次に目が覚めたとき、スザクはいつものベッドの上にいた。咄嗟に日付と時間を確かめると、この部屋に戻ってからまだ一時間ほどしか経っていない。
「夢……」
呆然と呟く。
ふと頬に触った。そこは濡れていて、自分はまだ泣けたのかとぼんやり思った。
起き上がって体のあちこちを確かめてみたけれど、案の定と言うべきかどこにも異常はなさそうだ。服はゼロの衣装を身に着けたままである。
常識的に考えれば、あれはすべて夢だったと結論付けるのが正解だ。百年後の世界にタイムスリップしたなんていまどき映画や小説のネタにもならない。
だけどあの世界の音や匂いは体に残っていて、あれは夢ではないと自分の本能が告げている。何より、抱き締めた体の感触を夢なんかにしたくないと思っている。
誰が何のために、どんな理論で自分をタイムスリップさせたのかはわからない。目覚める前は借りていた服を着ていたのに、今はちゃんとゼロの服を着ているのもおかしいだろう。
それでも、スザクはあの世界を現実だと信じた。
百年後に必ず訪れる現実なのだ。
(彼らは僕と君にとっての希望だ……そうだろう?ルルーシュ)
これはルルーシュのくれた奇跡だろうか。それとも激励、あるいは壮大な嫌がらせか。
誰のせいかはともかく、おかげで自分はもう逃げ出せなくなってしまった。
「わかっているよ。君のいない世界で、君の願いを叶えるために、そしてあの世界を実現させるために、僕は僕の役割をしっかり果たすから。僕は生きる、最期まで。だからいつか――」
あの世界で笑う綺麗な顔を思い浮かべて、スザクは口許をそっと和らげた
* * *
「えっ、ルルーシュ!?」
インターホンを押して十五秒後に出てきた幼馴染は、こちらの顔を見た途端、動揺して慌てていた。昨日、威勢良く叫んでいたのと同一人物とは思えない。
「俺が来たら何か不味いか?」
「いや、そんなことはないけど……」
「まどろっこしいことはやめにした。だからお前に直接言いに来た」
「な、何を?」
「俺はお前が好きだ」
スザクはドアノブを握ったまま固まっていた。同性の幼馴染からいきなり告白されたのだから当然だろう。しかしルルーシュは気にせず続けた。
「お前が誰を好きだって構わない。俺のことを嫌いだっていい。要するにこれはただの自己満足だ。でも、いつかお前が彼女を作って、何も言えないまま失恋するくらいなら徹底的に嫌われたほうがいいと思った。それだけだ。……じゃあ」
威勢の良いことを言いながら情けなく逃げ出しているのは自分のほうだ。嫌われてもいいなんてやっぱり嘘で、本当はとても怖い。
スザクが自分を軽蔑するような目で見ていたら。そう考えたら、とても彼の前に留まることは出来なかった。
「待ってルルーシュ!」
しかし腕を掴まれ、逃げ出すことは叶わなくなった。最後の抵抗とばかりに顔を俯ける。
「ごめん、君に先に言わせてしまって……。本当は僕から告白するつもりだったのに」
ごめんともう一度謝られた。そして、腕を掴む手に力が籠もった。
「僕も君が好きだよ。ちゃんと自覚したのは最近だけど、ずっと君のことが好きだった」
「俺に同情しているのならそんなこと、」
「本気だよ、君が好きなんだ。だから君が僕の知らない人間を家に泊まらせていて嫉妬した」
「嫉妬……?」
恐る恐る振り返ると真剣な表情のスザクがいた。
「僕たちは言葉が足りなかったのかもしれない。君は僕に隠し事をしていたけど、僕も君に隠し事をしていた。ちゃんと全部話すから、君も僕に教えてくれないかな?」
真摯な言葉に、好きだと言われたことは嘘ではないのだとようやく理解する。その途端、膝から力が抜けてしまった。
「ちょ…、ルルーシュ大丈夫?」
