after all 後編

「じゃあ私は帰るよ」
「へ!?」

 スザクは読んでいた資料から目を上げた。見ればリビングの入り口にシュナイゼルが立っている。コートを着込み、首にはマフラーを巻いていた。こうして改めてシュナイゼルという人物を観察してみると男のスザクでも感心してしまうほどの美丈夫で、やはりルルーシュと血が繋がっているのだと実感する。が、今はそんなことを考えている場合ではない。

「荷物はカノンかほかの部下に取りに来させるから、しばらく置いてもらえるかな」
「それは構いませんけど、帰るって」
「二、三日中には来ると思うよ。君たちの部屋を占領するつもりはないから安心したまえ」
「いや、だから荷物はいいんですけど」

 来たときと同じくらい唐突な別れは、早く帰ってほしいとずっと思っていた身としては非常に喜ばしい。が、この義兄相手だと正直に受け取っていいのだろうかと疑ってしまう。

「帰るって……どこへ?」
「本国に決まっているだろう。私は君と違って忙しい身なんだ。だらだら正月休みを満喫するなんてできないのでね」

 忙しい身の割には人の家で随分と寛いでいたじゃないか、というツッコミは辛うじて飲み込んだ。本当に帰ってくれるのならば万々歳なのだから。

「えっと…それじゃあ気を付けてお帰り下さい」

 靴を履いて玄関に立つ義兄に挨拶をする。別れの言葉にしては素っ気ないかと思ったが、社交辞令でも「また遊びに来て下さい」とは言えなかった。そんなことを口にしたら最後、言質を取られて年中押し掛けられそうだ。

「スザク君」
「はい」
「私は君を認めたわけではない。ほかの妹弟達も同じだよ。しかし、……それがルルーシュにとっての幸せだというのなら致し方ないとも思っている」
「え……?」
「逆に言えば、ルルーシュが不幸になれば君は一族から報復を受けるわけだ。うちの妹弟は手強いよ。君にそれだけの覚悟はあるかな?」

 冗談とも本気ともつかな口調だが、シュナイゼルは心の中を見透かすような目でスザクを見ていた。世界的企業の社長だが、仕事中でもここまで真剣な眼差しをすることはないのではないだろうか。それほどシュナイゼルはルルーシュを溺愛しているということで、もしルルーシュが泣くようなことがあれば本気で殺されてしまうかもしれない。
 スザクは表情を引き締めた。

「覚悟はしています。でもそれはきっと無駄な覚悟です。僕はルルーシュを不幸にするようなことはしませんから」

 迷いなく告げれば、シュナイゼルが小さく笑う。

「良い心掛けだ。今の言葉に嘘はないと信じているよ」

 鞄を持った義兄は、「それじゃあ」とだけ言って玄関を出て行った。実にあっさりとした別れだ。
 その後ろ姿を見送り、玄関が完全に閉まるとスザクは身体から力を抜いた。ドアに鍵を閉めてリビングへと戻る。ここ数日、ずっと占拠されていたリビングがやけに広く感じられた。部屋の隅に置かれている荷物が目に入ったけれど、あれもすぐに引き取ってもらえるのだと思えばようやく肩の荷が下りたような気分だ。
 どさりとソファに横になり、長い長い溜め息を吐き出す。

「疲れたー……」

 シュナイゼル相手によくあれだけ啖呵を切れたものだと、今までのやり取りを思い出して自らに感心してしまった。相手がライオンならこちらは猫のようなものだ。猫とライオンが対峙して無傷で済んだのは奇跡に近いだろう。
 しかし、ルルーシュを想う気持ちは誰にも負けないとスザクは自負していた。ルルーシュのことを想えば、相手が誰だろうと負ける気はしない。とはいえ、精神的な疲れはどうしても拭えなかった。

「早くルルーシュ帰って来ないかな。会いたいな……」

 静かになった部屋にぽつりと呟いた声が響いた。
 二日酔いのせいでおはようを言えなかったことが今さらながらに悔やまれた。
 暖房の効いた店内に入り、ルルーシュは客の顔を見渡した。昼の時間帯を過ぎたからかカフェの中はあまり混んでいなかった。目的の人物を見つけると、相手も気付いたようで手を挙げられる。一番奥の席まで足を運ぶと、コートを脱ぎ椅子に腰かけた。店員に珈琲を頼んでおもむろに正面を向く。

