プラットホーム 12

「おはよう、ルルーシュ」
「おはよう、スザク」

 ナナリーがブリタニアへと旅立ってから早五日。
 いつもの習慣が戻り、ルルーシュは駅のホームでスザクと待ち合わせをしていた。
 帰国の準備や手術に向けての手続きでずっと途切れていた習慣だったけれど、ホームでスザクの顔を見つけたときはひどくホッとした。それがどういう気持ちから生まれたのか、以前の自分だったらわからなかったけれど今ははっきりわかる。
 思い返せば、病院帰りに抱き締められたときも、ナナリーが旅立った日に手を繋がれたときもそうだった。いや、もしかしたらそのずっと前から、自分は同じように感じていたのかもしれない。
 (スザクがいてくれなかったらああやってナナリーを送り出せなかっただろうな)
 家族に頼ることも、素直に心情を吐露することも、スザクがいなければ難しかった。そう考えると、スザクは自分たち兄妹にとって恩人のようなものだ。
 (それに――)
 隣で列に並ぶ彼の横顔をちらりと見た。
 今までは単なる友人だと思っていた。思い込んでいた。
 だけど、スザクに抱き締められたときにはっきり気付いてしまった。
 (俺はやっぱり、スザクが好きだ)
 自分を抱き寄せた腕の強さと、柔らかく握られた手のぬくもりをまだ覚えている。それどころか、どきどきするような胸の奥が温かくなるような感覚を時折思い出しては一人赤面していた。
 スザクは自分ことを友達だと思って励ましてくれたのに、こんなよこしまな気持ちを抱いていると知ったらどう思うだろう。嫌悪されるだろうか。あるいは軽蔑されるだろうか。
 (それは絶対に嫌だ)
 温かい日だまりのような笑顔が嫌悪に歪められたらと想像するだけで寒気がする。
 スザクに嫌われたら自分はきっと死んでしまうに違いないと思うほどに、ルルーシュの中はいつの間にかスザクでいっぱいになっていた。
 だから、スザクを失わないためにこの想いは永遠に秘密にしておこうと決めた。友達としてずっと一緒にいられるなら、打ち明けられない気持ちを抱え続けることなんてたいしたことではない。
 ホームにアナウンスが響き、しばらくして電車が進入してきた。今朝も駅構内は通勤通学の客がごった返していて、到着した電車にも人が大勢乗っている。学校に着くまで苦行だなと思いながら、人の流れに乗って進もうとした。

「スザク……?」

 しかし、踏み出した足は引き留められた。スザクに腕を掴まれ、なぜか列を抜けて後ろへと移動させられる。

「どうしたんだ、具合でも悪いのか?」

 問いかけにスザクがこちらを振り返った。その表情を目にしてルルーシュは息を飲む。
 今まで見たことがないくらい真剣な顔をしているスザクがそこにいた。
 列に並んでいた客は電車の中に、電車から降りた客は改札へと向かい、ホームから一時だけ人がいなくなる。

「ルルーシュ」

 電車が発車してしまうと喧騒が遠のいた。

「僕は君が好きだ」

 一言だけ告げられた言葉はルルーシュの耳にしっかり届いた。
 ホームには次第に人が増え、朝のざわめきが戻る。だけど、ルルーシュには何もかもが遠く感じられた。
 再び手を取られて列に並ぶ。
 今のはどういう意味なのか。どうして今、ここで告げるのか。なぜ手を繋いだままなのか。スザクを好きだと思っていたことが実はばれていたのか。だからからかうつもりで口にしたのか。そもそも、好きとはどういうことだ。自分と同じ意味なのか。それとも友達としての好きなのか。
 訊きたいことはたくさんあるのに、頭の中が真っ白でどれを訊けばいいのか判断がつかなかった。
 手を引かれ、次の電車が来たことに気付く。呆然としたまま足だけを動かし、満員の電車に乗り込んだ。
 自分を庇うように立っているスザクの顔を窺った。いつもと変わらない表情があって、今のはやはり冗談だったのだろうかと思った。
 電車の中でも、降りたホームでも、学校までの通学路でも、二人はずっと無言だった。繋がれていた手はさすがに電車を降りたときに離れたけれど、ホッとするようなガッカリするような複雑な気持ちだった。
 校舎の階段を上り、ルルーシュの教室の前まで来たところでおもむろにスザクの足が止まる。ようやくこちらを向いた顔は駅のホームで見たときと同じ、ひどく真剣な表情だった。