「腰が抜けた……」
「ええっ!」
この程度のことで本当に情けない。
でもそれだけ必死だったのだと思うとそんな自分が可笑しくて、おろおろしているスザクを横目にルルーシュは笑った。
スザクの家に上がるのは久しぶりだった。
ソファに腰掛け、出された麦茶を一気に半分まで飲み干した。緊張して喉が渇いていたらしいと他人事のように思う。
「えっと、それでどこから話せば……」
「お前の家にいた人。あの人はルルーシュ皇帝だろう?」
「うん。……へ!?」
「やはりな。これですべての辻褄が合う」
「な、なんでわかったの?」
「断片的な情報を繋ぎ合わせたらその結論が出た。もちろん、普通の状態だったらこんな話はとても信じられない。ルルーシュ皇帝は百年も前に死んでいるし、そんな彼が年も取らず現代にいるなんて絶対にあり得ない。でもこの際、理論や常識なんてものはどうだっていい。それが……事実なんだろう?」
問えば、スザクは小さく頷いた。そうだろうとは思っていたが、実際に肯定されると不思議と鳥肌が立った。
タイムスリップなんて非現実的だ。たとえ理論上は可能でも、そう簡単に実現できるものではない。
しかし自分たちは確かに彼らと一緒にいたのだ。
「じゃあ僕からも質問。ルルーシュと一緒にいた朱雀って人は誰?」
「あの人は、――かつて裏切りの騎士と呼ばれた人だよ」
「裏切りの騎士って、まさか……」
「お前も今回のことで少しは勉強したんじゃないか?裏切り続けた騎士は、最後にルルーシュ皇帝の騎士になった」
そう告げるとスザクが息を飲んだ。
昨日、言いたいことがあると言って家に乗り込んできたスザクは、彼が皇帝を殺した人物なのだと直感的に気付いたのだろう。しかしそれが誰なのか正体までは知らなかった。
(直感もここまでくれば才能だな)
小さく笑い、すぐに表情を戻す。
「つまり、ルルーシュさんは自分の騎士に殺された……?それをわかっていて、怖くないって言ったんだ……」
ショックを受けた様子の幼馴染にルルーシュは目線を落とした。相手は過去の人で、もうすでに死んでいるとわかっていても、彼の気持ちがあの人に向くのを直視するのはやっぱり少しつらい。
「そのことについて俺は言及しない。歴史書には悪逆皇帝ルルーシュは英雄ゼロに討たれたとしか書かれていないし、裏切りの騎士は世界統一の際の戦争で死んでいる。解放の日に彼が皇帝を殺すことは歴史上は不可能なんだ」
「でも実際の歴史は違う、そうなんだろう?」
「歴史はいつだってひとつだ。たとえ俺たちの知り得た情報が真実だったとしても歴史が変わることはない。それはきっとあの二人も知っている」
「……ルルーシュはそのことにいつ気付いたの」
「彼の衣装に見覚えがあるとは思ったんだ。でも、ゼロの衣装を堂々と着ている人間なんてそういないだろう?だから無意識のうちに否定していた。でもお前がうちに来てあんなことを言い出して、それで改めて百年前の歴史を調べてみたんだ」
部屋に籠もって一晩中調べた。百年前とは言え、当時の記録映像はたくさん残っている。
さすがに皇帝殺害の瞬間は残酷すぎるという理由で閲覧禁止になっていたけれど、当時はテレビカメラで全世界に中継された映像だ。探そうと思えば簡単に見つけることが出来た。
ルルーシュ皇帝の映像。そして枢木スザクに関する映像。
資料はたくさんあって、その中に彼らはたくさん残っていたのに、不思議とどの顔も知っているものとは違うように感じた。それは、自分が彼らの本当に少しだけでも触れたからだろうか。
「朱雀さんは言っていたんだ。彼を殺すことが彼の願いであり、自分たちの約束でもあったと」
