With Love

「お前はこんなところで何をしているんだ」

 呆れたような口調に振り返る。そこにはルルーシュがいた。が、その姿を見てスザクも呆れた表情を返した。

「そういう君こそ何をしているんだ」
「見ればわかるだろう。料理だ」

 確かに見ればわかる。ルルーシュは皇帝服の上からエプロンを付けていた。咲世子のようなメイドか、もしくは料理をする人間でなければそんなものはつけない。当然ルルーシュはメイドではないし、無類のエプロン好きという話も聞いたことがないから後者であることは間違いないだろう。しかし、だ。

「そんなことより、一応“死人”が廊下をうろうろするな」
「一応皇帝がそんな格好でうろうろするほうが問題だろう!」

 思わず言い返せば、そうか?とルルーシュが首を傾げる。

「別に普通じゃないか?」
「普通じゃないよ!」

 スザクにはお小言を言うくせに、自分のことは全く気にかけないらしい。一体どこの世界の皇帝陛下が自らエプロンを付けて料理をするというのだ。しかもその格好のまま廊下をうろつくなんて、威厳も何もあったものではない。皇帝は豪奢な椅子で踏ん反り返っていればいいのだ。
 しかし、ルルーシュはスザクが何を問題にしているのか全く理解していないようで、わからないという顔をするばかりだった。

「だが、料理を作るのだからエプロンぐらいはしていたほうがいいじゃないか。服が汚れたら困る」

 ならば料理なんてしないでくれ、と言いたかったがぐっとこらえた。久しぶりにルルーシュの一息ついたような顔を見たからではない。廊下で“死人”と皇帝が喋っている姿をいつ誰に見られるかわからないと危惧しただけだ。

「わかったから、それで何で君はこんな場所にいるの。料理をするなら調理場にいなければ駄目だろう」
「C.C.にお前を連れて来いと言われたからな」
「僕?」

 何故そこで自分の名前が出てくるのだと今度はスザクが首を傾げていると、腕を取られ引っ張られた。

「いいから来い」

 死人がうろうろするなと言っていたくせに、二人で堂々と廊下を歩く。どうせここにはギアスをかけられた兵士しかいないのだ。入ってくるのはせいぜい皇帝の命を狙う暗殺者ぐらいだろう。その暗殺者とてギアスをかけて処分されるのだから、姿を見られてもどうということはない。
 (だけど、やっぱり皇帝がエプロンというのは問題だと思うんだよな。世界征服したというのにこういうところは頓着しないというか、それもルルーシュらしいんだけど)
 フレイヤによって帝都ペンドラゴンが破壊されたため、ブリタニア皇帝が現在生活しているのは急遽造られた宮殿だ。以前のものに比べればだいぶ小さいし、豪華な装飾もあまり施されていない。しかし、それはあくまで以前と比べた場合の比較で、一般庶民から見れば充分贅沢な部類に入る。あまり贅沢が好きではないルルーシュだが、贅を尽くしていたほうが悪逆皇帝らしいと笑って言っていた。
 人々が憎々しげに見上げる宮殿は、いずれ破壊の対象となる。豪華であれば豪華であるほど良い。
 引かれていないほうの手が拳を作っていることに気付いてスザクは慌てて力を緩めた。感傷に浸ってどうすると自分を叱咤した。
 そうこうしているうちに調理場へと辿り着く。ふわんと漂う良い香りに目を向け、スザクはあんぐりと口を開けた。

「これは……」

 調理テーブルの上には、見事というべき料理の数々が並べられていた。ナイトオブセブンとしての約一年間で付き合いのパーティーには何度か出席したことがある。そのときに豪華な食事は何度も目にしてきたが、その比ではなかった。

「どうだ、凄いだろう」

 椅子に腰掛けているC.C.が腕を組んで偉そうに言う。しかし、これを作ったのは間違いなく彼女ではない。

「この料理は……」
「皇帝の権力を使えば、世界中のどんな食材も手に入るからな」
「そういう意味じゃなくて」

 どれほど素晴らしい食材も調理をする人間によっては平凡以下のものになる。これは食材の力ではなく、料理を作った人間の腕だ。

「うちの皇帝陛下は料理が得意なんだ。知っているだろう?」
「知ってはいるけど……」
「ここまで手の込んだものを作るのは久しぶりだったからな。正直、あまり満足していない部分はあるがまあまあだろう」