「さっきの本気だから」

 それだけを告げたスザクはくるりと背を向けて行ってしまった。ルルーシュは廊下に立ち竦み、彼の背中をただ見送った。

「本気って……」

 何が本気なのかわからないじゃないか。
 そう思い、小さく「馬鹿」と呟いた。
 一日の授業が終わって放課後になるまでルルーシュはずっとぼんやりしていた。
 頭の中にあったのはスザクの真剣な表情で、「好きだ」の言葉を思い出すたびに熱くなる顔を隠すのに必死だった。
 そのうち、言いたいことだけ言ってそのあとはなんのレスポンスもないスザクに対して腹が立ってきた。自分ばかりがやきもきして赤くなって動揺を悟られないようにしているのはなんだか理不尽な感じがした。
 (そもそも、好きだとか本気だとか言いながら俺の返事を聞こうとしないでどういうつもりなんだ。告白したらそれで満足なのか?俺の気持ちはどうでもいいのか?)
 考えていると本当に腹が立ってきた。
 もちろん、それが八つ当たりであることはわかっている。だけど、八つ当たりでもしなければとても平常心を保っていられなかった。
 そして帰りのホームルームが終わると同時に、ルルーシュは行動に出た。
 スザクがこちらの返事を聞くつもりがないなら胸倉を掴んででも聞かせてやろうと、半ば自棄でもあった。すべては朝から思い悩んだ結果である。

「スザク!」

 教室を出るとすぐに、一人で帰ろうとしている背中を見つけた。
 いつもならこちらの教室を覗きに来るのに今日だけ逃げるのは卑怯だ。

「ル、ルルーシュ?」
「来い、話がある」

 スザクの腕を掴むと、帰宅する生徒たちの波をかき分けて進む。こういう強引さはスザクの専売特許だと思っていたが、どうやら自分も意外と強引らしいと他人事のように思った。
 階段を上り、特別教室の棟まで行けば途端に放課後の騒々しさが遠くなった。音楽室や化学室のある校舎は授業が終われば人気がなく、二人きりで話をするにはちょうどいい場所だった。
 空き教室のドアを開け、スザクを押し込むと邪魔が入らないよう鍵を閉める。
 静かな空間でしばらくじっと見つめ合った。連れ出したときこそスザクは慌てた様子だったけれど、今はルルーシュの言葉を待つように凪いだ表情だ。
 ルルーシュは小さく息を吸った。

「朝のはどういうことだ」
「どうって、告白だよ」
「告白なら返事を聞くのが普通じゃないのか」
「返事を聞いて欲しかった?」
「そういうことではなくて、物事には順序というものがな…!」

 どこまでも余裕なスザクが腹立たしい。こちらはぐるぐる考え過ぎて授業がちっとも頭に入らなかったというのに。
 すると、ごめんと苦笑いを浮かべられた。

「君をからかうつもりはないよ。ただ、断られたときのことを考えたら返事を聞くのが怖かったし、断られるだけならまだいいけどこれをきっかけに嫌われたらどうしようって、そんなことを考えたらついつい逃げてしまったんだ」
「断られることを考えたって仕方ないだろ」
「うん、そうだね。発破を掛けられて朝から意気込んで告白したつもりなんだけど、いざルルーシュを前にしたら足が竦みそうで怖くてたまらなかった。でもいきなり告白されてルルーシュも困るよね、ごめん」

