ルルーシュの両手がするりと首の後ろに回る。
「…っ、いいよ、もっとあげる」
噛み付くように口付け、腰を大きく動かした。
肌のぶつかる音と、結合部から漏れる水音がいやらしく響き、ルルーシュとセックスに耽っているのだということを実感する。
好きな人と体を繋げたらこんなにも幸せなのかと、目の奥が熱くなった。それを誤魔化すように抽送を繰り返し、二人で絶頂を目指す。
「一緒にイこう?」
唇を触れ合わせたまま囁けば、小さな頷きが返ってきた。
隘路を擦り、奥深くまで突き上げると、ルルーシュのものから熱い飛沫が吐き出された。それに応じるように、僕もルルーシュの中に熱を叩き付ける。
しばらくは二人とも喋れず、早鐘を打つ心臓の鼓動だけを感じていた。
「ルルーシュ……」
濡れた黒髪を梳くと、泣き濡れた紫の瞳が瞼の下から現れた。
「――好きだ」
スザクが好きだ。
まばたきをするとルルーシュの瞳から涙が零れ落ちた。それを舐め取り、目尻から頬、そして唇に触れた。
「僕も好きだよ、ルルーシュ」
ルルーシュに抱き寄せられ、深く口付ける。
熱がぶり返すのにさほど時間はかからず、僕達は再び互いの体温を感じ合った。
***
目を覚ますとルルーシュが僕を覗き込んでいた。
ほっとしたあとに、なんでルルーシュがここに? とにわかに混乱して、そうだここはルルーシュの部屋でルルーシュを抱いたんだと思い出した。
ずっと隣にいてくれたんだなと、嬉しさに頬が緩む。
「体は平気?」
「ああ」
ルルーシュの手が僕の頬に触れた。
「お前こそ平気か?」
「何が?」
「寝ながら泣いているから驚いた」
そう言われて目元に手をやると、確かに濡れていた。
「夢でも見たのかな」
「覚えてないのか?」
「だって夢だもん。でも、なんだか寂しくて苦しかったかな」
話しながら夢の残像を追いかける。
たくさんの人が僕の前から消えていった。それが僕自身のせいだと僕は知っていた。
ただ、ルルーシュだけが隣にいてくれた。
途中でこのままルルーシュも消えてしまうかもしれないと思ったけれど、ルルーシュだけはずっといてくれた。
そうして、最後の最後に彼は僕の手を離そうとした。俺はそっち側には行けないから、お前だけが行けと言って。
でも、僕は離れた手を掴み直した。ルルーシュがいないところには行けないと言って。
まだ頬に当てられている手をそっと掴む。夢の中と同じように。
「僕は君と一緒だよ。ずっと一緒だ」
今度こそ。
なぜか自然とその言葉が出てきた。どういう意味だろうと不思議に思うことはなく、それを伝えるのが当たり前だと感じた。
ルルーシュは目を瞠り、それから嬉しそうに微笑んだ。
静かに触れた唇に、僕は手を伸ばしてルルーシュの体を抱き寄せた。彼の重みを感じながらキスを繰り返す。
「誕生日おめでとう、スザク」
「ありがとう、ルルーシュ」
この世に生まれてきたことを祝福する言葉は、これから先、二人がずっと共にあることを約束する言葉となった。
(17.07.10)BACK<<