「ねえ、ルルーシュ」
「なんだ、スザク」
「僕、ハロウィンってよく知らないんだけど、こんな風に大騒ぎするのが普通なの?」
「そもそもの認識が間違っているな。ハロウィンとは秋の収穫を祝って毎年十月三十一日に行われるものだ。だいたい、こういう行事というのは本来の意味にのっとって行うのが正しい姿であり、それを好き勝手にアレンジするのは、」
「とにかく今こうして準備をしていることが本当のハロウィンじゃないってことはわかったよ」
放っておいたらハロウィンに纏わる薀蓄を数時間は語りそうな勢いのルルーシュを遮り、スザクは苦笑いを浮かべた。
「まあ、会長さんのやることだし」
「ああ、会長のやることだからな」
会長だから。その一言ですべてを諦めさせるミレイ・アッシュフォードという人物は偉大だと改めて思う。何せ、ルルーシュですら会長には逆らえないのだ。
しかし、そこに悪感情はない。大いに振り回され、困った人だと愚痴を言いながらもなんだかんだ言って楽しんでいるのだ。そういう不思議な魅力がこの学園の生徒会長にはあった。
「でも、ここの飾り付けを二人でやれって言うのはさすがに無茶すぎない?」
「仕方ないだろう、手が空いているのは俺たちだけなんだから。女性陣は衣装の準備、リヴァルは買い出し、ならば残った俺たちがやることは?」
「……会場の設営」
「そういうことだ。ほかが終わったら皆も来ることになっているし、今は黙って手を動かせ」
二人がいるのは学園のホールである。明後日の夜に開催されるハロウィンダンスパーティーの設営を行うこととなったのだが、担当として宛てがわれたのがスザクとルルーシュの二人だけ。
人手が足りないのはいつものこととは言え、会長発案で急遽決まったため時間も圧倒的に足りない。
(ほかが終わったらって、その可能性は限りなく低そうなんだけど……)
そんなことはルルーシュも当然わかっているだろう。が、自らの言葉通り、文句も言わずに黙々と手を動かしている。
最初は反対していたし意見もしていたのに、やると決めればとことんやるのがルルーシュだ。
(ま、会長さんのおかげでルルーシュと二人きりになれたと思えば)
一応、自分たちは付き合い始めの恋人なのだ。だけど最近は軍でなかなか学校に来られなかったし、ルルーシュにも会えていない。これもまた僥倖と思えば、二人きりの作業も楽しいものである。
妙なところで生真面目な友達兼恋人に倣い、スザクも止まっていた手を再開させた。
「今回のダンスパーティーの参加者は男女合わせて百人だっけ?」
「そうだ。この間の大抽選会を勝ち抜いた猛者百人だ」
「猛者って響きがダンスに似合わないよね」
「ネーミングは俺じゃないからな。文句なら会長に言ってくれ」
「しかも実際は抽選じゃなくてポイント稼ぎだし」
「だからツッコミは俺じゃなくて会長に言え」
大抽選会と銘打って行われたのは全校舎を使っての宝探しゲームである。構内に隠された紙片を見つけ、そこに書かれたポイントを溜めるという単純なものだが、高得点者はダンスパーティーに参加する資格が与えられ、しかも得点の高い順に好きな相手を指名できるという仕組みだ。
単なるダンスパーティーならそこそこの盛り上がりだったかもしれないが、上位五名は生徒会メンバーからも相手を選べると発表されるや激しい競争となった。
女子人気ナンバーワンのルルーシュやお嬢様のカレンと踊れるかもしれないのだ。皆が張り切って当然である。
「そういえば、ルルーシュって踊れるの?」
飾り付けの小物を繋げながら何気なく尋ねれば、ルルーシュが眉を上げた。
「俺を誰だと思っている。ダンスは皇族のたしなみとしてありとあらゆるものをマスターしている」
「へえ、意外」
「失礼な奴だな」
「じゃあ僕の練習相手になってよ。僕、武道はやってきたけどダンスは全然だから」
名誉ブリタニア人の自分を指名する生徒がいるとは思えないが、生徒会メンバーの誰かと踊る可能性はある。無様なステップで相手に恥をかかせるわけにはいかない。
「それならそうと早く言えばいいだろう。まあ、お前は身体能力が高いしセンスもあるからそんなに難しいことはないと思うが」
元皇族の彼だから、ありとあらゆるダンスをマスターしているというのは事実に違いない。身体能力とダンスのセンスがイコールかどうかはわからないが、ルルーシュに認められたら本当にできそうな気がするから不思議だ。