 まあまあ?とスザクは気の遠くなる思いがした。これでも充分凄いというのに、満足がいった暁には一体どんなものが出来上がるというのか。
 (さすが、凝り性なだけある)
 半ば呆然としていると、背中をばしばし叩かれた。

「運ぶぞ、スザク」
「運ぶ?」
「まさかか弱い私ひとりに全部運ばせるつもりか?」

 実際にか弱い少女(年齢はともかく)なのかもしれないが、C.C.の口から聞くと違和感を感じてしまうのは何故だろう。

「運んでどうするんだよ」
「食べるに決まっているじゃないか。それともお前は観賞しておきたいのか?」
「そうじゃなくて」
「パーティーをするんだそうだ」

 なかなか答えをもらえず痺れを切らしそうになっているスザクにルルーシュが正解をくれた。

「今日はクリスマスだろう?」
「あ、そういえば……」

 すっかり忘れていた。だが、行事としての意識が全くなくても仕方がないだろう。子供のころはクリスマスと無関係な厳格な日本の家で過ごしたし、日本が占領されてからはクリスマスを祝う余裕なんてなかった。ルルーシュと再会してからはクリスマスを迎える前にブラックリベリオンが起こってそれどころではなかったし、思い返してみればクリスマスとこれっぽっちも縁のない人生を送ってきた。こんな風にパーティーだと言われるのは初めてかもしれない。

「どうした、ぼーっとするな。まだ最後の飾り付けが残っているんだからな」
「飾り付け?」
「ケーキの飾り付けだよ。一番楽しい作業をルルーシュが残しておいてくれたんだ、これをやらないわけにはいかないだろう」
「えっと……」

 ケーキの飾り付けなんてしたことがないので楽しいかどうかわからない。でも、あのC.C.がどこかわくわくとした様子を見せているのだ。決してつまらない作業ではないのだろう。
 いくつかの大皿をワゴンに乗せ、「先に行っているぞ」とスザクに向かって言ったC.C.は、言葉通りひとりで行ってしまった。

「すまないが、C.C.に付き合ってくれないか」

 ルルーシュが苦笑いを浮かべてスザクに頼んだ。最終的には彼女の我儘を受け入れてしまうとはいえ、めくじらを立てることなく言うことを聞いているのは珍しい。

「これはC.C.の発案?」
「ああ。一度盛大にクリスマスを祝ってみたかったんだとさ。俺はやるつもりはなかったんだが、ご馳走を作れ作れとうるさくてな。まあおかげでいい気分転換になったよ。準備が整ったらジェレミアも呼ぶ予定だから、あいつと一緒にケーキの飾り付けをしてくれないか。咲世子とロイドとセシルもいればもっと賑やかになるのだろうが、それはさすがに無理だからな」

 三人は現在、“皇帝陛下を裏切った”罪で牢に繋がれている。呼び寄せるのは不可能なことではないが、それでは計画に反してしまう。
 ルルーシュは軽い調子で笑ったが、少し寂しいな、とスザクは思った。
 (いや、そんなことを考えている余裕なんて今の僕たちには――)
 どん、と背中に衝撃が走って思考を中断される。何事かと後ろを見れば、C.C.が腕を組んで立っていた。

「何をしている。さっさと運ばないと冷めるじゃないか」
「おい、C.C.。ワゴンはどうした」
「ん?ああ、スザクがなかなか来ないから廊下の途中に置いて戻って来た」
「ばっ…、何を考えている!ちゃんと最後まで運べ!ったく…!」

 C.C.に悪態を吐いたルルーシュは、自分が行ったほうが早いと判断したのか調理場を出て行った。
 だから皇帝が廊下をエプロン姿で歩くのはどうかと思う。

「お前もさっさと動け」
「……これはわざと?」
「なんのことだ」

 しらを切られるが、スザクは確信する。

「ルルーシュの息抜きのつもり?」
「まさか。ただ私がクリスマスのご馳走とやらを食べてみたかっただけさ。今までひとりでお祝いも何もなかったからな。お前だってそうだろう?」
「僕は日本人だ。もともとクリスマスとは無縁だよ」
「だが、大勢でパーティーをするのは楽しいじゃないか」
「たった四人しかいない」
「四人で充分だ。なんならロイドたちを連れてくるか?」
「無理に決まっている」

 横目でC.C.を見ながら、溜め息をついた。

「こんなのんびりしたことをやっている場合じゃないだろう」
「たまには楽しいことも必要だと思うぞ」
「そうかもしれないけど」
「少なくとも、ルルーシュはとても楽しそうだ」