 何度もごめんと謝るスザクに、ルルーシュは肩から力を抜いた。
 なんだ、と思った。
 スザクも緊張していたのだ。断られたら、嫌われたら。そんな想像をして不安になっていたのは自分だけではなかったのだ。
 そう思ったら安堵して腰が抜けた。ぎょっとしたスザクが慌てて膝を付き、大丈夫?と顔を覗き込まれる。

「大丈夫だ、安心しただけで……」
「安心?」
「だから――、俺だってお前のことが好きなんだよ」

 丸められた緑の瞳を見つめる。
 ああ、どうやってこの気持ちを伝えよう。好きという言葉だけでは言い足りない。きっと百回言っても自分の中にある愛しい気持ちは全部伝えられない。
 それならば、と考えるよりも先に体が動いていた。

「ルルーシュ?」

 驚いたような声を耳にしながら、ルルーシュは腕に力を込めた。突然抱きつかれたスザクは体を硬直させていたけれど、すぐに背中に腕を回してくれた。
 温かい体温と心音にほっと息をつく。

「――好きだ。多分、初めて会ったときから好きだった」
「ルルーシュ……」
「返事は?」

 先ほどのやり取りを思い出させるように促せば、耳元でくすりと笑う気配がした。

「僕も好きだよ。ずっとルルーシュが好きだったんだ」

 髪を撫でられ、頬と頬を合わせる。
 こんなに満たされた気持ちになるのは初めてかもしれない。あのとき、電車で出会わなかったらこのぬくもりを知ることは永遠になかった。
 ありがとうと唇だけで呟き、ルルーシュは幸せそうに口許を和らげた。
 とても幸せだった。

* * *

「ん…っ」

 うとうとしているルルーシュの目元に指の背で触れれば、瞼の下から紫の瞳が覗いた。
 とろりと溶けた色は行為の名残を感じさせて、思わずもう一回と言いたくなるのをぐっと我慢した。

「どうした……?」
「ううん、なんでもない」

 カーテンを引いた静かな部屋でそっと囁き合う。
 ベッドに潜り込んでルルーシュを抱き締めれば、子どもが甘えるように身を寄せてくれた。

「幸せだなって思っていただけ」
「……恥ずかしいやつ」

 可愛らしい悪態に頬を緩める。
 運良く両親が田舎に帰省し、家にスザクだけが残ることとなった昨日、初めて自分の部屋にルルーシュを招いた。
 つまりルルーシュとキスしたりその先のことをしたいんだけどと打ち明ければ、真っ赤な顔で狼狽えていたルルーシュはそれでも小さく頷いた。
 どれも初めてだったのに一生懸命受け入れてくれた。痛くても苦しくてもやめろとは言わない健気さに胸がいっぱいになった。
 カレンに発破を掛けられ、好きだと告げたものの返事を聞くのが怖くて逃げ出してしまった自分をルルーシュは追いかけ、自ら気持ちを伝えてくれた。
 ルルーシュから与えてもらってばかりな自分が情けなくて、一方で、それほど彼に愛されていたことにたまらない喜びを感じる。
 ずっと恋い焦がれていた唇はとても甘く、スザクを受け入れた体の中は熱くてとても心地良かった。

「明日は休みだからゆっくり寝ていよう?」
「ああ……」

 答える声は眠そうで、おやすみと額に口付けた。
 時間は深夜。ベッド脇の照明だけが部屋を淡く照らしている。体力のないルルーシュだから、朝を通り越して昼まで起きられないかもしれない。
 (カレンには絶対ルルーシュを泣かせないって約束したけど、これは不可抗力だよね)
 ルルーシュの目尻に残った涙を拭いながら、カレンが聞いたら憤慨しそうなことを考える。
 そうしてスザクも瞼を下ろし、ルルーシュとともに眠りへと落ちていった。
 腕の中に大切なものを閉じ込めて、とてもとても幸せだった。
 END
 (13.8.7)