「あれ?でも男同士でどうやって練習するの?ルルーシュが女の子の役をやってくれるってこと?」
両方とも男性パートではダンスの練習にならない。するとルルーシュが笑った。
「アリエスにいた頃、ときどきナナリーに教えていたからな。一応どちらもできる」
「ルルーシュって意外と器用だよね」
「だから意外は余計だ。ほら、時間がないから練習するならさっさとやるぞ」
「え、今から?」
「飾り付けにも飽きた。少し休憩だ」
そう言って手を差し出される。甲の部分を上にして。
「休憩代わりにダンスの練習はいいけど、終わったあとにバテないでよ」
「そのときはお前に残りの準備を全部任せるさ」
ふふんと口角を上げたルルーシュの手を下から掬い上げた。目線を交わし、お互い微笑む。
「スザクは初心者だし、これが貴族のパーティーならともかく所詮は学生のお遊びだ。基本的なところを押さえておけばいい。ああ、あと女子生徒を相手にするからそれなりの立ち振る舞いを……と思ったが、お前は何も言わなくても女性の扱いは得意だったな」
「なんだか心外な言われようなんだけど」
「さっきのお返しだ。では始めるぞ」
ルルーシュの指示通りステップを踏む。
初めはリズムもタイミングもわからずもたついたけれど、声に合わせて足を動かせばなんとなく感覚が掴めた。短時間で完璧に習得できるとは思っていないが、とりあえずそれなりに恰好は付きそうだ。
皇族のたしなみと言うだけのことはあるとルルーシュに目を向けて、おや?とスザクは首を傾げた。わずかに逸らされた視線はどことなく拗ねた様子だった。ルルーシュを怒らせるような発言をした記憶はないけど、と頭を巡らす。
(僕、何かしたっけ?真面目にダンスの練習をしているだけだしその前も別に変わったことは……、あっ)
ふと思い至ったのは先ほどの会話。
すっかり忘れていたけれど、女性の扱いについて触れられたのだ。
(でも先に言い出したのはルルーシュなのに)
自分の発言に自分で嫉妬したのだろうか。理不尽な嫉妬ではあるが、好かれている証拠だと思えば嬉しくも感じる。
そういえば正面からこうして見る機会はあまりないかもしれないと思い、わずかに目を伏せたルルーシュの顔をまじまじと見つめた。
パーツというパーツが整っているし、睫毛は長いし、ステップを踏むたびに揺れる黒髪は艶めいているし、本当に女の子が羨むような容貌だ。なのに、当の本人はほかの女の子に嫉妬していると言うのだから世の中上手く行かないものである。
(好きになったのがルルーシュだからこうして付き合っているのに)
何度も伝えてきたつもりだけど、自分の伝え方が足りないのかもしれない。でも、言葉で伝えても伝わらないのならこれ以上どうすればいいのだろう。
「スザク?」
いつの間にか足が止まっていた。訝しげに呼ばれ、スザクは整った顔をもう一度見つめた。
どうしたのかと不思議そうな表情を浮かべている姿はとてもあどけない。普段の生徒会副会長しか知らない人間が目にしたら驚くのではないかと思うくらい幼さを感じさせる。
「ルルーシュ」
「ん?」
気心の知れた相手でなければ返さない相槌も可愛い。
綺麗でカッコ良くてとても可愛くて、こんな人がどうして付き合ってくれるのかわからなくて自分のほうが不安なのに、不安を抱いているのはその綺麗な人だと言うのだからやっぱり世の中上手く行かないものだ。
「僕は君のことが好きだよ」
紫の双眸が見開かれる。スザクは握っていた手に力を込めた。
「ルルーシュが好きなんだ。ルルーシュのほかには誰もいらない。本当だよ、信じて?」
「……恥ずかしいこと言うな、馬鹿」
悪態とともにふいと逸らされた顔。でも頬と耳は赤くなっていて、スザクは口許を和らげた。
「ねえ、今度のダンスパーティーでも僕の相手になってよ」
「何を言っているんだ、俺たちは男同士だぞ。だいたい、ほかの女子生徒の相手はどうする」
「うん、だからこっそりでいいよ。パーティーと言っても最後のほうは皆、好き勝手しているだろうし。そのときに裏でこっそり、ね?」
にこりと笑みを浮かべれば、唇をむっと引き結んだルルーシュが上目遣いにこちらを見た。
本人は不機嫌を演出しているのかもしれないが、そんなことをしても可愛いだけであることには気付いてなさそうだ。
「こっそりだからな」
「わかってるって」
「抜け出すタイミングがなければ踊らないからな」