家を出る直前、彼は自分の過去の行いを明かした。何も言わずに出て行けば良かったのに、嘘をつかないどころかわざわざ真実を教えてくれるなんてお人好しすぎる。
「そんなの…っ」
「お前の言いたいことはわかる。でも、あの人たちにはそうすることしか出来なかったんだ。それも所詮、推測でしかないけれど」
ふいに目の奥が熱くなって顔を背けた。
(朱雀さんもあの人も、この世界にはもういないんだな……)
今ごろになってそんなことを実感する。
生きて欲しかったと伝えたスザクのように、殺さないで欲しかったと本当は言いたかった。今にも泣きそうな顔で「愛していた」と口にするくらいなら、約束なんて破ってしまえば良かったのに。
「ルルーシュ」
気付くと目の前にスザクが立っていた。二人の距離が縮まり、まばたきをする間に抱き締められていた。
「ねえ、ルルーシュ。これから先の話をしようか」
「先……?」
「うん。あの二人の話じゃなくて、僕たちのこれからの話」
スザクの頬が頬に触れる。
「僕は君が好きなんだ」
突然のことに頭が真っ白になりそうだ。泣き付かれたことはあったけど、こうしてちゃんと抱き締められたのは初めてで、心臓が壊れそうなほどうるさく音を立てている。が、ルルーシュにはどうしても引っ掛かることがあった。
「……お前さっきもそんなことを言っていたが、じゃあこの数週間、俺のことを避け続けていたのはどう説明する。あれが好きな相手に対する態度か?」
すると、スザクがぎくりと顔を強張らせた。
「それは……致し方ないと言うかなんと言うか」
「何がだ」
「だからさ、ルルーシュを好きだと気付いたのは最近のことだったんだ。いつか告白しようって思ったところまではいいんだけど、急に意識するようになっちゃっただろう?そしたら朝も帰りも君が隣にいることに緊張しちゃって、こんな状態で家に来られたら何をするかわからないと思って……」
スザクの言い訳を聞いて呆れた。それではまるで初めて女の子を好きになった小学生男子みたいだ。
「お前……」
「冷たくして本当にごめん!毎日お弁当を渡してくれるのも、一緒に帰ろうって誘ってくれるのも本当は嬉しかったのに、でもまさかルルーシュが僕のことを好きだとは思わなかったから、気持ちに気付かれて嫌われたくなかったんだ」
ごめんと繰り返すスザクは情けなく、しばらく呆れていたルルーシュだったがとうとう吹き出してしまった。
「馬鹿だな本当に、俺もお前も、馬鹿だ」
皆、馬鹿だ。
スザクの指先に目元を拭われ、自分が泣いているのだと気付いた。
「あれ、なんで……」
「泣きたかったら泣いていいよ」
優しく促され、ルルーシュはくしゃりと顔を歪めた。一度意識すると止まらなくなってしまい、幼馴染の胸に縋り付いて声を押し殺した。
「ルルーシュ、お願いがあるんだ」
「お願い……?」
「僕とずっと一緒に生きてほしい。殺したり殺されたり、そんな約束はしない。僕は君と一緒に生きたいから」
それはもしかしたら、彼らが本当に約束したかったことなのかもしれない。
流れ落ちる涙をそのままにルルーシュは頷いた。
涙の跡をスザクが唇で辿り、口の端にそっとキスをされる。応えるように首に腕を回して、今度は自分からしっかり口付けた。
初めてのキスは涙の味がした。
だけどとても幸せだった。
自分たちは、彼らが手に入れられなかった未来で生きている。
彼らは先の未来を見て何を思っただろう。何を感じただろう。
何も知らない自分たちが知っているのは二つだけ。
二人とも笑って過去に戻って行ったということ。そして、お互いを深く愛していたということ。
その先に未来があることを信じて、彼らは確かに生きていた。
END
(12.09.26)