「どうしたんですか、こんなところに呼び出したりして」

 目の前にいるのは正月早々自分達の家にやって来た異母兄のシュナイゼル。彼の顔は世間によく知られているが、日本のカフェに世界的企業の社長がいるとは誰も思わないのか、店内に気付いた人間はいないようだ。しかしそれはたまたま運が良いだけで、下手をすれば騒がれたり小さな騒動になってしまうだろう。シュナイゼルとはそういう人物なのだ。
 (首輪でも付けてしっかり見張っておけと秘書のカノンに言い聞かせておくか)
 弟から犬並みの扱いをされていることなど露知らず、シュナイゼルはにこにことルルーシュを見ていた。普段からゆったりとした雰囲気の異母兄だが、弟を見る目はひどく優しい。社長としてのシュナイゼルしか知らない人間が見れば、こんな顔も出来るのかと驚くに違いないだろう。
 しかし残念ながら、当のルルーシュは向けられる愛情に全く気付いていなかった。ルルーシュが気に掛ける人間は母と妹、そしてスザクの三人だけ。リヴァルや学校時代の友人は大切に思っているが、父をはじめとする一族に対してはどうしても苦手意識が拭えず無意識に一線を引いてしまっていた。異母兄姉達が自分ことを心配してくれているのはわかっているし、人間としては尊敬もしている。ただ、幼い頃に植え付けられたトラウマのようなものはどうしようもなく、何も悪くない兄姉には申し訳ない気持ちを抱いていた。

「呼び出すだなんて、そんな言い方はつれないね。弟とデートをしたかったとは思ってくれないのかな」
「馬鹿は休み休み言って下さい。なんで兄弟でデートをしなければいけないのですか」
「デートをする相手はスザク君だけでいいと、そういうことかい?」

 一瞬眉をひそめたルルーシュは運ばれてきた水に口を付ける。質問に答えないでいると、シュナイゼルが肩を竦めた。

「まぁ言いたくないならそれでも構わないよ。ところでコーネリアの用事はなんだったのかな」
「兄上も白々しいですね。誰かからもう連絡が行っているのでしょう?」

 わざと刺々しい声を出せばただ笑みを返された。
 世界中に散らばっている支社の情報はどんな瑣末なものでも必ずシュナイゼルの耳に入るようになっている。並みの人間ならば膨大な情報量に潰されてしまうが、彼にはそれをすべて処理できるだけの能力があり、さすがのルルーシュも舌を巻くほどだ。そして、すべてを知られているという緊張感が幹部や社員に程良い競争心と向上心を与えていた。情報は把握しつつも口は出してこないシュナイゼルだが、成果を上げれば称賛の言葉を贈ってくれるし、ひとたび何か問題が起これば容赦なく切り捨てる。飴と鞭を上手く使いこなしていて、そのやり方がグループ全体の売り上げを伸ばしていた。シュナイゼルが苦手なルルーシュも彼の能力の高さには一目置いていて、身近で学べるものならばぜひ学びたいと思う。
 もっとも、新年早々人の家にやって来て我が家のように寛がれるのは勘弁してもらいたい。
 (スザクに悪いことをしてしまったな……)
 アポもなしに義理の兄が泊まりに来るし、食事に行こうという約束も反故にされるし、スザクにとっては踏んだり蹴ったりな三が日だっただろう。優しい人間だから嫌な顔一つせずに家族との食事へ送り出してくれたけれど、内心では怒っていたかもしれない。現に、昨日はリヴァルを呼び出して愚痴を零していたそうだ。しかも普段は酒に強いはずがすっかり酔っ払い、連れて帰るのに一苦労した。それだけ今回のことはスザクのストレスになっていたのだと、思えば気分が沈みそうだった。

「ルルーシュ?」
「あ…、いえ」

 窺うように顔を覗きこまれ、慌てて首を振る。すると頭に大きな手が触れた。子供にするようによしよしと撫でられ、ルルーシュはむっとした視線を向けた。

「俺は子供じゃありません」
「私からすればまだまだ子供だ」

 その目が優しく自分を見てくるので居心地悪く目線を落とした。やはりシュナイゼルは苦手だ。新婚家庭を引っ掻き回すようなことをしておきながら、ときどきこうして優しくするから無碍に出来ない。全部わかってやっているのではないかとルルーシュは疑っていた。