「そのときはルルーシュの部屋でもいいよ」
「馬鹿じゃないのか」
また馬鹿と言われ、スザクは笑みを深める。
「どうしようもないくらいルルーシュ馬鹿だよ。知らなかった?」
指先を絡めて顔を傾ける。視界に驚いた表情が映ったけれど、抵抗がないのをいいことにそのまま唇を押し当てた。しばらくぶりのキスだと思っただけで胸がいっぱいになる。
一応、場所を弁えてすぐに離れたけれど、唇には甘さとぬくもりが残った。
「ハロウィンっていいね」
「だからハロウィンの本来の意味は――、まあそうだな、たまにはいいか」
諦めたように息をついて、そしてルルーシュが頬を緩めた。まだほんのりと赤みがさしている肌は見た目にも柔らかそうで思わず喉がなる。
だって、会うのも久しぶりなら触れるのも久しぶりなのだから。
「じゃあもうひとつお願い」
「なんだ?」
「パーティーが終わったら君の部屋に泊まらせて?」
耳元で囁く。
口をぱくぱくさせて何も返せないルルーシュの指をするりと解いた。
「さて、じゃあ無事に当日を迎えられるよう完璧に準備しなきゃね」
制服の袖を捲りながら元気に言うと、「スザク!」と怒ったような声が飛んできた。
「楽しみだなー、ハロウィン」
「馬鹿じゃないのか!」
何度目になるかわからない「馬鹿」をもらってスザクは声を出して笑った。
準備は大変だけど、それでも楽しかった。
とても楽しかった。
(不覚だ)
どうしてそんなものを思い出してしまったのだろうと己の記憶に舌打ちしたい気分だった。
コンパートメントには列車の単調な走行音が微かに響いていた。だけど、窓の外の景色に目を向けなければ列車に乗っているという感覚があまりないのはさすが皇族専用と言うべきか。
「それで?到着後の予定は?」
聞き慣れた、しかし今は違和感しかない声が耳に届き、スザクは正面に視線を戻した。
足を組んで座る彼の姿が嫌でも目に入り、漏れそうになる溜め息を押し殺す。
「到着後は迎賓館に案内されるようです。明日の昼までは何も予定が入っていませんのでゆっくりお休みください。それから、夜には歓迎のパーティーが開かれます。その席でぜひあなたにも踊っていただきたいと先方からの希望です」
「戦争をやっているのに悠長なものだな」
「本国からの軍師殿を丁重に迎えたいとのことです」
「ふん、本音はどうだか。だがまあ、踊るぐらいはいいだろう。歓迎してくれるのならそれに乗るさ」
どこか高慢な物言いはゼロを思い起こさせ、書類を持つ手に力が籠もるのを努めて抑える。
記憶を書き換えられても人の本質というのは変わらないものなのだろうか。
ならば、ゼロになったからルルーシュがあんなことをしたのではない。ルルーシュがもともと持っている本質がゼロだっただけだ。
(その君が今は皇帝の命に従いブリタニアのために働いている。本当の君が知ったらさぞかし恨むだろうな)
書類の束をまとめて席を立つと、スザクは彼を見下ろした。
「ではパーティーには出席するとユーロ・ブリタニア側に伝えておきます、ジュリアス様」
ルルーシュに与えられたのは偽の記憶とジュリアスという偽の名前。そしてスザクには彼の監視と護衛という二つの役割が与えられていた。
「ちなみにお前は踊れるのか?スザク」
「基本だけなら一応は」
「そうか。イレヴンは踊りが苦手だと聞いたことがあるが、ラウンズにまで上り詰めた人間はやはり違うな」
皮肉なのか単純な感想なのか、発言の裏にある意図はわからない。でも、わからなくていい。
偽者の彼の本質を知る必要なんてないのだ。
「そうですね、自分もある人に教えてもらうまではステップの踏み方すら知りませんでしたから」
「ああ、なるほど。教えた相手は女か」
「さあどうでしょう」
教えたのは君だよ。
否定する言葉は心のうちだけで呟いた。
お前は女性の扱いが得意だったなと言われたことを思い出す。そのことに嫉妬していた彼も、愛を囁いてキスを交わした彼も、この世界にはもういない。すべては遠い記憶の中だ。
(ユーロピアに出るのはハンニバルの亡霊と言ったか。でも、僕の目の前にいるのも亡霊と一緒だな)
あるいは、ただ息をして心臓が動いているだけの人形か。
だけど嘆くつもりはない。彼への罰を望んだのはほかでもない自分自身なのだから。
死者が蘇る日に亡霊と踊るワルツ。
それもまた皮肉だ。
(一度死んだ君ならば、もう一度愛せるのだろうか)
(13.10.31)