again and again 1

 カーテンを開けると、朝の朗らかな光が部屋いっぱいに広がった。

「うーーーー…」

 マンションの8階からの景色を眺めながら、スザクは大きく伸びをする。
 久しぶりの休み。何もない土曜日。しかも天気は快晴。なんて素晴らしい一日の始まりなんだろう。信じてもいない神様にそんなことを感謝しながら、部屋の中に視線を戻す。
 真ん中にどんと置かれたセミダブルのベッドに潜ってすやすやと眠っているのは、世界中で誰よりも愛しい人。

「ルルーシュ」

 その名前を大切に大切に呼ぶ。
 スザクの声が聞こえたのか、ルルーシュが若干眉を顰めながらもぞっと動いた。
 昨日は久しぶりに早く帰れたから自分は十分な睡眠を取っているが、ルルーシュが寝たのはおそらく午前3時すぎ。学生時代から夜更かしが得意だったとはいえ、毎日毎日帰宅が3時を過ぎるような生活では、さすがのルルーシュも極度の寝不足に陥っているだろう。しかも、学生のときとは違い、仕事中に居眠りなんてできない。
 今日はもう少し寝かせてあげようと、ルルーシュの肩からずり落ちた毛布を掛け直してやる。
 眠りの質はいいようだから、あと二時間ぐらいで起こせば大丈夫だろうか。
 今日は一緒に買い物に行こうと以前から約束していた。一日中寝かせてあげたいのは山々だが、それで一日が終わってしまったらルルーシュは絶対に怒る。だからゆっくり寝かしつつ、程よい時間に起こさなければならない。按配がなかなか難しい。
 ひとまず枕元の時計を二時間後の十時にセットすると、スザクは腕組みをした。

「さて。そうなると僕は暇になるんだけど、どうしようかなぁ」

 ルルーシュのために朝ご飯を作ろうか。でも、久しぶりにルルーシュの作るご飯を食べたい気持ちもある。それならばいっそのこと一緒に寝て、一緒の時間に起きて、一緒にご飯を作ろうか。ルルーシュの隣でもう一眠りという誘惑は捨てがたい。それとも、最近あまり見られなかった寝顔をじっくり眺めていようか。
 そこまで一気に思考を巡らせて、スザクははたと気付いた。

「……予定変更。やっぱり洗濯が一番最初かな」

 洗濯カゴから溢れている洗濯物を思い出してしまえば、二度寝だとかそんな悠長なことは言っていられない。
 今週一週間はスザクもルルーシュも特に忙しく、掃除といい洗濯といい、家事と名の付くものはまったくやる暇がなかった。さすがのルルーシュも夜中の3時に帰って洗濯をやる気力はなかったらしい。結果、洗濯物が溜まりに溜まっていた。
 家事は手の空いたどちらかがやることになっているから、今現在思いっきり手の空いているスザクがその責を追うのは必然であった。洗濯物が手付かずで残っているとわかれば、先に起きたくせにお前は何をしていたんだと一日中ちくちく責められるに決まっている。
 はあぁ、とスザクは盛大な溜め息をついた。山のような洗濯物を思い浮かべると憂鬱になるが、あれを片付けないことにはルルーシュと一緒に買い物なんて夢のまた夢。
 (洗濯をして朝食を作ってルルーシュを起こしてそれから買い物だ!今日は何が何でもルルーシュと一緒に買い物に行ってやるんだ!)
 朝の陽の中でガッツを入れると、スザクは戦場へ向かう兵士のような顔つきで洗濯機へと向かった。寝室を出る前に、ルルーシュの頬へキスをひとつ落とすことはもちろん忘れずに。
 ルルーシュとスザクの付き合いは中学一年生の二学期まで遡る。
 一学期のときは互いにただのクラスメイトという程度の認識しかなかった。しかし二学期の席替えで隣同士になると、必然的に話す機会が多くなり、気付けばクラスで一番の友達になっていた。それまで挨拶ぐらいしか交わしていなかったのが嘘のようだった。
 中学三年間を同じクラスで過ごし、なんの偶然か高校も同じ学校の同じクラス。スザクとルルーシュはいつもセットで、誰が見ても仲の良い友達だった。
 その関係性が微妙に変わってきたのはいつからだろう。
 大学受験を控え、違う大学を受験するということがわかってからだっただろうか。
 ずっと一緒にいるものだと互いに漠然と思っていた二人は、互いにショックを受けた。それぞれが通う予定の大学は距離的にはほとんど離れていないのに、別々の大学に所属するということが、二人に精神的な距離を感じさせた。
 どうしてこんなに離れたくないのか。単に違う大学へ行くだけだ。今生の別れなんかではない。それなのに、一緒にいられないという事実が二人を激しく打ちのめしていた。
 その理由に思い至ったのはスザクが先で、自分の気持ちに気付いたときはさらに打ちのめされる。親友に、ルルーシュに、恋をしているだなんて、ルルーシュに対する裏切りだと思った。だが、思い悩んでいたのは数日で、そこからスザクの行動は早かった。
 自分はルルーシュが好きなのだ。好きだからこんなにも離れがたいのだ。自覚してしまえばあとは簡単だった。
 ルルーシュも自分のことを自分と同じ気持ちで好きだと、本人に確認したわけでもないのにスザクは確信していた。だから何の躊躇いもなく告白し、大学に通うために家を出るというルルーシュに、だったら一緒に暮らそうと、同棲の意味で同居を申し出た。
 そのころになると、恋愛事に疎いルルーシュもさすがにスザクへの気持ちを自覚するようになっていて、スザクの押しの強さに気付けば素直に頷いていた。戸惑った素振りを見せながら、大学は違うけれどこれでずっと一緒にいられる、と安堵すらしていた。
 そしてその同棲は、二人とも大学を無事卒業し、それぞれ社会人としてスザクは高校の体育教師、ルルーシュは一族が経営している会社へ勤めるようになってからも続いていた。
 友達の期間が5年と5ヶ月。恋人の期間が5年と2ヶ月、うち同棲期間が5年。計10年7ヶ月。それが、ルルーシュとスザクがともに過ごした現在までの時間だった。
 最後に手に取ったタオルをきちんと干すと、スザクはようやく空になった洗濯カゴを抱えてベランダから部屋の中へと戻った。二人分とはいえ、溜め込めばそれなりの量になる。