「もし日本やスザク君が嫌になったらいつでも戻って来ていいんだよ」

 さらりと告げられた言葉にぱっと顔を上げる。

「ご心配なく。それは絶対に有り得ませんから」
「だが、君はこんなところで自分の才能を埋もれさせることをもったいないとは思わないかい?」

 どことなく思わせぶりな口調に首を傾げた。

「君をいずれ本社にという話が出ている。うちの幹部やコーネリアも賛成だ」

 突然の話に目を瞠れば、シュナイゼルが笑みを深めた。ルルーシュの頭から離した手を顎の下で組んでじっと見つめてくる。それは兄ではなく社長としてトップに立つ人間の目で、ルルーシュは自然と身構えた。

「父上も反対はされていない。もちろん今すぐの話ではないけれど、私は半年か一年後にはと思っている。あとは君の気持ち次第というわけだが、どうかな?」
「どうかな、と言われても……」

 即答は出来なかった。本社に行けると聞いて喜ばない人間はグループ内にいないだろう。誰もが目指すものだと思い込んでいる空気すらある。しかし、ルルーシュはブリタニアの本社で働きたいとはこれっぽっちも思わなかった。父を見返したい気持ちがないと言えば嘘になるが、今はそれほどこだわりを持っていない。むしろ、もっと大切にしたい幸せがあるのだ。

「――俺は、行きません」

 真っ直ぐにシュナイゼルを見返して拒否の言葉を伝える。ほかの人間が聞いたらなんて馬鹿なことをと呆れるだろう。せっかくのチャンスを無駄にするのか、これほどの幸運を捨てるのかと、誰もが思うだろう。

「もしこの話を受けなかったら今の地位は剥奪する、と言っても?」

 ルルーシュは口の端を上げた。

「ええ、構いませんよ。そのときは会社を辞めるまでです」

 脅したつもりが開き直った答えを返されたからか、兄の顔に初めて不快の色が浮かんだ。

「辞めてどうするつもりだい?」
「雇ってくれるところがあればそこで働きますし、いっそ自分で会社を立ち上げてもいい。株の取引なんかも面白そうですね。とにかく日本を離れないで済むのならなんだって構いません」
「その場所が君の才能を生かせなかったとしたら?」
「そんなことは微々たる問題です。俺には自分の才能よりもっと大事なものがある。ただそれだけなのですから」

 店員が珈琲を持って来てルルーシュの目の前に置いた。それに角砂糖とミルクを落とすと、スプーンで静かにかき回す。珈琲の香りを楽しみながら、そういえばスザクとゆっくりお茶を飲む暇もなかったと思った。お互いせっかくの休みだというのに、二人でやれることを新年になって何一つ出来ていない。
 スザクに会いたい気持ちがルルーシュの中で無性に募った。

「……まったく君達は本当によく似ている」

 溜息とともに吐き出されたのは妙に感心するような言葉で、不思議になって兄の顔を見る。

「もし君が本国に引き抜かれるようなことがあれば、彼は今の職を辞めて一緒に行くと言っていた」
「え……」
「揺さぶりを掛けるつもりが、かえって見せ付けられてしまったな。私としたことが今回ばかりは失敗したよ」

 スザクになんてことを言ってくれるのだと非難したかったけれど、どことなく憂いを帯びた表情に声を出すタイミングを失する。優雅にカップを傾けたシュナイゼルは、中の紅茶を一口飲むとソーサーに戻した。

「では、私は帰るとするかな。スザク君には一応挨拶をしておいたから」
「え?帰るってどこに?」
「君達は同じ質問をするんだね」

 可笑しそうに笑われるが、兄の突然の発言に気を取られ笑いの意味を訊く余裕はなかった。

「もちろんブリタニアだよ」
「でも、予定ではもう少しいるのでは……」
「君の元気な様子も見られたし、仕事が溜まっているからね。あまり長居するとカノンに怒られる」

 アポなしでいきなり来たかと思えば、今度は仕事があるから帰ると言う。全く勝手なものだと思うが、これでようやくスザクとの日常が戻ってくるのだとホッとした。一抹の寂しさを感じたのはきっと気のせいだ。
 コートを羽織るために席を立った兄に倣い、ルルーシュも立ち上がる。

「君は来たばかりだろう。もう少しゆっくりしていきなさい」
「外まで見送りますよ。どうせ車を待たせているのでしょう?」
「日本の電車というものに乗ってみたかったのだが止められてね」
「それは俺でも止めます」

 こんなに派手な人間が電車に乗って、しかもそれがシュナイゼルだと知られたら間違いなく騒ぎになってしまう。これ以上の騒動は勘弁してもらいたい。
 シュナイゼルが払うと言うので素直にご馳走になり、二人揃って店を出た。路上には日本の街に不釣り合いな黒塗りの高級車が止まっていて、助手席からシュナイゼルの秘書のカノンが降りて来た。一礼されたのでルルーシュも頭を下げる。この人も正月休みだっただろうに上司に振り回されて大変だと同情的な気分でいると、ふいに頭を撫でられた。

