「あ、明日ってバレンタインだ」
スザクの言葉に、僕とナナリーは顔を上げた。
バレンタインとはあのバレンタインだろうか?
スザクはといえば、腕組みしながらカレンダーの数字を何故か難しい顔で見つめている。
そのカレンダーは、「今日が何日かわからないと困るだろう?」とスザクが持ってきてくれたものだった。おかげで何かと重宝している。そこに何か、僕たちにはわからないような重大なことが書かれているのだろうか。
「バレンタインがどうかされたのですか?スザクさん」
「あんまり学校に行きたくないなって思ってさ」
「バレンタインと学校がどう関係あるんだ?」
「だって、どうせ俺だけチョコもらえないもん」
チョコレート?
僕とナナリーの頭の中で、同時に疑問符が浮かんだ。
たしかにバレンタインにチョコレートを渡すこともあるだろうが、それと学校に行きたくない理由が繋がらない。それに“俺だけ”とはどういう意味なのか。
「お前の同級生はみんな恋人同士なのか?」
「はぁ?」
スザクが呆気に取られた顔をしてこちらを見る。
「皆が恋人なわけないだろ。小学生なのに」
「でも、自分だけチョコレートがもらえないと言ったじゃないか。つまり、ほかの皆は恋人がいるという意味に聞こえたんだが」
「えぇっ!?なんでそんな意味になるんだよ!」
「なんでって、バレンタインに贈り物をするのは恋人同士だろう?家族で贈りあう習慣もあるみたいだけど、学校の同級生は家族じゃないだろうし」
「ちょっと待った!」
ストップをかけたスザクは、何やら頭を抱えている。何かあったのだろうか。
そして勢いよく顔を上げたかと思うと、僕の両肩を掴んでがくがくと揺らす。痛いからやめてほしい。
「バレンタインってのは、女子から男子にチョコレートを贈る日だろ?」
「え?」
今度はこちらが呆気に取られる番だった。
そういう習慣。だった記憶はない。
「だから!日本じゃ女子から男子にチョコレートを贈って告白する日なんだよ!」
「…なんだそのわけのわからない習慣は」「まぁそうなのですか?」
僕とナナリーが一緒に感想を口にした。
話が噛み合わない原因がようやくわかった。
「ブリタニアにはそんなおかしな習慣はないんだよ」
ようやく僕の肩を離してその場に座り込んだスザクに、講義するかのように聞かせる。
「恋人同士で贈り物をするけど、メッセージカードだったり花束だったりチョコレート以外のものを贈るんだ。家族や感謝している人に贈り物をすることもあるのかな。僕はやったことがないし、贈りあっている人を見たこともないからよくは知らないけれど。でも、少なくとも好きな人に告白する日ではない」
「そう…なのか?」
スザクが少しだけショックを受けた顔をしている。
日本とブリタニアの文化の違いがそんなに衝撃だったのだろうか。
「女子からチョコレートをもらえる日だと思ってたのに、ブリタニアじゃチョコレートをもらえないなんて!」
「気にするのはそこか…」
呆れる僕に対し、ナナリーはくすくすと笑っていた。
「日本にはブリタニアと違って面白いイベントがあるのですね。楽しそう」
「楽しくなんかないよ」
拗ねた口調のスザクに、どうしてですか?とナナリーが首を傾げる。
「だってさ、俺のことを好きな女子なんていないし、クラスの男子全員にチョコレートを配る女子も中にはいるけど、俺はもらえたことないし」
その理由は枢木という家の名前にあるのか。スザク自身にどこか近寄りがたいところがあるからなのか。しかしあまり深刻そうではないスザクに、その疑問を尋ねることはやめた。
「でも今年はいらっしゃるかもしれませんよ」
「別にいいや。期待してもらえなかったら悔しいし。それに、ブリタニアじゃチョコレートをもらう日じゃないみたいだし」
「君はチョコレートをもらいたいだけなんじゃないか?」
茶化すようにスザクに言ってやると「違う!」という反応が返ってきたが、この様子では図星だろう。
すぐに話題は別のことに移り、ナナリーとスザクが相変わらず楽しそうに喋っている。