 その言葉に押し黙った。確かに、ここ最近ずっと難しい顔をしていたルルーシュが、今日は珍しく険の取れた穏やかな表情だ。パーティーそのものが楽しみというより、誰かのために料理を作る行為自体が楽しいのかもしれない。
 何かをやってあげることのほうが好きなタイプだから、文句を言いながらC.C.の面倒も甲斐甲斐しく見る。スザクからすればどうしてそこまでと思うようなことも、ルルーシュにとっては苦ではないらしい。

「別に私は、思い出作りなんてしみったれたことを言うつもりはない。ただ、せっかく良い行事があるのだから、少しくらい楽しんでも罰は当たらないだろう?」
「僕は……」

 言い淀んでいると皿を押し付けられた。一番重そうな大きな皿だった。

「ほら、ぐだぐだ言っている暇があったらこれを運べ。ずっと城に籠もって身体を動かせないから鈍っているんじゃないか。たまには働かないとな」

 君に言われたくないと思い、C.C.にムッとした目を向けるがどこ吹く風だ。それどころか、ケーキの飾り付け用なのか、トレイに盛られたフルーツを摘み食いしている。

「あんまりサボっているとルルーシュに怒られるよ」
「二人きりの時間を作ってやろうとしているんだ。感謝しろ」

 ひらひらと手を振られ、スザクはもう一度溜め息をついた。これ以上の言い合いは不毛である。

「運ぶ場所は?」
「テラスだ」

 たった一言だけ与えられた答えに従って調理場を出る。テラスに着くと、ルルーシュがてきぱきとテーブルのセッティングをしていた。邪魔にならないよう、空いていたワゴンの上に皿を置いた。

「すまないな、スザク。C.C.は?」
「休憩中」
「まったくあいつは。自分が言い出したくせにすぐこれだ」

 呆れた口調で言いながらも手は休めない。見慣れたテラスだけど、ルルーシュの手にかかれば華やかなパーティー会場のようになるのだから不思議だった。

「僕も手伝うよ」
「ああ、ではそこのナイフとフォークを四人分並べてくれ」

 指示された通りに動き、さらに何度か調理場を往復して残っていた料理を運び出す。相変わらずC.C.が手伝う気配はなかったけれど、顔を覗かせるたびにケーキの飾りが増えていたので、飾り付けだけは完成させてくれるようだ。一番楽しい作業と言っていたのはあながち嘘でもないらしい。
 一通りのセッティングを終え、腰に手を当てたルルーシュがふうと息をつく。エプロン姿のままだったけれど、いい加減見慣れてしまったのでスザクももう口には出さない。

「お疲れ」
「お前こそ手伝わせて悪かったな」
「僕はどうせ暇だし」
「暇と言うな。ちゃんと勉強しろ」

 予想通りのお説教に、くすっと笑う。

「わかっているよ。だけど、こういうのは久しぶりだな」
「ん?」
「パーティーっていうか皆での食事。僕にとっては、君に招かれてクラブハウスでした食事の記憶ぐらいしかないから」
「大勢での食事ぐらい経験あるだろう」
「それはただ人が大勢いたってだけだよ。ちっとも楽しくはなかった。食べ物も美味しくないし」

 思い返せば、どんなに豪勢な料理もまともな味がした覚えはない。まるで砂を食べているようで、食事というものが苦痛だった。
 (だけど、唯一ちゃんと味がしたのは――)
 試しに目の前の肉料理を摘んで味見してみる。

「あっ、こら、行儀が悪いぞ」
「……やっぱり美味しい」

 口の中に広がるソースがなんという名前なのかは知らない。だけど、その味は確実にスザクの味覚を刺激していた。

「うん、やっぱりルルーシュのご飯が一番美味しい」

 学園に通っていたころはクラブハウスでご馳走になったし、表舞台に顔を出す前までは隠れ家でルルーシュが出す食事を何度も食べてきた。彼が皇帝になり、宮殿で暮らすようになってからは回数も減ったが、時間のあるときは今でもときどき作ってくれることがある。そのたびにルルーシュの料理は美味しいと思ってきたけれど、口に出したのは初めてかもしれない。