「だから子供扱いしないで下さい。人目もあるのに恥ずかしい」
「まあいいじゃないか。どうせまたしばらくお別れだ」

 何気ない口調だったけれどそこには何かを惜しむような響きがあって、邪険にするわけにもいかず仕方なくシュナイゼルの好きなようにさせた。

「もしスザク君と喧嘩になったらいつでも戻ってきなさい」
「だからそれはありませんからご心配なく」
「減らず口が叩けるうちは元気な証拠だ。それじゃあ、身体に気を付けて」
「はい。兄上もお元気で」

 車に向かったシュナイゼルは、荷物をカノンに預けて後部座席へと乗り込んだ。静かに動き出した車は次第に速度を増し、あっという間にルルーシュの視界から消える。残ったのは冬の冷たい空気としんとした静けさだけだった。
 自宅への道を歩きながらポケットに入っていた携帯を取り出す。目的の番号を探してボタンを押し、コール音が一回聞こえたかと思えばすぐに自分の名前を呼ぶ声がした。手元に携帯があっただけなのかもしれないが、それにしても出るのが早すぎる。慌てなくても自分は逃げないのにと、ルルーシュは口許をそっと和らげた。

「もしもし、スザク?」

 呼んだ名前にどれほどの愛しさが込められているか、果たして彼は知っているのだろうか。

「おかえり、早かったね。連絡してくれれば迎えに行ったのに。荷物重かっただろう?」
「たいした重さじゃないから平気だ」

 ルルーシュの手からスーパーの袋を受け取り、リビングへ戻る。
 シュナイゼルが出て行ってから三時間後、ルルーシュから電話があった。この間の埋め合わせをしたいからどこか食事に行かないか、リクエストがあればどこでも好きなところに連れて行くという内容で、考えるよりも先に「それなら家でルルーシュのご飯が食べたい」と即答していた。一瞬の間があった後、可笑しそうに笑う声が電話越しに聞こえた。買い物をして帰るから待っていろという言葉を残して通話は切れた。そのときの優しいルルーシュの声が今も耳に残っているような気がして、スザクは頬を緩める。
 ようやく訪れた二人きりの時間。嬉しくないわけがない。

「晩御飯、何?」
「久しぶりにハンバーグでも作ろうかと思って。もう少しおせちが残るかと思っていたのだが、兄上のせいで予定が狂った」

 二人で冷蔵庫に食材を仕舞っているとルルーシュがぼやいた。全くだ、とスザクも思う。
 大晦日からルルーシュはおせちの仕込みをしていた。日本人でもあれほど手の込んだものは作らないだろう。それをスザクは一人で堪能するつもりだったのに、突然現れたシュナイゼルが日本のおせちを珍しがって食べたものだから、スザクとしてもすっかり予定が狂ってしまった。小舅の嫌味に耐えながらではせっかくのルルーシュの料理も味気ない。

「……すまなかったな」

 沈んだ声に隣を窺えば、ルルーシュが冷蔵庫を前に項垂れている。このままでは寒いだろうと慌ててドアを閉めた。

「結婚してから初めての新年だったのに台無しにしてしまった」
「ルルーシュのせいじゃないよ。謝らないで」
「だがリヴァルに愚痴るほどストレスが溜まっていたんじゃないか?」
「あー……まあその、愚痴った事実は認めるし、シュナイゼルさんは怖くもあったけど……」

 シュナイゼルを好きだとはお世辞でも言えない。はっきり言って苦手だ。ルルーシュの兄でなければ、正直お近付きになりたいと思わないタイプである。だけど、彼の言動はすべてルルーシュを想ってのことだとわかるから非難もしにくい。なんとも複雑だった。

「だけど、シュナイゼルさんの気持ちも理解できるし。君のことが可愛くて仕方ないんだよ。僕とシュナイゼルさんは言わばライバルみたいなものかな」
「ライバル?」
「そう。どれだけ君に好きになってもらえるか競争しているライバル」
「馬鹿じゃないか」
「でも、ルルーシュが結婚相手に選んでくれたのは僕なんだから、絶対に負ける気はしないけどね。君が選んでくれたってだけですごい自信だよ」
「やっぱり馬鹿だな……」