スザクがこんなにチョコレートを欲しがっているのなら贈ってやってもいいかなと思ったけれど、作るにしろ買うにしろ、残念ながらお金がない。あまり気にしていないようだし、今回は何もしなくていいか。
このときはその思ったのに。
「ルルーシュ!ナナリー!ほら!」
床にばらばらと広げられた包みたち。
「なんですか?」
「チョコレートだよ」
そう言って包みの一つをナナリーの手に握らせた。
「絶対もらえないと思ってたんだけど、今年はなぜかこんなにたくさんもらえたんだ。義理チョコだけどな」
嬉々としてそう告げるスザクに、僕は何故か面白くない気持ちになっていた。
別にもらえなくてもいいと言っていたくせに、この喜びようはなんだ。そんなことを思った自分にはっと気付いて、ぶんぶんと首を振った。
どうして僕が面白くない気持ちを味わわなければいけないんだ。スザクが喜んでいるのなら、一緒に喜べばいいじゃないか。
「どうかしたか?ルルーシュ」
「な、なんでもない。でも、それだけもらったんだから、一人くらい告白してきたんじゃないのか?」
自分でそう聞きながら、ますますつまらなくなっている自分がいて内心戸惑った。僕はどうしてしまったのだろう。考えてみるけれど、答えが出てこない。
「それがさ、一人だけいたんだ」
照れたようにスザクが笑う。その声を聞いて、ナナリーがぱっと顔を輝かせた。こういう話が好きなのは、やはり女の子だからなのだろうか。僕はちっとも楽しくないのに。
「本当ですか?スザクさん、告白されたのですか?」
「はっきり告白されたわけじゃないんだけど、俺のこと好きだって言われた」
「まぁ。それでどうされたのですか?」
「うーん、返事をくれって言われたわけじゃないから別に何もしないけど。でもそんなこと言われたらちょっと気になるよな」
「そうですね」
「あれ?ルルーシュ?」
「洗濯物を取り込んでくる」
何故だかこれ以上二人の会話を聞きたくなくて、僕は逃げるように外に出た。
ナナリーとスザクが悪いわけじゃない。ただ、会話の内容にどんどん不機嫌になっていく自分がいて、このままここにいたら何か酷いことを言ってしまいそうだった。
本当に僕はどうしてしまったのだろう。
一つだけわかっているのは、スザクがチョコレートをもらって喜んでいる姿に無性に腹が立つということだけだ。スザクがもらいさえしなければ、こんな気持ちにはならなかったのに。
「馬鹿スザク…」
ぽつりと呟いた悪態は、冬の風に攫われていった。
* * *
「ほら」
俺が差し出した包みに、自分の席で書き物をしていたスザクが目をぱちくりとさせた。
「えーとこれは、」
「欲しがっていたじゃないか。チョコレート」
わざと口角を上げてみせた俺に、スザクはしばし考えたあと苦笑いを返す。昔の記憶が思い出されたのだろうか。
「これはもしかして嫌がらせ?」
「まさか」
「でもありがたくもらっておくよ」
「嫌なら受け取らなくていい」
「それこそまさかだよ。ルルーシュがくれるのなら何でも嬉しいんだから」
そう言って笑みを浮かべるスザクに、自分の顔が少し熱くなったことに気付く。照れ隠しのように俺は話題を変えた。
「ナナリーもお前のためにチョコレートを用意しているんだ。今日は軍の仕事はないんだろう?これからクラブハウスに寄れないか?」
「うん、大丈夫だよ」
言いながらスザクが席を立つ。カバンを持つと、一緒に教室を出た。
「チョコレートわざわざ用意してくれたんだね。ありがとう。でもブリタニアにはそんな習慣なかったんじゃなかったっけ?」
「だから、お前が欲しがっていたじゃないか」
「覚えててくれたんだ」
「チョコレートをもらえたってお前が大喜びしていたからな」
にこにことスザクが笑っている。何がそんなに嬉しいのだろう。
「それでルルーシュは嫉妬したんだよね」
「なっ…!!」
突然の爆弾発言に、俺は思いっきりスザクのほうを見た。
「そんなことあるわけないだろう!」
「だって急に不機嫌になっちゃったじゃないか」
「なってない!」
「洗濯物を取りに行くって外に出ちゃうし」
「たまたまだ!」
「うん。まぁそれでもいいけれど」