「お前……俺より一流シェフのほうが美味いに決まっているだろう」
「そんなことないよ。僕にとってはルルーシュが一番だ」

 はっきり告げれば、ルルーシュの頬が赤く染まった。

「恥ずかしい奴」

 ふいと背けた横顔が可愛くて、思わず手を伸ばす。頬に触れれば紫水晶よりも美しい輝きを持つ瞳がスザクを捉えた。
 両手で頬を包みそっと口付ける。ルルーシュの目元が和らぎ、瞼が引き下ろされた。

「ソースの味がする」

 照れ隠しのように言われた言葉に笑った。

「さっき味見をしたからね。どう?」
「……これだけでわかるわけがないだろう」

 それを了承の返事と受け取り、もう一度キスを落とす。角度を変えて何度も甘い唇を味わった。ようやく離れたときにはルルーシュの息が少しだけ乱れていた。

「C.C.とジェレミアを呼ばないと」
「もう少しだけ」
「だ、駄目に決まっている!」
「えぇ~」

 不満を訴えればキッと視線を強くされた。その眦はうっすら紅くなっているのでちっとも迫力がない。
 隙を見て頬にキスをして、至近距離からルルーシュの顔を覗き込んだ。

「わかったよ。じゃあ、また夜にね」

 耳元で囁き、C.C.たちを呼んでくるから、とその場を離れる。
 頬に手を当ててぼんやりしていたルルーシュだが、我に返って「スザク!」と咎めるように呼んだ。聞こえなかったふりをして廊下へと出れば、壁に寄りかかって手持ち無沙汰な様子のC.C.がいた。

「そろそろ始めるよ」
「やれやれ、やっとお呼びがかかったか」
「気を利かせてくれるなんて珍しいな」
「私がいると知っていたくせによく言う。まあ、今日はクリスマスだからな。特別だ」

 にやりと笑われ、スザクは首を傾げる。

「君ってキリスト教の信者だったっけ」
「冗談じゃない。神様なんてものは大嫌いだ」

 鼻で笑われてしまった。神様も随分と嫌われたものである。

「なのにクリスマスパーティーはしたいのか」
「さっきも言っただろう。良い行事があるのだから楽しまないと損じゃないか」
「そういうものかな」
「そういうものだろ」

 確かに、せっかくのお祝いの日にわざわざ暗い顔をしている必要はない。宗教の違う人間が混じっても、今日だけは大目に見てもらえるだろう。

「ジェレミアを呼んできてやれ。あまり遅いと拗ねられるぞ」
「わかっているよ」

 今日は遠征もなく、全員が宮殿に揃っている。些細な偶然が嬉しい。
 廊下を数歩進んだスザクはふと足を止めた。振り返ればC.C.はまだ壁に凭れたままで、訝しげな顔をしてスザクを見る。

「――また、こうして皆で食事をしたいと言ったら、ルルーシュは許してくれるかな」

 金色の瞳がぱちくりと瞬きをした。そして、口許にそっと笑みを浮かべた。

「お前が望みさえすれば、ルルーシュは何だってしてくれるさ」
「本当に?」
「ああ。あいつは世界一の枢木スザク馬鹿だからな」

 ちなみに次は新年パーティーだ、と告げてC.C.は身体を起こすとテラスへ向かった。

「それは僕やルルーシュじゃなくて君の希望じゃないか」

 苦笑いをして、ジェレミアを呼ぶために今度こそ廊下を進む。
 神様は奇跡なんて起こさない。奇跡を起こすのは自分自身だ。そう思いながら神の子の誕生日にお祝いをするのは滑稽かもしれない。だけど、この時間を与えてくれたことには感謝したかった。
 自分を知ってくれる人たちがいて、自分たちのために料理の腕を振るってくれる人がいる。ささやかな喜びは、しかし至上の幸福だ。
 ロマンチックじゃなくていい。そんなものは求めない。ただ、残された時間が温かいものであればと思う。
 (大丈夫。ルルーシュの手に、頬に、唇に、今はまだ触れられる)
 いつ終わるかわからない時間。
 なのに、不思議と今が一番満ち足りているような気がする。もう自分を偽る必要がないからだろうか。
 調理場の前を通ると、飾り付けの終わったケーキが見えた。食事の最後に振る舞われるのだろう。残念ながら生クリームの味見はしていない。でもルルーシュが作ったものだ。きっと程よい甘さが口の中で溶けるに違いない。
 その甘さを想像して、スザクは口許を和らげた。
 (我儘は言わない。あと少し。あと少しだけ――)
 こうして穏やかに過ごせる時間が少しでも長く続くことを願う。
 (09.12.23)