 ぽつりと呟くとルルーシュは立ち上がった。すかさずその手を掴んで引き止める。後ろを向いたルルーシュの耳が赤く染まっていてスザクは顔を綻ばせた。自分のたった一言に照れてくれるのが可愛くてたまらない。ぐい、と身体を引きよせてそのまま後ろからきつく抱いた。

「可愛いなぁールルーシュは」
「ば、馬鹿言うな!」
「うん、可愛い可愛い」

 ぎゅうぎゅうと頬を押し当てる。ルルーシュの両手を取って指を絡めた。

「大好きだよ」
「…っ」
「大好き。本当に大好き」
「わ、わかったから、いい加減離れろ!」
「やだよ。シュナイゼルさんがいて全然べたべた出来なかったし、キスだって我慢してたんだから」
「兄上がいるんだから当り前だろう!」
「だけど今はいないからいいよね」
「へ、――!」

 顔を近付ければルルーシュがぎゅうっと目を瞑る。何度キスしたかわからないのに、いつまで経っても初々しいルルーシュはやっぱり可愛い。
 帰って来たばかりだからかルルーシュの唇はまだ少し冷たくて、温もりを分け与えるようにキスを繰り返した。隙間から舌を差し入れ、軽く触れ合わせる。

「ん、ッ、すざく、夕飯…!」
「もうちょっとこのまま」

 唇を合わせたまま正面から抱き締めた。抵抗する素振りを見せながら、いつしかルルーシュも縋り付くようにスザクの腕を掴んでいた。ようやくキスを解いてもその身体は離さなかった。ルルーシュの手が背中に回ってより一層密着する。

「ねえルルーシュ。僕は絶対に君を離すつもりはないから覚悟しておいてよ」
「……兄上に何か言われたのか?」
「ううん、別に。ただ君のことが好きだってだけ」

 ルルーシュに引き抜きの話があるとか、ブリタニアに戻るかもしれないとか、シュナイゼルに聞いた話の真偽を確かめたい気持ちはある。だけど、そのことをルルーシュに言う必要はないだろう。
 ふいに、背中に回された手に力が籠もった。

「言っておくが、俺だってお前のことが好きなんだからな」

 囁かれた声は二人きりの部屋でなければ聞こえないほど小さなものだった。しかし、スザクの耳にはルルーシュの言葉がしっかりと耳に入った。

「えっ、る、ルルーシュそれ本当!?」

 思わず拘束を解いて顔を覗き込もうとすればするりと逃げられてしまった。

「ルルーシュ!」
「ほら、夕飯の支度をするんだからお前はテーブルの上の片付けでもしていろ」

 確かにテーブルには資料が広がっていてこのままでは邪魔になるが、今はそれより重要なことがある。

「もう一回!今のもう一回言って!」
「嫌だ」
「お願い、もう一回だけ!そしたらシュナイゼルさんの嫌味にも絶対負けないから!」
「お前、やっぱり兄上のこと根に持っているんじゃないか……」

 呆れたような溜め息を吐かれたものの、引き下がるわけにはいかない。するとルルーシュが視線を上げてスザクを見た。その目はとても優しかった。

「好きだよ」

 たった一言のそれはスザクに何よりの幸福をもたらしてくれる言葉で、あまりの嬉しさに自然と口許が和らぐ。

「そういえば、まだ言っていなかったな。――今年もよろしく、スザク」

 スザクは瞬きをした。言われてみれば、確かに「あけましておめでとう」は言ったけれど「今年もよろしく」はまだ言っていなかった。言う前にシュナイゼルの邪魔が入ったのだ。律儀に挨拶をしてくれたルルーシュに緩く首を振る。

「違うよ」

 否定の科白にルルーシュが不思議そうな顔をした。スザクはそっと微笑む。

「今年も来年もその次の年も、ずっとよろしくお願いします」

 そう言ってぺこりと頭を下げた。再び顔を上げるとルルーシュはぽかんとしていた。しかし言葉の意味に気付いたのだろう、すぐに表情を緩めた。
 好きだよも愛しているも、おはようもおやすみも、たとえ毎日繰り返される言葉だとしてもずっとずっと大切に伝えていきたい。ルルーシュの言葉と想いがあればどんなことだって乗り越えられる。想う心は強いのだ。

「好きだよ、ルルーシュ」

 ありったけの想いを込めて言葉にした。ルルーシュが嬉しそうに笑ってくれるだけでひどく幸せだった。
 今年も来年もそのずっと先も、二人で良い年にしよう。
 END
 (10.04.04)