相変わらずにこにこと笑ったままのスザクに、何も言い返せなくなる。
正直、図星だった。
何故面白くない気持ちになったのかあのときは気付けなかったが、今ならよくわかる。ふんと鼻を鳴らしてカバンを持ち直すと、俺はスザクを置いて歩き出した。
「あれからチョコレートはもらってないよ。誰からも」
「あぁそうかそれは残念だったな」
「ルルーシュが拗ねちゃうからね」
「だから誰も拗ねてなんかいない」
言い争いをしながら歩いていく俺たちをほかの生徒たちが物珍しそうに見るが、そんなこと気にしていられなかった。後ろでスザクがまだ何か言っていたが、俺はそれを綺麗に無視する。無意味な追いかけっこはクラブハウスの入り口まで続いた。
追いつこうと思えばあっという間に追いつけるはずなのに、俺の歩くペースに合わせて後ろをついてくるだけのスザクに無性に腹が立つ。いらいらしたままクラブハウスの中に入ろうと扉に手をかけたところで、
「うわっ」
カバンを持っている手を掴まれ、引っ張られた。
そのままスザクに抱きしめられる。
「おい!何をする!」
建物の中ならともかく、ここは外だ。こんなところを誰かに見られたらと思うと、居た堪れなかった。
「スザク!」
「ねぇ、ルルーシュ」
スザクの腕から逃げようともがくが、耳元で聞こえた声にぴたりと動きを止める。なだめられたわけではない。ただ名前を呼ばれただけだ。でも、それがふざけたものではなく真剣な声音だったから、黙って聞いてやらないといけない気持ちになったのだ。
「ルルーシュがくれるものなら、本当に何でも嬉しいんだ。実を言うと、あのときも君たちからもらえたらいいのになぁって思ってたんだ」
「そんなこと一言も…。第一、チョコレートをもらえたってお前は喜んでいたじゃないか」
「あれは単純に嬉しかったから。君ってお菓子とかそういうものをあまり買ってなかっただろう?お金の無駄だって言って。たまに買ってもナナリーが食べる分だけだし。だから、僕が食べていたおやつと同じものをあげられたらなって思ってたんだ。でも、僕から君にあげたら施しみたいだって嫌がられそうだったし。その点、もらいもののチョコレートならたくさんもらったからって譲る理由が出来る。そしたら一緒に食べられると思ったんだ」
「…だけど好きって言われて喜んでたじゃないか」
「子供心に好きと言われて悪い気はしなかったんだよ」
「………」
それ以上は反論できず、俺は黙り込んだ。普段ならもっと上手く言い返せるはずなのに、スザク相手ではセリフが浮かんでこなかった。自分がムキになっているだけだとわかっていたから余計に。
「お前がそんなこと考えてたなんて知らなかった」
「言わなかったからね」
「俺だけがムキになってて馬鹿みたいじゃないか」
「そういうルルーシュも可愛いけどね」
あははと笑うスザクに、「馬鹿じゃないのか」と溜め息をついた。体から力を抜くと、ようやくスザクが抱きしめていた腕を放す。
それが少しだけ残念だと思う気持ちはもちろん隠した。
「チョコレートありがとう。ホワイトデーにはちゃんとお返しするから」
「ブリタニアにはない習慣だがな。せっかくだからもらってやるよ」
捻くれたことしか言えない自分に内心イヤになるが、スザクが気にした様子はなかった。
「うん、楽しみにしていて。ナナリーの分もちゃんと用意するから」
「期待しておくよ。それよりほら、早く行かないと。ナナリーが待っている」
教室からここまでたいした距離はないのに、随分と時間がかかってしまった。その原因のほとんどは俺にあるのだが。
見ればスザクの手には俺が渡した包みが大事そうにあって、自然と笑みが浮かぶ。
「本当はあのとき俺も思っていたんだ」
「え?何を?」
「お前が喜ぶのなら、チョコレートを贈ってやってもいいかなって」
俺の言葉にスザクは一瞬ぽかんとしていたが、次の瞬間には顔を綻ばせていた。あまりに嬉しそうなその笑顔に、つられて俺まで嬉しくなる。
お返しはそれで十分だと思ったけれど、そう思ったことは内緒にしておくことにした。
(09.02.14)