「やっとすっきりしたなー」

 カゴを戻し、簡単にリビングの掃除をして、朝食の準備を済ます。昨日まで仕事に忙殺され、人間の生存に最低限必要な欲求(つまり睡眠と食欲)だけを辛うじて満たすことで生きてきたようなものだったが、これでようやく人間らしい生活に戻れたような気がした。

「さて、今度こそちゃんとルルーシュを起こすか」

 ケトルを火にかけてから寝室へと向かい、扉をゆっくり開ける。
 ベッドに近付けば、二時間前と同じく穏やかな寝息を立てて熟睡しているルルーシュの姿があった。その身体に触れ、軽く揺する。

「ルルーシュ、朝だよ。起きて」

 毛布に隠れたルルーシュの口からくぐもった声が聞こえる。

「今日は買い物に行くって約束してただろう?」

 だんだん意識がはっきりしてきたのか、それでも起きるまでには至らず、ルルーシュは顔を顰めるだけだった。

「朝ご飯作ったんだ、食べよう」

 うーん、と呻くような返事が返ってきた。

「せっかく僕が作ったのに、食べてくれないの?だったら―――」

 スザクはルルーシュの耳元に顔を寄せると、

「僕が君を食べちゃうよ?」

 がばりと音をさせて、ベッドの中の身体が飛び起きた。

「な、な、」
「おはようルルーシュ」

 満面の笑みを浮かべるスザクに対し、ルルーシュは口をぱくぱく動かすだけだった。やがて頭が覚醒したのだろう、キッとスザクを睨み付ける。朝から刺激的な視線だなぁなんて、スザクはのん気なことを思った。

「朝っぱらから寒いセリフを吐くな!!」
「なんで?効果てきめんだったでしょう?」
「だったらもう少しマトモな起こし方をしろ!!」

 威嚇する様は猫のようで、スザクはこっそり笑った。そしてベッドに片膝をついて乗り上げると、不意打ちのように頬へとキスを贈る。
 突然のことに動きを止めたルルーシュは、数秒の後、一気に顔を赤くさせた。
 (睨んだり赤くなったり、朝から忙しいなぁ)
 その原因のすべてはスザクにあるのだが、そんなことはころっと忘れている。

「ほら、起きよう。このままだったら、本当に食べちゃうよ」

 今度は冗談を含め、くすくす笑いながら言う。しかし、顔を真っ赤にさせていたルルーシュは、ふと真顔になると「…そんなつもりないくせに」とぽつりと呟いた。

「ん?」
「―――いや、なんでもない」

 小さく頭を振ると、ルルーシュは観念したように身体の上の毛布を剥いだ。床に足をつけると、ベッドの上に乗ったままのスザクを見下ろす。

「朝食、お前が作ったんだろう?食べてやるよ」
「食べたいなら食べたいって言えばいいのに。素直じゃないんだからさ」

 ふふんと笑みを浮かべるルルーシュに、スザクも笑みを返す。ベッドから降りて、ルルーシュの正面に立った。

「朝ご飯が終わったら今日こそは絶対に買い物行くからね」

 宣言すると、今度は唇に触れるだけの可愛らしいキスをする。

「っっスザク!!」

 思わず口元を手で覆い、何度目かわからない怒鳴り声を上げたルルーシュ。対するスザクに反省の色はまったく見えず、「食べる準備するね」と言うと、ルルーシュの手が伸びてくる前に寝室を出て行った。
 天気は快晴。久しぶりの休み。寝顔も見られたし朝からキスも出来たし、朝食が終わったら一緒に買い物に行けるし。
 スザクの機嫌はすこぶる良かった。浮かれているとしか言い表せないくらい、とにかく良かった。今日一日のルルーシュとの予定を頭の中で組み立てては、逸る気持ちを抑えられない。仕事がひと段落してようやくプライベートを満喫するだけの余裕ができたのだから当然だ。
 だからスザクは気付かなかった。
 寝室に残されたルルーシュが、スザクの浮かれっぷりとは正反対に、どこか沈んだ表情をしていたことに。
 (09.03.13)